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その12『胸の奥がチクンと痛む』

 南澤さんが私を探していたのは何やら重要な話があったらしい。しかも私用の話だという。社内では話せない内容だと言われたので、改めて次の日の退社後、外で待ち合わせをした。


 もしかして……今東とのウワサを聞いて、私への想いに気付いたのかも?


 あんなアホらしいウワサも、少しは役に立ったのかもしれない。そんなお気楽なことを考えた私は、ウキウキしながら南澤さんとの待ち合わせ場所に急いだ。

 指定されたの店は以前ランチを共にした友重の店である。


 うーん……さすがにあの後じゃあ来づらいんだけどなぁ……。ヤツが居たらどうしようかと警戒したものの、ラッキーな事に今日は見当たらなかった。

 まぁ……さすがにあの男もそこまで暇じゃないわよね。ホッとしながら私達は向かい合わせで座る。メニューに目を落とす彼に私は明るく声をかけた。


「あ、ここのブラウニーがなかなか美味しいんですよ。一緒に頼んでみませんか?」

「えっ? あぁ……うん、甘いモノは好きだけど、今回は遠慮しとくよ」


 うーーん、そっかぁ……それじゃあ私も見送るしかないわね。一人でバクバク食べる訳にはいかないし。


「それより取り急ぎ用件を言うね。実は……君を呼び出した理由なんだけど……」

「あ……はい」


 私は飛び切りの笑顔を彼に向ける。どんな言葉でも全部受け止めます……の気分だったが、彼の口から出た話は予想外の内容だった。


「その……代田さんにこんな事を言うのはスゴく恐縮するんだけどさ。実は彼女が代田さんの存在を気にしちゃって、困ってるんだよね」

「――――は?」


 か、彼女? え、誰っ? 何の事?? 思わず眉をひそめる私に気付かない彼は話を続ける。


「僕としてはちゃんと説明してるつもりなんだけど……どうも一緒に昼に行った事で、妙に疑われちゃってるんだよね。仕事の話をしてただけなのに、本当に参っちゃうんだけどさ」


 ちょ、ちょっと待って、この言い方って……まさか『彼女』って『恋人』って意味じゃないわよね?? 予想外の言葉に私は完全に固まってしまった。


 混乱する私を誘導するように、彼はチラリとカウンターの方へと目をやる。

 そこにはコチラをチラチラ見ている女性が座っていた。少し地味な二十代半ばくらいの若い女性だ。

 一瞬誰なのか分からなかったが、そう言えば営業辺りで見かけたかもしれない。


「……その、社内の同僚にはほとんど内緒なんだけどね。実はずっとあの彼女と付き合ってるんだ」

「――――へ??」


 つ、付き合ってる……って言うのは、つまりあの子が恋人って事!? えっ、ウソ、社内にそんな人が居たのーーっ?

