05 模擬戦~ハジまり
スクールで行われる模擬戦当日である。
今回の責任者であり、カルスを模擬戦へと推薦したスラン・ダーリッシュは当然カルスと一緒にスクールへと来ていた。
カルスは一人ではない。
ルハスとレナは言うまでもなく、一緒に来ていた。
魔術士であるので、魔術が主となる戦いへ興味を持つのは当然のことである。
カルスも二人は来るだろうと考え、早々に見学する許可をもらっていた。
もう一人いる。
セラフィアだ。
剣士として魔術士の戦いに興味があるのだろう、とカルスは考えているが、セラフィアがスクールへ同行すると言ってきたのは、実は昨日のことである。
タイミングがあやしい。
剣士としてではなく、別の思惑があるのではないか、とカルスは思わないでもない。
だが、注意を配るほどでもないだろうと彼は思った。
問題行動さえ起こさなければ大丈夫だ、という認識である。
お偉いさんと軽い挨拶を交わした後は、模擬戦まで待機ということになる。
ここからはダーリッシュとは別行動だ。
三人はそのままついてきた。
巨大な校舎の一室が待機室にあてられていた。
こういった催し物はたいてい時間がかかる。
カルスは見物する三人にそのことを告げたのだが、彼の言葉は簡単に引っくり返されることになった。
すぐに呼び出しがかかったのである。
ここで、カルスと三人は別れることになった。
カルスは訓練場へと向かい、三人は客席へ移動するのだ。
「じゃあ、行ってくる」
カルスは扉を開け、振りかえった。
「ええ、いつもどおりの結果を期待しています」
「結果は分かっている」
「――頑張ってね」
三人三様の激励だった。
年少である二人の魔術士は、カルスが勝利することをまったく疑っていないようだ。
女剣士はカルスの勝利がどうこうというより、他のことに気をとられているように見えた。
カルスは、カルスよりも十歳以上年上の魔術士の案内を受けて、訓練場へと歩いていったのである。
――スクールの訓練場。
――模擬戦。
こういった呼び方を耳にしていたセラフィアは、小さな広場を想像していた。
実際の場を目にした時、正直魔術士を侮っていたと言うよりなかった。
訓練場と言われた場所は、立派な闘技場だったのだ。
驚いているセラフィアに、いつの間にか姿を現したダーリッシュが簡単に説明してくれた。
この訓練場は三つある訓練場の中でももっとも位の高いもので、主にその利用は、スクールの魔術士の能力を外部へ見せるために利用されるということだった。
だからこそ、客席もしっかりと整えられているのだ。
まさに闘技場というよりない。
この日もスクールと魔術士協会の上層部や、十数人の貴族が観覧に来ているようだった。
圧倒的に多いのは、もちろんスクールの生徒である。
他者の戦いを見るというのも立派な勉強ということなのだろう。
セラフィアやルハス、レナは、ダーリッシュの関係者ということなのか、それなりに良い席を与えられていた。
ダーリッシュはすぐにセラフィアたちから離れていった。
いろいろと雑務があるようだ。
忙しい合間にわざわざセラフィアらに会いに来てくれたことを考えれば律儀な人である。
そういった性格だからこそ、面倒事を押しつけられるのかもしれない。
「セラフィアさん、誰か知りあいがいるんですか?」
知らないうちに、セラフィアはきょろきょろと周囲を見ていたらしい。
彼女はルハスの質問を受けて初めて自身の行動に気がついた。
「まさか。魔術士に知りあいなんていない」
「そうですねよねえ、魔術士なんてめったにいないし……それにしても、ここにいるのがほとんど魔術士だと考えると、ちょっと凄いことですよね」
ルハスが感嘆している。
確かにそうだった。
一国の軍隊に匹敵するというのはあまりに大言ではあるが、そこらの貴族の軍隊などここにいる魔術士全員が協力すれば簡単に撃ち砕いてしまうだろう。
そこに思い至り、なぜ貴族がスクールの模擬戦を見に来るのかが理解できた。
魔術戦と楽しむという理由もむろんあるだろうが、おそらくもっとも重要な理由は、才ある魔術士をスカウトすることなのだろう。
魔術士は敵にすればやっかいな相手だが、味方にすればこれほど頼りになる戦力もない。
剣士が仕官するとなれば、自ら売り込むしかない。
