嘘つきみーくんと壊れたゆーくん
初投稿です。
ご容赦のほどを。
人は生きている限り死と隣り合わせなんだなと本気で実感した。
いやマジで。死ぬかと思ったし。
発端はテレビアナウンサーのこの一言。
『今年はすごく雨量が多かったですから、家庭でご飯を作るかたが多かったでしょうね。旦那さんは奥さんの手料理がいっぱい食べれて幸せですね〜』
「ゆーくんもみーくんのために手料理作る〜!」
アナウンサーに多分悪意は無かったと思うのだが、僕にはこの一言が悪意の塊に思えた。
ようやく夏の暑さも消え、涼しくなり始めた九月下旬の休日。
ユリと二人で芋虫よろしくごろごろしながらテレビを見ていた僕たちに、全国に向けた独身アナウンサーの嫌みが、スピーカーを伝って流れてきた。
ユリはその嫌みに立ち向かうかのように拳を振り上げ、「ゆーくんも手料理作るのー!」と悲しいアナの喧嘩を買ったのだった。……所々嘘だけど。
しかしそのおかげでみーくんは死滅しそうになり、ゆーくんはまた髪の毛が短くなった。
パーマや代がかからなくて良いことですね。 嘘だけど。
ゆーくんの一世一代の喧嘩(仮)は早々に開始され、テレビと睨めっこはしなかったものの台所と睨めっこすることとなった。
ガッシャーンドカッブッシューギャァブシゥブシゥバキボキバリンガッシャーンという音を響かせて、「みーくん出来たよー!」とユリが両手掴みの鍋を持って、一時間後くらいに現れた。
うむ。嘘がない。けしからんな。
「今日のお昼ご飯は、ゆーくん特製のカレーだよ。みーくんカレー好きだったよね。だからこれはからは、ゆーくんが毎日カレー作ってあげるんだよ!」
満面の笑みで宣言するユリ。
いつもは僕が作るのが当たり前な感じだったけれど、さすがアナウンサーの言葉は効果絶大だったらしい。
ドンという音をたてて、机の上に鍋を置くユリ。
その鍋の中には美しく黒光りした液体と、何かの動物の体の形をした塊がいっぱい詰まっていた。
……あれ?嘘じゃない!?
「はい。みーくん、あーん」
異様な臭いを放つ黒い液体をお玉ですくい、僕の口元に持ってくるユリ。
「………ゆーくんとっても美味しそうなこのカレーには、何が入ってるのか教えてくれるかな…?」
あんまり聞きたくなかったけど、聞かざるをえない僕。
「うきょきょ?うーんと、みーくんの好きなものばっかりだよ〜。えーと、みーくんの好きな猫の肉とか、チョコレートとかその辺にいた黒い塊とか、えーとあと、捕れたての犬の肉とかだよ!」
全身の毛を撫でられた様な錯覚をおこした。
目の前が傾いて世界が反転したかと思った。
つか、ゆーくん。僕がいつ猫の肉とか犬の肉とか好きだって言ったんだ?
そして、黒い塊って何!?
台所によく生息しているあれか?…あれなのか!?
「みーくん、あーん」
無邪気な笑顔を振りまきながら、僕が冷や汗をかいてるなんて微塵も感じてないゆーくん。
「………………あのさ、ゆーくん。僕、もうお腹いっぱいなんだけど…」
無駄だと知りつつも抵抗を試みる僕。
「えー?なんで〜?みーくんはゆーくんの作ったもの食べられないって言うの?」
「……そんなことないよ」
その通り。
「じゃぁ、…なんで?」
「……………ゆーくんで胸がいっぱいだから」
「むきゅきゅきゅううっ!」
喜びの奇声を上げるユリ。
そのまま昇天してくれないかな。…嘘だけどさ。
「むう!だーめ!みーくんはゆーくんの言うこと聞くのー!」
ついにお玉を振り回して暴れだすユリ。黒い液体がじゅうたんに飛び散る。
僕のなけなしの抵抗は、やっぱりなけなしだった。
ああ、後でじゅうたん拭かなきゃいけないなぁ。
カレーのシミって落ちにくいんだよね。これがカレーかは謎だけど。
仕方ない。ユリが何処に猫の肉を隠し持っていたのかとか、何処で犬を捕まえて来たのかとか、黒い塊とやらがほとんどの人に嫌われているあれかどうかとか、僕がチョコレートが好きだったのかどうかとか知りたいところだけど、諦めよう。
ゆーくんのために。
うん。嘘だといいな。
「ゆーくん、…あーん」
「はわわわぁ……うむ、よろしい。みーきゅうん、あーん」
3LDKの部屋で昼間っからいちゃつくバカップル。
黒い液体が口に入る直前、テレビからさっきの独身アナが、今年病院に運ばれた人の数を発表していた。
僕はどうしてゆーくんと同棲してるんだろうなぁ…。
今更だけど。
そしてみーくんはゆーくんの素晴らしいカレーのおかげで、アナの発表した数を変えることとなる。
あの黒い液体を食べた時に見たものは天国だったのか、地獄だったのか。
あーあ、嘘であってほしいなぁ。