表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

その03『細かくて嫌味ったらしい男』

 ――――ま、また嫌な偶然が来た! 何でコイツがこんなところに!?


 実はこの男、顔見知りである。だから私の名前をサラリと口にできたのだ。

 柔らかなカールが掛かったアッシュグレイの髪。サイドと襟足が少し長めなのが少しだけチャラい雰囲気を醸しだしていた。

 額の上でフワリと流れる前髪の間から覗く瞳は、思わず見惚れてしまうような綺麗な灰色(グレー)だ。肌は滑らかで白く、形の良い唇は薄っすらと赤みを帯びている。

 とても目を惹くその外見は日本ではあり得なくて――――正に片言が似合う異邦人にしか見えなかった。


 鈴間は男に見つめられて、頭の中が混乱してしまったらしい。片言とはいえ明らかに日本語なのに、返答ができず口をパクパクさせていた。

 もっとも私も彼の事を笑えない。こんなところでこの男に出会うとは思わなくて、すっかり動揺していたのである。


「あ、貴方、何で……」

「ヤァ……清泉サン、久シ振リデスネ。元気デシタカ?」


 名前は友重(ともえ) 志信(しのぶ)と言う。吸血族であり、ファロスの拠点であるバーのマスターだ。この男と顔を合わせるのはコレで三度目くらいだろうか。当然の事ながら親しく話すような間柄ではない。


 ――――ま、まさか……今の今までずっと監視してたなんて事はないわよね?


 私達の関係は監視する者とされる者――――ただそれだけだ。好意的な感情など一切ない。緊張して顔が引きつる私達に構わず、彼は柔らかな笑みをこぼす。


「清泉サン、コチラハ、ドウイッタ知リ合イデスカ? 是非、僕ニモ紹介シテ下サイ」


 そう言いながら鈴間に向き直った途端、今度は別の言語でスゴい早口でまくし立て始める。英語でないのは分かったが、それ以外は何処の国の言葉なのか全く見当がつかなかった。勿論、隣に居る鈴間もポカーンと口を開けたままだ。


「ぇ、えぇっと、代田さん、この人、何語しゃべってんの?」

「……す、すみません、私にも良く分かりません」


 結局彼は『ソ、ソーリーね』と言いながら後ずさりしたと思ったら、そのまま走って逃げてしまった。後には呆然とした私だけが取り残されてしまう。

 あ、あの男……逃げ足、早っ……! 小さな舌打ちをしながら振り返ると、のほほんとしている吸血族の男(友重)を睨め上げた。


「あ、貴方ね……」

「アレッ……清泉サンノ彼氏、何処カニ行ッチャイマシタネ。紹介シテモラエナクテ、本当ニ残念デス」

「ぅ……うるさいわねっ、どうせ全部分かってて言ってるんでしょ。あんな男、彼氏なんかじゃないわよ」

「ヘェ……ソウダッタンデスカ?」

「あーーっ、もうっ、とりあえずその変な片言を止めてよね。そんな見た目でも一応日本人なんだから普通に話しなさいよ」


 そう、見た目は異国人にしか見えないがホントに彼は日本生まれの日本人らしい。しかし嫌味を気にする様子もなく口を開いた。


「まぁ、僕の外見でつたない片言やマイナーな言語で話しかけると、たいていの人がそのまま逃げ出してくれるんだよね。結構こんな事でも役に立つんだよ。もっとも言ってる内容はたいした事ないけどね。ただの自己紹介さ」


 まぁ……明らかに見た目が日本人じゃないから、その顔で知らない言語を喋ったらそりゃビビられるだろうけど……。


「一応イズミンが困ってるようだったから声をかけてみたんだよ。だけど話しかけない方が良かった? もし余計な事をしたんだったらゴメンね」

「ゔっ……!」


 鼻白む私を彼は笑みを含んだ瞳で眺めた。

 ク……クッソー、完全に追い込まれてたと分かってるくせに……この男、マジでムカつくわ。


「貴方って……いつもそうやって吸血族臭を嗅ぎまわってるワケ? ファロスって随分と暇な組織なのね」


 幾らコレがメシの種とは言え、私みたいな小物は放っとけばイイのに。もっと他人(仲間)に迷惑をかけてるヤツが幾らでも居るでしょ。

 彼は私の皮肉に、眼鏡の奥の瞳を瞬かせながら軽く肩をすくめる。


「あー……いや、さすがに僕だってココにイズミンが居るなんて知らなかったよ。ただウチ(ファロス)の香水の匂いに気付いてさ。少し気になって香りの後を追ったら、そこに居たのがイズミンだったんだよ」

「げっ……!!」

「相変わらずウチの香水を愛用してくれてるんだね。有難う」


 ウチの香水……って、そ、そうだった! 裏ルートから手に入れて何も考えずに使っていたけれど、コイツらにバレる危険性をすっかり忘れてた。

 匂いを嗅ぐだけで自分達の商品だと気付くに決まってる。二度と顔を合わせるつもりはなかったからスッカリ油断してたわ。

 動揺する私を眺めながら、友重はそっと声のトーンを落とす。


「でももう香水を手に入るルート、なくなっちゃったんでしょ。てっきり在庫を使い切っちゃったんだと思ってたよ」

「た、たくさん買ってあったのよ……」


 非常に苦しい言い訳だが他に何も思いつかなかった。まさか裏ルートを明かす訳にはいかないし。


「へぇ……そうなんだ。でもウチはキチンと在庫管理をしてるって言わなかったっけ? イズミンの代理人に最後に売ったのは、去年の年末だったと記録に残ってるけどね」


 彼の言葉に全く反論できない。くぅーー、ホンットに細かくて嫌味ったらしい男ね。そういうネチネチしたところがマジでムカつくっつーの。

 しかも『イズミン』なんて変なアダ名で呼ぶなって言ったのに、全く無視してるし。私の悔しそうな顔に満足したのか、底意地の悪い吸血族は柔らかな笑みをこぼした。


「でもまぁ今のところ入手ルートを詮索する気はないから、深くは問わないよ。何よりもウチの香水は君にとって命綱なのが分かってるしね。それよりも欲しい時は直接ウチを頼ってくれて構わないんだけどな。僕とイズミンの仲じゃないか」

