電気ブランをハイボールで
『タカとマリも呼ばね?あとアツシも』
カヨコと三人で飲もうって誘いに、ヒロトがそんな返信を寄越した。
『それなんて同窓会。』
『いーじゃん、年末だしさ
忘年会しよーぜー委員長ー』
『そうやってアレンジあたしに丸投げかよ。
マリ旦那置いて出てこれないんじゃないの。』
『たまにはいーじゃん』
『わかった、きいてみる。
後で調整さん送るわ。』
『よろしく~』
そうよね、たまにはカヨコの愚痴以外の話も聞きたい。
マリからは即レスだった。
『絶対行くから。』
まだ日にちも決まってないってば。
****
何年ぶりだろ、元気だった?うん、あたしはぼちぼち。
仕事どうなのよ。
……うっわー、タカ?タカなにその髪!ちょうキリストっぽい!
アツシ遅れて来るってー。
あ、ヒロトこっちー。
カヨコ迷ってるって。
仕方ない、ちょっと迎えに行ってくる。
先飲んでてー、あ、砂肝塩頼んどいて―。
「あのね、実はわたし、離婚したんだ」
全員そろってから、マリが言った。
最初に反応したのはヒロトで、焼酎のお湯割り口にしながら「そっか」と言った。
「えっ?!えっ?!」
カヨコが動揺してる。
そりゃするよ。
あんなにお似合いの夫婦だった。
とりあえずあたしはドリンクメニューを片付けた。
「ま、生きてりゃいろんなことがあるわな」
タカがカリスマオーラ出しながらそれっぽいこと言う。
「まあ飲もう」
アツシがあたしが片付けたメニューを手に取った。
「いつ?!いつ?!」
「先月」
「えっ?!なんで?!なんで?!」
そうだよね、カヨコ、マリみたいな結婚がしたいって言ってた。
「わたし、オーストリア行くことになった」
皆が目を丸くした。
きっとあたしも。
「なんで」
アツシが店員さんを呼びながら訊く。
「支社長の席が空いたの。
それにウチのリーダーが就くことになった。
一緒に行こうって。
たぶん6年くらい。
チームから、わたし含めて三人」
「ふーん?」
「チャンスなの。
これ逃したら、次ないかも知れない」
「で?」
タカが笑ってアツシからメニューを受け取った。
「旦那捨てたの?」
皆口をつぐんだ。
店員さんが注文取りに来た。
アツシが電気ブランなんてニッチなもの頼んでる。
タカは赤ワインじゃなくて温燗を頼んだ。
「ナオミは?」って訊かれたから、とっさに「電気ブラン」て答えてしまった。
「飲み方はどうなさいますか?」
ロックは無理。
「ハイボールで」
「俺もそれ」
ヒロトが言った。
「わたし、カシオレ……」
申し訳無さそうにカヨコが小声で言う。
「マリは?」
「電気ブラン、ロックで。
チェイサーにビールちょうだい」
どこに戦いに出るつもりなの。
「わたしは、捨てたりなんかしてない。
アキラさんが持ってきたの、離婚届」
「えーっ、ひどい、なにそれ!」
カヨコ、涙ぐんでる。
「理由は?」
ヒロトが静かに訊いた。
「仕事ばっかして、家庭顧みない嫁なんて、いなくてもいいのよ」
マリは空のグラスをもう一度煽った。
ドリンクが運ばれてきて、皆無言で受け取る。
「……ちげーだろ」
タカがお銚子で酒を注ぎながら呟いた。
「……違うな」
ヒロトが賛同すると、アツシも頷いた。
マリが電気ブラン一気に煽る。
いやー、無理!喉灼ける!
むせて、今度はビールを煽った。
あたしはこっそりお冷を頼んだ。
「なにが違うって言うのよ!」
「そうだよ、アキラさんひどい!マリはすっごく仕事と家庭の両立頑張ってた!働く女性の手本だよ!きっとマリの仕事が上手くいきそうなの、嫉妬してるんでしょ!」
カヨコが号泣しながら「マリ~!」と抱きついた。
マリは歯を食いしばって泣くのなんとか堪えてた。
「違うっつ―の」
タカがめんどくさそうに言った。
「元旦那のアキラさん、公務員だったよな?」
アツシがちびちびグラスを傾けつつ言った。
「東区役所の保険年金課」
「……そりゃあ、たいへんだなあ」
同情を込めた声色で、アツシは呟いた。
「地方公務員が離婚とか、すぐ職場に話広がるよな」
そういえば、アツシのお父さん公務員だったかも。
マリが泣きそうな顔でアツシを見た。
「離婚しなかったら、断るつもりだったんだろ、オーストリア」
ヒロトがマリの目を見ながら断定的に訊いた。
「当然じゃない」
マリが即答する。
それを聞いて今度はあたしが泣きそうだ。
「……旦那さん、おまえの邪魔になりたくなかっただけじゃん、マリ」
カヨコが大口開けた。
あたしはお冷を受け取った。
マリは今度こそ泣いた。
あたしも鼻をすすった。
渡したお冷グラスを両手で大切に持ちながら、マリは何度も何度も頷いた。
あたしもカヨコも一緒に号泣した。
何も言えなかった。
「電話する!電話する!」
マリがスマホを探して鞄をひっくり返す。
口紅が転がってって慌ててあたしは拾いに行った。
お店は90年代のJ-POPがかかってる。
カウンター席の人が口紅を拾って渡してくれた。
マリはでろでろの顔でスマホを耳に当ててる。
カヨコははらはら見守ってる。
「――アキラさん?あのね、あのね」
お店は90年代のJ-POPがかかってる。
「わたし、がんばるから。
がんばって、実績作って、偉くなるから」
タカが面白そうにおちょこ傾けた。
「あのね、だから」
あたしの手には電気ブランのハイボール。
えぐみがあって、でも深くて。
「わたしが帰ってきたら……また結婚してくれる?」
「うえーん」てカヨコが泣いた。
気持ちはわかるけどうえーんて。
あたしはおしぼりで鼻水拭いた。
ちょっと飲みすぎかもしんない。
「うん……うん……」
マリは背中丸めて通話してる。
「うん……ありがとう、うん……」
化粧ぐちゃぐちゃでも今のマリはきっと市内で一番可愛い。
あたしは店員さんに向かって手を上げた。
「電気ブラン……ハイボールで」
「俺も」と男性三人がハモった。