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聖輝士ケンマ!  作者: 又神乃話 してる
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汚れなき輝きと共に!

 第一章 異界聖戦の始まり!


 其の一


 その渓谷の支配者達は、夜明け前にも関わらず、外縁部ぞいに設置した篝火によって、大地の奥底へと続く複数の洞窟を照らし続けていた。


 揺らめく炎で煌々と洞窟を照らし続ける篝火は、一つ一つに屈強な衛兵、武装したリザードマンが配置され、何人も消し去ることは不可能に見えた。


 時折、洞窟の窪みに身体を押し込め、ボロ布を纏い夜露を凌ぐドワーフ族が、恨めしそうに篝火を見詰めるが、リザードマンが近付くとすぐに顔を逸らす。


 その姿を確認したリザードマンの衛兵は目を細め、くぐもった声で、ゲッゲッゲッと嘲笑するのであった。 


 彼等、この渓谷の支配者層であるリザードマン達がそうしている理由…それは、単純にして明快であった。


 支配下に置いたドワーフの鉱山夫達を、昼夜別にローテーションで働かせ、逃げ出さないように監視するためである。

 また、鉱脈への入り口である洞窟奥の居住区画には、鉱山夫達の妻子である、女子供が収容されていた。


 だが、その支配体制も、長年の間に強行された発掘作業のために、限界が訪れようとしていた。


 人を人とも思わぬ強制労働、鉱山夫達を使い潰すことを厭わない管理体制に対し、ドワーフ側が反乱を計画したのだ。


 怒りの日、決起の瞬間は迫っていた。


 しかしである。


 それは決起したドワーフ達が勝利し、これまでの渓谷の体制が改められることを意味しない。


 なぜならば、支配者であるリザードマン側と、奴隷として扱われてきたドワーフ側とでは、どうしようもない力の差があるのだ。


 「ググッ!ググ!」


 篝火の側に配置されたリザードマンの一匹が、岩肌に立てかけた盾に映りこんだ自分の姿を覗き込み、自身の鱗から埃を掃い、最後に、額のサークレットに埋め込まれた黒い水晶を、愛おしそうに撫ではじめた。


 このリザードマン、種族の中にあって、それなりの伊達男なのだろう。かなり自分の身嗜みに気を使っている。


 二枚のハンカチーフをチェストガードの内ポケットから取り出し、一枚で丁寧に鱗の汚れを拭き取り、もう一枚でサークレットの黒水晶を、さらに丁寧に磨き上げる。


 「グゲゲ…偉大なる力の至宝よ。我等に永遠の繁栄を」


 そう。


 このリザードマンの伊達男が言葉にした通り、その黒い水晶こそリザードマン達の支配力の源。


 他種族を圧倒する力の至宝。


 邪神の力宿す、邪黒水晶であった。


 この渓谷のドワーフ達を含める多数の種族は、この邪黒水晶の走狗となった少数の種族によって、抵抗虚しく奴隷へと落とされ、支配されているのだった。


 「ギャギャッ!」


 邪黒水晶の輝きと、自身の立場に御満悦のリザードマンの伊達男が、さらに身嗜みを整えようと、三枚目のハンカチーフを取り出した瞬間のことであった。


 ドッ、オオオオオオン!!!


 「「「「「⁉」」」」」


 一つの洞窟の内部から衝撃音が発せられ、間を置かずに外部へと土埃が押し出された。続いて、小柄の…人間に近しい姿形をした妖精…ドワーフ達が、飛び出してくる。


 ついに、虐げられてきた者達による、反乱が開始されたのだ!


 「ギャギャッ!何事だ!」


 各洞窟からドワーフ達の鬨の声がが聞こえる中、戦闘態勢を取り、ドワーフ達が飛び出してきた洞窟へと駆け出すリザードマンの伊達男!


 投げ捨てられた三枚のハンカチーフが宙を舞う!


 「「「「「ギャギャギャッ!」」」」」


 その後に続く、複数匹のリザードマン。その誰もが、額に邪黒水晶が埋め込まれたサークレットを装備していた。

 


 「ざまあないぜ!糞トカゲ共!」


 「洞窟内部の馬鹿共は、爆風で吹き飛ばしてやった…俺達はやれるぞ!」


 「ああ!」


 「このまま黙って!」


 「使い潰されてたまるかよ!」


 そう雄々しく叫んだドワーフ達が、ツルハシやスコップを構え、近付いて来るリザードマンの伊達男達に対し、戦闘態勢を取る!


 連携して反抗し、攻撃に耐え、他の仲間達の決起を待つ心算なのだ。


 この瞬間、彼等の指揮は、かつてないほどに上昇した。


 これまで押さえつけられたストレスから解放され、洞窟内部の敵を倒したことによって、脳内にアドレナリンが駆け巡ったのだ。

 彼等は、その脳内麻薬によって中二病のような万能感を得て、自分達自身に酔いしれていた。


 「「「「「勝つ!そして、自由を手に入れる!」」」」」


 勝利に向かうという共通認識の下、彼等は一時的に鉱山夫から、自由の戦士へと変貌した。


 俺達は、伝説の英雄ヒーローにも劣らない!


 勇気凛々!


 どこからでもかかってこい!


 そんな態度で、迫るリザードマンの伊達男達を待ち構えるのであった。


 だが。


 彼等の思惑は、まったく予想外のところから崩壊させられた。


 なんと、リザードマン側の最初の反撃は、前方のリザードマンの伊達男達からではなく、火薬の爆発で土埃が舞い続ける、後方からであった。


 土埃の舞う洞窟内部からヒュンと空気を切る音が響き、鞭の一撃が、一人のドワーフの背後を襲った!


 「がぁっ!」


 「ホルス⁉…そっ、そんな!…ばっ、爆発に巻き込まれたはずなのに…」


 「あ…ああっ!」


 ザッ! ザッ! ザッ!


