オマケのエピローグ*サエ
ブクマと評価して下さった方々へのお礼の為に取り急ぎ追加しました。本編では削ってあった設定部分が書いてあります。サエの視点です。
更新時は検索除外にしてありますが、少し時間を置いてから解除します。
「はぁ……」
バーに辿り着いた私はドアを開けた途端、大きなため息を洩らしてしまう。開店前なので誰も居なかった。勿論、今日は希世のバイトの日でもない。
すっかり秋めいて来た所為か、夜になると冷え込むようになったと思う。身体が冷えたのか少し寒かった。
バーの店主――――志信さんはカウンターでPCをイジってたらしい。振り返った彼はいつもの柔らかい笑みを浮かべると、私に声をかけてきた。
「やぁサエちゃん。お使いご苦労さま」
「あの、すみません……ちょっと冷えたんで、何か温かい飲みものをもらえますか?」
「あぁ……了解。今日辺り少し寒くなったよね」
彼は優しく頷くとカウンター内に入って、ホットココアを用意してくれる。甘さはかなり控えめだ。
私は彼が座っていたスツールに腰掛けると、カップに口を付けながらホっとひと息つく。それから上目使いで彼を見上げた。
「あの……志信さん、今日はお店を開けるんですか?」
「え? あぁ、うん、そうだね。ここ二日間全然開けてなかったから、女の子達から催促が来ちゃっててさ。ソレに本業の方からも香水の問い合わせが来てるし」
「ふーーん……」
このお店はバーをやっているが、本業は同族の為の裏ショップとなっている。
もっとも彼の言う女の子達ってのは人間ばかりで、このお店の女性占有率は半端なかった。つまりそれだけ志信さんはモテる。
だけど人間にも……ましてや吸血族の中にも彼の本命の女性は居なかった。
彼は誰とも恋愛するつもりはないらしい。まぁ吸血族の性質上、珍しい事ではなかった。
吸血族の男性は女性と違って子供を産めないので誤魔化しが効かず、種親でもやらない限り子供をもてない。だからどうしても独身率が高くなってしまうのだ。
――――だけど……。
私は上着のポケットに入れてある小さな包みをそっと触る。
本人にも許可されてるんだから、直ぐにゴミ箱に捨てれば良かったのに……どうしてもできなかった。
言われた通り彼に渡すか少し迷ったものの、私が後生大事に持ってるのも変な話である。小さなため息をつくと、クッキーの包みをカウンターの上に置いた。
「志信さん、コレを……預かってきました」
「……え?」
再びPCを覗き込んでいた彼は、灰色の瞳を瞬かせてその包みを見下ろす。
「あぁ……、お店のパティシエから? 新作のお菓子?」
「い、いえ、違います。その……代田清泉からです」
「えっ、イズミンが? 彼女、また店に来たの? ファロスの系列だと知って尻込みしてたのになぁ。でもあの彼女がサエちゃんに言伝するなんて珍しいね」
そ、そりゃ私だって頼まれたくはなかったけれど……。
「実は……お店で人間の男にフラレてたみたいです。どうやらその男にあげる為にコレを作ってきたらしくて……」
「えーー、フラレたの? マジで??」
彼は驚いたように目をパチクリとさせたものの、それ以外の態度は普段と変わらないように見えた。動揺などは感じられない。
「うーーん……そっか、あの彼にフラレちゃったのか。イズミンももう少し地を出しても良いと思うんだよねぇ。もっと露骨に好意を示さないと男は気付けないよ」
「でも……あの女が地を出したら、性悪なのがバレバレじゃないですか」
「性悪って……ホントサエちゃんはキツい事言うなぁ。僕はイズミンぐらいじゃ性悪なんて言えないと思うけど?」
はぁ? あの女が性悪じゃないってどれだけ甘いのよ。私は口を尖らすと、ニコニコしている志信さんを見上げた。
「少し前から思ってたんですけど、何か……代田清泉に関してだけ、ちょっと庇い過ぎじゃないですか?」
「えっ? まさか、そんな事ないよ。別にサエちゃんと変わらないでしょ。君も良く他の同僚から苦情が来てるしね」
