十二話 物件探し
「うお、すっげーー」
何故か見知らぬ土地に飛ばされた翌日。
朝から、「知らない天井だ……!」とお約束のボケをかました俺は、街へと繰り出していた。
取り敢えず向かった先の市場では、雑貨に衣類、保存食に屋台など様々な店が建ち並ぶ市場には活気が溢れ、熱気に包まれている。
「てか、ねむ……」
ふわぁ、と嚙み殺しきれない大あくびがでた。
それもこれも、昨日【フクロウの宿り木】の居酒屋で飯を食っていたら、夜中までドワーフのおっさんどもに絡まれたせいである。
本当は昼過ぎまでだらだらと寝ていたかったのだが、女将さんに「若いのがいつまでもダラダラしない!ほら、起きた起きた!」と部屋を追い出されてしまった。悪いのはあのドワーフのおっさんどもなのに、なんか理不尽だと思う。
「ん? おっちゃん。それ美味そうだな」
「お、わかるかい?」
食いもののにおい吸い寄せられ、ひとつ購入してみた。
ナンっぽい生地のなかにタレが絡められた肉と肉厚な葉野菜が入っていて、めちゃくちゃうまそうだ。
「ふむ。これはこれで、なかなか」
行儀悪くその場でかぶりつくと、想像していた味とは少し違ったが、不思議と癖になる味だった。
想像していたのはテリヤキソースだったんだから、違って当たり前と言えば当たり前だ。テリヤキソースの原材料となる醤油は日本独自のものだったから。
そのまま市場で食べ歩きをしたり出店をひやかしているうちに、太陽が真上から少し傾いてきたので次の場所へ向かう事にする。
「こんにちはー」
「おお! お待ちしておりましたよ」
次に向かったのは、既にお馴染みの場所となりつつあるアルベルト商会だ。
「ナターシャ、ナターシャ!」
アルベルトさんが1階の店先から2階に声を掛けると、すぐに階段をパタパタと駆け下りてくる音が聞こえた。
「お待たせしました、ケンタ様」
「うん。 準備は大丈夫?」
「ばっちりです!」
「じゃあ、今日はよろしくね」
「2人とも気をつけて行っておいで」
アルベルトさんに行ってきますの挨拶をしてから、ナターシャと連れ立って店を後にする。
今日はナターシャと、俺が缶詰を売る店を出すにあたっていい物件がないか街中を見てまわる約束をしていたのだ。
「いいお家が見つかるといいですねっ」
「いや、狭くてもボロくてもいいから安いとこがいい」
昨日、アルベルトさんやナターシャに今後の生活の事を相談したところ、まずはさっきの市場やもしくは露店で商売をしていってもいいのではとの案も出たのだが、のんびり暮らしたい俺は店兼自宅に出来る家を所望した。
缶詰なら馬鹿みたいに購入しない限りは場所も取らないだろうし、なりより今は一日最大20個しか買えない。
「もー。ケンタ様は欲がないですね〜」
「そんな事はないよ」
呆れたように言われて、ナターシャの誤解にどうしたものかと苦笑する。
自堕落な生活を夢見ている今の俺の頭の中には、むしろ欲望しかない。
俺の理想は、好きな時に店に出て、好きなだけ遊んで、眠たいときは昼まで寝る。 倹約まではしないが、なるべく無駄遣いを避けて一日でも長くぐーたら出来る期間を延ばしたい。 金がなくなったらその時はその時で、面倒臭い事はとりあえず後まわしにしようと思っているだけなのだ。
「んんー。ケンタ様のご希望の物件ですと、路地裏あたりがいいですかねえ。 営業している店が少ないので、客足が伸びるかが不安なのですが……」
ナターシャに案内されたのは、営業しているのか閉店してしまったのか区別が付かない寂れた印象をうける通りだった。
この街の物件は住みたい空き家があれば商業ギルドを通して賃借契約が出来るらしく、商業ギルドに紹介して貰う事も可能だが、自分で見つけた物件を交渉する事も可能だそうだ。
「ケンタ様。ここならまだ表の通りと近いですし、なかなかの広さではないですか?」
ナターシャが候補にあげたのは、なんとか4人家族でも住めそうな広さで、アルベルト商会レベルとはいかないがまだキレイな一軒家だ。
でも、ここにしたら数年で家賃にあっぷあっぷになりそうな気がするし、何より掃除が面倒臭い。もっと狭くていい。
その後も路地裏を見ていったが、なかなか理想的な物件に巡りあえなかった。
「う〜ん、どうしようかな」
「まだまだ物件も時間もありますよ。 そのために宿も一月取っていらっしゃるんですし、すぐに決定する必要はありません。他を当たりましょう」
「そうしようかな。……あっ、待ってナターシャ! あの家は!? 」