 ドワーフ達の思い上がりを、一瞬で打ち崩した者の足音が迫ってくる。


 「ひっ!」


 土煙の舞う洞窟の奥から近付いて来る影と足音に、ドワーフに一人が悲鳴を上げた。


 「ゲッゲッゲッ…やってくれたな…糞虫共が!」


 土埃舞う洞窟の奥から現れたのは、水晶の鎧を纏ったリザードマン。


 「ゲッゲッゲッ!…とはいえ、邪黒水晶がなければ、俺は死んでいた……許さん…許さんぞ!糞虫共がぁ!!!」


 そう怒りの雄叫びを上げるリザードマンの全身を、邪黒水晶の鎧がさらに覆っていく。着用者の怒りに反応し、より鋭角的なフォルムへと変化しながら。


 この驚くべき成長型の鎧が、爆発から怒れるリザードマンの生命を守り通したのは、明白な事実のようだ。


 「ギャァオアー!!!」


 叫びと共に振り回される鞭!その激しい連打!連打!…連打!!!


 ヒュン!


 ビシィ!


 「ぎゃっ!」


 バシィ!


 「あああっ!」


 バシィ!


 「ひぃっ!」


 ビシッ!


 「があっ!」


 バシッ!


 「うああっ!」


 その重い一撃一撃が、反乱ドワーフ達の心を折り、怯ませる!


 こうなってしまっては、反乱ドワーフ達には抵抗する術がない。ただ、心が折れた状況で、重い鞭攻撃に晒されるのみであった!


 ビシィ!ビシィ!ビシィ!ビシィ!ビシィ!


 「…あっ、あああ…」


 「う…うう…」


 「……!!!」


 「…がはっ!」


 「っひいいいっ!」


 邪黒水晶の力によって強化された鞭に薙ぎ払われ、反乱ドワーフ達は、やってきたリザードマンの伊達男達の足元へと叩き付けられた。

 戦う意思を消失し、ただ痛みに悲鳴を上げ、泣きわめく。


 「シャー!シャシャシャッ!」


 足元にうずくまるドワーフ達を、さらに威圧するように大声で嘲笑したリザードマンの伊達男。


 ドガァ!


 「ぎゃっ!」


 もっとも近い位置にいたドワーフの頭を片足で踏み付け、身動きできない状況へと追い込むのであった!


 「「「「「シャー!シャシャシャシャッ!」」」」」


 伊達男に続くように、邪黒水晶の鎧のリザードマンと、他のリザードマン衛兵達も大声での嘲笑を開始する。


 「「「「ひっ、ひいいいっ!」」」」


 その嘲笑を浴びたドワーフ達は、それだけで恐怖に身を竦め、哀れに悲鳴を上げた。リザードマンの声には、他種族を恐怖させる効力があるのだ。

 まして、希望から一転、絶望に追い込まれた反乱ドワーフ達の状況では、完全に心が折れてしまうのも当然であった。

 内一人は、失禁までしてしまう始末である。


 「シャーシャシャ!まるで虫けらだな、お前達は!」


 「グッグッグッ!こいつ洩らしてるぞ!」


 「ゲッゲッゲッ、汚らしい糞虫が!貴様等はこうして汚物に塗れて、地面を這いずっていることがお似合いだ!」


 「「「「「「シャーシャシャシャ!」」」」」


 集まったリザードマン達が再び嘲笑する。


 「⁉」


 そんなリザードマン達から離れた場所にある洞窟から、一人のドワーフの少年が顔を覗かせ、驚愕の表情を浮かべた。


 「ああ!…ホルス兄ちゃん!くそがあ!」


 驚愕から一転、仲間の反乱ドワーフ達が嘲笑される光景を視界に捉え、怒りの叫びを上げたドワーフの少年は、ホルダーという勇敢な少年であった。

 反乱の首謀者である三人の少年の一人で、ホルス、ホレイショと共に、密かに戦いの準備を整えた若者であった。

 今まで、別の洞窟の武器庫から武器弾薬を失敬し、反乱ドワーフ達に配っていたのである。


 それらを終え、ホルスを隊長とするグループを追い掛けて洞窟から顔を出したところで、この状況に直面したのであった。


 「くたばれ!糞トカゲ!一番強力なヤツをくれてやる!ウラー!」


 気合の叫び声を上げたホルダーは、榴弾付きの矢の導火線に火を付け、弓に番えてリザードマン達の足元を狙い撃った。

 もう捕まった仲間達は助からない。ならば、リザードマン達が集まっていることをチャンスと捉え、共に吹き飛ばそうと考えたのである。


 傍目には外道な所業に映るが、これはホルダーの優しさであった。


 みんな、反乱に失敗し捕まれば、見せしめに嬲り殺されることは充分に理解していた。ならば、一瞬で殺してやろうとの慈悲の一撃であった。


 トスッと、リザードマン達の足元に突き刺さる矢。その矢に設置された榴弾へと向かい、導火線がジジジジ…と燃え尽きていく。


 「「「「「ひいいいっ!」」」」」


 己の死をヒシヒシと感じて、悲鳴を上げる反乱ドワーフ達。榴弾の爆発と、飛び散った内容物によって、己の肉体を引き裂かれる光景を幻視したのだった。


 しかし、リザードマン達は反乱ドワーフ達とは対照的に冷静であった。口元を歪めるだけで、動揺の表情ひとつ見せない。


 「「「「「「シャーシャシャシャ!」」」」」」


 一斉に嘲笑し始めるリザードマン達。時を同じくして、彼等の額の邪黒水晶から、暗黒の力が溢れ出した。


 「ゲッゲッゲッ…水晶武装!」


 「「「「水晶武装!」」」」


 元より、邪黒水晶の鎧を纏っていた一匹を除き、リザードマン達が叫んだ!


 (邪黒水晶よ。我等を護れ!)


 そう、邪黒水晶に強く念じる!邪神に対する狂信と共に!


 ジジジジッ……カッ!!!


