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その05『ストーカーじゃないよ』

 その日、私は南澤さんをお昼に誘う。口実はこの間仕事を手伝ってもらったお礼だ。『迷惑をかけたのはコチラだから』と遠慮する彼を強引に外へと連れ出した。

 やっぱりこういうチャンスはちゃんとモノにしないとねーー。


「あの……代田さん。何だか気を使わせちゃたみたいで色々と悪かったよね。スゴく美味しかったけど、本当にココ、君の奢りで平気?」

「あ、はい、大丈夫ですよ。この間は残業を手伝って頂いて本当に助かりました。だからささやかな感謝の気持ちなんです」

「いや……そこまで恩に着るような事じゃないと思うけど……」

「そんな事ないですよ。それにこのお店に食べに来たかったけれど、一人で入るのは躊躇してたので助かりました」


 いかにも申し訳なさそうな南澤さんにとびっきりの笑顔でそう返す。初めて彼とランチを共にした私はかなりご機嫌だった。

 喜んでもらえて良かった、ネットで探しまくった甲斐があったわよね。


「またこうして仕事の相談をさせて頂いても大丈夫ですか?」

「あぁ、うん、勿論だよ。いつでも聞いてくれて構わないからね」

「有難うございます」


 南澤さんは眼鏡の奥の優しい瞳を細めながら、穏やかに頷いてくれる。

 うーーん……この態度ってどうなんだろう。多少は脈があるのかな? いつもほのぼの雰囲気で優しいけど、イマイチ心が読めないのよねぇ。

 でもまぁいっか、好印象を持ってくれてるのは確かみたいだし、もっとアピール頑張ろうっと。とりあえず二人の関係が進んだ気がして満足だった。


 南澤さんは午後が始まる前にまだやる事があると告げ、私を残して一足先に会社へ戻っていく。さてと、次はどんな口実にしようかしら……。

 彼を見送った私はそんな事を考えながらコーヒーに口を付ける――――と……


「お客さま、お待たせしました」


 明るくて柔らかな声と共に、目の前に小さなブラウニーを乗せた皿が置かれた。甘い香りが鼻をくすぐる。

 は……? 何なの、デザートなんて頼んでないんだけど?

