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その09『異形のモノ』

 私は壁に寄り掛かって座ったまま喘ぎ続ける。ヤバい……変貌が始まってる……?


「……ちょっとイズミン? なんだかボーッとしてるけど大丈夫? 僕の声、ちゃんと聞こえてる?」


 俯いて黙り込む不穏な様子に気付いたのか、友重が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 惑わすような甘い匂いに身体中の血が逆流するのを感じた――――と次の瞬間、本能的に手が動く。

 ギョッとする彼に構わず血が滴る二の腕を掴むと、そのまま力任せに床に引きずり倒した。そして私より大きな身体を全身の力で押さえ込みながら馬乗りになる。


「ま、待ってよ、イズミン!!」


 焦った友重は既のところで私の肩を掴み、何とか咬まれるのを阻止する。

 マウントしてる私の方が明らかに有利だと思うが、さすがに吸血族の男だけあってそれ以上は力ずくで押し返す事ができない。


 あぁ……喉が焼けるようで呼吸をするだけで苦しいのに……。きっとこの血を飲めば渇きを癒せるはず。全てを飲み干してしまいたい。


 身体が燃えるように熱く、興奮のあまり目の前がクラクラした。額にジワリと汗が滲んでいく。二の腕から流れた血が私のスカートに滴り落ちて、甘い芳香が強くなった。そこから生まれる渇望が心をジワジワと蝕んでいく。

 あぁ……もう絶対にこの血を吸ってやる……!

 目の前の誘惑に堪え切れなくなった私は無理やりその腕に咬みつこうとした――――が、しかし……。


「サ、サエちゃん、ダメだよ!」


 背後から影が差し込み、友重が大きく目を見開いた。動揺した彼の抵抗が緩んだ瞬間、その隙をついて一気に牙を立てようとしたものの、背後から背筋が凍り付くような殺気に襲われる。

 振り向く暇もなく首筋に大きな衝撃が走った。それが何なのか認識する間もないままに、強烈なショックを受けた私は床に崩れ落ちてしまう。


 転んだ弾みで肩を強くぶつけたが、興奮の所為か痛みは感じなかった。

 視線だけ背後に向けると、冷ややかで怒りの炎を宿した瞳が私を見下ろしている。勿論サエだ。


「……マジで舐めたマネしてくれるわね、この発情女が……!」


 彼女の手にはファロスのスタンガンが握られている。私が落としてしまったモノだ。ソレを認識した途端、目の前が眩んでヒドい吐き気に襲われてしまう。

 混濁した意識の中で力強い腕が慌てたように抱きかかえてくれた。視界がボヤけて良く見えないが、この甘い血の匂いは友重だろう。しかし今の私にはもう咬みつく気力もなかった。


「ちょ……、何て事をするんだよ、サエちゃん! イズミン相手にあまりに乱暴じゃないか!」

「はぁ? ファロスの人間が何寝惚けた事を言ってるんですかっ! この女は志信さんの血に発情して襲おうとしたんですよ。これ以上ボッコボコにされないだけでも感謝して欲しいですね」