 ドッ!…ォオオオオオオオンンン…


 リザードマン達が叫んだ瞬間から時を置かず、矢に設置された榴弾が爆発した。


 「…すまねえ!」


 そう言って、目元に涙を浮かべるホルダー。


 そんなホルダーを、渓谷へと吹き付ける夜風が撫でていく。同時に、爆発現場に立ち込める塵芥も吹き飛ばしていった。


 「…ゲッゲッゲッ…」


 「「「「「ゲッゲッゲッゲ!!!」」」」」


 「あっ…あああっ!!!」


 驚愕の光景に、ホルダーが引き攣った表情で悲鳴を洩らす。同時に恐怖心が伝播した膝が、ガクガクと震わせる。


 邪黒水晶の鎧を纏ったリザードマン達は……無傷であった。


 全員の邪黒水晶の鎧が、周辺空間に防御フィールドを張り巡らし、榴弾の威力を相殺したのである。


 (そっ…そんな、発破で使う時の火薬を誤魔化して作った、一番強力な榴弾だったのに…!)


 あまりの力の差に、愕然となり、心折れかけるホルダー。


「…う、ああ…」


 「「「「「ひいいいっ!」」」」」


 そんな状況下、リザードマン達の足元から、ホルスをはじめとする反乱ドワーフ達の悲鳴が聞こえてきた。


 反乱ドワーフ達の五人も、また無事であったのだ。幸運にも、リザードマン達の足元で蹲っていたことが幸いしたのだ。


 「うっ、うわぁああああ!!!」


 反乱仲間達の悲鳴を聞き、ついにホルダーも心折れた。


 ホルス達も泣き叫んでいるんだ。ならば俺も泣き叫んでも良いじゃないか。


 不覚にもホルダーは、そう思ってしまったのだ


 次の瞬間、ホルダーは踵を返し、恥も外聞もなく、仲間達を見捨てて逃げ出した。


 渓谷から女子供を逃がすために、長い年月をかけて造り出した秘密の通路に向かって、一目散に走り続ける。


 もはやホルダーには、そうする以外の手段は考えつかなかった。


 「畜生!」


 (畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!!!)


 負け犬となって逃げだしたホルダーは、卑怯者となった自分の有り様に涙した。


 だが、その惨めさに耐えながら、脇目も振らずに四つ足の畜生の如く走り続けた。女子供達を集め、逃がす準備をしていたもう一人の盟友、ホレイショも見捨て、ドワーフ族の誇りも捨てて。


 だが、彼の行動を誰が責められようか。


 それ程までに、リザードマン達に力を与える邪黒水晶は、強大な存在であったのだ。


 誰だって、犬死は嫌なのである。


 (すまねえ、ホルス、ホレイショ!…でも、このままじゃ俺達ドワーフは、絶対に奴らに勝てねぇ!)


 (おいら、やられっぱなしで死ぬなんて御免だ!…せめて対抗手段が見つかるまで…それまでは、生きていたいんだぁああ!)


 それが、ホルダーの執念であった。


 その執念を胸に、ホルダーは段差を跳び越え、岩によじ登り、穴を抜け、飛び降り、そして再び走り続けた。 


 そして、次第に東の空が白みを帯び、夜明け前の刻限に至った頃。


 ホルダーは鉱山渓谷を抜け出し、針葉樹の森へと分け入っていた。



 その頃、渓谷では。

 

 「ゲッゲッゲ。隊長、あの小生意気な餓鬼を追わないので?」


 「シャッシャー、まずは、鉱山内部の反乱者達と、この屑共の始末だ。餓鬼はバクウ・ガルに追わせる」


 そう言ってリザードマンの伊達男は、再び足元の反乱ドワーフの頭を踏みつけた。


 「ゲゲッ、それは見物ですな!」


 「シャッシャー、この屑共は磔刑に処する。クロッコは、ザドン隊と合流し、その準備をしておけ。他は続け!」


 「ゲゲッ、了解です、ダイーン隊長!」


 「シャー!始めるぞ!ドワーフ狩りだあ!」


 「「「「「「シャーシャシャシャ!」」」」」」


 伊達男、隊長ダイーンの指示に、雄叫びを上げるリザードマン達であった。



 其の二


 「「「シャッシャッシャッ!」」」


 三匹の猟犬に酷似したトカゲが、何者かを追跡し、森の中を走っていた。


 この爬虫類の猟犬モドキは、バクウ・ガルという邪黒水晶の欠片を与えられた存在であった。


 正式名称は、捨石の御座、水晶片のバクウ・ガル。


 七大邪神軍の第一軍ドラゴ・リザード軍団にあって、最下級に位置するモンスターである。


 主に、輝石の御座、水晶竜騎士リザードマン達の配下となって、各部隊によって飼われている存在だ。


 知能は低いがよく鼻が利き、索敵、追跡に有用な存在であった。また、自分達より強い相手に対しても、集団で襲い掛かっていく習性があり、その御座の名前の如く、リザードマン達に捨て石として重宝されていた。


 「「「シャッシャッシャ」」」


 今回、バクウ・ガル達に与えられた任務は、鉱山渓谷から逃げ出したドワーフ少年の追跡と捕獲である。


 主であるリザードマン戦士の一人、水晶竜騎士コドモの下、その任務に従事していた。


 「シャッ!」


 「シャッシャッシャッ!そうか、そうか!向こう側がドワーフの汗臭いか!」


 バクウ・ガルとリザードマンは、近くにいれば邪黒水晶経由で意思疎通が可能であった。匂いを追ってドワーフ少年の逃げた方向を察知した一匹が、早速イメージを竜騎士コドモに送ってきた。


 「グッグ!追え!」


 「「「シャー!!!」」」


 そのコドモの指示に従い、バクウ・ガル達は最大速度で走り出し、ドワーフ少年…すなわち、ホルダーの後を追った。



 「…はあっ、はあっ…」


 後方からバクウ・ガル達が迫る状況のあって、ホルダーは残された体力を総動員して、南へと向かっていた。

 下草についた朝露で乾いた喉を潤し、デフォコ大河流域で生み出されたデフォタ・ロウという食料で空腹を癒す。そんな強行軍である。


 現在、ホルダーが通り抜けようとしている針葉樹の森を抜ければ、デェフォコ大河へと流れ込む、テト川がある。その川沿いに進めば、カサネ山脈の麓にあるモモネ・モモの街だ。

 

 ホルダーは、そのモモの町に潜り込んだ後、手持ちの鉱石を換金し、旅支度を整える心算であった。


 「…必ず見つけ出す」


 はあはあと肩で息をしながら少年は呟き、モモの街を目指す。


 このままでは、ドワーフはリザードマン達には絶対に勝てない!


