06 再会~望んだわけではないデアい
失敗したなあ、とカルスは魔術を避けながら思っていた。
ちょっと、調子に乗りすぎたな、と今になって反省している。
観客の反応が面白くて、つい過剰にサービスをしてしまった。
つまり、さも三人の生徒が勝つという見どころを多く作ってしまったのである。
ここから逆転劇をするとなると、どういった構成と演出をするべきだろうか。
しかも、観客が満足するようにしなければならない。
運で勝ったなどと思われるのも、癪である。
もっとも簡単なのはこのまま負けるということなのだが、カルスは「自身の敗北」については鼻から考えていなかった。
本人は勝ちを相手に譲ることのできる紳士な男と自分を評価しているのだが、実はカルスという男はけっこうな負けず嫌いなのだ。
本当の自分というやつにカルスが気づいたなら、彼は間違いなく師匠の悪影響を思い、両膝をつき、がっくりと肩を落として自身に絶望するに違いない。
カルスが最初から勝ちにこだわる子供っぽいところがあったのか、弟子になって以降その性質を獲得したのかは、今となっては判別することは不可能である。
カルスはいくつかの演出を考えたが、すべて取り消した。
シンプルなものにしようと考えなおしたのだ。
ざっくり言うと、考えることが面倒くさくなったのである。
シンプル――つまり、相手の弱点をつく。
魔術士による三位一体の攻撃は確かにすばらしい。
だが、これが一人でも欠ければ、弱点のみをさらしたフォーメーションとなる。
特化しているが故に補うことが他の人物には無理なのだ。
一人欠けさせれば、その脆さをさらすことになるだろう。
というわけで、もっとも近い魔術士をカルスは獲物にすることにした。
前衛の魔術士。
肉体強化の付与魔術のデキは悪くない。
合格か不合格かと問われれば、不合格だが、まだ見習いという立場なのだから未熟であるところが見られるのは当然だ。
ただし、剣の扱いと体術全般が荒すぎる。
まるで自己流であるかのようだった。
スクールでは体術を教えていないのだろうか、と疑問に思うほどだった。
カルスの考えは正しくない。
スクールでは基礎体力の向上と最低限の体術を教えていた。
ただ、この前衛を務める生徒がそれらに熱心でなかっただけである。
自分の能力に溺れたのだ。
訓練を真面目にやらなくとも、肉体強化をすれば、たいがいの生徒には勝てた。
結果が出たからこそ、わざわざきつい思いをして鍛える必要を感じなかったのだ。
スクールの生徒は剣士のような専門家ではないので、基礎能力に差が出れば、それをくつがえすほどの力はない。
剣術の専門家である剣士であったなら、肉体強化の恩恵がなくとも、互角以上に戦ったことだろう。
そして、おそらく調子に乗った若い魔術士に土を舐めさせたはずだ。
おかしなものだった。
前衛に特化した魔術士であるはずなのに、魔術の精度はあげても、武術の技量は磨いていないのである。
はたして、これで専門化されていると言えるのか。
魔術士の驕りが垣間見えた。
カルスは、効果を抑えた肉体強化の付与魔術を解除し、より強化したもの切り替える。
技量と体力、いずれでも優るカルスが前衛の魔術士を撃退することはたやすかった。
牽制の役割を果たしていた何でも屋の魔術士は、カルスの動きにまったくついてこれず、魔術を放つこと自体ができていない。
簡単に、一人が倒れると、後はあっさりとしたものだった。
残り二人はろくな反撃もできずに、次々と地に伏せたのである。
途中経過こそ盛りあがったものの、模擬戦の最後はあっさりと終了した。
いずれもカルスが演出したものだったが、それを理解していた者は結局一部の者のみだっただろう。
力の差があまりにありすぎたのだ。
各分野に特化しているはずのスクールの生徒だが、各々の分野でカルスに力量が及ばなかったのである。
「勝者、カルス」
宣告がなされ、会場が静まりかえる。
どこかあっけにとられたような群集心理の中、カルスは軽く肩をすくめて、訓練場を後にした。
だが、彼の歩みはある人物によって邪魔をされる。
訓練場の入り口をわずかに進んだところに、カルスよりも体格が良く、カルスにどこかに似た顔立ちをした男が立っていた。
男の口は笑みを形どっている。
その笑みは好意的ではなく、むしろ悪意が込められた種類のものだった。
「カルスラーシュ、妙なところで会うな」
「魔術士ならスクールで会うのは別に妙なことじゃないだろう、マルゴス」
「そうかな?」
「ああ」
「しかし、よく私の前に顔をだすことができたな、カルスラーシュ――いや、兄上」
「俺じゃなくて、おまえが寄ってきたんだろうが」
カルスの言葉に、マルゴスが顔を怒りに染めた。
だが、すぐに表情を改めて、マルゴスが口を開く。
「ずいぶんと汚い言葉づかいじゃないか。私がそんな言葉づかいをすると、よく兄上には叱られていたと思ったが」
「ランシィ家の人間には必要な素養だ」
「つまり、自分はすでにランシィ家の人間ではないということだな」
念を押すようにして言った。
マルゴスがカルスをいたぶろうとしている思惑が透けて見えていた。
「ああ、そうだ。とっくに知っているだろう」
カルスの口調は軽い。
彼は肩をすくめる真似までしてみせた。
「なんだと!」
「怒るな、マルゴス」
「きさま! ――ランシィ家の人間ではないというのなら、その態度は不敬だろう」
「バカか、おまえは。魔術士同士が話をするのに不敬もクソもあるか。スクールでも身分は関係ないと習っただろう」
