異世界から来た勇者(笑) #3
『おかえり、随分早かったね?』
頭に直接女性とも男性とも判断のつかない声が響く。
俺は何もない白い部屋にいた。二度目の来訪である。
「あぁ…ただいま?」
俺は茫然としていた。
与えられた二度目の生を失った。
自分はもう若い頃とは違い甘い考えを捨て冷静に物事を捉え慎重な思考が出来るようになったと思っていた。
にもかかわらず、娘さんとそれを溺愛する父親問題という前世ではまったく縁のなかった要因によって命を落とした。
てか、娘渡したくない一心で人を殺すとか凄いな、さすが異世界。
『いや、あのエルフはちゃんと死なない程度に手加減してたよ?』
…?いやでも実際に俺は死んでるよ?
『君が死んだのは彼の魔法によって飛ばされた後壁に激突したんだけどその衝撃で飾ってあった花瓶が落下して君の脳天に直撃したからだ』
oh…運悪すぎだろ俺…
『あのエルフの男かなり慌ててるねぇ…回復魔法をかけているのに君が一向に目を覚まさないから』
以前と同じように常に楽しそうな雰囲気をまとった声が響く。
うーん…どうも同情しずらいな間接的にも俺が死ぬきっかけになった人だしなぁ…。
『ん?君はまったく動じていないね、もしかして死ぬのに慣れちゃった?』
慣れてたまるか。
「俺はもともとあの公園で死んでそこで終わりだったんだ」
二度目のチャンス、泣きの一回、それを与えられてなお俺はそれを物にすることは出来なかった。
結局は俺はその程度だったという事だ。
『ふぅん…達観してるね』
うん…もう一度頑張ってみようと思ったけど、まぁこんな結末も俺らしいっていえばらしいかな?。
「じゃあまあ…このあと俺は別の人間として転生するなりするんだろ?世話になったよ」
俺は少ししんみりしながら何だかんだ体を若返らせてまで新たな人生をくれた相手に感謝を贈る。
『え?まだ君gameoverじゃないよ?』
「????」
『だからまだコンテニュー出来るってこと』
ちょっと何言ってんだか分かんない。
コンテニュー?まだ俺は終わってないってこと?。
『前に特典をあげるって言ったでしょ?』
確かに言っていた気がする…でもそれは若返りの事では無かったのか?。
『神様の特典がそんなにしょっぱいわけ無いじゃん』
いや知らねぇよ…てかナチュラルに思考を読むんじゃねぇよ…。
『本当はね、君が凡人なりに頑張って成長し大切なものを守るために命を落とす。…そして満を持して私が参上!仕込んだ特典により復活!感動のエンディング!みたいなのを期待してたんだけどねぇ…』
君が思っていたよりも早く来ちゃったから台無しだよ~。
その言葉を聞いた俺は先程の感謝はすっ飛び、自分の凡人っぷりを再確認するのと同時に壮絶な羞恥心に見回れていた。
だって神様が言ったことはつまりもしもの時のためにつけてくれた特典をとてつもなくしょうもない事であっさり失ったということだ。
正直その期待は重すぎた。凡人にいったい何を求めているのだろうか…。
『何も?最初に言った通り私は君の行動を見て楽しむだけだよ』
『ここで辞めてしまうのも1つの手だよ』
『普通の輪廻の輪に戻してあげよう』
『それも1つの君の選択だ気にすることは無い』
「…いや、チャンスがあるなら…もう一度だけ機会があるのなら俺はそれが欲しい」
顔は見えない…だが俺には相手が笑ったような気がした。
『次が本当に最後だよ。今度死んだらもうおしまいさ』
勿論分かってる、そもそもここまでしてくれる時点で俺は恵まれている。
まぁ花瓶が直撃するほどの運の無さが無ければここに来ることも無かったのだけれど…。
『さぁ…勇者よ再び世界へと舞い戻り英雄としての役割を果たすが良い』
「イヤミ?」
俺は思わず目じりを吊り上げ相手に問う。
『いや別にそんなつもりはないんだけどね』
?
