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02 五大魔術士~自分勝手なヤツばっか




「わらわは【五大魔術士ペンタグラム】の一人、大魔術士メッサミリアじゃ」


 胸を張りやや顎をつんとあげて、メッサミリアが自信満々に自己紹介をした。

 まあ、自信を持っておかしくない容貌とスタイルではある。

 外見は非常に若々しい。カルスと変わらないように見えた。

 しかし、この感じ、何か知っているような――。


「ルハス、おまえ似ていないか? もしかしておまえの母親か」


 カルスは手で口元を隠して、ルハスに囁いた。


「違いますよ。僕の母はもっとおしとやかです」


 ルハスも小声で答える。


「なんじゃ、男がこそこそとするでない。言いたいことがあれば、はっきりと言えばよい」


「【五大魔術士ペンタグラム】なんですか?」


 カルスは質問した。名乗っている相手に重ねて問うのは、いかにも失礼ではあるが、確認せずにはいられなかったのだ。

 ちなみに女性陣二人は未だに魔獣に釘付けである。

 だが、その表情からは恐れているというより、可愛いものを見るような、まるで触ってみたいと思っているような、不思議な興奮が見られた。

 確かに毛がふさふさとしており、触り心地はよさそうではある。


「そのとおりじゃ。わらわは、そなたの師匠ヴィル・ティシウスと同じ大魔術士である。敬うが良かろう」


「その魔術はペットなんですか?」


「そうじゃ。なかなか可愛かろう」ぽんぽんとメッサミリアが魔獣を叩く。「とりあえず護衛にもなるしの。重宝しておるのじゃ」


「あなたに危害を及ぼさないかぎり安全だということですね」


「そうじゃ」


 カルスの問いに対する答えを聴いて、店主と店員があからさまにほっとした。

 まあ、絶対ではないのだが、飼い主の言葉でいちおうの安全は確保されたと考えたようだ。というか、その考えにすがるより正気を保てないだろう。


「それで私たちに、何か用件があるのですか? それとも、師匠に何か言伝でも?」


「いや、そなたの師匠には興味がない。ああいう危険なやつにはかかわらないにかぎる」


 それはカルスもおおいに同意できた。

五大魔術士ペンタグラム】などかかわりたくない。


「わしが興味があるのは、そなたじゃ。ヴィル・ティシウスの弟子カルス。近頃、派手に暴れておるようじゃの」


「【五大魔術士ペンタグラム】に注目されるようなことはしていませんよ」


「何を言うか。バルドル・ファンのじじいとも戦ったのじゃ。それが派手でなくて何だというのじゃ。【五大魔術士ペンタグラム】に喧嘩をうった魔術士など久しぶりじゃ。しかも、ぴんぴんとしておる」


「バルドル・ファンに喧嘩なんて俺は売ってませんよ。いろいろと誤解があったってだけです。戦闘らしきものもやりましたけど、一方的でした。一撃をいれられておしまいです」


「そなたは普通に動いておるのじゃ。それは何と説明するのじゃ」


「治癒、疑似の治癒を自身にかけつづけて、数日かけて何とか復活しただけです。その後一日中具合が悪くて動けないほどでしたよ」


「ほれみよ、すべて自力ではないか。色ボケしていたらしいが、仮にも大魔術士の一人の攻撃を受けて、自らの足だけで立ち続けるなど、そうできることではないのじゃ」


「そうですか? お褒めいただいているんですか」


「そうなのじゃ」


「ありがとうございます」


「師匠に似ず、すなおでよろしいのじゃ。そうじゃ、おぬしがヴィル・ティシウスになればよいのじゃ」


「意味不明ですね。あと、なれてもお断りします」


「そうか。それは残念じゃ。ふむ、それでは、ぼちぼちどうじゃ」


「何がです?」


「とぼけずともよい。わらわに挑んでくるが良いのじゃ」


 非常にメッサミリアは楽しそうだ。小刻みに身体を揺らすので、身体の一部が何というかバインバインというふうに揺れている。

 目の保養、いや、まったく目の毒である。


「は? 今なんて言いました」


 さも当たり前のようにして言っているが、間違いなく突然話が飛んだ。


「言うたも何も、戦うのじゃ。そなたは大魔術士に喧嘩を売っておるじゃろ? さすがあのヴィル・ティシウスの弟子じゃ。しょうしょう頭がいかれておるとしか言いようがない。しかし、良い。わらわはおもしろいと思うので、特別に挑戦することを許すのじゃ」


「遺憾ながら私がヴィル・ティシウスの弟子というのは事実ですけど、私はいたって常識人ですし、彼の弟子として力を想定しているのなら、期待はずれです。たいした能力はありません」


 後半部分でルハス――残り二人は相変わらず魔獣を見ている――から不審の眼差しが投じられた。大魔術士と称される五人の魔術士に比べれば、どんな魔術士もたいしたことはないのだ。カルスの言葉は事実を述べている。素人は口も目も閉じていてほしいものだ。


