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04 かすかな困惑~久しぶりナノで




 ――ああ、カルスだ。カルスラーシュがいる。


 アマネリス・フーラルは、自分を支えている男がカルスであることが一目で分かった。

 三年という時間が流れ、柔らかみが薄まり、逞しさが増していたが、見誤ることなどあるはずがなかった。

 カルスは彼女の婚約者だったのだから……。


「えっと、あれ? 今王都に住んでいるの? すごい偶然。私も今王都のスクールに通っていて――もしかしたら、もっと前に会っていたのかも……」


「王都はひろいからな。何年住んでいようと会わない時は会わないよ。それに、俺は王都に住んでいない」


 ――俺?


 アマネリスの聞きなれない一人称だった。

 カルスはずっと『私』と言っていた。

 自身の立場と責任にふさわしい自称をごく自然にしていた。

 そういえば、口調もどこか砕けたところがある。


「それじゃ、本当に偶然ね」


「まあ、そうだね」


 カルスがアマネリスから離れた。

 遠ざかる温もりに彼女は寂しさと惜しみを感じた。


「どうして王都に?」


「所用だよ。それより店の前に立っていると邪魔になるから移動したほうがいいんじゃないか? 後ろの友達も困っているようだけど」


 嫌みなく自然にカルスがエスコートする。

 どんな時でもカルスには余裕があり、周囲へ気配りができる。

 まったく変わっていない。

 誰に対しても優しく、区別なく律儀に接することができる。


「それじゃ、俺は行くから」


「え、もう?」


「ああ、じゃあな」


 カルスが反対方向へと歩き去る。

 彼の後に白金の髪をした女性がついていった。

 カルスのつれだろうか。

 一瞬だけこちらを振り向いた顔はとても綺麗だった。


「ねえ、今の人って――」


 背中から気づかいと好奇心のあわさった友人の声が、アマネリスにかけられた。





 いつもよりわずかに速いペースでカルスが歩いている。

 セラフィアは後ろからカルスを観察していた。

 感情は外に表れていないが、若い魔術士が動揺しているのは間違いないだろう。

 それが多少なのか、おおいに動揺しているのかの量は分からない。

 おそらくあれが振られた女である。

 この広い王都で二人が出会うなど、本当におそろしい偶然だ。


 ――待てよ、とセラフィアは思う。


 偶然なのは間違いないだろうが、おそろしいほどの偶然ではないのではないか。

 これまでの態度や言動から考えて、カルスはもしかしたら王都にずっといたのではないか。

 それだと腑に落ちる。

 そして、彼女も当然いたのだろう。

 二人が過去につきあっていたのだとしたら、当然王都を一緒に歩いたこともあったはずだ。

 時にはカルスがあの可愛らしい女性にプレゼントをすることもあったのではないか。

 そして、そのプレゼントをさっきの地域で買っていたとしたら?

 その後もずっとあのあたりが彼女の買い物をする領域テリトリーだったとしたら?

