暗く静かな
日が沈み始めた頃、彼は帰路の途中であった。
彼は猫が好きであった。殊に黒猫が。又、彼の母親は猫が嫌いであった。彼が猫を飼いたい旨を云うと、母親は悉くこう云った。「あんな気持ち悪いの飼いたいなんて、あんた変わってるねぇ。」
これを聞いた時、彼は彼女が猫を蜘蛛か何かと勘違いをしてないかと思わずにいられなかった。
彼の猫好きは、道中彼を周りを見渡しながら歩かせた。彼はいつもその先に猫が置かれていることを望んでいた。
やがて、一軒のアパートがあり、廊下を上から照らす蛍光灯が在った。其処に猫もいた。光に真上から照らされ、彼(彼女?)の持つ暗闇が一層際立っていた。彼らは暫く見つめあった。光の中に佇む暗闇の奥に在る目は、彼の目の、瞳孔のそのまた奥の、彼の脳内を直接見つめているに違いなかった。
数瞬間後、彼はできることならばその猫の背を撫でたいと云ったような、無粋たる感情に支配された。
彼が一歩前へ踏み出すより早く、猫はその場から飛び退き、草陰へ姿を消した。彼はその一匹の、彼奴が感じていたであろう静寂を奪ってしまった事に気づいた。それは彼の、彼が人一倍に持っていると自負させる罪悪感を起すのに十分であった。