 奴らに対抗できる力を探す旅に出る!


 その決意が、ホルダーの最後の拠り所であった。


 そんな執念で、肉体の限界を誤魔化し誤魔化し、少年はどうにかこうにか歩みを進めていたのである。


 「…必ず、必ず、見つけ出す」


 そう呟く少年の後方から、邪悪な存在が迫っていた。


 「「「シャッシャッシャッ!」」」


 竜騎士コドモが解き放った、三匹のバクウ・ガルであった。



 其の三


 カサネ山脈から流れ出る土砂を含み、黄土色の流水をデフォコ大河へと運ぶテト川。その川沿いの路を、北に向かって進む三人の旅人は、どこか奇妙な装いであった。


 一人は十代後半。すらりと長身の少年で、黒髪、黒目のカラード。もう一人は亜麻色の髪と蒼い瞳の、ちょっと釣り目のエルフ少女だ。

 さて、問題は彼等ではなく、少年とエルフの少女に手を引かれた三人目の幼女である。カラードの少年も、エルフの少女も、このウタオーゼ世界ではさして珍しくはない。

 だが、三人目の幼女は、明らかに違っていた。


 問題の幼女の容姿は、黄金の髪と深紅の瞳、幼女特有のぷにぷにな肌といった非常に美しいのもで、神話に登場する美女妖精の、譲れないポイントだけはそのままに、若返らせたようであった。

 そして、あろうことか、幼女の服装は地球上にある島国によく見られる幼稚園児の制服、そのものであった。

 独特な黄色い帽子に、紺色のブレザーの制服。元肩からさげた黄色いカエルさんの通園バック。制服の胸元の赤カエルさんの名札には、[りんご]との平仮名が、太字のマジックペンで書かれていた。


 奇妙!…圧倒的に奇妙!


 幼女のそんな服装は、私ったら地球から転移してきたのよと、全力で主張した。

 


 (はわわー、りんごたん可愛すぎぃ!小さな御手々も可愛いよう♪)


 とはいえ、三人が三人とも、異世界転移をした者ではなかった。りんごにメロメロなエルフの少女、エレノアはこの世界の住人である。

 ゲリラ活動続行のため補給に訪れたモモの街で、りんごの姿を見て一目惚れし、強引に案内役になったのだ。

 もう一人の、フタバーノ・トシアッキーニと名乗った少年によれば、二人はテト山脈にある希少金属を求めてやってきたそうだ。

 しかし、モモの街に在庫はない。

 希少金属を求めるならば、山脈へと赴かないといけない。

 そんな二人を、街の住民達は必死に止めた。

 テト山脈の鉱山は、邪神軍団のリザードマン達に支配されている。

 やめるべきだと。


 住民達は、非常に可愛らしいりんごの姿を見て、この可憐な花のような幼女が、手折られることがあってはいけないと考えたのだ。


 当然、エレノアも住民達に同調し、二人の説得を試みた。


 しかし、フタバーノもりんごも、無言で首を横に振るだけであった。


 ならば、自分が周辺の地理に詳しいと、エレノアは自分を売り込み、案内役を買って出た。


 可愛らしいりんごたんを、どうしてむざむざとリザードマン達の毒牙にかけられようか!フタバーノはともかく、自分がりんごたんを護るのだ!


 そんな決意を持っての同行であった。


 そんなことがあって後、フタバーノ、りんご、エレノアはモモの街から旅立ち、こうして御手々を繋いで、テト山脈へと向かっていたのであった。


 「むっ!」


 そう厳しい表情で呟き、歩みを遅くするフタバーノ。


 「りんご、エレノアさん、止まってくれ。弱った人間らしき気配と、それを追う小さな邪悪の気配が三つ…いや、四つ近付いて来る!」


(大きな邪悪の気配は遠い。合流される前に各個撃破が得策だな)


 「えっ!…どういうこと…?」


 「…」


 フタバーノの突然の言葉に仰天し、エレノアが足を止め、りんごもそれに倣って足を止める。


 「…解るの?」


 「ああ。それより、りんごを連れて身を隠してくれ。もし、俺が森から出てこなかったら…その時は、りんごを頼む」


 「⁉…///…うん。行くよ、りんごちゃん!」


 モモの街で買い求めた弓を手にしたフタバーノの表情は、凛々しい戦士のそれであった。その表情に一瞬見惚れたエレノアであったが、りんごを頼むとの言葉に正気戻り、幼女を抱き上げて走り出した。


 一方、エレノアに抱き上げられたりんごは、無言でじっとフタバーノを見詰めていたが、フタバーノが肯くと、自分も肯いてエルフの少女に自ら抱き付いたのであった。


 ダッ!

 

 ダッ!


 人間の少年とエルフの少女は、ほぼ同時に、別方向へと向かって疾走した。


 人間の少年は森の中へと!


 そしてエルフの少女は、幼女と共に隠れられる場所を探しに!



「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 (もっと走らないと!追い付かれる!)


 フタバーノが森に踏み込んだ頃。バクウ・ガルに追われる少年ドワーフは、残る体力を振り絞って追手を振り切り、何とか森の四分の三を走破していた。


 (畜生!畜生!畜生!畜生!)