 怪訝に思いながら店員の顔を見上げた――――が、とても背が高いその男は店員ではなかった。柔らかそうなアッシュグレイの髪がふわりと揺れる。


「……は?」


 なんと友重だ。カールした長めの前髪から覗く灰色の瞳は、からかいの色を含んでいる。その顔を眺めながら無意識にアングリと口を開けてしまった。

 な……何でコイツが居るのよ? しまった、吸血族臭が全然しないから反応が遅れてしまったじゃないの。


「ちょ……貴方、こんなところで何してんのよっ?」

「いやぁ……バッタリと会うなんて、スゴい偶然だよね」


 はぁっ? そのセリフ、この間も聞いたんだけどっ?? キツく睨まれても彼は動ずる気配はない。

 しかも図々しくも南澤さんが座っていた席に腰かけてしまった。澄まし顔にイライラしながらも、周りを気にして声のトーンを落とす。


「貴方……いつもの匂い(吸血族臭)はどうしたのよ? 全然なかったから存在に気付けなかったじゃないのよっ」

「あぁ……コレ? 実はイズミンが付けてる香水と同じ供試品だよ。現在男性用を開発中なんだけど良かった、ちゃんと機能してるみたいだね」


 自分では吸血族臭が消えてるのか良く分からないので、他人で実感するとその効力に改めて驚かされてしまう。――――しかし。


「ちょっと……いつもこうやって監視の名目で後を付けてるってワケ? まるでストーカーね、貴方達(ファロス)ってホントにキモ過ぎる組織だわ」

「えぇ? おいおい……ちょっと待ってよ、僕が君のストーカーだって?」


 私の嫌味に反応して、美しい灰色の瞳が大きく瞬かれた。


「さすがに誤解しないでくれる? 僕もそこまで暇じゃないからね」


 いやいやあまりにも偶然過ぎるでしょうが。だいたいこのケーキも何でこの男が持ってくる訳? 怪し過ぎるじゃないの。

 ムッツリしてケーキの皿を友重の方に押し退けると、彼はやんわりと手で押し留めた。


「あー……大丈夫、そんなに警戒しなくても毒なんか入ってないよ。このケーキはウチのオススメだから奢ろうと思って持って来ただけだよ」

「は? ウチ??」

「うん、この店のオーナーは僕だからね。今日は店長と話があってたまたま来店してたんだ」

「――――あ、貴方の店?? ココが??」


 予想外の説明に思わず口がアングリと開いてしまう。


「えぇっ? バー以外にも店を持ってたの?」

「まぁそうだね。一応ココだけじゃなくて、他にも複数の店舗を経営してるんだ」


 そりゃあんな組織を運営してるんだから、資金力はあるはずだと思ってたけれど……まさか、こんなところでも稼いでいたなんてビックリだわ。


「店長との話し合いが終わって帰ろうとしたら、イズミンが居るのが目に入ったからね。知らない相手じゃないし、せっかくだから挨拶ついでにデザートでもご馳走しようと思ったワケ」

「…………」

「もう……睨まないでよ、嫌だなぁ……ホントにただの偶然だよ。もう少し信用して欲しいんだけどなぁ」


 何が信用しろだよ、過去に私を脅したことがあるくせに図々し過ぎるんじゃないの。しかしいちいち跡を付け回してるってのは、確かに現実的ではない。


「……という事で良かったらケーキをどうぞ。美味しかったらまた来てね。テイクアウトもあるからね」

「…………」


 思わず突っ返そうとも思ったが、実はこのケーキに惹かれてこの店に来ようと思ったのだ。しかし残念ながら彼はデザートを注文しなかったので、今回は食べるのを諦めていたのである。


 まぁこの男は信用ならないけどケーキには罪ないよね。黙ってフォークを手にすると、彼は満足気な笑みをこぼした。

 口に運ぶと濃厚なチョコの甘みが口いっぱいに広がっていく。

 友重のヘラヘラした顔は気に食わないが、評判通りの味に心がホンワカした。あぁ……ハズレじゃなくて良かったわ。


「そう言えば……もしかしてあの人が今度のターゲットなのかな。彼の事、結婚相手として考えてるんだろ?」

「……!」


 思わず口の中のケーキを吹き出しそうになり、慌ててコーヒーで流し込んだ。

 そ……そっか、南澤さんと一緒に居たところまで見られたのか。前言撤回、やっぱり店選びに失敗したわ。

 はげしく後悔しつつも、どうやって誤魔化そうかと言い訳を探していると、彼はニヤリと笑った。


「でもまぁ、良いんじゃないの。とても優しそうな感じがするし、イズミンにしてはナイスな選択だと思うよ。もしかしてもう付き合ってるワケ?」

「――――! そ……、そうね。もう直ぐそうなる予定では……あるわ」

「そっか……確かに普通の人間をパートナーに選ぶのが一番だと僕も思うよ。同族を相手にすると色々と面倒だしね」


 う、うっさいわね、言われなくても絶対に選ばないわよ。って言うか、貴方のアドバイスなんか要らないんですけど。

 ムッツリしている私を眺めていた友重は、不意に声のトーンを落とす。


「でもさぁ……子供はどうするつもりなの?」

「へっ?」

「彼に吸血族の事は話せないけど、どうやって子供ができない事を誤魔化すつもりなのさ。種親を受け入れる気なんてないんだろ?」

「な……!」


 そ、それは……。かなり痛いところを突かれて思わず口ごもってしまう。


「べ、別に……下手に誤魔化す気なんてないわよ。ちゃんとできないって言うわよ。普通の人間でもあり得る事だし変じゃないでしょ。だいたい子供が居る事だけが幸せじゃないもの」

