01 王都ソール・ラント~ヤッと到着
――パール国王都ソール・ラント。
大陸でも有数の大都市である。
一大消費都市であり、文化の粋が集まる都市でもある。
剣士、魔術士いずれも多くいるが、強力な魔術士が多く暮らす都市でもあった。
理由は明快である。
魔術士協会本部が、ソール・ラントの傍にあるからだ。
都市内にあるわけではない。
魔術士協会本部は、ソール・ランド上空に浮いていた。
魔術士協会本部――『浮遊城』と呼ばれる魔術士の総本山である。
九月初旬。
師であるヴィル・ティシウスと約束した期限よりも、一月以上早くカルスは約束した場所にたどりついていた。
同行するのは、三人と二頭。
カルスの弟子であり、中性的な顔をした美少年、魔術士ルハス。
白金の髪をした美貌の剣士セラフィア・ギル。彼女の魔獣である『タロウ』。
小柄で黒髪の人形のような付与魔術を得意とする魔術士レナ。彼女の魔獣である『オオマル』。
二頭の魔獣は、一カ月強という期間で子犬ほどに成長していた。
歩くのも走るのも達者だし、なかなか賢そうである。
魔獣ならば、もっと成長が早そうだが、そうでもないらしかった。
『気高き魔狼』という種が遅いだけ、という可能性もあるが。
というか、その可能性のほうが高いのかもしれない。
街道を歩いても目立つ一行だったが、大都市であっても、それは変わらないらしい。
都市部の人間は周囲に無関心だ、との説が出回っている昨今であるが、カルスたちがそれを実感することはなかった。
衆目が集まるばかりだ。
二頭を含めて、見てくれがいいというのがその理由だろうか。
いかにも魔術士らしい格好やいかにも剣士らしい服装をしているのが、いけなのか。
かわいらしいペットがトコトコと一行の傍を歩いている姿がいけないのか。
とにかく、四人と二頭は注目を浴びながら、王都を歩いていたのであった。
「それで、大師匠とはどこで待ち合わせをしているんですか?」
何気ないようでとても重要な質問をルハスが発した。
「いい質問だな」
「そんな改めて褒められるようなことではないと思いますけど。で、どこなんです。師匠がおそれる大師匠と僕は早くお会いしたいのですが」
「ヴィル・ティシウスかあ、凄い魔術士なんでしょうね」
セラフィアの口調は他人事である。
「最強の魔術士」とレナ。
「皆が期待しているところを悪いが、あの人はそんなまともな人間じゃないぞ。何しろ、王都に来いと言って、弟子を隣国に転移させるし、待ちあわせも六カ月以内に王都で、という大ざっぱなものでしかないし」
「え? 待って、今待ちあわせをしていないって言った? 滞在場所とか聞いてないってこと?」
セラフィアの声には、驚きと同時に非難も含まれていた。
綺麗な顔つきが、厳しい色に染まる。
「文句は向こうに言ってくれ。言ってなかったか? 俺はいきなり転移させられたんだ。何の説明もなく、これが試験だの一言であの人は片づけたんだ」
「だって、仮にも王都でしょう? っていうか、見たら分かるけど、物凄い人の数よ。出会えるわけないでしょう!」
「僕もセラフィアさんの意見に賛成です。さすがに、この人の数と広さで出会うというのは、奇蹟じゃないでしょうか」
「ヴィル・ティシウスの魔力を感知できるの?」
レナの言葉に、カルスを責めていた二人が口を閉ざした。
何らかの方法があるらしいと解釈したようだ。
だが――。
「無理だな。感知できないわけじゃないけど、俺よりも先にあの人は俺のことを感知できているはずだ。なら、魔力の気配を消すことくらいしかねない。実際、今のところ分からない」
「魔力感知って何ですか、師匠?」
「言葉にするのは難しい。気配が分かるってのに一番近い。普通は、感知できる距離なんてたいしたことがない。魔術を使用している時ならともかく、知っている魔術士という条件でもつかないかぎり分からない。ただ、あまりに巨大な魔力を持つ人間の場合は、遠くからでも分からないこともない。その本人が隠していなければな」
「【五大魔術士】」
ルハスが呟く。
「そのとおり。ちなみに、あの二人は、二人とも魔力を隠していた」
「魔術士の話はいいから、それよりもどうやってあなたの師匠を見つけだすつもり?」
カルスの隣に並んでいたルハスを後ろへと追いやり、セラフィアが若い魔術士の隣へと顔をだした。
「普通だよ」
「なに?」
「知りあいに訊ねる。ヴィル・ティシウスを知っている人間は数多いけど、ヴィル・ティシウスの知人だと名乗れる人間は数少ないんだ」
「あてがあったから、落ち着いていたわけね」
「それは正しくない」
「どういうこと?」
セラフィアがカルスの顔をしっかりと目で捉える。
「あの人がかかわっている時は、一筋縄ではいかないんだ。最初からうまくいかないことを想定しているから、精神的ダメージは受けにくいってだけだ」
「もしかして、その知人に会っても場所が分からない可能性があるの?」
「おおいにね」
「自信満々に言われてもね」
「でも、寝る場所は確保できるからな。後はゆっくり探すさ」
「ああ、そういうわけね」
セラフィアが小さく首を振った。
あわせて白金の長い髪が風と遊ぶように揺れる。
「あなたは、寝る場所と風呂を確保できたから、機嫌がいいということね。いったい、師弟揃って何を考えているのやら」
「まあ、おまえらもゆっくり王都観光でもすればいいさ。俺はもらえなかったけど、おまえらはメッサミリアからお小遣いをもらっているんだろ?」
「私は用事を済ませてから、遊びたいタイプなんだけどなあ」
セラフィアはすっきりしないようだ。
