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その10『吸血族ホイホイ』

「あーー……その、実はさ、このホテルって吸血族ホイホイなんだよね」

「は……はぁあ?」


 いきなり何言ってんのよ、この男。寝ぼけてんの? 眉をひそめる私に、友重はニッコリと笑う。


「ネットで吸血族が集まる掲示板とか聞いた事ない?」

「掲示板?」

「そう。そこでここのホテルは大量の血液が残っていたとしても、知らん振りして通報しないって情報を流してあるんだ」

「は……はぁ? 何でよ?」

「血液の始末は色々と面倒だから、そのウワサを聞いた仲間が結構集まってくるんだよ。ほら吸血族が事件を起こす場合、ウチが分かる範囲で起こしてくれた方が対応するのに楽でしょ。だからこのホテルは吸血族ホイホイなんだ」


 きゅ、吸血族ホイホイって……あまりのアホらしさに言葉を失ってしまう。

 いや確かに縄張りで事を起こしてもらう方が都合良いのは分かるけどさ。今東のサービスが良いとか言ってたのはその事だったのか。


「君と一緒に居た彼はウチの常連なんだけど、前から人間相手に取っ替え引っ変え吸血し過ぎてたんだよね。その行動の危うさに要注意リストに入れてて、もうそろそろ警告しないとマズいかなとは思ってたんだけどさ」

「あー……」


 そりゃそうよね。あんなに派手に血の匂いを漂わせてたら、ファロスに目を付けられて当然だわ。あの男、マジでバカよね。


「しかも今回の相手は同族の女の子だって言うだろ。どうやらウチの香水を使用してるって言うから気になってね。彼がイズミンの同僚なのは知ってたし」

「げ……!」


 ま、まさか……それで情報が欲しいとか言ってたワケ? なるほど、今考えてみればかなり意味深な言い方だった。本音は今東の事が知りたかったのか。


「それで送られてきた映像を確認したらイズミン本人じゃん。君は吸血族をかなり嫌っていたはずだし、男の正体に気付いてないはずがないだろ。さすがに不穏過ぎると思ったんだ」


 くっ……やっぱりホテルに入った時からチェックされてたのか。そりゃ顔を隠しても事情を知ってる同族なら匂いでバレるわよね。


「それで……どうして吸血族(あんな男)とこんなところに来たんだよ。だいたい君が落とそうとしていたのは、人間の男だったはずだろ?」

「う、うるさいわね。なりゆきでそうなっただけよ」

「まさか強制発情を起こさせるために、自分の血を吸わせたとかじゃないよね?」


 探るような口調でそう問われて、前科持ちの私は思わずドキッとしてしまう。

 以前まさにそんなバカな事をしでかした所為で、現在彼らから監視対象にされてしまってるのだ。

 でもあの頃はホントに強制発情を甘く見過ぎていたと思うし、スゴく後悔しているから同じ過ちを犯すつもりはなかった。


「バ……バカ言わないでよ、今更そんな事をする訳ないでしょ。もう以前の事で十分懲りてるし、だいたいあんな男なんか大ッ嫌いだもの」

「ふーーん?」


 動揺しまくる私に彼は疑わしげに目を眇める。信用してもらえたかは怪しいが、懲りてるのは分かってるんだろう。それ以上深く追求はして来なかった。


「とにかく……軽はずみに吸血族の男と二人っきりになるのは避けた方が良いね。いい加減に理解して欲しいんだけどな」

「……だ、だから分かってるわよ、何とかできると思った私の認識が甘かったと思うわ」


 そこは全面的に認めるわよ。でも……!


「それにしたってこんな場所まで用意して同族の動向をチェックしてるだなんて、本当にゲスな組織よね。相変わらず貴方達のやる事にはゾッとするわ」

「まぁ……確かに下品な事をしてるのは否定しないけどね」


 私の嫌味に友重は少し苦笑したが、直ぐに穏やかな口調のまま話を続ける。


「でもウチ(ファロス)の役目は、吸血族が静かに人間社会で存続させる事だからね。全体が生き残る為には、規律を乱すイレギュラーの排除は仕方がないと思わない?」

「…………」

「みんなの生活を脅かす存在は見逃す訳にはいかないんだよ。イズミンには横暴に思えるかもしれないが、ファロスの目的は同族の存続と人間社会で静かに生きていく環境を作る事なんだ」


 そ、それは……多分、間違ってないと思う。だからお前も余計な事はするな、大人しく目立たないように生活しろって事よね。

 あのまま強制発情を起こしたらヒドい状況になったはずだった。発情を治めるにはそれなりの手間がかかるのも知ってる。

 この男はいけ好かないし信用ならない――――けど。私は彼の二の腕に視線を落とした。


「……ねぇ、アイツに咬まれた腕は大丈夫なの?」

「えっ? あぁ……平気だよ。そりゃ吸血と違って思いっきり咬まれたから、痛みはキツかったけどね。でも吸血族の治癒力の高さは知ってるだろ。直ぐに手当したからもう傷は塞がってるし、二、三日すれば痕も消えるよ」