 だが、そのために少年ドワーフの体力は、限界寸前であった。知能は低いが、バクウ・ガルは生まれながらの捕食者だ。相手を疲れさせる追い方を本能で知っているのである。

 そんな追跡者を相手に、少年ドワーフは不慣れな針葉樹の森を逃げ回ったため、体中がボロボロになっていた。服の下の身体は内出血の青痣だらけ。露出した部位は、森の枝葉を無理にかき分けたため、擦り傷だらけであった。


 (まだだ。俺はまだ走れるんだ!…こんな所でくたばってたまるかよぉ!)


 少年ドワーフは、もう休みたいと軋む五体を叱咤し、どうにかこうにか前へと進む。しかし、その歩みは一歩ごとに鈍っていった。


 (まだ…前へ…)


 ついに少年ドワーフの体力が尽きる。すでに視界も歪み、幻覚も見え始めている。長期間の高ストレスを伴う移動で、三半規管が負荷を受け過ぎたのだ。

 度重なる無理な行動の反動が、体力が尽きたことで少年ドワーフに一気に襲い掛かってくる。


 (…畜生……ちくしょ…う…)


 限界に達したホルダー。ついに四つ足の獣のごとく、両手両膝を大地に付け、その場で動けなくなってしまった。


 __その背後に、ホルダーにとっての死神、三匹のバクウ・ガルが現れる。


 「「「シュー、シュー」」」


 動きを止めた獲物を視界に捉えた三匹。その場で一旦停止をする。


 そして三匹は、中央、左右の三方向に別れ、ゆっくりと獲物を囲むように近付きだした。もちろん、得物が再び駆け出すことを想定し、自分達もすぐに最大速度フルスピードで走り出せるよう準備してだ。

 その辺りは、知性ではなく、狩猟種の本能としての行動である。恐るべき種特有の本能であった。


 (…ここまで…か…)


 ホルダーにとっての死神、バクウ・ガル達が近付いてくる足音が聞こえた。がさがさと下草をかき分け近付く足音を聞き、ホルダーの身体を支える最後の力が、両手、両膝から抜けていった。

 こうして少年ドワーフは、完全に大地へと倒れ伏した。

 

 「シャー!」


 じりじりと警戒態勢で近付いていた中央のバクウ・ガルが、安全と見てホルダーへ跳び掛かる!


 その瞬間である!


 ビュン!


 ズドッ!


 一本の凄まじい威力の矢が飛来!邪黒水晶の欠片が埋め込まれたバクウ・ガルの額を射貫き、その身体を後方の大樹まで運び、縫い付けた!

 もちろん、絶対急所に矢を受け、バクウ・ガルは即死である。見事な額へのヘッドショットであった。


 「「⁉」」


 驚愕し、矢が飛来した方向を見上げる、残る二匹のバクウ・ガル。


 見ると、すでに狙撃者は第二の矢を弓に番えている。


 「シャー!」


 「シャッ!」


 仲間を殺された怒りに、叫び声を上げる二匹のバクウ・ガル!左右に別れ、樹木を盾にしつつ、狙撃者を強襲しようと走り出す!


 しかし、狙撃者…フタバーノは、逃げることもなく両手の弓矢の構えを解いた。そして、左右に別れたバクウ・ガルが、自分に襲い掛かって来る瞬間を、その場で待ち続けた。


 (世界に鳴り響け!高まる我が魂の鳴動ソウルビートよ!)


 フタバーノの体内から聖なる鼓動が静かに鳴り響き、溢れ出す力が、その肉体を強化する!


 「「シャアアー!!!」」


 そんなフタバーノの変化も気に留めず、左右からの同時攻撃を仕掛けてくる二匹のバクウ・ガル!


 しかし、その瞬間、とても不思議なことが起こった!


 バクウ・ガルの牙が届く一瞬早く、フタバーノの両腕が動き、いとも容易く持った弓と矢の先端部で、二匹の額を邪黒水晶の欠片ごと刺し貫いたのだ!

 

 普通に考えれば、とてもあり得ない絶技であった!


 そして、何という威力であろうか!


 「…」


 ドサッ…ドサッ。


 打ち砕かれた邪黒水晶の欠片が、ソウルビートの波動で浄化されていく中、無言のフタバーノは、弓矢を巧みに傾け、バクウ・ガルの死体を続けて落下させた。


 そして、弓矢を振って返り血を散らすと、前方の大樹の根元に倒れたままのホルダーへと歩み寄った。


 「…意識はあるか?」


 ホルダーの上半身を助け起こし、少年ドワーフの状態を見るフタバーノ。


 「…あ…うあ、ヤ…ヤツ…等は?」


 「俺が倒した」


 「!…すげ…え、な…ゴホッ!…ガホッ!」


 バクウ・ガルが倒されたと聞き、笑みを浮かべるホルダー。しかし、すでにその笑顔には、死相がありありと見て取れた。

 猟犬の如きバクウ・ガルの追跡を、ここまで躱し続けるという離れ業をやってみせたホルダーであったが、それ故に、自らを自滅へと追いやってしまっていた。


 __皮肉にも、生きるために走り続け、限界を超えた反動が、ホルダーに死を与えようとしていた。


 (これは……もう永くないな……残念だがりんごが居ない今、俺にこいつの命を助ける手段はない)


 「…もう喋るな。これをゆっくりと呑んで…休め」


 ならば、せめてもの手向けにと、フタバーノは地球から持ち込んだ、はちみつ入りのジュースが入った水筒を取り出し、ホルダーの口元に運んだ。


 …ゴクッ…ゴクッ…


 「…甘いな…ありがと…君の…名…」


 「フタ…いや、ケンマだ…聖輝士エシカルケンマ」


 「…あり…がと…ケンマ…俺…はホルダー…こっ…これ、受け…取って…お礼…」


 そう言って、ホルダーは震える指を自分の胸元に当てた。その服の下には、宝石のような楕円形の物体が見て取れる。

 見れば、ホルダー頸元から服の内部へと紐が伸びていた。ネックレスの紐なのだろう。


 「…」


 フタバーノ…いや、聖輝士エシカルケンマは、無言でホルダーの頸元に手を伸ばし、ゆっくりと服の下から紐を引き抜いた。


 その紐の先に現れたのは、金剛石ダイヤモンドの大きな宝玉がはめ込まれた、鏃型のネックレスであった。

 その繊細な細工が施されたネックレスは、ホルダーの一族の最後の宝で、一族の戦士であった父親の形見の品であった。リザードマン達に支配された後も、差し出さずに隠し通していた逸品である。


