第3話
化学的な見地から判断すると、木製の蛍は地球の生物とは全く別物。その程度の話は私も聞いたことがあったし、今回のツアーに参加するにあたり旅行ガイドを読んでみたら、さらに詳しい解説も書かれていた。
ちょうど今の男が口にした『ケイ素生物』という単語も載っていたし、化学的には異なるのに『生物』として扱われる理由も、きちんと説明されていた。
木星蛍の生態を調べてみると、それぞれ独立した存在であること、代謝を行うこと、子孫を作る能力があること、といった生物の特徴を兼ね備えていると判明。生物の定義を満たしていたのだという。
私は男の話を聞きながら、そんな付け焼き刃の知識を思い出していたが……。
第三者である私とは異なり、男の連れであるはずの女性は、不満そうな声を上げていた。
「あなたの話、なんだか抽象的ね。もっと具体的に話してくれないと、私には理解できないわ」
「いやいや、十分具体的だろ? これ以上かみ砕いて説明するのは無理だぜ……」
「どっちにしろ、せっかくの木星蛍を見ながら、そんな難しい話。あなたって無粋だわ」
「……」
黙ってしまったのは、ちょっとした喧嘩みたいな状態に陥ったのだろうか。
私の位置からでは二人の表情は見えないので、それ以上はわからなかった。
せっかく木星まで来て蛍を目にしているのに、七面倒くさい理屈の説明は無粋。
確かに、そこまでは女性の方に同意できる。しかし、最初に蛍を宝石に例えたのは彼女の方であり、しかも宝石として欲しがったのだから、それこそ無粋ではないか。
他人事ながら、そう思ってしまう。もちろん、そんな意見は表に出すことなく、ただ私は静かに、雲の中を飛び交う蛍に見惚れるのだった。
(「蛍が飛び交う雲の中」完)