第5話 ひかり
「意識ってのは、光ですよ」
昼食も済み、片付けも済み、皆各々の午後の用事へと散っていく。居間に残っていたのは、五人の客人達と一兄、そして立ち上がって襖に手をかけようとした私だった。
客人の一人、八幡ちゃんのやけに大人びた言葉が、私の耳を捕まえていた。
「光?」
「そう。光」
「光るの?」
「光りますよもちろん。光ですから」
悠里ちゃんと八幡ちゃんの不思議なやり取りに、私はつい足を止めてしまう。手に持ったスマホを確認するふりをして、そのままそこにとどまった。
「あんた達のレベルに合わせた言葉で説明すると、素粒子よ」
フサ子さんの声だ。
「意識も感情も光子。個人から湧き出る素粒子。だから光るの。当然」
「なんかかっこいいね。感情は光るのかぁ」
「気持ちの良い感情ほどキラッキラですよ。たくさん光るんです」
「へぇ。キラッキラかぁ」
「ワクワクほど振動数は増えますからね。振動すれば光るんですよ。一秒間にたくさん振動すればするほど、キラッキラなんです」
よく分からない会話だけれど、なんだか小学生の八幡ちゃんの説明を、大学生の悠里ちゃんが一生懸命理解しようとしている構図だった。
「ただ光るだけじゃないですよ。フォトンは時間とも関係してます」
「時間と?」
「ええ」
次はヨネ子ちゃんの言葉が悠里ちゃんを食いつかせた。
「意識や感情は、個人がコントロールできるものですからね。フォトンの特性について知っておくのは、日常生活において色々と有益だと思います」
「まじ? きいた? 一馬くん。知っとくとお得らしいよ」
「俺は何となく分かる」
「え……まじ?」
「楽しい時間はあっという間に過ぎて、つまらないと時間が経つのが遅く感じるだろ」
「それにフォトンが関係してるの?」
悠里ちゃんのこの質問に答えたのは、譲二くんだった。
「そうそう。言い換えれば、認識するものの量の違いなんだよ。楽しんでる時って、つまり集中してるんだ。その時間の楽しい要素すべてに意識が集中してるから、楽しい要素すべてを全集中で認識しようとしてる。通常時には一つの要素を認識するのに一秒かかっていたとすれば、楽しい時には一秒間に二つも三つも認識していることになる――常時の二秒三秒が、一秒にぎゅっと圧縮されてる――時間が濃くなってるんだよ。そういう時の悠里ちゃんは、もうフォトンが溢れてキラッキラ。光り輝いてる状態だよね」
「へえ」
「だから前向きに集中状態でいる方が、鬱屈して注意散漫でいるよりもお得ってことだよ――圧縮された“時”を扱ってることになるんだから、前者のほうが後者よりも沢山の時間を経験できるんだ。まぁそれを良しとするかは、個人の価値観にもよるけれどね」
この客人五人と一兄は、よくこんなふうに楽しそうに談笑している。ただの妹の同級生家族としての付き合いというわけではなさそうだ。
彼らの会話は少し不思議で、聞き慣れない単語が飛び交うから理解しにくい。いつもあまり気にしないのだが。しかし今日は、なんだかその場を離れたくなくなってしまった。
フォトン。感情は光――。
「楽しくない時って、光らないんだね」
楽しいときにはキラキラ輝く、光。私の感情。
「認識が鈍くなるからです。意識が働きにくくなるし、感情も動きにくくなるから。そういう場では、湧き出るフォトンの量も少ないし、振動しないから光らないんです」
感情は光。意識は光。フォトン。私のフォトン。
光らなくなった、私の感情。
「美琴、どうした?」
一兄の声に、我に返る。思考の渦から目覚めた私の視界に、LINEのメッセージ画面が広がっていた。文字を打っている途中だった。
「あ、うん。今でかけようかなって、してたとこ」
取り繕うように不自然に笑ってしまっただろうか。どうか皆気にしてませんように。
「ピーちゃんか?」
「うん。今日まだ放鳥してないみたいだから、これから行ってくるね」
静かに襖を閉めて、足取りはゆっくりにしたつもり。なのにあっという間に玄関まで来てしまった。背後から悠里ちゃん達の「いってらっしゃい」が聞こえたような、聞こえなかったような。よく分からない。
『はやくおいで』
スマホの画面に映った六文字。
私のフォトンは今、果たしてわずかにでも光っているのだろうか。