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「ああ、シェリー。とても綺麗だよ」

「ありがとうございます、お父様」

「もう一度よく見せておくれ」


私はニコリと微笑むとお父様の前をくるくると回った。白いドレスの裾がひらひらと揺れる。


「これなら先方にも気に入ってもらえることだろう」

「そうだとよいのですが」

「お前は私とシエラの可愛い娘だ。自信を持ちなさい」

「はい。お父様」

「ああ、来週の見合いが楽しみだ」


そう言って、笑みを浮かべるお父様を見て私の気持ちは複雑だ。


お見合いなんてしたくはない。けれど、お父様を悲しませるようなこともしたくはない。

10年前にお母様を病気で亡くしてから、お父様の愛情は一途に私にだけに向けられている。お父様が私のことを愛してくれていることはよく分かるし、私もそんなお父様のことが好きだ。だから、お父様の願いは叶えてあげたい。お父様がこの結婚を望むのだとしたら、それがたとえ自分の望まない結婚だとしても私は受けようと思う。


「お父様。街へ買い物へ出かけたいのだけれど、よろしいですか?」

「構わないが、何か欲しい物でもあるのかい?言ってくれれば私がプレゼントするよ」

「ありがとう、お父様。でも、自分で選びたいの。…その、今度のお見合いのときにつける新しいイヤリングが欲しくて」

「そうか。それなら好きな物を自分で選んで買うといい。買うときには店員に父さんの名前を出しなさい。あとで代金は払っておくから」

「ありがとう、お父様」


私はお父様に軽く頭を下げると、部屋を後にした。



****


来週、お見合いがある。

お相手は王都にある大財閥の御曹司様だそうだ。写真で見たその姿はやや小太りではあったけれど、浮かべた笑みはとても優しそうだった。歳は私より7つ上の29歳だと聞いた。

ということは【あの人】と同じ年齢になる…。


この見合い話にお父様はとても喜びを見せた。なんせ相手は大財閥だ。私の家も一応ここエリスールでは1番の富がある貴族家だけれど、他の領地の貴族家に比べたら下級の貴族。それなのに大財閥の御曹司様との良い縁談が舞い込んできたのだから、当たり前だ。


私は幼い頃からお父様に『良い結婚をしなさい。シェリーが幸せになれるようにね』と言われ続けている。私の幸せとは、お金持ちの家に嫁ぐということらしい。そうすれば将来ずっと困らずに、何不自由なく暮らすことができるのだから、と。


お父様がそう言うのには理由がある。私がお母様のようにはなってほしくないからだ。お母様は王都にある有名な上流貴族家の出身なのだけれど、下級貴族家のお父様に恋をして家族の猛反対を押し切り、このエリスールへと嫁いできたそうだ。しかし、もともと体の弱かったお母様はエリスールに来てからその容体はさらに悪化していき、私を産んだのも命がけ。それからも頻繁に体を壊すようになって、10年前についに亡くなった。私が12歳のときのことだ。


『シエラは私と結婚をして幸せだったのだろうか』


というのは、お母様が亡くなってからのお父様の口癖だった。

その顔はとても辛く寂しそうで、私はいつもどう声を掛けてよいのか迷ってしまう。


お父様と結婚をしてエリスールに来なければ、お母様は王都にある設備の整った病院でもっと長く生きることができたのかもしれない。お父様はきっとお母様が亡くなったのは自分のせいだと思っている。だから、お母様の分まで娘の私には幸せになってもらいたいのだろう。そして、その幸せとはお金のことだ。


王都にある大財閥家へと嫁げば、私はそこで「若奥様」と呼ばれるようになり、ブランド物の服や靴、高価なアクセサリーを身に着けることができるのだろう。高級な食べ物を食べさせてもらい、具合が悪くなれば専属の病院の医者が家にかけつけてくれる。そうして何不自由することなく暮らすことができる。


――――私はそんな生活を望んではいない。

――――そんな結婚なんてしたくはない。


けれど、この縁談を断ればお父様がきっと悲しんでしまう。お父様の悲しむ姿はもう見たくない。お母様が亡くなったときとても憔悴しきったお父様の姿を思い出すたびに、私は絶対にお父様を悲しませるようなことはしない、と誓うのだ。

だから、私はこの縁談を受けようと思っている。世の中にはきっと自分の思い通りにならないことなんてたくさんあると思うから。私は自分の気持ちよりもお父様の気持ちを大切にしたいと思うから。


