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【8話】キミの好きな人

(落ち着きなさい白鳥月! 有馬涼は私のライバルよ! それ以外になんだって言うの!?)


 熱くなる顔を両手で押さえながら月は確認する様に涼を見る。


 書類を確認する涼を見ただけなのに顔が爆発したような気がして、慌てて視線を逸らしたけど、顔の熱は上がって行く一方。


「……月? どうしたの? 顔色が変だけど……熱でもある?」


 涼は向かいに座る月に近付いて額に手を当てる。


「な、なっ、なな、ない!!!!」

「嘘だ、こんなに熱いのに……」


 触れただけで問題がある額の熱さを月は立ち上がって否定する。


「私がないって言ったらないのよ! 私のライバルなのにそれくらい分からないの!?」

「理解が及ばなくてごめん。お詫びに飴あげる」

「有馬涼のくせにまだ未熟ね。仕方ないからもらってあげるわ!」


 差し出された飴を強引に奪うと、月は座って書類を確認し始める。

 動機が収まらなくて、病気にでもなってしまったのかもしれない、と不安になりながら。


(私が、有馬涼を好きだなんて……ありえない……)


 奪った飴がのど飴だという事は、家に帰って袋を開けるまで気付けなかったのだけど。



 〇●○



 いつも通りの日常はこんなにも楽しい。


 なのに、どうして隠れて会話をしなければいけないのかと、廊下の端で歩は樹の言葉を待つ。


「あ、あのね……、絶対に内緒にしててほしいんだけど……」

「また喧嘩でもしようと?」

「ち、ちがう! その……来週……14日……その、チョコを渡したいんだけど……その……」

「俺を殺そうとしてる?」

「ちがう! あげるのは有馬さん!」


 人差し指を合わせながら樹は歩と内緒話をしている。

 女子禁制区域に涼を立ち入らせない様に辺りの様子を伺った後、樹は歩に近付く。


「だから、当日まで私がバラさないように見守っててほしいの」

「なるほど」

「当日は自分で頑張るから、だから……」

「渡せなかったらからって俺の所に持ってくるなよ」

「えへへっ、あーくんは頼りになるなぁ」


 歩の返事に樹は満面の笑みを見せた後、教室へ戻るために廊下に出た。

 嬉しそうに歩く樹の隣で歩は少しだけ複雑な表情をしながら前を見て歩いている。


「あ、見つけた……ふふっ前見て歩かないと転んじゃうよ?」

「わ……っ、ご、ごめん」


 教室のドアの前にいた涼に樹はぶつかる。

 慌てて涼から離れれば、どこか嬉しそうな表情に樹は頬が熱くなっていく。


「ヌタバの新作が今日からなんだけど、放課後時間ある?」

「行く!!」

「今日からのバレンタイン限定だって。そういえば、犬飼さんはバレンタインに買ってるチョコとかある? 僕いつも迷っちゃって」

「え、あ、あるには、ある……よ?」


 街中もバレンタイン色に染まっているので興味本位の質問だろうと予想しながら樹はいつも買ってるブランドを涼に教える。


(やっぱり、私のこと女だと思ってるんだろうな……でも前みたいに話せないよりはいい……)


 だけどどうしても気になってしまう。

 あげる相手はいるだろうが、その中に本命が含まれるのか。


「ありがとう、聞いといてよかった」

「うん?」

「あ、予鈴鳴っちゃった。戻ろっか」

「あ、うん」


 涼はどうしていつも買ってるチョコを聞いたのか分からないけど、なんだか胸が熱くなる。

 早くバレンタインになってほしいような、なってほしくないような。そんな感情を抱きながら樹は涼に渡すチョコについて考えて行く。



 〇●○



 バレンタイン当日。

 朝いつもの様に樹と歩は一緒に登校する。


 家を出た瞬間から樹は落ち着きがなく、チョコを忘れているのではと慌てて転びそうになった樹の介護で歩は自分の席に着くまでの間で疲弊していた。

 今も椅子を後ろに向けて目が回る樹を見守っている。


「ダ、ダイジョウブ、渡せる、渡す、ゼッタイ」

「大丈夫ではないな……」


 樹がいままでクラスメイトにチョコをあげる姿を見た事がなかったから心配していたのだが、予想通りの姿に心配の色が隠せない。


 お互いに周りを見る余裕がないが、遠くから近付いて来る黄色い声には気付いた。


 それは教室のドアまでやって来て、瞬時に女子に襲われた。


 今まで当たり前の様に仲良くしていたから忘れていたが、あれは学園の王子様である。


「おはよう」


 既に紙袋にいっぱいのチョコを持ちながら隣の席に座る涼を呆然と見る事しか樹と歩は出来ない。

 涼が席に座ってからも、女子は絶えずにやって来て、優しく対応する隣の席は別世界なのかと思えてくる。


「お、お腹痛いからトイレ行ってくる……」

「おう……気ぃ付けろ」


 最初から立ちはだかる壁の高さに、樹は絶望すら感じ始めた。



 昼休みも、放課後も、絶滅という言葉を知らない様に女子はやってくる。

 一日中変わらぬ態度でチョコを受け取る涼に樹は放心していた。


「あーくん……ちょっと顔かして……」


 見たこともない樹の顔を見てしまった気がすると歩は廊下に出る樹について行く。

 教室から少し離れた所で樹は歩に向き合った。


「これ、受け取って」

「サンキュ。チョコと間違えてはないよな?」

「だ、大丈夫! な、はず!」


 樹は鞄の中に涼へのチョコがあるのを確認する。


「チョコと間違えてたらいよいよ樹も人殺しに……」

「じゃあ来年はあげないぞー?」

「冗談が通じないな」

「あーくんの冗談は分かりにくいんだよな~」


 そう言って笑い合うのも毎年の事。

 それはこれからもずっと変わらない特別な日だから。


「お誕生日おめでとう!」


 毎年くれるプレゼントもだが、歩は樹がくれるこの言葉がなにより大切だと、噛みしめるように笑った。




 教室を出て行った樹と歩が気になって、涼は廊下に出て2人を探す。

 廊下の端にいる2人を見つけた瞬間、涼は立ち止まってしまう。


(犬飼さんの顔……見た事ない表情だ……)


 歩にプレゼントを渡す姿を見てしまい、涼は自分が持つチョコを見つめた。


(犬飼さんって龍崎の事好きなのかな……)


 包装紙の柄もよく分からなくなってしまって、涼は教室へ戻っていく。


 この包装紙に包まれるチョコは特別だったはずなのに、特別な相手にはもう届く事がない。


 紙袋にある沢山のチョコより輝いていたはずの特別は、紙袋の一番上に乗った。

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