だが、残り二人の年少組は、カルスの提案に顔をほころばせていた。
カルスの先導の元に、一行は王都を進んでいった。
カルスをのぞく三人は、珍しげに方々を見ていたが、カルスだけは、王都の風景にまったく無感動だった。
人混みを嫌い、カルスはすぐに人の少ない道へとそれる。
目的地が明確であるためか、彼の足取りはまったく迷いがない。
「カルス、ちょっと速い。あなたは知ってるんだろうけど、私たちは知らないんだから」
セラフィアが文句を言った。
四人がばらばらになるということはなかったが、確かに年少組の注意はいつもよりも散漫だった。
カルスは足の運びを緩める。
「ああ、でも、そんな珍しい物はないだろ? 観光はまた別にゆっくりやったらいい。裏道とは言わないけど、本通りをとおってないし」
「詳しいのね」
「知ってはいるけど、詳しいというほどじゃない」
「そう? なんか自分の庭みたいだけど」
「王都を庭にできる存在って誰だよ」
カルスは苦笑した。
「たとえでしょ。カルスは、いつもは山奥で暮らしているのよね」
「師匠のせいでな」
「ふーん、ずぶといんだ」
「どういう思考をたどればそうなるんだ?」
「だって、山で暮らしていたら、普通こんな都会だと尻込みするんじゃないの?」
「人ぞれぞれだろ、そんなの。あと、俺は、人混みは好きじゃない」
「そういうのじゃなくて、なんか慣れているっていうか」
「ああ、師匠はそういうところありますよ。最初に会った時も領主様の屋敷で、妙に堂々としていたし」
ついでのようにルハスが口をだす。
本当についでであったらしく、少年は言葉だけをこちらに投げたようで、他の意識は王都にすべてもっていかれているみたいだった。
「別に身分とか関係ないだろう、魔術士に」
「そういう問題じゃないと思うけど……ちょっと、カルスっておかしいのよね。知識と行動が一致しないというか、態度がふてぶてしいというか、言動がちょっと俺さま入っているというか」
「あれか、遠まわしに俺に文句をつけているのか?」
「そういうわけでもないけどねえ」
「それ以外にどうとれと?」
高級住宅街へと、カルスたちは足を踏み入れていた。
高級住宅街のさらに先には、有力貴族や宮廷魔術士などの国権に関わる人間のみが暮らす地域がある。そこは、高級住宅街とは壁で大きく区切られていた。
当然、人の出入りは厳しく監督されることになる。
今回、カルスが用があるのは、高級住宅街である。
誰かに注意されることはないが、格好があまりにみすぼらしいのは好まれない。
そんなものだ。
カルスたちはぎりぎりであろう。
ぎりぎりなので、許せないという人もそれなりにいるに違いない。
ぎりぎりというより、ボーダーと言うべきか。
こういった環境にカルスが気後れしないという話になったが、他の三人もまったく物怖じする気配がない。
三人からすれば、カルスに影響されてということになるだろうが、カルスからすればある意味同類である。
というか、自分などよりはるかに鈍感だろう、と考えていた。
カルスは高級住宅街にあっても、それなりに立派な屋敷の前に立った。
格子状の門を抜ければ、すぐに屋敷にたどりつく。
一見すると、庭がまったくないように思えるが、屋敷の裏に大きな空間がとられていた。
庭は観賞するものとして存在しておらず、一種のスペース、あるいは小屋などの実験室を立てる場所とて利用されている。
門の前には門番が二人いた。
「すみません、ダーリッシュさんはおられますか?」
カルスが声をかける以前に、二人の門番は彼の存在に気づいていた。
警戒ではなく、歓迎の表情が浮かんでいる。
「ああ、カルスさん。しょうしょうお待ちください。連絡してまいりますので」
「はい」
門番の一人が屋敷に駆けていく。
扉が開き、門番から屋敷内で働く使用人へと情報が伝達されていった。
「いつ、こちらへ来たのですか?」
残った門番が親しげにカルスへ話しかけてくる。
不自然なことではない。
ずっと前から知っているので、互いの近況を語る程度の仲ではあった。
「今日です。まあ、俺のことはいいんですけど、うちの師匠の噂がありませんか? 王都に来ているはずなんですけど」
「ティシウス様がいるんですか! いつからです?」
「数カ月前から滞在しているんじゃないですかね」
カルスの言葉に門番が首をかしげる。
まったく覚えがないようだ。
「数カ月もいたら、どこかで揉め事――」慌てて門番が言いなおす。「いや、何と言うか騒ぎがになっていると思いますが……」
「まったくないんですね」
「ここのところ派手なことは何もありませんねえ」
ヴィル・ティシウスが関わったと分かる常識はずれの派手と言うよりない事件は起こっていないということだ。
本気であの大魔術士は弟子に見つけさせるつもりらしい。
厄介な男である。
見つけだすのはかなり骨が折れることだろう。
ダーリッシュとの連絡はすぐについた。
使用人が玄関から現れ、カルスに告げる。
「ダーリッシュ様がお待ちかねです。皆さん、どうぞおあがりください」
「お待ちかね」という単語にカルスは引っかかったが、ともあれ、とりあえずの寝床と風呂は確保できたらしかった。
四人はぞろぞろとダーリッシュの屋敷を訪れたのだった。
タロウとオオマルの魔獣二頭がさほど警戒されなかったのは、知りあいであるカルスへの信頼もあるだろうが、屋敷の主が魔術士であったことも大きく関係しているだろう。
まあ、使用人たちは二頭の魔獣をあまり見かけない子犬くらいにしか思ってなかったのかもしれないが……。