「それは同感だけどね。ただ……それでも彼は受け入れてくれるのかなって少し疑問に思っただけ」


 そりゃいくら優しい南澤さんでも『それでも構わない』などと言ってくれる自信はない。何の根拠もなかった。でも――――


「あ、貴方には全然関係ないでしょ。子供について悩んだ事もないでしょうし」

「どうしてさ。僕だって同じ仲間だろ。もっとも……僕は子供なんて要らないかな。僕自身子供時代にあまり良い思い出がないからね」

「――――え?」

「こんな外見だからさ。友達も少なかったし、陰口を叩かれる事も多かったんだよね」

「陰口……?」


 外見って言うのは、明らかに日本人には見えない事よね? でも可愛い容姿の子供だったのは容易に想像できるし、中身はアレだけど外面もかなり良い訳だし。

 陰口を叩かれるようなタイプには全然見えないんだけど? 首を傾げてる私に、友重はニヤリと笑ってみせた。


「何だよ、多分イズミンだって友達少ないよね。人間の友達もろくにいなさそうだし……」

「なっ……! し、失礼ね、人間の友達くらい普通に居るわよ。バカにしないでくれる?」


 カッとして咄嗟に言い返したものの、正直に言えばその言葉は当たってた。

 でも吸血族なら仕方がないじゃない。人間相手にホントの悩みを話す訳にはいかないんだもの。

 もっとも希世なんかは吸血族としての意識が薄いのか、人間の友達もちゃんと居るみたいだ。あまり物事を深く考えないタイプはホント羨ましいわよ。


「……前にさ」

「え……?」

「いや以前に『吸血族はマトモな恋愛ができない運命だ』って言ってたでしょ』


 友重の言葉に目を大きく瞠る。あぁ、そう言えば……ヤケクソでそんな事を言った事があったっけ。あれはこの男と初めて会った時だ。


「あの時、同じ事を考えてる仲間も居るんだなぁと思った。いや、吸血族なら少なからずみんな考えてるのかもしれないけどさ。僕達は人間を好きになっても……もしくは同族を相手にしても、必ず子供に関して制限が付いてしまうだろ」

「…………」

「だから正直に言えば僕もずっと思ってたよ。きっとこの先本気で恋する事なんてないだろうってね。だから君の言葉に反論ができなかった」


 私は大きく目を瞬かせて眼鏡の奥の瞳を見返す。こんな風に誰かに同意されたのは初めてのような気がした。


「ただ……やっぱりさ。たとえ困難だと分かっていても、他人からその言葉を聞くともう少し何とか前を向けないかなって思うんだよね」

「……え?」

「僕としては幸せになる同族が増えてほしいといつも考えてるんだ。だから罵られても毛嫌いされてもこの仕事を続けてるんだし……」


 そういう理由があるから、吸血族の世界秩序を壊さないようにしているって事? そりゃ一部が勝手な事をして人間に存在を知られてしまったら、それこそ種族全体が迫害を受けるだろうし。

 だから秩序を乱す者は排除しなきゃいけない事情も分かる。全体を守るために一部の犠牲は仕方がないとも思う。


 ――――でも。


「……私は好きでこうなった(吸血族)んじゃないわ」

「それはどんな生きモノでも生まれる場所を選ぶのは不可能だろ。イズミンだけが特別じゃない」


 キッパリ言われて、ついたじろいでしまった。灰色(グレー)の瞳が真っ直ぐに私を見つめてる。その真剣な眼差しに思わずドキッとした。


「そ……、そんな事は分かってるわよ。だから最善を選んで生きていくしかないし、懸命にやってるんじゃないの」

「色々とイラつく気持ちは理解するけどさ。でもそういう捨てバチみたいな発想するのは良くないと思うんだよ」

「なっ……!」


 ムッとして小綺麗な顔を睨み付ける。捨てバチだろうと諦めだろうと、吸血族に生まれた以上は仕方がないじゃないの。何なのよ、コイツ。

 だいたい自分だって同じ事を考えてるって言ったばかりでしょうが。人に説教できるような立場じゃないでしょ。


「何なのよ、四つも年下のくせに言う事が説教臭いのよ、本当に生意気だわ。腹が立つからもう二度と顔を見せないでくれる?」


 そう言い放つと椅子を蹴立てて立ち上がり、伝票を引っ掴んでレジに向かう。

 心の奥から『ファロスに喧嘩を売るのは寄せ』という警告が響くがもう止まらなかった。呼び止める声が聞こえたものの、あえて無視をする。

 サッサとお会計を済ませた私は、振り返る事もなく足早に店を出たのだった。



お読み頂いて有難うございます。

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