『仮にも異世界から召喚された勇者が初日からアルバイト探すのはどうかとwww』
「やっぱりお前嫌いだわ」
そう言って俺は白い部屋から姿を消した。
もう二度と訪れることが無いことを祈って。
「う…んぅ……ん?戻ってきたのk…うお!!??」
仰向けに寝そべっていた俺に二十代前半の耳の長いイケメン、シャルアンがのし掛かっていた。
「俺にそんな趣味は無い!離れろぉぉ!!」
勇ましい声とは裏腹に体はまったく動かなかった。押さえつけられているわけでは無くそもそも体に力が入らなかった。
「…生きていたのか」
先程の出来事を思いだし言葉だけ聞くと、殺し損ねたか…という意味に聞こえるがその表情から心底ホッとしている様子が伺える。
「すまなかった……俺の思い違いだったようだ」
娘さんが絡むと暴走するようだがどうやらこの寡黙モードがデフォルトらしい。
死にかけた…というか死んだわけだが、なんだがんだ生き返ってしまっているせいで怒りはイマイチ浮かんでは来なかった。
「お前も…謝れ…」
「何であたしが!勝手にシャルアンが勘違いしただけでしょ?」
「そもそもお前が…掃除が嫌といって都合よく現れたコイツを利用したのが悪い」
さすがに少しは責任を感じていたのか頭をガリガリと掻いたあとユーリは頭を下げる。
「…悪かったわね」
まぁ治療もしてもらったし被害自体は無いからそこまで怒ってないけどね。
「ここでしばらく雇って頂けるなら別に構いませんよ」
二人は随分驚いていたが俺は転んでもただでは起きるつもりは無い。
給料は出ると言質もとっているので就職のチャンスを逃す気は更々無かった。
「…分かったお前を雇おう」
「ありがとうございます」
よし…これでとりあえずの金策は完了かな、後はしばらく拠点にするための宿だが…。
「…それと条件があるのだが」
「?」
何だろうかこの期に及んで何かイチャモンでもつける気だろうか…だとしたらここで働くのは考え直した方がいいかもしれない。
自分が相手に不都合を押し付けた癖に更に相手に平気で何かを要求するような人物は信用出来ない。
「……その堅苦しい口調はどうにかならないか人種のお前位の歳ではまだ子供だろう?」
「あ、それあたしも思ったよ。一人称わざわざ私に変えてるし、さん付けされるのは気持ち悪い」
美少女に気持ち悪いって言われるのは少しドキドキしますね…じゃなくって。
「私には親が居ないので処世術としてこうした話し方を意識して身につけただけですよ」
とりあえず当たり障りのない返答をしておく。
「…親がいないのか」
心なしかユーリもシャルアンも悲しそうな視線を俺に向けてきた。
もしかしたらこの世界では命の危険が多い分家族との繋がりも強いのかも知れないな。
「住む家はどうしてる?」
「暫くしたらこの国を出るつもりですのでそれまで宿を取ろうかと考えてます「…うちに来い」」
…は?
「うちの店の二階に空き部屋があるそこを使え」
その言葉になぜかユーリが反応する。
「あそこは空き部屋じゃなくてあたしの書斎なんだけど!?」
「そんなものお前が勝手に決めただけだろう」
「ぐぬぬぅ…」
どうやら娘を溺愛してはいるがただ甘いわけでは無いらしい…いい父親じゃないか、娘についた虫を問答無用で潰そうとするのはどうかと思うけど。
「お前は…確かアオイだったな、何か問題はあるか?」
問題等ない…むしろかなりありがたい申し出だった。宿代は浮くし職場にも近い。願ったりかなったりである。
俺はそれを伝えるとシャルアンさんは、じゃあ決まりだなと言って厨房に戻ってしまった。
その場には俺とユーリが残される。
「あ…ユーリさんこれからよろし「ユーリ」」
「あたしの事は呼び捨てでいいし、敬語も使わないで鳥肌が立ちそう」
「…分かったよユーリ、俺は設楽碧だ改めてよろしくね」
俺は苦笑しながら手を差し出す。
「あぁそっちの方がやり易いわ」
彼女は俺の手を取ることはなかったがニヤリと笑っていた。
ふと寒気がしてシャルアンが消えた厨房のドアを見ると僅かに開いた隙間からギラギラと光る眼光がこちらを見つめていた。
こえーよ…
そうして俺のリストランテ、シャングリ・ラでのバイト生活が始まった。
読んでくれてありがとう(´ω`)