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テオさんのことはずっと前から知っていた。
第3護衛騎士団といえばこの街ではとても有名だし、治安の悪いこの街を守ってくれる唯一の存在だから彼らはとても人気があるし信頼も厚い。
私の家もよくお隣の領地にある親戚の家へ遊びに行くときはお父様が護衛として騎士団様に同行を頼んでいた。だから、副団長のテオさんという存在はずっと知っていた。
初めて会話をしたのは、つい1年くらい前だった。領地侵入をしてきた他国民に街で襲われそうになったとき。
あの日、私は友達の家で行われたパーティーの帰りで、一人で路地を歩いていた。すでに陽は沈んでしまっていて辺りはもうすっかり暗かった。少し怖かったけれど、友達の家から私の家までは歩いて10分くらいの距離だったので足早に歩けばすぐに着けると思った。けれど、事件は起きてしまった。
歩いていた私は数人の他国民の男たちに取り囲まれてしまい、金を出せと脅された。こわかったし、命の方がずっと大事だと思ったから私は素直にカバンごと彼らに渡した。けれど、それだけでは満足しなかったようで、彼らは私の腕を引っ張りながら路地裏へと連れ込もうとした。このままでは襲われてしまう。もちろん必死に声を出して叫んだけれど、近くを歩いている人は誰もいなくて私の声は誰にも気づいてもらえなかった。もうダメだ、と諦めたそのとき、まるでヒーローのように現れたのがテオさんだった。
街の見回り中だったと思うけれど、そこには他の騎士団員様たちの姿はなくて。たぶん見回り中に私の悲鳴が聞こえたからテオさん一人でかけつけてくれたのかもしれない。テオさんは副団長だから、ちょっとしたモメ事なら一人でも十分に解決できてしまうと思う。
私は、自分のピンチにかけつけてくれたテオさんのことがとても素敵に見えた。
暗闇の中でもよく分かる流れるような銀色のステキな髪。「大丈夫?」と私に声をかけてくれたときの穏やかな表情と優しい声。
単純なのだけれど、私はそれをきっかけにテオさんをすっかり好きになってしまった。
次の日、私はさっそくお礼をしようとお菓子を持って第3護衛騎士団の詰所へ行き、そのときにお手伝いのアリスちゃんとすごく仲良くなり、私はアリスちゃんの友達として団長様に許しを貰って詰所へとたびたび通うようになった。そしてアリスちゃんを通してテオさんとも仲良くなることができた。
それから見回り中のテオさんを街で見かけたり、詰所で後輩の騎士団員様たちに剣を教えている姿を見たり、団長様に怒られて落ち込んでいるアリスちゃんを慰めている姿を見たり、私にいつも笑顔で話かけてくれたりするたびに、私はテオさんのことがどんどん好きになっていった。
この想いを伝えたい。そんな気持ちが日に日に強くなっていったとき、お父様に王都の大財閥の御曹司様とのお見合い話を持ち掛けられた。下級貴族の私にそんな大きな縁談が舞い込んできたのでお父様はとても喜んでいた。そんな姿を見たら、私は自分の気持ちをお父様に伝えることはできなかった。
―――すごく好きな人がいるので、その縁談は断りたい。
そんなこと言えるわけがない。
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「で、話ってなに?」
テオさんの言葉に、私はふと顔をあげた。
言えないままただ時間だけが過ぎてしまっている。けれど、テオさんは嫌な顔一つしないで私の話を待ってくれていた。
私はゆっくりと深呼吸をする。
心臓がバクバクと音をたててなっている。
生まれて初めての告白。叶わないと分かっている告白はとても切ないのだけれど、言おうと決めてここへ来た。
「テオさん。あの…あのときはありがとうございました」
「あのとき?」
テオさんが首をかしげる。
私は、言おうとしていた言葉とは違うことを口に出してしまっていた。
やっぱり勇気がでない。言えない。
仕方ないのでそのままその話を続けることにした。
「あのときですよ。1年前に街で強盗に襲われそうになっていた私をテオさんが助けてくれました」
「ああ、あのときね。でも、今更お礼はいらないよ。それに、それが俺の仕事だからさ」
テオさんは優しい笑みを見せながらそう言った。
それが俺の仕事。そう言われてしまうとなんだか胸が痛くなる。たしかにテオさんは街を守る騎士団に所属する騎士だ。強盗に襲われている住人を見かけたら助けるのが当たり前。きっとあのとき襲われていたのが私じゃなくてもテオさんは助けていた。
「そう、ですよね。今更な話ですよね」
そう言って笑った私の笑顔はたぶんひきつっていたと思う。そのまま何も言えずに俯いてしまった私に、テオさんの声が聞こえた。
「でもね、あれからもう1年も経っているから打ち明けるけど。あのとき、俺単独でシェリー様のことつけていたんだよね」
「え?」
私は下を向いていた顔を上げると、テオさんを見た。
たしかにあのとき私を助けに来てくれたのはテオさんだけだった。いつも見回りは他の騎士団員様たちと一緒だからおかしいな、とは少し思ったのだけれど。あのときはテオさんが強いから一人で解決できると思って単独で私を助けに来てくれたと思っていた。
「見回り中にシェリー様がよその家から出てくるのが見えたんだ。護衛の仕事で何度か顔を合わせていたからシェリー様のことは知っていたし、貴族家のお嬢様が一人でこんな真っ暗な道を歩くのかと思ったら心配になっちゃて。それにあのとき、あのあたりでは他国民たちによる連続強盗事件が何件もあってね。だから、他の団員に頼んで俺だけ別行動させてもらって、シェリー様のあとをつけながら見張っていたんだよ。そしたら案の定、襲われそうになっていた。助けることができて本当によかった。あっ、でも、副団長なのに見回りの隊を抜けて単独行動したことが団長にバレたら怒られるから、内緒ね」
テオさんは人差し指を口にあてて、きれいなウインクをしてみせた。
私はというと、テオさんの言葉を理解しようと整理していた。
あのとき、見回り中のテオさんは偶然に私の悲鳴を聞いたからかけつけてくれたのではなくて、初めから私を心配して一人で後を追いかけてくれていた―――――。
そう思ったら、なんだか涙が出そうになった。それだけでもう胸がいっぱいで言おうと思っていた言葉をもう言わなくてもすごく幸せな気持ちになれた。
「ありがとうございます、テオさん」
こみ上げてくる涙に必死に耐えながら精一杯の笑顔で私は言った。
「どういたしまして」
と、微笑むテオさんの笑顔が、あのとき私に「大丈夫?」と声をかけてくれたときのものとまったく一緒で。あの笑顔に私は一瞬でテオさんに心を奪われた。
初めて自分から人を好きになった。それまで告白をしてくれる男性はたくさんいたし、そのうちの何人かとはお付き合いをしたけれど、どの人にも本気にはなれなかった。相手の男性には悪いことをしてしまったと反省しているけれど、私は付き合ってもすぐに男性のことを振ってしまう。そんな私が初めて自分からすきになって、初めて自分から想いを伝えたいと思ったのがテオさんだった。
だから、やっぱりこの想いはきちんと伝えたい。