異世界行き夜行列車
救済措置を性別関係なく、に変更しました。
「俺が食わせてやってるんだ」
「この役立たずが」
「こんなこともできないのか?これだから女は」
「子供のデキが悪いのはおまえのせいだ」
ごめんなさい、ごめんなさい。
ずっと縮こまって謝って生きてきた。
両親は他界、姉達は他県に嫁いで疎遠と、逃げ場もない。
最近、暴力が子供にまで向かうようになった。
絶望と己の不甲斐なさに涙も渇れ果てた。
そんな時に見つけた、とあるツアー。
「異世界行き夜行列車…?」
「そう!異世界行き夜行列車!」
娘がチベットスナギツネみたいな顔をしてるけど、それどころじゃないの。
今夜なのよ!
切符はもう買ったの!チケットじゃないの切符なの!
さあ荷造りは済んでるから、いますぐこの地獄から逃げましょう!
娘の瞳が不安に揺らぐ。
「ここから逃げられるの?」
「大丈夫!二人で平穏な生活を手に入れようね!」
「わかった」
娘の心も決まった。
さあ出発よ。
東京駅の地下5階。
深夜0時に柱の影に現れる秘密の階段を降りると、木造の小さなホームがあった。
『間もなく異世界行き夜行列車がまいります~』
「えっ。ほんとに異世界?え?」
混乱する娘に、なんだ信じてなかったのかと苦笑する。
まあ人のこと言えないのだけれど。
詐欺じゃなかったのね…。
本当の本当に逃げられるのね…。
震える手を押さえるように握りしめ、なんとか声を絞り出して娘に伝える。
「女性が少なくなってしまった世界なんですって。
だから、とっても大切にしてくれるんですって。」
娘がポロポロと泣き出した。
「そんな世界あるの?」
「そうみたい。新天地で大変かもだけど二人で頑張ろうね。」
そっと娘を抱き締めた。
~~~
あれは、自分の存在価値が擦りきれて、消えてなくなりたいと街をさまよっている時だった。
『異世界行き夜行列車!
ここじゃないどこかに逃げたい女性にお勧め!』
ふと小さな店の看板が目についたのだ。
(異世界って…。中二病かしら…。)
ぼんやり見ていたら、お店の人に声をかけられた。
「この店はね、存在の薄くなっちゃった女性にしか見えないんですよ~。お客さん、自分に自信がなかったり、生きてるのが申し訳ないみたいな気持ちになってるんじゃないですか~?」
怪しいことこの上ないが、何故だか心にすっとはいってきた。
「逃げたいなら逃げましょうよ!異世界に!」
行き先が女性が少ない世界だということ。
女性を軽んじる者などいないこと。
だからって無理に結婚や出産を強いたりすることもないこと。
どうしてもダメだったら戻れること。
仕事の斡旋や職業訓練、子供には教育もしてくれると。
慣れるまでの1年は生活の保証を国がしてくれること。
その他にも、こんなうまい話あるわけないというほど厚待遇だった。
絶対詐欺ね。
詐欺にしては中二病すぎて、引っかかる人いるのか心配だけど。
でも詐欺でもよかった。
切符は一枚五千円。娘の分と二枚買った。
ただ逃げたかった。
逃げる夢でもいいからみたかった。
~~~
動き出した列車の窓の外はまっ暗闇で、見ていると吸い込まれそうな気持ちになった。
車内に視線を移すと、ポツリポツリと乗客が乗っていた。
みんな疲れはてて表情をなくしていた。
多分、私達も同じ顔をしているのだろう。
そのなかで、痩せ細った三歳くらいの女の子が座席に倒れこんでいるのに気づいた。
あんな小さな子が自分で切符を買えないわよね?
不審に思い、車内販売の人を呼び止め「異世界おやつセット」を買いながら聞いてみた。
「いや~、人道的見地からの救済措置ですよ~。
まああくまで検索の範囲内だけですけどね~。
育児放棄やらで死にかけてる子供は性別関係なく回収です~。
あ、大丈夫ですよ~。
極度の栄養失調やケガは治癒かけて治してあるので~。
ついでに浄化も~」
あ、このゆるいしゃべり方、この人、切符を売ってた人だわ。
「そう…なんですね…。
あの子を、私達を見つけてくれて、逃げるチャンスをくれて、ありがとうございました。」
頭を下げて感謝を伝える。
「いや~、照れちゃうな~。
まあほら、Win-Winってやつですよ~!
それでは到着までもうしばらくお待ち下さいね~」
彼は照れた様子で頭をかいてから、車内販売のカートを押して次の車両へ移動していった。
「ママ、あの子に飴あげてきてもいい?」
もちろんよ!
あんな小さな子放っておけない!
「飴あげる。どれがいい?」
娘が話しかける。
ああ、他人を気にかけるのなんてどのくらいぶりだろう。
ずっと自分達のことで手一杯だったのだと気づいた。
それから、女の子が怯えないように少しずつ距離をつめ、一緒のボックス席に座り込んだ。
最終的には寒そうにしていたこともあって膝の上に乗せて抱え込んだ。小さい子の体温って癒される。
娘がもう1人、五歳くらいの女の子を連れてきた。
その子達は、親が出かけたきり帰ってこなかったという。
子供達を抱きしめ、隣に座る娘と肩を寄せあった。
「温かいね…」
家族に恵まれなかった私達は、そう呟いて涙を流しながら不器用に笑った。
異世界だって、いい人ばかりのはずはない。
なにが本当で、なにが嘘かなんかわからない。
今のこの状況が既に騙されてるって可能性だって十分ある。
それでも、私達は逃げたかった。
逃げた先でまた辛い思いをするとしても、まず子供達は自分の身を守ること、余裕ができたら助けられそうな人を助けることを約束した。
私の残りの人生は、この子達を見守って心穏やかに過ごしたい。
車内放送が流れる。
『間もなく異世界~、異世界に到着しま~す。
お降りの方は、まずは入界手続きのうえ、異文化研修センターの宿泊所にご案内いたしま~す』
さあ、間もなく列車が目的地に到着する。
期待と不安でいっぱいの私はまだ知らない。
この新天地で愛しい人ができることを。
娘と、抱っこしていた子供達と、新しく生まれた子供達と、
大家族で幸せな毎日を送れるようになることを。