それでも、たいていは、一番下から実績をあげて成りあがっていくことになる。
いつからこんなに魔術士と剣士の間に差ができたのだろうか。
何となく剣士の立場をむなしく思いながら、セラフィアはふと視線を周囲に投じた。
無意識の行為は、だからこそか、先程から探していた目的の相手を見つけだした。
――やはりいた。
カルスの元婚約者アマネリス・フーラル。
彼女の周囲にいるのは、身なりの良い女性ばかりだった。
貴族の子女なのかもしれない。
セラフィアの視線に気がついたのか、アマネリスが顔をこちらへと向けた。
視線が重なり、どちらともなく頭を小さくさげた。
向こうも憶えていたらしい。
互いに何となく気まずい空気があった。
それ以上視線があうことはなかった。
セラフィアは意図的に見ないようにしたし、向こうからの視線もまったく感じなかった。
「出てきた」
レナがぽつりと言う。
セラフィアは訓練場へと視線をさげた。
カルスが入り口からいつもどおりのペースで歩いてきていた。
「師匠ってホント緊張とかそういうのから無縁ですよね。図太い神経をしてるっていうか、さすが僕の師匠っていうか」
確かにカルスからは特段の緊張というのは感じられなかった。
敵意というほど強い視線はないが、否定的な視線がカルスに多く集中していた。
それ以外の視線は興味本位という感じだった。
カルスにしてみれば、やりやすい環境とはとても言えないはずだ。
警戒くらいしてもよいはずなのに、何というか余裕がある。
一部の生徒はその余裕に気がついたらしく、品のないヤジが飛び始めた。
ルハスが眉をひそめる。
「何か師匠が語る魔術士とは印象が違いますね。もっと冷静で客観的な人間ばかりだと思ったのに、自分たちと違う人間は否定するっていう分かりやすく閉鎖的な人ばかりじゃないですか」
「もともと魔術士は閉鎖的。そして、スクールに通う人間はより閉鎖的になる。エリート意識が強いから」
後半部分のレナの口調はかなり意地悪な響きを帯びていた。
「勘違いって、怖いもの」
最後にレナが毒舌を吐いた。
「まだ、若い子ばかりだからね」
と、セラフィアがなだめた。
そういう彼女もまだまだ若い。
カルスに続き、三人の男たちが訓練場に入ってきた。
歓声が沸き起こる。
当然ではあるが、この場にいる多くの人間が三人の勝利を願っているようだ。
三人は、いずれもカルスと似たような年齢だった。
全員ローブはしていない。
動きやすそうな実用的な格好である。
二人が杖を持ち、残り一人は帯剣していた。
帯剣している男は、外観だけを見るのなら、とても魔術士には見えなかった。
「たぶん、前衛と後衛、そして回復・防御がそれぞれの役目」
レナはスクールのフォーメーションにいくらか知識があるようだ。
「回復って、本物の治癒魔術を使えるっていうのか?」
ややぞんざいな口調でルハスがレナに確認する。
「分からない。ただし、治癒魔術を使える可能性は考えるべき。もちろん、攻撃魔術も使えるという想定は最低限必要。どちらにせよ、杖もちは強力な魔術を唱えてくるはず」
杖というのは魔術の効果を増幅する働きがある。
ただし、欠点があり、それは一定の時間を必要とすることだ。
杖という武器は、長い詠唱を行う時に最大限にその力を発揮するのである。
「カルスは相手がどんな魔術を使えるのか知らないの?」
セラフィアはカルスが行った模擬戦の対策にまったく関わっていなかったので、彼の作戦も相手の情報もまったく知らなかった。
「魔術士がどんな魔術を使えるのかを、第三者が他者に教えるのはルール違反。よほどのバカでないかぎりそんなことはしない」
「僕だって知っていましたよ。セラフィアさん、知らなかったんですか?」
「魔術士の常識を一般の常識と考えないで」
カルスもスクールの三人も互いに何の魔術を扱えるのか分からずに戦うということである。
セラフィアはカルスがさまざまな魔術を扱えることを知っている。
カルスは器用な性質らしいので、普通の魔術士はそんなにぽんぽん魔術を使用できないらしいが、それでも相手がどんな遠距離攻撃を持っているか分からないというのは、戦う者からすれば恐怖である。
訓練場に立っている四人の魔術士たちは怖くないのだろうか?
防護結界という強い盾があることが、恐怖を減少させているのだろうか?
