なんか新居に座敷わらしがいた
よろしくお願いします。
新居に先客が居た。
何言ってるかわからないかと思うが、俺もよく分からない。
あれは今朝の話。夢の一人暮らしだ、と浮かれながら新居(ただし格安アパート)の扉を開けたら、玄関に衣類の雪崩が起きていた。
「うわ、倒れちゃってるじゃん……」
仕事がガバガバな引越し業者を恨みつつ、衣類の山を睨んでいると、ふと衣類の山がモゾモゾと動いた。
そして衣類の山から何かが這い出てきた。
「ぷはぁ、まさか倒れて来るなんて……」
「え」
なんと、衣類の山から和服を着た10歳くらいの女の子が出てきたではありませんか。いやおい。
「あの、どちら様ですか……? ここ俺ん家なんですけど……」
「あ、初めまして! この部屋に住んでる座敷わらしです!」
「は?」
こいつ頭おかしいんじゃないか、って思った。めっちゃ失礼だけど。座敷わらしってアレだろ? 幸運を運ぶっていう昔の妖怪。確かに見た目はそれっぽいけど、実際にいる訳がない。
「悪いんだけど、出てってくれるかな? 俺これから荷出し作業で忙しいんだ」
「あ、お手伝いしますよ」
「はぁ、とりあえず外に出すか……」
「わっ、あっ、ちょっと!」
俺は自称座敷わらしを衣類の山から持ち上げ、強制的に部屋の外へ。
「……ってあれ?」
「言い忘れてましたけど、私はこの部屋の座敷わらしなので、外に出られないんです」
少女を玄関から出そうとすると、透明な壁のようなものに阻まれ、扉を潜ることができなかった。
「マジかよ……」
俺は頭を抱えた。こいつはどうすれば良いんだ……
「大丈夫ですって、ちゃんとお手伝いもしますし、私がいればあなたは日常に小さな幸せも訪れます! だからどうか、《《今度こそ》》私を置いて行かないで下さい!」
ここで、俺は恰幅のいい大家さんの言葉を思い出した。
『この部屋は前の入居者が、気味が悪い女の子がいる、とか言って1日もせずに出ていってね。しかも、そんなことが2、3回あったんだよね……』
つまりこの少女は、前の入居者に気味悪がられ、何度も逃げられて来たのだろう。
涙目で訴える少女を見ていると、なんだか可哀想に思えて来た。それに、悪い奴にも見えないし、少しくらい居てやるか、という気持ちが湧いてきた。
……仕方ない。どうせ追い出せないし、俺もまた引越す金無いし。
「……分かったよ。俺はちゃんとここに住む。でも、変な行動があったらすぐ出て行くだろうからよろしく」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
自称座敷わらしは、飛び上がるほど嬉しそうにはにかんだ。
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「それで、この衣類の雪崩は何があったんだ?」
俺が問うと、彼女は露骨に目を逸らし、可愛く舌を出して言った。
「えっとー……てへっ」
「よし、早速仕事だ! まずはこの衣類の山を段ボールに直してこい!」
「りょ、了解!」
事情聴取の結果、この衣類の雪崩を起こした犯人が発覚したので、本人に片付けさせる。俺は家具類を並べに行くかな……
せっせと服を畳んでいる自称座敷わらしの横を通り過ぎ、メインとなる和室へ。俺の部屋はワンルームなので和室、お手洗い、洗面所、風呂場で出来ている。もちろん、和室の床は畳なので、寝る時は床に布団を敷くことになる。
「ま、適当に置いてくか」
それから数時間後。
「やっと終わったな」
「はい、結構大変でしたね」
「それはお前が悪い」
座敷わらしの協力もあって、何とか大方の荷解きを終えることができた。家具類も並べられていい感じだ。クローゼットを買っていないので服は段ボール詰めのままだが。
「よし、そろそろ夕飯の時間かな? 買ってきた惣菜たちの出番だ」
時計を見れば今は6時半。ちょっと早いかも知れないが荷解きで疲れたし構わないだろう。
俺は、部屋の中心にあるちゃぶ台に、スーパーで買った惣菜類を並べて行く。
「おにぎりは鶏飯と小豆飯。どっちか取っていいぞ。唐揚げとかポテトサラダとかは適当に取って食べてくれ。ほい、これ皿と箸な。割り箸で悪いが我慢してくれ」
「いや、あの、迷惑をかけたく無いので、食事は大丈夫です……」
「え、じゃあご飯どうしてんの?」
「私は座敷わらしですから、妖力さえあれば生きていけますし」
「妖力?」
「人間は皆、少なからず妖力を発しているのです。それが私たちに取っての栄養なので、あなたがここに住んでくれている限り、何も問題ありません」
「ふーん、そういうもんなのか」
「そういうもんなんです」
俺は席につき、挨拶をして食べ始める。うむ、やはりあのスーパーの惣菜は美味い。
俺が無言で箸を動かしていると、座敷わらしの目が一箇所に固定されていることに気付いた。
視線の先を追ってみると……そこには小豆飯おにぎりがあった。俺はすかさず、小豆飯おにぎりを容器ごと座敷わらしの方へ差し出した。
「ほれ、食いたいなら食え」
「え、いや、ご迷惑はおかけしたく無いので……」
「ずっと物欲しそうに見てたろ? やるよ。それに、二人でいるのに一人だけ食べてるなんて寂しいだろ? 俺が寂しく無いように、一緒に食べてくれるか?」
「……はいっ!」
座敷わらしは、本当に嬉しそうな表情を浮かべて笑って見せた。心なしか涙目なのは気のせいだろうか。
「いただきます!」
「おう、箸はこれな」
口にした鶏飯は、さっきより美味しいような気がした。