「い、いや、だからそれは吸血された所為であって……!」

「ちゃんと忠告しましたよね、この女も男と同様に縛り付けておけば良かったんですっ。志信さんは本当に甘過ぎますよ!!」


 とても騒がしいはずなのに、彼らの言い合いの声がドンドン遠くなっていく。強い頭痛に襲われた次の瞬間、私はフッと意識を失ってしまったのだった。



 ****



 ――――次に目を覚ました場所は割と狭い部屋だった。どうやらソファの上に寝かされているらしく、身体の上にはふわりとした肌掛けがかけられている。

 見知らぬ空間を眺めながら記憶を辿っていた私は、直ぐに今東に襲われた事を思い出した。そしてその後にアイツが助けてくれた事も……。


 あぁそっか、あの暴力女にスタンガンを当てられたショックで気を失ったんだっけ。危険を感じて使用した事もあるが、まさかその威力を実体験するとは思わなかったわ。

 ボンヤリと天井を眺めていると、不意に影が差して誰かが顔を覗き込んできた。

 顔が良く見えなくて咄嗟に身構えたものの、直ぐにフワリとした髪のシルエットに気付く。

 ――――いや……違う。アイツ――――友重だ。そう認識できた途端、穏やかで優しい声が頭上から響いた。


「イズミン……起きた? 具合はどう、気分が悪かったりしてない?」


 優しい笑顔が視界に入る。私は小さな吐息を洩らすと掠れ気味の声で尋ねた。


「……ここは……何処なの?」

「あぁ……ホテルの事務所だよ。他の客の目もあるからね、気を失っている君を急いで移動させたんだ」


 そう言いながら私の額へと手を伸ばしてきたのだが、思わずビクッとして首をすくめてしまう。その手が……吸血族の男が怖かった。

 そんな私の反応が思いがけなかったのだろう。友重はビックリしたように眼鏡の奥の瞳を瞬かせたが、さすがにそれ以上触れようとはせずに静かに手を下ろした。


 私は彼から距離を離しながら身を起こすと改めて向き直る。

 先ほどは薄いグレーのシャツに黒いジレ、そして濃いグレーのパンツを身につけていたはずだが、今は白いTシャツにジーンズというシンプルな格好である。

 彼にしては珍しい服装だ。良く見ればジーンズの丈が合ってなさそうにも見える。もしかして借りモノなんだろうか。

 友重は怪訝そうな私の視線に気付くと、Tシャツを見下ろして苦笑した。


「あぁ、僕が着ていた服は勿論、イズミンのスカートにまで僕の血が付いちゃったからね。今、サエちゃんに替えの服を取りに行ってもらってるんだよ」

「えっ?」


 その言葉に驚いて肌掛けの中を覗いてみれば、確かにスカートを履いてなかった。状況的に仕方がなかっただろうが、頬がカッと熱くなってしまう。


「あ……一応言っておくと、僕が脱がした訳じゃないからね」

「そ、それぐらい分かってるわよっ」


 心の中を見透かされたようでスゴく恥ずかしい。しかしそれと同時にもうひとつ大事な事を思い出した。

 あっ、そう言えば発情の所為で、瞳が鮮やかな琥珀色――――金色に変わったんだっけ……!

 恐る恐る顔を上げてドアの横の鏡に視線を走らせてみた、が、瞳の色はいつも通りに戻っていた。思わず安堵する私に、友重は、あぁ……と呟く。


「……もしかして瞳の変化を気にしてた? イズミンの場合はあの男の発情に引きずられただけで、吸血による強制発情じゃないからね。時間が経てば元に戻るよ」

「そ、その理屈は知ってたけど、でも……」

「自分の瞳が変わったのを見たのは初めて?」

「――――そうね……我ながらスゴく不気味だったわ。あんな風に変わるのね」


 具体的な変貌を見てしまうと、自分は異形のモノなんだと改めて思い知らされた気分だった。目を伏せる私を見下ろしたまま、友重は穏やかな口調で話し始める。


「それはそうと……サエちゃんがヒドく乱暴な事をしてゴメンね。彼女も時々手加減ってものを考えなくてさ。苦しい思いをさせて悪かったよ」

「…………」

「吸血欲求が収まるまで気絶させておいた方が互いに安全だから、いつもは薬を使うんだけどね。どうやら今回は今東の分しか用意してなかったみたいでさ」


 そりゃまぁ……あのまま私まで吸血してしまったら、かなり面倒な展開になったはずだ。スゴく痛かったけど仕方がなかったとも思う。たとえサエに明確な殺意があったとしてもだ。


「別に……あれぐらいは平気よ。まかり間違えて貴方に咬みつくくらいなら、スタンガンの方が全然マシだもの」

「そう? そんな風に言ってくれると助かるよ。まぁ確かに万が一そんな事になったら、イズミンとしてはスゴい屈辱を感じるだろうしね」

「ぐっ……!」


 あの勢いでこの男の血を吸ってしまったらしばらくショックで立ち直れないだろう。でもからかわれた事に思わずムッとなった。

 吸血欲求なんてモノがあるのがホントに忌々しいと思う。やっぱり吸血族なんて大ッ嫌いだわ。私はプイッと横を向く。


「だけど……やっぱり貴方ってストーカーよね。何で勝手に部屋まで入って来られるのよ、明らかに犯罪行為じゃないの」


 オートロックだから外からは開かないはずなのに、どうして入って来れたのだ。

 絶対にヤバい方法を使ったはずだと思った――――が、彼の答えは予想と違っていた。


「あー……実はこのホテル、ウチ(ファロス)が経営してるんだよね。だからいざという時はマスターキーで全ての部屋は開けられるんだ」

「……は?」


 ちょ、ココがファロスのホテルですって? そう言えば色々と店を経営してるとは言ってたけど、まさかこんなホテルまでやってたの? 事業規模がどれだけ手広いのよ。

 思いも寄らなかった彼の説明に、思わずポカーンと口が開いてしまうのだった。




お読み頂いて有難うございます。

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