 「美しい…ありがとう、勇者ホルダーよ」


 「⁉…はは…俺が…勇…者…?…あり…が…と」


 それを最後に、ホルダーの言葉は永遠に途切れた。


 「…」


 しばらくの間無言でその場に留まったケンマは、次第に下がっていくホルダーの体温を感じていた。まるで、その生命をホルダーから受け継ぐかのように。


 ケンマはその後、力なく垂れたホルダーの両方の腕を丁寧に握らせ、そっと上体を地面へと寝かし付けた。

 次に疲れた表情の顔面を解し、僅かに開いていたそっと瞼を閉ざしてやる。


 そうして、最後に柔和な表情となったホルダーに対して合掌し、その魂の安寧を静かに祈るのだった。


 (眠れ。勇敢な少年の魂よ。新たな生命を授かるその瞬間まで…それまでは、この聖輝士ケンマが、君の哀しみを引き継ごう)


 「正義を司る、宝石の女神スフェラスの名の下に…誕生石アダマースのジュエルローブを纏う聖輝士として」


 まるで、自分自身にも言い聞かせるように、そう誓いの言葉を述べたケンマ。そっとホルダーの頸元からネックレスを外して、自分の頸元へと身に付けるのであった。


 (…さらば)


 こうして、聖輝士と少年ドワーフの、束の間の邂逅は終わりを告げた。死が二人を分かったのだ。


 (このホルダーのような、哀しい死を遂げる少年をこれ以上出さないためにも、一刻も早く、この世界各地に封印された女神達を救い出さねば…そのためには、りんごを…)


 ケンマは、ホルダーを埋葬できる時間がないことに引け目を感じつつも、スフェラスより与えられた使命を果たすべく、その勝利の鍵となるりんごと、エレノアの元へと急ぐのであった。




 __しばらくの後。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 一匹のリザードマンが、ホルダーとバクウ・ガルの遺体が許へと近付いていく。


 「…シャシャシャ!餓鬼はくたばったようだな。だが、このバクウ・ガルを屠った見事な一撃…シャーッシャシャシャ!」


 樹木に矢で縫い付けられたバクウ・ガルの遺体を前に、竜騎士コドモは哄笑した。その後もしばらく、その哄笑は続く。


 「…シャシャシャ…どうやらこの輝石の御座の竜騎士、ドラゴンスケイルのコドモに挑む者が現れたようだな…シャシャシャ…面白い!面白いぞ!」


 そんな、剛毅で危険な思考を口に出すコドモ。その思考を感じ取り、サークレットにはめ込まれた邪黒水晶が、邪悪な輝きを放ち始める。


 「水晶!武装!」


 カガァ!!!


 そのコドモの叫びに反応し、邪黒水晶が閃光を放つ!


 その閃光の内部で、コドモの全身を覆う邪黒水晶の鎧が出現!


 さらにその水晶の鎧は、ドラゴンの巨大な鱗の如く六角形の集積装甲へと自らを整形していき、コドモの身を幾重にも守護する神器と化した!


 「ギャオオオオオオオ!!!」


 ギャーギャー!バサッ!バサバサッ!


 ピピッ…バサバサッ!


 チチ…チチチチ…


 チューチュー!


 ギャギャッ!


 アオオーン!


 歓喜に叫ぶコドモ!その竜の如き獰猛な雄叫びに恐れ戦き、周辺部を生活圏としていた猛禽類は混乱していた。

 鳥達は飛び立ち、小動物達は混乱の中、森を逃げ惑う。本来は森の狩人である狼達も、今回ばかりは警戒の遠吠えを慌てて開始し、仲間達に警戒を呼び掛けた。

 また、森全体の針葉樹がコドモを恐れるように、その葉をざわざわと揺らした。


 「…グォオオオ…滾る!滾るぞ!俺の身体の内部で、水晶神クリスティニア様の力が荒れ狂っている!」


 邪黒水晶の力で、いつの間にか二回りも巨大化したコドモが叫ぶ。


 その言葉を証明するように、身体から溢れ出した力が邪黒水晶の結晶体となり、コモドの足元を通じて森の地面を浸蝕していった。


 次々に生命力を吸い取られて、枯れ果てていく下草。それは、周辺の針葉樹も例外ではなかった。青々としていた木の葉は、一斉に色を変えて大地へと落下していく。その木の葉に覆われていた木の幹といえば、根が枯れ果てたために支えを失い、一本、また一本と倒れ伏し、その巨体を大地に預けた。


 「シャー、シャシャシャッ!シャー、シャシャシャシャッ!シャー、シャシャシャシャッ!!!」


 コドモの哄笑は続く。


 その最中、ついには三匹のバクウ・ガル、そしてホルダーの遺体にまで、邪黒水晶の結晶体は到達した。残された生命力が急速に失われ、遺体は急速に痩せ細っていった。


 しかしである。


 本当におぞましいのは、ここからであった。


 なんと、周辺に拡散した結晶体が一転、バクウ・ガル、ホルダーの遺体を核として、急速に一カ所へと集まり出したのだ。


 そして、形を成したのは___異形の三つ頸竜であった。


 翼を持つ水晶の胴体は、ホルダーの遺体を核に。


 三つの水晶竜の頭部は、バクウ・ガル三匹の遺体を、それぞれの核にして。


 その巨体は構成されていく。


 「ギィシャー!」


 竜騎士コドモが、その異形の竜の背へと飛び乗る!


 名実共に騎竜を得て竜騎士となったコドモは、その手に持った鞭で異形竜の背を打ち、飛び立てる体勢を取らせる。


 そして、遥か彼方をその両眼で睨みつけた!


