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その06『巡ってきたチャンス』

「ねぇお願い、代田さん。そりゃ無理を言ってるのは分かってるんだけどさ」

「はぁ……」


 ――――その日の帰り際、私は北園さんから飲み会の誘いを受けた。


 彼女の飲みの誘いはいつも突然だが、本人が割とアッサリしててシツコクないので断りやすい。

 派手なタイプだから峯西さんには引かれてるようだけど、私にとっては付き合いやすい相手だ。しかしそんな彼女が今日はなかなか引き下がらなかった。


「特に用事がないのなら、たまには付き合ってくれても構わないじゃないの。代田さんが来てくれないと困るのよね。だって絶対に誘うって、みんなに大見得を切っちゃったんだもの」

「……その、でも私は……」

「あー、大丈夫、社内と言っても今日は少人数の飲み会なの。だから代田さんにもそこまで負担じゃないと思うよ。ね、だからイイでしょ?」

「…………」


 うーーん……少人数の飲み会ねぇ。仕事でもないのに長時間愛想良く対応するのはキツいんだよなぁ。正直なところ全く乗り気になれない。

 しかし渋る私に北園さんは更に食い付いてきた。そしてアッサリと本音をぶっちゃける。


「まぁホントの事を言っちゃうと、代田さんを連れていけば女の子は二千円以内にしてくれるらしいの。結構いいお店を予約したからスゴくお得だと思うのよね」


 あー……そういう事かぁ。まぁ正直でイイとは思うけど。


「本当に嫌なら途中で帰っても全然構わないわよ。だから私のメンツを立てると思って……ね、お願い!」

「……はぁ……」


 私はチラリと時計に目を走らせ、それから小さなため息を洩らした。

 うーーん……しょうがないな。気は進まないけどこれも社会人の努めでもあるし、ここはあえて恩を売っておこうかな。

 それにこの様子なら条件を提示しても叶えてくれそうな気がする。利用するなら今かもしれない。


「えーーっと、そうですね。確かに私も社内の人に顔を覚えてもらった方が、その後の仕事がやりやすくなると思いますけど……」

「そうそう、特に他部署だとしても総務だと色んなやり取りがあるから、知り合いになっておいて損はないわよ」

「ただ……その、やっぱり見知った顔が居ないと心細くて……。ほら例えば同じ部署の――――南澤さん……とか、誘えませんか?」

「……は? 南澤くん??」


 彼と仲良くなれるチャンスになるのなら、気が進まない飲み会も楽しくなる。気合も入るってものだ。

 それに北園さんは同期だから誘うのも簡単なはず。彼女は不思議そうに首を傾げていたが、最後には承知してくれた。


「……うん、そうね。彼なら気軽に誘えるし、邪魔にもならないと思うから良いわよ。南澤くんも誘っておくわ」


 希望通りの返答にテンションが上がってしまう。良かった、やはり言ってみるものね。しかもこれで北園さんに恩を売れるし、一石二鳥じゃないの。

 思いもかけず巡ってきたチャンスにテンションが上がった私は、帰り際に声をかけてきた峯西さんにもついその話をしてしまった。


「へぇ……みんなと飲み会に行くんですか。今東さんも来るのかな……」

「――――え?」

「なんかスゴく楽しそうですよね。良いなぁ……」


 彼女は羨ましそうに上目使いで私を見つめる。

 し、しまった、言うんじゃなかった。この態度は自分も行きたいというアピールよね? 今東の事を気に入ってるんだもん、そりゃこの話に食い付くわよね。


 だがあの女ったらしが彼女に目を付けていたとしたら、とっくに声を掛けてるはずだ。飲み会に参加したところで今更仲が進展するとは思えなかった。

 はぁ……周りを見回せば他にもイイ男が居ると思うのに、あんなヤバい吸血族の何処がイイって言うのよ。

 そう言ってやりたいものの、ヤツの本性をバラすのはNGだ。人間の彼女にとってはあずかり知らぬ話だし、どうしようもない。


 ま、いっか……。そもそも他人の恋路に構ってる場合じゃないし、今一番の優先事項はあくまでも南澤さんよね。

 そう考えた私はニッコリと笑う。そして彼女の期待通りの言葉を口にした。


