十六話 おっさんの楽園
「……おかしい」
何故、こんなことになったのか。
営業開店日から1週間が経ち、とても狭いはずの店内にはドワーフのおっさんが犇いている。読んで字の如く、ぎゅうぎゅうだ。
「おーいケンタ! 酒がねーぞ、酒ぇ!」
「はっ? なんで俺が……」
「お、こっちにも頼むなー!」
わいわいガヤガヤざわざわゲラゲラ。
5人しか座れないはずの店内は騒がしくて仕方ない。っつーか普通にうるせえ。
「うちは酒屋じゃねーって何回言や分かんだ! この酔っ払いども!!」
ーーガガンッ!
酔っ払いどもが何故か毎日持ち込んでくる酒樽をいつの間にかつけられていた保存庫から引っ張り出し、重さのあまり乱暴にカウンターへ乗り上げる。
酒が無くなる度に推定20kg以上あると思われる酒樽を持ち上げ続けていたら、いつか俺は間違いなく腰をやってしまうだろう。
「まあまあ、商売繁盛でなによりではないですか」
「アルベルトさん!」
カランカラン、とこちらもいつの間にか出入り口の扉につけられていた洋風な鈴を鳴らして、ナターシャの親父さんであるアルベルトさんが来店した。
アルベルトさんにはナターシャを通じて開業を伝えていたが、来店して貰ったのははじめてだ。
「こちらへどうぞ」
「おや、すみませんな」
一番長くカウンターに座っていたドワーフのおっさんが席を譲ったので、アルベルトさんを空いた席に案内する。カウンター席に座れないその他のドワーフはちょっぴり空いたスペースに地べた座り込み、木箱を置いてテーブルの替わりにしている。お前らちっちゃくて良かったな。
「ケンタ、サバ缶くれよー」
「ああ? サバ缶は3日に一缶までだっつってんだろ」
サバ缶は健康にとてもいいが、一定量以上食べると嘔吐や下痢といった副作用が起こることもあるし、毎日同じものを食べ続けているとアレルギーになる可能性もある。
「ほれ、今日はこっち。これもちゃんと美味いから安心しろ」
サバ缶が一番好きなドワーフ達には、サバ缶に替わりにイワシ缶を缶詰のまま投げつけておく。
唇を尖らせて「ぶー」と抗議が入ったが、ヒゲ面のおっさん唇尖らせても全くかわいくねえからな。気色悪いだけだぞ。
仕方なくイワシ缶を受け取ったドワーフは工具を差し込んでいる皮の腰袋からマイナスドライバーのようなものを取り出し、缶詰の一箇所にそれでググッと力を入れて穴を開けたあとは器用にギコギコと缶詰を開けていった。
「……ほう。皆さん器用ですね」
その一連の流れを見ていたアルベルトさんは、感心したようにふむふむと頷いている。
因みに、マイナスドライバーのようなものはドワーフのおっさんどもが自ら作ったもので、俺も作って貰ったものを数本所持していた。
ある日、俺がプルトップじゃない缶詰をスプーンで開けていたら、それを見ていたらしいドワーフのおっさん達から数日後に手渡されたのだ。
「それよりアルベルトさん。例の件は上手くいきそうですか?」
アルベルトさんには、ナターシャを通してある頼み事をしていた。
「もちろん、順調ですよ」
「……?」
2人でにっこりと笑い合えば、アルベルトさんの隣で真っ赤な顔をしていたおっさんが不思議そうな顔をする。
「オメーらまさか……」とか言って顔を蒼褪めさせていたが、何を勘違いしているんだこいつは。あ、こら。固定している椅子をぶっ壊そうとすんな。変な想像して俺たちから距離をとろうとすんじゃねえ。
ん? だったら2人で何をわかり合っているのかって? ……悪いがそいつはまだ言えねえなあ〜。
「さ、サバ缶くれたら黙ってやってもいいぞ」
だから、強請ろうとすんなこのサバジジイ。