だが、そんなものはより強い攻撃を受ければ何の意味もないものだ。
老齢の男が訓練場側にある目立つ壇上の上に現れた。
「それではこれより、スクール上位成績者三名と魔術士カルスとの模擬戦を開始する。始め!」
戦いの経過は、セラフィアたちが予想していたとおりにはならなかった。
彼女たちはカルスが圧倒して終わりだろうと思っていたのだが、予想に反し、両者の戦いは好勝負となっていた。
といっても、一対三の戦いなので人数に大きなハンデがある。
相手は学生なのでハンデがあって当然という考え方ももちろんある。
この好勝負を演出している一つの要因はスクールの生徒三人にあるだろう。
三人の連携は見事というよりなかった。
剣を持った前衛は、肉体強化の付与魔術を自らに施し、近接戦闘を挑む。後衛は詠唱に時間をかけて強力な攻撃魔術を錬る。もう一人は、何でも屋である。カルスの放った魔術を防御する役割や、威力は低いが絶妙のタイミングで攻撃魔術を放っていた。
この三人を敵に回すのはいかにも困難である。
少なくとも今のセラフィアには対抗する術はないだろう。
チャンスがあるとすれば、戦いの最序盤である。
肉体強化をする前の前衛の魔術士を一撃のもとに葬り、そのままもう一人に手傷を負わせることくらいだろうか。
だが、その方法は、何でも屋の役割の魔術士が威力の低い魔術で牽制することで、おそらく簡単に防がれる。
セラフィアが魔術士同士の戦いを真剣に見ていたのは、自分ならどうやって戦うのかのシミュレーションを終えたところまでだった。
すでに、彼女の中で目の前の戦いは、興味の対象たりえなかったのである。
理由は簡単だった。
そして、それにルハスやレナも気づき始めたようだ。
「確かに凄いですけど、なんか師匠の動き悪くありません?」
「動きが悪いというより、抑えているみたい」
「それであっていると思う。たぶん、スクールの面子を潰さないように加減をしているんでしょう」
セラフィアはカルスが手を抜いていると考えていた。
全力でないことだけは間違いない。
今まで見てきたカルスの戦いの中で、格段に出来が悪いのだから、この観察は間違えではないだろう。
ルハスやレナに訓練をつけている時のほうが、まだマシのように見えた。
「師匠がそんな組織のことに対して気を使いますかね」
「リーダーはそんなことしない」
年少組がカルスの性格から考えて「気を使う」ということに否定的な意見を述べた。
二人がカルスにどんな印象を持っているのかが、垣間見えている。
「気を使っているのは、組織じゃなくてダーリッシュさんでしょう。あの人は、今回の模擬戦の責任者の一人のようだし、カルスを紹介した人間になるのだから、下手な戦い方をしたら、ダーリッシュさんがいろいろと面倒な立場になるでしょう」
「これってそういう戦いですか」
ルハスが失望のため息をはいた。
「拍子抜け、白ける」
レナも失望を隠そうとしない。
おそらく力のある魔術士たちは模擬戦の本当の姿を理解しているだろうが、会場にいる観客の多くは見たままの模擬戦を楽しんでいた。
観客の大部分はスクールの生徒なので、自分たちの代表者である三人が優位になると大きく盛り上がり、カルスが攻めると静まる。
そして、この反応の良さに気づいたカルスが悪乗りした。
観客の盛り上がりを意識して、試合を操りだしたのだ。
完全にやりすぎである。
間違いなく対戦相手の三人はカルスの実力と彼のやっていることに気がついただろう。
そして、気がつきながら何もできないに違いない。
――カルス、性格ワル。
と、セラフィアは思った。
師匠のことをいつも悪く言っているカルスだが、カルス自身も充分性格がひねくれている。
盛りあがる会場をしり目に、セラフィアの視線はさりげなくある一点へと投じられた。
戦いにはすでに興味はなかったが、興味の対象が会場からなくなったわけではない。
セラフィアは、カルスの元婚約者へと再び視線を向けたのである。
アマネリス・フーラルは、頭をややさげ、両手を顔の前で組み、瞳を閉じたままずっと祈っているようだった。
アマネリスが魔術士としてたいした実力がないのなら、彼女の目に模擬戦の内容はカルスが不利だと映っているはずだ。
アマネリスは、カルスの勝利を、あるいは無事を一心に祈っていることになる。
あれ? とセラフィアは疑問を持つ。
――それって、彼女がまだカルスに執着を持っているということなんじゃないの?
婚約者という立場でありながらカルスを振っておいて、今さらそんな感情を持つというのは、ちょっと都合がよすぎるのではないだろうか。