 二人が会ったのは偶然ではあるが、他のどこかで会うよりも可能性はずっと高かっただろう。

 というか、セラフィアへのプレゼントを、あの女性――アマネリスと言っただろうか――と同じ店で買おうとしていたのか。

 別に悪くはない。

 悪くはないが、なんとなくセラフィアの中にむずがゆい気持ちが生じた。

 それに振られたとカルスは言ったが、アマネリスの態度は、とても振った男に対するものではなかったとセラフィアは思う。

 うれしさやあまえが前面にでており、気まずさなどはほとんど感じなかった。

 いや、はっきり言ってしまえば好意のようなものがあった。

 女同士だからだろうか、はっきりと伝わってきた。

 カルスはどうなのだろうか。

 彼女の好意を感じたのだろうか。

 何かしらの思いを抱いたのだろうか。


「どうした?」


 カルスが振り返る。

 わずかに歩くペースをさげて、セラフィアと並んだ。


「どうしたって……」


「黙っているから」


「どうかするのは、カルスでしょ。あれって、何というか、くだんの――」


「ああ、気を使ってくれたわけか。それは悪かったな」


 平然とカルスが言う。

 すでにまったく動じていない。

 セラフィアはほっとした。


「なんか、普通というか」


「そうか? けっこうかわいいっていう評価を受けそうだけど」


「彼女のことじゃなくて、あなたが」


「普通というか、あれ以上どうしようもないだろ。道端に投げすてるわけにもいかないし」


「ちょっと、あなたそんなことを考えていたの!」


「考えるのは自由だ」


「けっこう優しく対応していたのに……あんなの初めて見たけど」


「まあ、あれは今は使わないモードだからな。できれば、あれでおしまいにしたいね」


「なんで?」


「ガラじゃない」


「じゃあ、なんでさっきはしたの?」


「セラフィアもお嬢さまだけど、あっちはもう少しお嬢さま度が高いんだ。親しいならともかく、すでに他人なんだから、いっていの礼儀が必要だろ」


 カルスの言葉はやや冷たいようにセラフィアには感じられた。

 本音だろうか。


「それより、どうする? とりあえずいったん戻って、ダーリッシュさんや屋敷の人から情報収集して出直すか?」


「あのあたりでアマネリスさんへ贈るプレゼントを買ったことがあるの?」


 言った瞬間にセラフィアは後悔した。

 だが、すでに口から音声化された言葉が消えることはない。

 必要のない質問だ。

 いったいどんな答えを期待しているというのか。

 そもそも何を期待しているのか。


「いや、ない」


「ないの?」


「ああ、自分で買いに――プレゼントは贈ったことはあるけど、買いに行ったことはないな」


「へえ、そんなものなんだ」


「そういうわけで、なんか食べるか。それでチャラで」


「いえ、一度屋敷に戻って入念な下調べをしてから、もう一度出かけましょう」


 カルスが非常に嫌な顔をした。

 面倒くさいと思っているのだろう。

 セラフィアは気づかないふりをして歩きだした。

 小さく息をはいて、後からカルスがついてくる。

 どこか他の場所でプレゼントを買ってもらおう。

 気分の良くなったセラフィアはそう思った。





 カルスは元婚約者に会って焦りはしたが、ほとんど感情が動かされることはなかった。

 自分でも意外ではある。

 もう少し取り乱すだろうと思っていた。

 特に何の心の準備もなしに会ったにしては、落ち着きすぎるくらいだった。

 なぜ動揺しなかったのかと言えば、動揺の元となる感情がカルスの中に残っていなかったからだろう。

 三年という時間は短いようで、人の心に変化を与えるには充分な時間であるらしい。

 以前に彼女に抱いていた思いは、綺麗に消えていた。

 時間が経過し、アマネリスは大人の女性へと変貌しつつある。

 今はちょうどその途中だろう。

 綺麗になっていた。

 だが、変わらないところもある。

 貴族の娘らしく、箱入りのお人形さんといった様子は相変わらずで、そして、自分で行動するという外見に似合わないお転婆もまだ残していた。

 なかなか魅力的に成長しているな、とカルスは思う。

 カルスの隣には今セラフィアがいるが、二人とも容姿は優れているが、まったく印象が違った。

 今のカルスにとってどちらが好意的に映るかと言えば……。

 まあ、それはともかく、アマネリスに知られたということは、あの家にも早い段階で情報が伝わることだろう。

 あの家――ランシィ家に伝わったとしても、行動に移すことはしないはずだ。

 現状、カルスの存在はほとんど意味がない。

 政治的な意味は完全に失われている。

 だが、あいつは具体的な行動を起こすだろう。

 マルゴス・ランシィ。

 将来ランシィ家を継ぐ男。

 カルスよりも一歳年下の男である。

 おそらくマルゴスはカルスにくってかかってくる。

 いつからか、そしていつだってマルゴスは、カルスのすべてに対抗するようになっていたから……。


 マルゴスもスクールに通っている。

 そして、なかなかの才能を誇っていた。

 スクールの上位者にいてもおかしくはない。

 というか、まず間違いなく上位者のはずだ。

 マルゴスは自分が目立つような派手なことを好み、戦うことが好きな性分だった。

 今回の模擬戦は、ある意味魔術士の二大派閥の代理戦のようなところがある。

 いかにもマルゴスが好みそうな趣向だ。

 だが、やつは外へと訓練に出ているという。

 残念がったことだろう。

 カルスが相手だと知ったら、今からでも万難を排して戦いに参加するかもしれない。

 さすがに外にまで連絡がいくことはないだろうが……。


「ちょっとカルス、どうしたの?」


「いや、なんでもない。ダーリッシュさんはいなかったな」


「ええ、でも、他の人からきちんと教えてもらえたからいいでしょう。あなた、まさか今あの女、いえアマネリスさんのことを考えていたんじゃないでしょうね」


「考えてないよ。明日の対戦相手を良く知らないな、と思っていただけだ」


「それは、それで私に失礼でしょう!」


 ぷりぷりとセラフィアが怒る。

 こんなにくるくると感情が動く女だっただろうか。

 この華やいだ町なみというやつが、女性を高揚させるのか。

 謎である。

 ただ、人が多いところは好まないという点が同じなので、そのあたりがカルスとしては助かっている。

 これで、人混みの多い場所で買い物をするとなっていたら、後に面倒になると分かっていてもカルスはそうそうに逃げだしたことだろう。

 この後、カルスはセラフィアの買い物につきあって、無事にプレゼントを渡したのである。








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