 あまりの大きな衝撃に目の前が眩んだ。背筋を冷や汗が流れ落ちていく。私の動揺に全く気が付かない南澤さんは、苦笑しながら頭を掻いた。


「女の人ってどうしてあんなに疑うんだろうね。君と僕がどうにかなるなんてあり得ないのにさ、仲が良過ぎてオカシイって強く追求してくるんだよ」


 あー…………。


「代田さんみたいな美人が僕なんか相手にする訳ないって言っても、全然聞き入れてもらえなくてね。この間なんかそれで大ゲンカになっちゃったんだよ」

「……は、はぁ……」


 南澤さんって……ホントのん気な人なんだな。そりゃ彼女なら、周りをうろつく女が居れば気になるのは当たり前なのにね。

 それに……同僚に気付かれないように気を使ってはいたけれど、私が彼を狙っていたのは事実だもの。女の勘、まさに恐るべしだわ。


「だから代田さんに僕達の事をちゃんと僕達の仲を話すよう頼まれてさ。そうしたら納得するからって聞き入れなくて……」

「な、なるほど……」

「代田さんには全く関係ない話なのに、会社帰りにこんなところまで呼び出した挙句に、一方的な話を聞かせちゃって本当に申し訳ないよ」

「い、いえ……私も知らない事とはいえ、図々しく頼ってすみません。彼女さんには申し訳ない事をしました……」

「あーいやいや、仕事なんだから代田さんは一ミリも悪くないよ。彼女がちょっと疑り深いだけなんだよね」


 え、えーーっと、その……。ヒドく決まりが悪くて口ごもっていると、彼は更に衝撃的な事実を口にした。


「実は……籍だけでも早く入れる予定でさ。互いの上司にはもう話してあるんだ」

「……へ? せ、籍、ですか??」

「その……更にお恥ずかしい話なんだけど、もう彼女のお腹の中には子供が居るんだよね……」


 こ、子供……? 思ってもみなかった言葉にポカーンと口が開いてしまう。

 だ、誰が草食系だよ、ヤる事はちゃんとヤっちゃってるんじゃん。もう……何なのよ、イメージと全然違うじゃないのよぉ……。


「でも代田さんと今東のウワサを聞いて、やっと彼女も納得してくれたんだ。あ、勿論あの変な部分は否定したよ。代田さんはそんな人じゃないからね」

「……は、はぁ……」

「僕も妙な誤解がとけて安心したよ。イライラすると彼女の身体にも悪いからさ。まぁ妊娠なんてしてたから、代田さんとの関係を誤解したと思うんだ。悪気はないと思うから許してやってね」