 見せてもらった二の腕には咬まれた痕が生々しく残っていたが、既に穴は塞がっていた。血は綺麗に拭き取られている。

 彼は前屈みになると私のうなじを覗き込んで小さく頷いた。吐息がかかるようなその近さに、思わずドキッとしてしまう。


「ほら、イズミンの方も痛みとかないだろ。肌が修復に動いているから、数日経てば元通りになるよ」


 言われて鏡に映してみると確かに貫通痕は塞がっている。赤くなっているが彼の言う通り数日で綺麗になるだろう。


「――――ただ男に咬まれた不快感は消えてないけどね。はぁ……本当に最悪な気分だよなぁ」

「……男? 吸血するのに性別が関係あるの?」


 正直には言いたくないが、話に聞いた通り吸血されるのはかなり気持ち良かった。血を吸われた人間が恍惚のあまり意識が保てなくなるが、あの気持ちがつくづく理解できたくらいだ。首を傾げていると友重は嫌そうに目を眇めてみせる。


「あのさぁ……そりゃそうでしょ。同性の血を吸っても強制発情しないじゃん。どうやら生殖本能が関係してる所為って言われてるけどね」


 あー……なるほど、そうなんだ。同族なら男女差なんてないんだと思ってたわ。


「それに吸血行為ってのは求愛行動だからね、女の子に咬まれた方が嬉しいに決まってるでしょ」


 きゅ……求愛行動? 吸血族の性質上、吸血とは生殖のためとしか考えてなかったので、その言葉はとても意外だった。


「うわ……貴方って随分とロマンチックな事を言うのね。あんなのは……ただの欲望だと思うけど」

「えー……イズミンの方こそホント現実的な事しか考えてないよね。……って言うかさすがに発想がオッサンクサくない?」

「は、はぁぁぁあっ?」


 じ、事実でしょうが! だいたいさっきの今東の姿を見れば求愛なんかじゃないのは明白でしょっ。それなのにそんな言われ方をする筋合いなんてないんだけど。思わずムッとする私に友重は苦笑しながら頭を掻いた。


「――――まぁ、あんな目にあったんだから、色々と否定したい気持ちは分かるんだけどさ。でもやっぱり吸血族の全てを悪と考えて、人生を諦めるのは違うと思うんだよね。きっとそれなりに幸せになる方法はあると思うんだ」

「…………」


 また説教か……とは思いつつも、その口調にしんみりしたものを感じて思わず黙り込む。

 そりゃ夢のひとつも見たい気持ちはある。でも……やっぱり無理よ、幸せになんかなれっこないわよ。

 ムッツリしたまま俯いていると、彼もそれ以上は何も言わなかった。気まずい空気が流れて居心地の悪さを感じた私は、そっとその横顔を盗み見る。


 やや薄い灰色の瞳は私の周りではとても珍しく、頬のラインが優美な線を描いている。決して好みではないが、改めて見てもホントに整った顔立ちだと思った。

 この人、私なんかを急いで助けに来てくれたのよね……。ただの咬まれ損なのに……ホントバカな男。

 思わず手を伸ばして傷痕が残る二の腕に触れてみるととても温かい。友重は驚いたように振り返った。


「……イズミン? どうかした?」

「その……、お礼がまだだったわよね。助けてくれてホントに有難う」


 感謝の言葉を口にすると友重の瞳が大きく瞬かれる。な……何なのよ、その意外そうな表情は。礼も言わない失礼なヤツだと思ってたワケ?


「もしかして……もう、怖くないの?」

「そ、それは……やっぱり少し怖いけど。でも、もう大丈夫よ」


 取りあえず今は……だけど。俯いて小さなため息を洩らしたら、不意に友重が私の手の上に自分の手を重ねてきた。温かくて大きな手の感触にハッとなる。


「そう、それなら良かった……」

「…………」


 思わず彼を見上げると、綺麗な灰色の瞳と視線が交わってしまって直ぐに目を逸らしてしまう。

 しかし視界に入れなくなると、今度はヤツの匂いを意識して鼓動が跳ね上がった。甘い吸血族臭に喉が急激に干上がっていくのを感じて思わずツバを飲み込む。


 やはり……この渇きは先ほどと同じ、吸血欲求……なんだろうか。しかしあの時ほど切羽詰まるような感じではなかった。

 いったいどうしたんだろう。吸血族臭なんて不穏さしかなかったのに、何故かこの男の場合はあまり嫌じゃないような気がする。

 どうして友重の血を吸血したいなんて思っちゃうんだろう。ホントに今東に襲われたショックの所為だけなの?


 その手を跳ね除けるべきだと頭では分かっているのに、身体が動かない。

 この温かい感触をもう少しだけ感じていたい気がして……思いがけない自分の気持ちにただ戸惑うしかないのだった。



お読み頂いて有難うございます。

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