「その……何なら、私の方から北園さんに頼んでみましょうか? ただの社内の飲み会ですし、一人ぐらい増えても構わないと思いますよ」


 峯西さんの顔がパァ……と明るくなる。頬が薄っすらと赤くなり、私の申し出にかなり高揚しているのが分かった。よほど嬉しいらしい。

 まぁここで峯西さんの好感度を更に高めておいて、南澤さんとの事を協力してもらうのも良いかもしれない。


 喜ぶ彼女を横目にそんなお気楽な甘い事を考えていたのだが……。



 ****



 ――――ショックな事に事は私の思い通りには進まなかった。


「……あれっ?」


 峯西さんと共にお店に入った私は慌てて辺りを見回す。なんと南澤さんが見当たらないのだ。

 あれ、おかしいな。会社を出る時にはもう居なかったはずなのに……? 首を傾げつつも目の前に座っていたコソッと北園さんに問いかけてみた。


「北園さん、あの……南澤さんはまだですか? 会社を出る時は見掛けなかったと思うんですけど……」

「えっ……?」


 彼女は意外そうに目を瞬かせる。


「アレッ? そう言えば代田さんには言ってなかったっけ。今日は用があるとかで実は定時で帰っちゃったのよ」

「……は?」


 アッサリとした説明に思わず思考が止まってしまった。か、帰っちゃったって……?


「えぇっ、どうしてですか? 南澤さんも誘うって言ってくれたじゃないですかっ」

「だからちゃんと誘ったってば。でも用があるんじゃ仕方がないでしょ。突然の誘いだった訳だし……」


 い……いやいや、突然だったのは私も同じなんだけどっ。


「で、でも……!」

「まぁ南澤くんとは毎日顔を合わせてる訳だし、今日は他部署の人との飲み会がメインだもの。彼の方はまた今度で構わないでしょ」


 ぜ……全然、良くないわよ、何言ってんのっ? どうしてこんな面倒くさいところに出向いたと思ってんのよ、南澤さんが交換条件だったからなのにぃ!

 怒りのあまり目の前がクラクラする。思わず貧血を起こしてしまいそうだ。


「……そうですよね。また部署の飲み会もありますもんね。その時で構わないじゃないですか。ね、代田さん」


 私の隣に座っていた峯西さんも素直に同調する。二人共、南澤さんに対してカケラの興味もない言いようだ。

 ちょ、ちょっと待ってよ、構うに決まってるでしょーーが! そりゃ峯西さんは今東さえ居れば、どうでも良いでしょ。満足よね。

 でも私は南澤さんが居ないんじゃ、こんな飲み会に参加した意味がないのよ!


「アレッ? もしかして南澤が来ないからゴネてるワケ? 妙に懐かれてるんだな、アイツ」


 フワリと吸血族臭が鼻をくすぐる。声をかけてきたのは勿論、今東だ。そのまま何故か私の横に座るので思わずギョッとしてしまう。


「そう言えば……代田さんとはあまり口を利いた事がないよね。俺は営業部の今東です。よろしくね」


 明らかにこわばった表情の私に何を誤解したのか、今東はニッコリと笑う。

 反対隣りの峯西さんのテンションが上がるのが分かったが、私の方はだだ下がりである。


 クッソー、女なら誰でも自分を受け入れると思ってんのか、この自信過剰男め。

 ホントだったら横に居たのは南澤さんだったのになぁ……あぁもう、今すぐここから立ち去りたい。

 ガックリして俯く私をどう誤解したのか、今東は猫なで声で囁いてくる。


「あーー、もしかして緊張しちゃってる? 北園さんの話では、なかなかの人見知りなんだってね。スゴく可愛いのにもったいないなぁ」


 はぁ? 何言ってんのよ、人見知りが派遣で渡り歩く訳ないでしょ。……って言うか吸血族臭と血の匂いがウザいから、近寄らないでほしいんですけどっ。


 そう冷たく突っ込んでやりたかったが、さすがにみんなの前でそんな態度を取る訳にもいくまい。

 今まで築き上げたイメージを壊したくないし、飲み会の空気も悪くなる。

 ここは誰にでも良い顔をしておくのがベストなんだろう。不快な気持ちをグッと堪えた私は、何とか今東に笑いかけたのであった。




お読み頂いて有難うございます。

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