「と、とんでもないです!」


 深々と頭を下げられて慌てて首を振った。更に彼はそこで、あ……と呟く。


「そういや……ウワサと言えば、今東の事だけど。何かアイツ、このところスゴく憔悴してるよね。友人として言わせてもらえば、代田さんには見捨てないでやってほしいんだ」

「……は?」

「ちょっと女グセは悪いけど、根は悪いヤツじゃないんだよ。僕達の事を色々と応援してくれたし……」

「ぐっ……!!」


 急所を突かれて思わず顔が引きつりそうになる。別に南澤さんは嫌味で言った訳じゃないんだろう。この人はホントに良い人なのだ。

 でもそのウワサは誤解なんですってば。そう否定したいところだが、この状況で事実を言う訳にもいかなかった。私は言葉を呑み込むと、恐る恐る頭を下げる。


「あ、あの……、ご結婚、おめでとうございます」

「え! あー……いや、ちょっと恥ずかしいけど……でも有難う、代田さん」


 何の裏もない嬉しそうな声と照れた笑顔に、胸の奥がチクンと痛むのを感じる。

 そっか……南澤さん、子供ができて嬉しいんだね。まぁそうよね……彼ならスゴく優しいお父さんになれそうだもん。彼女ともお似合いだと思う。

 しかも……私では絶対に与えてあげられない幸せだ。


 だって私は吸血族だもの……。


 寄り添って店を出ていく二人を見送ると、ドッと疲労を感じてグッタリしてしまった。あー……このまま部屋にワープして寝たいわよ……はぁ。

 深いため息を洩らしつつも、何とか立ち上がって伝票を掴む。南澤さんは自分が出すと言い張ったが、お祝いの気持ちだからと奢らせてもらったのだ。

 そのまま重い足取りでレジへと向かう私だったが……。


「ウチのお店をご利用いただいて有難うございます、代田さん。この間は痛い思いをさせちゃってゴメンなさいね」

「……は?」


 嫌味っぽい口調が響いて弾かれたように顔を上げると、レジに居たのは店員ではなかった。なんとサエである。

 私にディスられても変わらずパンツスーツ姿の彼女は、視線が合うと漆黒の瞳をスッと目を細めてみせた。

 げげ……! ファロスの店だとは分かってたけど、まさかこの暴力女と顔を合わせるなんて思ってもみなかった。マジで最悪じゃないのっ。


「ふーーん……てっきり志信さん目当てで来店したのかと思ったけど、まさかの男連れとは意外だったわね」

「ちょっと……何で友重が出て来るのよ、ホントに貴方達ってウザいわよね。人のプライベートにいちいちチェック入れて来るんじゃないわよ」

「ねぇ、代田さんってああいう男がタイプなの? 随分と地味好みなのね。何の害もなさそうな平凡過ぎる男じゃないの」


 一番痛いところを突かれて動揺する私に、彼女は珍しくニッコリと微笑む。


「でもあの男、残念ながら他に女が居るみたいね。仲良く帰って行っちゃって残念だったわよね。あんなに分かりやすく媚を売ってたのにね」


 クッ、クッソーこの女、最初から最後までずっと見てたワケぇ? アッサリとそう言い放った顔を、忌々しい思いで睨み付けた。

 わざわざ傷口に塩をぬるためにレジで待ってたなんて、どれだけ暇なのよ、この女は……!


「ちょっと……コソコソ観察してたなんて、貴方のボスと同じでゲスな趣味をしてるのね。本気でキモいわ」

「あのねぇ、別に見たくて見た訳じゃないわよ。たまたまこの店に用事があっただけよ」


 はぁ? 何言ってんのよ、そんな言葉信じられるかっつーの。


「だいたい(ファロス)の店に来るのが悪いんじゃないの。それに志信さんはゲスじゃないわよ。貴方の方こそマジで自信過剰よね」


 私達はムッとしたまま睨み合った。ホントにこの女だけはいけ好かない。どうやらその意見だけはピッタリ合っているようだった。

 しかしさすがにまたココで怒鳴り合う訳にもいかないので、私は罵りの言葉をグッと飲み込む。


 フンだ、どうせこんな店、もう二度と来ないわよ。金輪際この人達には関わりたくないもの。


 イライラしながら会計のためにスマホを取り出そうとして、ふとバッグの中のクッキーの袋に気付く。

 そう言えば昨夜時間があったので、南澤さんにアピールしようと思って張り切って作ってきたのだ。もっともあんな状況ではとても渡せなかったけれど……。

 私はやや乱暴に袋を掴むとレジ台の上に置く。サエは胡散臭そうな目つきでソレに視線を落とした。


「……? 何よ、コレ」

「もう要らないからあげるわ。さっきの彼にあげるつもりだったけど、とりあえず友重にでも渡してよ。勿論毒なんか入ってないわよ」

「――――は?」

「この間助けてくれたお礼とでも言えば良いわ。でもどうしても渡すのが嫌なら、このままゴミ箱に投げ入れてくれても構わないけどね。どうせこのまま持って帰ってもそうなる運命だもの」

「えぇ? ちょっ、ちょっと待ちなさいよ……!」


 投げやりな言葉にさすがに面食らった表情を見せたが、構わずに決済するとサッサと外に出た。

 空を見上げるといつの間にか厚い雨雲が広がっている。急がないと今にも降り出しそうだったが、折りたたみ傘を取り出す気にもなれなかった。


 はぁ……ムチャクチャ疲れたな……一刻も早く部屋に帰りたいよ。

 もっともコレで今の会社には何の未練もなくなったし、次に行く決心がついた。結果的にはこうなって良かったんだと思う。


 近いうちに派遣の営業に連絡して、次は契約更新しない事を告げよう。またオロオロしながら泣き言を言うだろうが、何としても次の契約先を探してもらおう。


「そうよ、次よ、次。新しい会社で絶対にイイ男に出会ってやるんだから……!」


 今の私に落ち込んでる暇などないのだ。気持ちを切り替えて次のターゲットを探すしかない。そして今度こそ普通の人生を掴んでみせるのだ。

 さっきまでの気持ちを振り払うように顔を上げる。外はラッシュ時間の所為か、かなりの人々で混み合っていた。その間を上手くすり抜けながら、私は駅の地下通路を目指して足早に歩いて行くのだった。



読んで下さる方々のおかげで投稿出来ました。モチベを下さって本当に感謝です。

最後までお付き合い頂いて有難うございました。

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