一人暮らしのアドバイス
翌朝、起きると小豆がおこだった。
「もう、ニノさん!」
「はい」
「どうしてお布団で寝なかったんですか! 風邪ひきますよ!」
「いや、だってお前らが幸せそうに寝てるからさ、放置するのが忍びなくて……」
「私たちは妖怪です。体調を崩したりしませんから、どうかご自分を優先なさって下さい!」
「はぁ、分かった分かった。もう一枚布団買いに行くかぁ……」
「どうしてそうなるんですか!? 私たちは──」
「はいはい、小豆。一旦ストップ。あのな、俺はお前らを置いて一人だけ布団で寝るってのが目覚めが悪いんだよ。お前らを布団で寝させるのは俺がそうして欲しいからだ。だから、頼む。な?」
「ぅ……」
ぶっちゃけ、二人を差し置いて一人だけ布団で寝るなんて絶対出来ない。これは俺のプライドが許さない。
「小豆、ニノが言うとる通りじゃ」
ここで真白が口を挟んで着た。……腕を組んで空中に座っているのは一体どういう仕組みだ?
「ニノが人間の中でも特に優しい部類であるのは分かっておろう。じゃから、これは絶対に譲らない筈じゃ。妥協案を考えるのが良いじゃろう。そう、例えば……同じ布団で一緒に寝る、とかじゃの」
「!?」
小豆が爆発した。当然比喩なのだが、ボンッって音が聞こえた気がした。耳どころか首まで真っ赤にした小豆は、俯いてしまった。
いや、何も言わないのかよ!?
「ちょ、ちょっと待て真白。一緒に寝るってのはちょっと……」
「何じゃ、嫌なのか? しかし、嫌でもせぬ訳には行かぬと思うが? 我らが布団を使うのは小豆が納得しない。そしてお主が布団を使うのは主自身が納得できない。ならば、同じ寝床を共有する他なかろう」
「……お前、ちょっと面白がってるだろ」
「はて、何のことやら」
真白は着物の袖で口元を隠しているが、目がガッツリ笑っている。何なら肩も震えている。ぜってぇ面白がってやがる……
「……取りあえずこの話は止めだ止め! 学校行かなきゃなんないから!」
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朝はバタバタしていたが、なんとか学校は間に合った。
放課後は槍水さんとの約束がある。すっぽかすわけにも行かないので、布団を買うのはまた今度だな。
授業の方は滞りなく進み、放課後。
ちなみに、英単語のテストは無事に合格できた。勉強していたところばっかり出てラッキーだった節もあるが。
帰りの挨拶が終わり、槍水さんの方を見ると、彼女は俺に目配せをして教室を出て行った。
「ニノ〜、今日お前ん家行っていい? 新居、見てみたいんだ〜」
「すまん、今日はちょっと用事がある。じゃあな」
「お、おう……」
蓮が絡んでくるも、申し訳ないが家へ通すことは出来ない。今日は本当に用事があるし、小豆や真白がいるのに連れて行ったらなんと誤解されるか……! しばらくは誰も家に招かないが吉だな。特に連れてくる理由も無いし。
槍水さんを追って、俺は足早に教室を出ていくのだった。
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「お待たせ」
「いえ、私も今来たところよ。さ、入りましょう」
「……うん」
なんというか、今来たところ、って言うやり取りにむず痒さを覚える。自意識過剰なのは分かってるんだけど。
空いていた二人がけの席に向かい合わせに腰掛け、槍水さんはメニューを取った。
「二ノ宮くんは何を頼む? 私はアイスコーヒーを頼もうと思っているけど」
「じゃあ俺もそれで」
「分かったわ」
槍水さんは店員さんを呼び、アイスコーヒーを二つ注文する。店員さんが下がっていったタイミングで、彼女はスマホを取り出して言った。
「さて、昨日言ってた相談なんだけど、幾らか物件を見つけてきたの……アドバイスを貰えるかしら?」
「もちろん」
俺は差し出されたスマホの画面を覗き込む。
うーん、槍水さん近い、近い、いい匂い! 身を乗り出してまで画面を見せてくれるのはありがたいんですが、俺も健全な男子高校生なのであんま近づかれると色々と大変なんです!
極力心を無にしながらスマホを見ると、俺が引っ越し先を探した時と同じサイトだった。これならアドバイスもしやすいな。
「えっと、このアパートはあまりオススメしないよ。安いんだけど、見に行ったことがあるけど、喫煙者が多いみたいで、臭いも酷かったから。こっちも一見すると良さそうなんだけど、ベランダが道路に面してて、防犯的に、女の子の一人暮らしには向かないね。これは──」
槍水さんは女の子なので、男の俺とは話が違う。特に防犯面を強く意識する必要がある。案を容赦なく切り捨てつつ、候補を絞っていった。
すると、案の中に俺の住んでいるアパートが出てきた。正直なところ条件としては完璧なのだが、自分の住んでいるアパートは勧めづらい……。
なので、それとなく理由をつけてお勧めしないことにした。
「このアパートもいい条件なんだけど、曰く付きらしいんだよね。その、妖怪とか、出るみたい。寝不足になったら困るし、これも難しいかもね」
「……」
届いたアイスコーヒーや、小腹が空いて頼んだ小さなサンドイッチで小休憩を挟みつつも、何とか候補を3つほどまで減らすことが出来た。
「……って感じかな。この辺りなら駅か学校に近いから、通学も便利だと思うよ」
「うん、分かった。とても参考になったわ。これなら選べそう。本当にありがとう」
「いやいや、力になれたのなら良かったよ」
会計を済ませてお店を出る。そろそろ日も傾いて来たし、ちょうどいい頃合いだろう。
「今日は本当にありがとう。これでようやく引っ越し先を決めれそう」
「うん。一人暮らし、頑張ってね。また何か不安なことがあったら聞いてくれていいから」
「えぇ。では、また明日」
あっ、そうか。明日も学校か。
「また明日」
俺たちはお店の前で別れてそれぞれ帰路に着いた。アパートの下まで帰って来たところで思い出した。
「あ、夕飯の材料買い忘れてた」
夕暮れを背に、俺はスーパーへ駆けた。