 「__そこか!」


 邪黒水晶の力を体内に貯め込み、百里を見通す能力を得たコドモは、ここから南方に向かったケンマの姿を、明確に捉えたのであった!


ゴッ!!!


 異形の三つ頸竜の下部から、枯れ木となった木々を薙ぎ払う衝撃波が発せられた!その衝撃波によって浮き上がった巨体が、長大な翼をバサリと広げて、針葉樹の森上空を南方に向かって飛行していく!


 「ギィシャーシャシャシャシャッ!」


 三つ頸竜の背に仁王立ちとなった竜騎士コドモが、再び哄笑を上げる!かつてない強敵との死闘に、邪悪な魂を滾らせているのだ!


 「…シャシャシャ!…何処の神の使徒かは存ぜぬが、我が前に現れたことを後悔するがいい!汝のはらわた、生きたまま食らい尽くしてくれようぞ!」



 其の四


 アオオーン!……オオーン……オオーン……オオーン……オオーン……


 「⁉なっ、何?」


 その頃、川沿いの岩場の窪みに、りんごを連れて身を隠していたエレノアは、狼達の警戒し合う遠吠えに身を竦ませた。

 誇り高き狼達は、森の民であるエルフ達の盟友だ。その狼達がこのように警戒の遠吠えを上げるのは、何かしらの事情があるのだろう。

 そう理解できるエレノアは、あらゆる害意から幼いりんごの身を隠すように、強く抱きしめた。


 (フタバーノ、早く帰ってきてよ…そしてりんごたんを連れて、街に戻るの)


 りんごの身の安全を第一に考えるエレノアは、祈るようにそう念じるのであった。


 

 (…来る)


 一方。森を抜け、りんご、エレノアと合流せんと川沿いの路へと急いでいたフタバーノことケンマは、ある覚悟を決めて、その場で足を止めていた。


 その覚悟とは、りんごとエレノアと合流する前に、追い縋ってくる邪悪な存在とここで一戦交え、勝利するという、凛とした覚悟であった。


 「…」


 ケンマは、無言で背負っていた背嚢を外し、外套も脱ぎ捨てた。そして、腰にベルトで固定してあるミニバッグより、力の至宝が収納されているジュエルボックスを取り出した。


 そう。この圧縮空間術の施されたジュエルボックスの内部にこそ、瑠璃光ケンマが女神スフェラスより授けられた、アダマース…すなわち、四月の誕生石ダイアモンドのジュエルローブが収納されているのである。


 「…」


 ジュエルボックスを右手に持つ無言のケンマの肉体から、無駄な力が次第に抜けていく。だが、一見してしなやかなだけに感じられる肢体は、筋肉が静かに盛り上がり、戦闘態勢へと移行していた。


(…世界に鳴り響け…俺の魂の鳴動ソウルビートよ)


 双眸を閉じ、リラックスしたケンマがそう念じた。その体内で魂が鳴動し、その鳴動は次第に外部へと伝わっていった。


 鳴動と空間が、共鳴を開始する。


 すると、ケンマを中心とする周辺空間から、次第に邪悪な波動を恐れる気配が消えていった。


 ざわざわと枝を揺らしていた針葉樹は微動だにせず、落ち着きを取り戻した小動物達は、急いでこの場から離れていく。

 また、この場を動けぬ草花は、いずれ訪れる修羅の刻限までを、ただ心静かに生きるのであった。


 そんな空間を、一陣の風が吹き抜け、一片の花びらが舞い、空へと運ばれていった…




 そしてしばらくの後。 


 カッ!!!


 双眸をカッ!と見開き、ケンマが上空を睨み付ける!


 「シャーシャシャシャ!」


 そこには、哄笑する水晶の竜騎士と、その騎竜である三つ頸の異形竜が飛来し、地上を見降ろしていた!


 三つ頸の異形竜は、森を通り過ぎる手前で一旦進路を変更。高空まで上昇した後、緩やかにケンマが佇む草むら上空へと、下降してきたのであった。

 傲慢なる竜騎士コドモの精神がケンマを上空から見下せるよう、使役する騎竜にそのような軌道を取らせたのであった。


 「グッグッグッ!感じるぞ、神の波動を!わざわざ我等に捕まるために現れるとは、御苦労なことだ!」


 「!…その竜の体内の遺体は……外道が!」


 ケンマは、自分を上空から見下すコドモの挑発には乗らず、冷静に敵戦力の把握に努めていた……だが、ある事実に気付き、怒りの内圧の高めるのだった。


 三つ頸の異形の竜の体内に、ホルダーの遺体が取り込まれている事実に気付いたのだ。


 「シャシャ!気付いたか!だがこれは再利用というものだ。貴様は親や、主である神から、物は大事に使えと教えられなかったのか。文明社会の常識であろうが!」


 「遺体を物と言い切る者が、文明人を名乗るか…笑止な」


 「シャーシャッ!それはこちらの台詞よ!きさま、このドワーフの餓鬼を埋葬もせず、野晒しにして立ち去ったのではないか?そのような者がこの俺に説教など、それこそ笑止千万なり!」


 「むっ!」


 クリティカルで痛いところを衝かれ、思わず口籠るケンマ。ホルダーの遺体を丁重に葬ってやれなかったことは、ケンマ自身が気にしていたことだ。


 そんなケンマの呟きから滲む怒りを感じ取り、竜騎士コドモはいやらしく口元を歪めた。


 この竜騎士コドモ、戦場で実際に矛を合わせる前の、言葉での煽り合いも得意であった。封印した女神の使徒達との戦いで、聖なる陣営の者達の煽り方を、熟知した身であった。

 コドモがホルダーの遺体をここまで運んできた理由も、そのためであった。


 コドモは、丁重に大地へと横たえられた少年ドワーフの遺体を見た瞬間、直感的にこれから死合う相手が、高潔な人物だと理解した。


 これは、相手を挑発し、情報を引き出す手札として使える。


 そう考えたコドモの策は、こうして実際に機能した。


 その証拠に、ケンマは痛いところを衝かれて、さらに怒りの内圧を高めている。


 (シャーシャシャッ…さて、これから情報を引き出させてもらうぞ)