――――でもその前にどうしてもある人に正直な想いを伝えたかった。



****


お父様には買い物へ行くと言ったけれど、私が向かったのは街一番のファッションストリートではなくて、街の外れにある第3護衛騎士団の詰所だった。ここは王都より街の護衛を任されている騎士様たちの待機場所になっている。

もちろん一般人が簡単に出入りできるような場所ではない。けれど、私は貴族家の娘として彼らに護衛を頼むこともあるから顔見知りだし、それにここのお手伝いの女の子とは姉妹のように仲が良いから特別に自由な出入りを許されている。


今日も普段のように正面の門をくぐるとさっそく賑やかな声が聞こえてきた。


「団長!それは受け取れませんよ」

「いいから持ってけ」

「そんな高価なものを毎回毎回毎回頂いてしまって、正直私は申し訳ないです!」

「だから気にするなって言ってるだろ。お前は黙ってコレを親父さんの見舞いに持っていけ」

「でも…。それはアレですよね。今、街に新しくできて若い女の子たちの間で流行っているというお店の、いつ行っても長蛇の列ができていて入手困難といわれている、すごく美味しいと噂のあのシュークリームですよね」

「ああ、そのシュークリームだ」

「団長、まさか並んだんですか?」

「はぁ?お前はバカか。この俺がそんなもんに並ぶわけないだろ。行列押し退けて先に買わせてもらったんだよ」

「…さすが、団長ですね」

「ほら、いいからコレ持ってけ。親父さん甘いもん好きなんだろ。食わせてやれ」

「でもでも、やっぱり悪いですよ。この前は高級生クリームを使用した生地がふわふわのロールケーキを貰ったし、その前は高級果物店のマンゴーとメロン、その前の前はブランド物のパジャマを貰いました。そんなにいつもいつも私なんかの父のお見舞い品を頂いて…申し訳ないです!」

「だーかーら。俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。つべこべ言わずに持ってけ」

「でもぉ…」

「あー、でもでもうるせぁな」


「…………」

いつ声を掛けて良いものか迷ってしまう。話が途切れたときに挨拶をしようと思ったのだけれど、二人の会話というか言い争い?はずっと続いていて。

相変わらず仲がいいな、とクスリと笑みがこぼれる。


第3護衛騎士団の団長様とそこでお手伝いとして働いているアリスちゃんは気が合うのか合わないのか、ここへ来るたびにいつも二人で騒いでいて。

羨ましいな、と思う。

私もあんなふうにあの人とお喋りができたらどんなに幸せだろう…。

と、そんなことを考えていると、


「あっ、シェリー様!」


アリスちゃんが、門の近くでポツンと立っている私に気付いてくれたらしく、こちらに向かって大きく手を振っている。


「こんにちは、アリスちゃん」


私も手を振り返す。そして二人のもとへと歩いて行った。


「団長様もこんにちは」

「……どうも、シェリー嬢。では、俺はこれで失礼」


私が挨拶をしても団長様はいつもそっけなくて顔も見てくれない。そんな態度に、団長様はきっと私のことが嫌いなのだろうとずっと思っていたのだけれど、先日アリスちゃんがその理由を教えてくれた。どうやら団長様は女性が苦手らしい。とても逞しいその見た目に反して、なんだかとてもかわいらしい。


「あーあ、団長、行っちゃいましたね」


詰所の玄関に入っていく団長様の後姿を見ながらアリスちゃんは言った。


「団長、女の人が苦手だけど、特にシェリー様は一番苦手かもしれませんよ」

「あら、どうして?」

「だってシェリー様は美人でおしとやかで優雅で頭も良くて、とても美人!まさに女の中の女ですよ。だから団長はシェリー様を前にするとすごーく緊張しちゃうんですよ、きっと」

「ふふ、美人を2回も言ってくれてありがとう」

「だって本当のことですもん。シェリー様とてもキレイ」


そう言って無邪気な笑顔を見せるアリスちゃんの方が私なんかよりもよっぽどキレイだと思う。


「今日は何かご用ですか?」


アリスちゃんに聞かれて、私はここへ来た大切な理由を思い出す。


「副団長様はいらっしゃる?」

「テオさんですか?テオさんなら街の見回りに行っていますよ」

「あら、そうなのね」

「一時間ぐらい前にここを出たからそろそろ戻るとは思うんですけど、お待ちになりますか?」

「いいかしら?」

「はい、どうぞどうぞ!」


そうしてアリスちゃんに案内されて、私は詰所の応接室にてテオさんを待つことにした。


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