「……は?」


 な、何を企んでるのよ、コイツ。咄嗟に身を引いた私は、その小綺麗な顔を胡散臭く思いながら眺める。

 害なんて考えられない魅力的な笑顔だが、コイツの裏の顔を知ってる者としては、言われるままに騙されるつもりなんてない。


「貴方……私の事を敵とみなして監視してるんでしょ。それなのに香水を売ってくれるなんて、どういう風の吹き回しなワケ?」

「そりゃ確かに君に危うさは感じてるよ。でもそれなりに困ってるのも分かってるからね、僕だってそこまで鬼じゃないよ。何よりもウチは同族の幸せの為に商売してるんだからね」


 はぁ? サラッとウソつくんじゃないわよ、絶対に何か企みがあるってコッチには分かってるんだからね。コイツらがただの親切で妥協するはずがないもの。


「……代わりに何が望みよ?」

「うーーん、望みかぁ……。そうだね、あえて言えば吸血族の情報が欲しいかな。イズミンの周りで気になる同族が居たら、是非とも教えてもらいたい。それと交換で香水を売ってあげるよ」

「情報……?」

「取引としてイズミンに損はないと思うけど?」


 あー……なるほど、ギブアンドテイクって事ね。まぁそういう考えでの申し出なら理解はできるけど。

 ファロスってやたらと情報網が広いと思っていたが、そんな風に協力する仲間もいるのか。なるほどね。


 実は過去に、同族の男にストーカーまがいの事をされた事があった。社員ではなく派遣で働いているのは、いざという時に逃げやすいからだ。

 そういう迷惑な同族をどうにかしてもらえるのなら、私にとっても悪い事じゃないと思う。


「……分かった。そういう事なら協力してあげても良いわよ」

「そう? じゃあ何かあったら店か僕に連絡をくれれば良いからね」


 友重はそう言ってニッコリと笑うと、私に名刺を差し出してきた。持っていたスマホでQRコードを読み込む。

 ファロスもこの男も全く信用できない。だが利用価値はある。それにただ監視されて生きるよりはマシだ。

 足元をすくわれないようにだけ気を付けて、上手く利用してやれば良いのよ。


 ――――と、その時――――


「……ちょっと志信さん。いきなり消えたから、何処に行っちゃったのかと焦ったじゃないですか」


 友重の背後から一人の女性が声をかけてきた。品のある黒髪のショートカットがサラリと揺れる。年齢的に二十代前半ぐらいだろうか。まぁ確実に私より若いと思う。

 メイクは地味だが、それがハッとするような美貌を引き立てている。スラリと背が高く、友重と並ぶとまるでファッション雑誌のモデルのようだ。


 そして例にもれず、彼女からも吸血族の匂いが漂ってくる。初めて見る顔だがこの女性もファロスに所属してるんだろうか。

 しかし私を見つめる深黒の瞳はとても冷ややかで、明確な敵意に満ちていた。友重の腕を掴んで私から引き離そうとする態度も露骨だ。

 すると友重の表情が珍しく困惑した雰囲気に変わる。


「あ……ちょっとサエちゃん、顔がムチャクチャ怖いよ?」

「はぁ? 仕方がないでしょう、志信さんがあまりにも無防備過ぎるからです」


 イライラしながらそう言い放つと、こちらを乱暴に指差す。


「だいたい目を離した隙に、どうしてこんな性悪女と一緒に居るんですか!」

「あー……それはたまたまと言うか……」

「この女は信用しちゃダメって前にも言いましたよね? 常に自分の損得しか考えてないんですよ。声をかけたところで不愉快な思いをするだけです」


 あまりの一方的な言われように思わずムッとなる。

 ちょっと……。そりゃ自分の性格がイイだなんて思ってないけど、この人だって人の事は言えないんじゃないの。不愉快にさせるのはお互い様だわ。

 今にも一触即発の状態で睨み合う私達に、友重がヤンワリと間に入った。そして彼女の背中に手を回して軽く押す。


「あぁ……分かったよ、サエちゃん。色々と手間かけさせてゴメンね。早くお店に戻ろう」


 彼女を見つめる瞳はとても優しい。何だろう……この子は恋人か何かって事? 血も涙もないファロスの人間が、そんな顔ができるなんて驚きなんですけど。

 思わず呆れ返っていたら、そんな私に友重は軽く手を振った。


「それじゃあ……何かあったら連絡をヨロシクね、イズミン」

「……って言うか、その変なアダ名で呼ぶのは止めてよね。誰がイズミンよ、前にも注意したのを忘れたの?」

「えー……別に良いじゃん、可愛い呼び名だと思うんだけどな」

「はぁっ?」

「だからもういい加減にして下さいよ、志信さん!」


 私と彼女――――サエに同時に睨まれた友重は肩をすくめると、そのまま人混みの中へと消えていったのだった。



お読み頂いて有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