マルゴスが一歩を踏みだす。
だが、手を出そうとはしなかった。
さすがに場をわきまえたようだ。
訓練場の客席からは見えない場所だが、周囲には運営をするための関係者が幾人もいる。
さらに、この場で乱闘騒ぎなど起こせば、観戦に訪れている貴族たちによってどんな噂がばらまかれるかも分からない。
「本当に品が無くなったな。今のあんたを見たら誰もが失望するだろうな。皆の思い描く真面目で優等生なカルスラーシュ・ランシィはどこにいったのか、と」
「良かったな?」
「なに?」
「俺への失望は、おまえの名望をおしあげるんじゃないか?」
「馬鹿にするな。おまえはそうやって俺に譲ったつもりだろうが、何一つとして――すべて俺は得ていない!」
興奮したマルゴスの声量は抑えがまったくきいていなかった。
遠慮するように遠巻きにしていた関係者が、ちらちらと視線を投じている。
「アマネリスだってそうだ」
「マルゴス。落ち着け」
「いつだって、あんたはそうだ。何もかも分かった顔をして、俺の失敗の尻拭いもすべて片づけて……その上で何でもないような顔をして、誰にでもいい顔をして、いつでも澄ましやがって! いったいあんたは何様のつもりだ」
「終わったことだろう?」
「終わった? 終わったのはあんたの中でだけだ。残された俺たちは、何も終わっていない!」
咆える弟を見ながら、カルスは正直困惑していた。
マルゴスにはマルゴスの言い分があるだろうが、当然、カルスにはカルスの言い分がある。
そもそもおまえが人の婚約者に手を出したんだろうが、と一喝したいところだが、周囲の目があるのでカルスは自重した。
醜聞は貴族にとって得することなど何もない。
未だに気を使ってしまう自分を自覚して、カルスは、マルゴスの指摘にも正しいところがあると認めざるをえなかった。
だからといって、それを素直に言うつもりなどさらさらなかったが。
「だが、過去は変えられないし、未来へつながる道は、俺とおまえとでは交わっていない。おまえがどう思おうと、どうしようもないな」
カルスはマルゴスの隣を通りすぎようとした。
「――そうかな?」
マルゴスの声に見逃せない何かを感じ、カルスは立ちどまった。
「どういう意味だ?」
「アマネリスが駄目となったら、もう別の女を手に入れたみたいだな……まあ、三年もあれば、新しい女を作ってもおかしくないか」
「何をした?」
「ふん、やっぱりあんたの女か、あれは。心配しなくてもいい、きちんと丁重に扱っている」
兄弟の距離は腕を伸ばせば届くほどに近い。
二人の間に険悪な空気が醸成される。
先程までは一方的にマルゴスが発していた敵意が、今度はカルスからも放たれており、空気は加速度的に悪くなっていた。
「何が目的だ?」
「なーに、簡単な話だ。俺たちとあの場で戦え」
マルゴスが訓練場に視線を投じた。
倒れた三人の生徒はすでに運ばれて、訓練場には誰もいない。
「つまらないことを言ってないで、さっさと解放しろ」
「つまらないこと? あんたにとってはそうだろうが、俺にとってはつまらないことじゃない!」
カルスはマルゴスを相手にせずに、質問した。
「屋敷にいるのか? 家の人間を使ったんだろう」
「あんたってやつは! どこまでも俺をバカにしやがって! ああ、そうだ。家の力を使った。ランシィ家の力を使えば何ができるかはあんたのほうがよく知っているだろう?」
マルゴスが、相手が苦しむのがたまらないといった不健康な笑みを浮かべる。
「そんなことをしてどうする? ランシィ家が一般の人間をさらったと知れたら、家に傷がつくだけだ」
「それがどうした? 俺には関係ない」
「ガキみたいなことを言うな、マルゴス」
「あんたに呼び捨てにされる謂れはない! ――俺は訓練場に行く。来ないなら来ないでかまわない。その時は、あの三人がどうなるかは知らないけどな」
「――魔術士もいるんだぞ」
「だからどうした」
マルゴスが訓練場に向かい歩いていく。
彼の後に、二人の人間がついていった。
マルゴスとチームを組んでいるのだろう。
カルスはすぐには動かなかった。
ランシィ家は有数の貴族である。
一介の魔術士では、いかなる手段を用いてもびくともしないだろう。
つまりスラン・ダーリッシュに連絡をとったところで解決の糸口を見つけることすら難しいということだ。
魔術士協会本部、もしくは『五大魔術士』のような大きな力が動かなければ、ランシィ家とのつりあいはとれない。
いっそランシィ家に襲撃をかけようか、とカルスは物騒なことを考えた。
間取りも警備状況も――変わっていなければの話だが――カルスは知っている。
どこに監禁しているのかも想像がついていた。
普通の魔術士がそんなことをすれば、たとえ救出に成功したとしても、ランシィ家の報復が怖い。
だが、カルスは、元はランシィ家の人間である。
ランシィ家とすれば、身内の恥をさらすよりも隠すことに懸命になるだろう。
被害を受けるのは、結局ランシィ家だけということだ。
カルスとしては、悪い選択ではない。
これでランシィ家とも完全に決別できるというものだ。
「――とはいうものの」
カルスは呟く。
避けられるのならあえて実家に汚名を着せる必要もない。
カルスとて両親やランシィ家に対する情がなくなったわけではなかった。
最後の実家孝行である。
弟を教育してやろうではないか。
女子供を人質にとるような卑劣な行為をしたやつには、徹底的な教育が必要である。
カルスは再び訓練場へと足を向けた。