 いやらしくほくそ笑むコドモ。 

 

 この様に、コドモがケンマを執拗に挑発するには理由があった。それは、ケンマが何処の神の使徒であるか、仲間がどれ程居るのか。把握できていない存在であるという理由だ。

 コドモにとってケンマは、神の使徒であることや、高潔な精神を持つ相手である以外は、何も解らない正体不明の存在なのだ。


 そんな未知の相手から、少年ドワーフの遺体をダシに断片的にでも情報を引き出せれば、これからの戦いの助けになる。

 また、上司に正確な情報を報告できれば、より大きな手柄になるというものだ。


 「シャーシャシャシャッ!この口だけの小僧がっ!悔しければ、せめて名乗りだけでも、立派にやって見せろ!主たる神が嘆いているぞ!」


 (ゲッゲッゲ!叩きのめした後に吐かせることも可能だが、加減を間違えて死なせてしまっては後が面倒だ。ほれ。こちらの思惑通りに喋り出すが良い!)


 「…」


 だが…ケンマはコドモの挑発には乗らず、無言で魂の鳴動を高め続けていた。 


 (チッ!黙るな、餓鬼が!)


 「シャシャッ!どうした小僧!腑抜けて名乗る程度のこともできぬのか!」


 コドモは、挑発がうまくいかずイラつき、ケンマとの間合いのことも考えずに騎竜を降下させた。コドモは一時、ケンマを言い負かしたは良いが、後が続かず慎重さを欠いていた。

 少年ドワーフの策略が成功して気を大きくしたのだが、その後が思うようにいかなかったので、子供のようにイラついたのだ。

 それ故に、後先考えずケンマに近付いて、早く情報を吐き出せとさらに煽るのだった。


 「…はははっ!あはははははは!」


 「!…何が可笑しい!」


 (調子に乗って近付いて来るとは…相手を上手く挑発してペースを乱すトリックスターと思ったが、単に悪知恵が働くだけか…器が小さい)


 「…外道に名乗る名など、ない!!!」


 コドモの器の小ささを看破したケンマは、そう言い切って自らの内に秘めた力を開放する!


 (しまっ!近付き過ぎた!)


 その力の強大さと、自分の迂闊さに気付き、焦るコドモ。だが、時すでに遅く、コドモの騎竜に向けて、ケンマは力の矛先を向けていた!


 鋭い踏み込みと同時に上空に突き出された左拳から、聖なる閃光が撃ち出される!!!


 (アダマントフォティゾ!!!)


 ズッ!…ガガガァァーーーン!!!


 「ッギャギャッー!」


 十数メートルの距離を閃光が奔り、三つ頸の異形竜が、背に乗せたコドモごと吹き飛ばされた!


 身体を構成する水晶を砕かれて撒き散らし、アダマントフォティゾを被弾した場所から十数メートルほど吹き飛ばされ地面に激突。さらにそこから数メートルを転がり、川沿いの岩場に背中から激突し、やっと停止した。


 「ギャ…ギャオオオ…」


 一方のコドモといえば、吹き飛ばされた途中で騎竜の背から転がり落ち、三つ頸の異形竜が停止した岩場の手前、草むらに落ち腹這いになって蹲っていた。自慢の集積装甲で大したダメージはないが、精神的に多大な衝撃を受けていた。


 邪神の使徒でありながら、なんとも無様な姿である。


 (ジュエルローブよ。今こそ我が力に!)


 ケンマはその隙を利用し、右手に持ったジュエルボックスを天に掲げる。外道が蹲っている今のうちに、ジュエルローブを着装しようというのである。

 今なら着装の瞬間を狙われるリスクもないし、野郎に着替えを見せてやる必要もない。そんな非生産的な趣味は、ノーマルな性癖のケンマには欠片もないのだ。


 カアアッ!!!


 ケンマの頭上に閃光が奔り、巨大なダイヤモンドがはめ込まれたオブジェが出現した!それは、台座の上に固定された、刀剣を模した美麗な品!四月の誕生石の御座に位置する、アダマースのジュエルローブであった。


 カッ!


 そのオブジェを構成する部品が分裂し、その隙間から再び閃光が迸る!


 その閃光の中、各パーツが変形し、ケンマの全身目指して飛んでいく!


 束頭部分は頭部を守護するヘルムとマスクへ!


 束部分はふたつに別れ、両腕を守護するガントレットへ!


 鍔上部はネックガードとショルダーガードへ!


 鍔下部はチェストアーマーとウエストガードへ!


 鞘部分はふたつに別れレッグガードへ!


 台座部分は盾となって背中に!


 最後に、内部に収納されていた弓がふたつに分割され、ケンマの背の盾裏側に搭載された!


 こうして、アダマースのジュエルローブは、ケンマに装着されたのであった!


 なんと神々しくも雄々しい佇まいであろうか!


 ケンマ本来の聖なる魂の鳴動ソウルアニマが、ジュエルローブによって増幅され、世界に鳴り響く!


 その鳴動により、周辺にばら撒かれた邪黒水晶の破片は存在が許されず、浄化されて消え去っていく。


 「…」


 そのように邪黒水晶が消え去っていく中、無言でコドモへと近付いていくケンマ。


 ザッ、ザッ、ザッ…ザッ。


 「…立て、外道」


 コドモが斃れる草むらに近付いたケンマが、頭部ヘルムの金剛石アダマースを輝かせ、言い放った。


 「グッ!ググッ!」


 そのケンマの声に反応し、呻くコドモ。


 「邪悪なる水晶の邪神の走狗よ、決着を付けよう」


 見下していた者が見下される側、見下されていた側が見下す側。立場を逆転させて、今度はケンマが上から目線でコドモを煽った。


 「新たな聖戦を、今この時から始めようではないか」


 

 

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