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08 実力~これでも最強のデシをヤッテます




 ひらけた広い庭の中央にカルスは一人で立っていた。

 彼の手には小瓶がある。

 中には赤い液体――クリスティナの血が入っていた。

 カルスは小瓶を軽く空中に放りなげると、攻撃魔術を発動して瓶を割った。

 砕けた破片が舞い散る中、クリスティナの血が散布される。

 少量の血――だが、それは確かに刻印が刻まれた血液だ。

 突如、空中に口のようなものが現れ、空間を噛み砕いた。

 ぱっくりとわれた空間で、奇怪な色彩をした何かがゆらゆらと揺れ動き、何かを吐き出した。

 巨大な直方体の肉体には顔や胴体の別がない。そこから伸びる地面に届くほどの長い手に、短い足。赤紫の瞳が肉体の中心に二つ並んでいる。

 魍魎である。


「支部長! 封印結界」


 カルスの言葉と同時に封印結界が魔道具の増幅を得て展開された。どうやらスレイはすでに魔術を準備していたらしい。あれほど文句を言っていたのに、実際の戦いになれば最適な行動を取っている。

 スレイは実力者と評せる。

 魍魎は自分を囲む巨大な籠に気づいたようだが、反応は鈍い。この程度の封印結界は、どうとでもなると認識したのかもしれない。


「おい、久しぶりだな」


 カルスは巨体を見あげながら話しかけた。

 非常に近い。魍魎が腕を一振りすれば、カルスに当たる距離だ。

 緩慢な動きで魍魎は巨体をゆらゆらと揺らしながら視線を下へと投じた。

 初めてそこで蒼黒髪の魔術士と巨体の魍魎との目が合った。

 動きと同じように反応もまた緩慢なものであった。

 ゆらりゆらりと左右に大きく揺らしていた巨体が停止する。

 赤紫の瞳がじっとカルスを見つめている。


「俺の顔に見覚えはあるか? それとも人間の顔はどれも同じに見えるか」


 言葉が通じているのかは分からない。

 だが、反応はあった。

 魍魎の右腕がカルスへと伸びてきた。先程までの緩慢な動きとは比べられない速度だった。

 虫を叩きつぶすかのような動きではあったが、威力は桁違いだ。

 衝撃に土砂が地面から浮かびあがった。

 地面を押し潰した魍魎の腕に土砂が降り注ぐ。魍魎は手をゆっくりとあげると、不思議そうに地面と自分の手をのぞきみた。

 そこにあるはずのものがなかった。

 トンと、魍魎のてっぺんで音がした。

 カルスだった。


「次は俺だな」


 カルスは膝をつくような姿勢で魍魎に掌をあてる。


「振動よ、破邪の波を」


 呟かれた省略呪文が、魔術の現出を強力に後押しし、波紋のように光の魔法陣が次々と浮かびあがった。

 カルスの魔術が発動する。

 若き魔術士の掌を起点として、波動の波が魍魎の身体を一瞬にして侵略した。

 魍魎の巨体が液体のように波打ち、ぱらぱらと破片がこぼれ、各所で砕け散る。

 魍魎が獣の遠吠えのような叫び声をあげて、暴れまわった。

 すでにその時には、カルスは魍魎から離れていた。

 魍魎はカルスに背を向け、そこにドアでもあるように虚空を叩いている。だが、風圧を伴った空振りが起こるだけで、そこには何もない。

 魍魎が振り返り、カルスを見て、一歩後ろに下がった。


「思い出したか?」


 カルスの問いに魍魎は答えない。

 赤紫の瞳が方々へ視線を投じる――すると、一点で視線が止まった。

 赤紫の瞳がわずかに大きくなった。魍魎が非常な関心を向けたのは、端で我関せずといった具合で立っていたスレイだった。

 魍魎はカルスをちらりと見て、その攻撃がないのを確かめると一目散にスレイへと向かって走りだした。

 どうやらスレイが封印結界を張っていることに気づいたらしい。術者を倒して、逃げる腹づもりのようだ。


「光よ、砕け」


 カルスが新たに省略呪文を詠唱すると、五つの光の球が生みだされ、魍魎の背中へ向かって一直線に飛んでいった。

 破砕音が響き、魍魎が砕け散る。

 だが、さすがに巨体だけあり、身体の大部分は未だに健在である。

 魍魎はどたどたと走り続けた。速さはないが、一歩一歩着実にスレイへと近づいていく。

 魍魎がスレイを殴りつけようとした。