「えっ! く、苦情ぉ??」
「ファロスの狂犬だって……言ってくるヤツもいてさ。確かに片っ端からケンカ売るのは、僕も控えた方が良いと思うけどね」
「きょ、狂犬!?」
しっ、失礼ね、そんな事を吐かしたヤツは誰よっ。まるでヤクザの通名みたいじゃないの!! 思わずムッとする私をなだめるように、彼はニッコリと笑った。
「勿論、その場でヤンワリと否定してるけどね。やっぱり可愛い妹を他人からそんな呼ばれ方されたくないでしょ」
「ゔっ……!」
一番弱いところを突かれて思わず口ごもる。
実は私と志信さんは戸籍上では関係ないが、同じ種親を持つ腹違いの兄妹だ。
公にはしてないので、ファロス内でもただの部下だと思ってる人が多い。
まぁ私自身それを知ったのはかなり成長してからだ。だから兄と呼んだ事はないし、外見も全く似てない。そりゃ他人から気付かれないのも無理ないが……。
「でもホントに珍しいね。どうして彼女のお使いを引き受ける事になったんだよ。あんなに仲が悪かったのにさ」
「そ、そりゃ……あの女がゴミ箱に捨てても構わないなんて言うから、ちょっと悩みましたけど……」
「えー、ゴミ箱に? いやぁさすがイズミン、豪気な事を言うねぇ。それなのにサエちゃんは捨てなかったんだ?」
クスクス笑いながらそう問われて、思わず黙り込む。ホントはあまり言いたくない……けど、コレは白状しなくちゃいけないのだ。
「だ、だって……。別に声をかける必要はなかったのに、軽い気持ちでフラレた事をからかっちゃったんです」
「……うん?」
「でもこのお菓子を取り出した時、一瞬だけ泣きそうな表情に変わったんですよ。直ぐに憎まれ口を叩いてたけれど、その時の印象が妙に心に残っちゃって……」
まさかあんな顔をするとは思わなかったのだ。それで何だが後味が悪くなっちゃって、捨てるに捨てられなくなっちゃったのである。
「あー、なるほど。思わず良心の呵責に苛まれたって訳か。ふーーん、ホントに良い子だね、サエちゃんは」
まるでからかうような口調で言われて、思わずムッとなった。
だ、だって仕方がないじゃない、あのタイミングでの揶揄はするべきじゃなかったって、つい後悔しちゃったんだもの。
だいたい本気で好きな訳じゃなかったはずでしょ。それならあんな傷付いた顔をしなくても良いのに……!
むくれたまま俯く私の頭を志信さんは、優しい手でポンポンと叩く。それから目の前のクッキーの包みを取り上げた。
「それじゃあ、またイズミンに会ってコレのお礼を言わないとな」
「……は?」
今度は私が目をパチクリさせる番である。え……ちょっと志信さん、今の私の話、聞いてました?? そんな事をしてもフラレた事に対しての、ただの当て擦りにしかならないんじゃ……?
「ま、待って下さい、志信さんの顔を見たらあの女、また怒りだすと思うんですけど?」
「うーーん……まぁそうだろうね。僕やファロスをスゴく毛嫌いしてるし。でもさ、溜め込んだ怒りを発散させた方が、スッキリする場合もあると思わない?」
は? 怒りを発散? えっ、ちょっとソレって……!? 思わずギョッとした私は前のめりで口を開いた。
「ま、まさかその為に会いに行くつもりですか? わざわざ怒鳴られに行くなんて……もしかして志信さんって、ドMですか?」
「あー……うん、そうかもね」
クスクス笑うその表情から本心は何も読み取れない。いくら兄妹だと言っても、本当に何を考えてるのか見当もつかないのだ。
ただ……それでもやっぱり代田清泉に対しては、特別甘いような気がする。
いつも傍にいるからこそ感じる……きっとただの気の所為じゃないと思う。でも何度問いかけたとしても、多分彼は本音を洩らさないだろう。
本当に……面倒くさいタイプよね。袋を開けてクッキーを噛じる小綺麗な横顔を眺めながら、私は今日何度目かのため息をつくのであった。
お読み頂いて有難うございました。