「光よ、守護の壁を」


 カルスの詠唱が響く。

 魍魎の腕が目に見えない壁にあたって弾かれた。

 カルスの結界魔術――防護結界だ。


「光よ、砕け」


 という詠唱が魍魎の背後から飛び、続けて破壊のエネルギーが魍魎を襲った。

 魍魎の正面では杖を持ったスレイがずっとぶつぶつと何かを喋っていた。

 魍魎にはそれが何か理解できないようだ。スレイが何をしようと関係ないのかもしれない。

 魍魎は闇雲に腕を振りまわすが、すべてカルスの結界によって弾かれる。


「――水波」


 さらにカルスの魔術が発動し、水流が魍魎の巨体に叩きつけられた。魍魎が水浸しになる。

 続けて、スレイが叫んだ。


「――それは氷塵の風。氷の女王の息吹。ブリザード」


 長々と唱えられた完全な詠唱によって発動した魔術が、魍魎へと至近距離から襲いかかる。

 破壊された巨体の各処――特に多くの水分の残った箇所から、魍魎が音をたてて凍りついていった。

 零下の風を浴びた魍魎は、たちまちのうちに氷の彫像と化す。腕から伸びた長い氷柱つららが地上にまで届いていた。


「やったのか……」


 スレイが目の前にできたあがった即席の彫像を見あげている。

 あっさりと得ることができた勝利が信じられないでいるようだ。


「いや、まだですよ」


 カルスは支部長に歩みよった。


「――まだ?」


「ええ。完全に破壊しないと、とけたら動きだしますよ。まあ、魔術で破壊してもいいんですが、せっかく鍛えあげた肉体があるんだから、力任せに鈍器ででも殴ったらどうですか? 自慢の筋肉なんでしょ」


「私の筋肉は観賞用であって、実戦には向かないんだ」


 スレイが堂々と宣言する。

 心なしか服の上からでも筋肉が盛りあがっているようにカルスには感じた。

 とても意味のない主張である。


「確か付与魔術を使えるんですよね」


 付与魔術には肉体強化がある。


「だからこそ鍛えたんだ」


「実戦のために?」


「観賞用として」


「――そこが分かんないですけどね」


 ひっそりとカルスはため息をついた。

 そこに先程までの勇姿はない。

 結局、カルスが魍魎の氷像を破壊することになった。


「向こうの世界で出直してきな」


 カルスは魔術を行使した。

 出現した光球が氷像へと連続で襲いかかる。

 被弾するごとに氷像は破砕され、ついに巨体はその姿をとどめることができなくなった。

 最後の仕上げとして、カルスは魔術の炎で燃やし尽くそうとしたが、止めた。すでに決着はついている。これ以上自分の力がばれるような行為は慎むべきだろう。


「スレイさん、封印結界を解いてください」


「分かった」


 今度は短縮呪文を唱え、詠唱が終わると、スレイの魔術が消えた。

 破砕された氷の中にあった魍魎の破片が、つぎつぎに消失していった。もっとも大きな塊となって残った胴体部分も時間をおかずに消失する。


「勝ったのか……?」


「ええ、魍魎に勝つ時ってこんなもんでしょう」


「本当に勝てるなんて」


 スレイが小刻みに震えていた。どうやら感動しているらしい。

 支部長から視線を切り、カルスは周囲へ視線を投じる。

 全員反応が薄い。ルハスまでも呆然としているようだ。

 短時間であっさりと勝ったことが信じられないのかもしれない。あるいは、魔術士による本格的な戦いを見たことがないのだろうか。

 師匠の魔術を知るカルスからすれば、この程度の魔術など驚くに値しないのだが……環境の差ということだろう。

 一人の男が駆けだした。

 体格の良いその男は、屋敷の主――イースファ侯だった。

 屋敷の中へと駆けこんでいく。

 続けて老執事が年齢に似合わない俊敏さを見せて、主人の後を追った。

 クリスティナの安否の確認に行ったのだろう。


「なんで俺が師匠の尻拭いなんかしなくちゃならないんだか」


 呟きながら、カルスは内心で自分に突っこむ。


 ――食べるたべなんだけどな。


「なんかむなしい」


 見あげた空は、夕焼けに染まっていた。








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