「それに大魔術士に挑戦するような気概も持っていませんよ。メッサミリア様は誤解をしているのでしょう」


「なんじゃと! そなたずるいのじゃ」


「は?」


「さてはわらわが可憐な女子おなごだといって侮っておるのじゃな」


「いえ、そんなことは――」


 危険生物としか思っていない。


「分かったのじゃ。そなたがその気ならこっちにも考えがある」


 メッサミリアが薄ら笑みを浮かべ、純白の長い髪をはらった。

 感情の波動が弱まった笑みと仕草から魔性の美しさが際だちはじめる。

 カルスは警戒した。

 誰だって警戒するだろう。大魔術士が目の前で何かしようとすれば。


「警戒せずとも良いのじゃ。そうじゃな。とりあえず外に出るか」


「外に出たからといって、戦いませんよ。だいたい町中で戦闘行為なんて迷惑以外の何物でもない」


「細かいことを気にする男じゃ。心配せずともこの町で戦闘などしないのじゃ。さっさと全員で来るがよい」


 ――全員?


 カルスはその単語に引っかかりを覚えたが、三人は特に何も思わなかったようだ。危険があるのはカルスのみ、他人事だと考えているのだろうか。

 三人が席を立ち、カルスが残された。

 宿の主人からの視線の催促を受けて、カルスも仕方なく立ちあがる。

 遅れて宿を出ると、宿の入り口付近を遠巻きに野次馬が囲んでいた。彼らの視線が集中する場所には、メッサミリアとカルスの連れ三人がいる。

 ルハスだけがやや離れたところに立っていた。

 女性陣三人はかたまっている。


「わあ、本当にやわらかいですね。とても気持ちがいい」


「本当です。しかも、おとなしいのです。私もほしい」


「そうじゃろう。ふふふ、この良さが分かるとは、そなたらなかなかやるな」


 カルスはルハスにそっと近づいた。

 ぼうっと女性陣が魔獣と戯れる光景を見ていたルハスが、カルスの気配に気づき顔をあげる。


「ほんのわずかな間にいったい何が起こった?」


「いえ、メッサミリアが二人に魔獣の興味があるのか、と話しかけたんです、そしたら、あの二人が首をぶんぶんと縦に振って、それで今の状況になりました」


 ルハスが大魔術士を呼び捨てにしていた。

 少年の言葉づかいならばここは「さん」づけだろうに、どうも勘違いしているんじゃないだろうか……。


「そうか。何というか、どうしようもないな」


「はい。あの二人の感性を疑いますよ、僕は」


 魔獣とは魔力を内に秘め、中には魔術を行使してくる獣である。魔力のためか、普通の獣よりも身体能力が高い傾向にあり、人間にとっては脅威となる存在だ。

 ただし、特定の地域に棲んでおり、めったにネグラから出てくることはないので、人間側からその領域をおかさなければ襲われることはまずなかった。

 魔獣でもっとも有名なのはドラゴンだろう。

 ドラゴンを倒すことで竜殺しドラゴン・キラーの称号を得ることは、魔術士や剣士を問わず戦士として最上の名誉の一つとされている。


「どうじゃ、まだ触っていたいか?」


 何気なくメッサミリアがそんなことを訊いた。


「はい」


「お願いします」


 セラフィアとレナが魔獣に触りながら、メッサミリアを振り返ることなく、そう答えた。


「そうか。では、その願いを叶えてしんぜよう」


 ちらりとメッサミリアがカルスを見た。

 悪戯っぽい輝きが黄金の瞳の中で揺れている。


「リク、カイ――その二人を連れていけ!」


 二頭の魔獣が自分の背中に顔をうずめるようにしていたセラフィアとレナを、口でぽんと跳ねあげ、器用に背中に乗せた。

 セラフィアとレナは最初驚いたようだが、魔獣の背中に乗れたことをむしろ喜んで受け入れている。

 そして、二頭の魔獣は空中に階段があるかのように、空へと駆けあがっていった。

 魔獣が魔術を使用したことは、カルスには分かった。だが、自身の足元に見えない床でも魔術でつくったのか、あるいは飛翔の魔術の応用か、正直一度見ただけではカルスには分からなかった。

 冷静に見ていられなかったのも分析できなかった一因だろう。


「何のつもりですか?」


「意識が防御から少しばかり攻撃へと比重が移ったようじゃ」


「少しでもあなたを信用した自分と、おめおめと目の前で仲間を奪われた自分に苛立っていますからね」


「ふふふふはっはっはっはっはっはっはっは。よいぞ。そなたの挑戦、わらわが受けて立とうぞ。場所はわらわの家じゃ。わらわはそこでそなたを待つことにしよう」


「――どこにある?」


 さすがに町中で動くことはできなかった。メッサミリアが本気で二人を害しようとしていないことが見て取れたので、カルスも極端な行動をとることはひかえた。


「この町の町長にでも聞くが良かろう。それでは待っておるぞ」


 メッサミリアを背中に乗せた魔獣が空へと駆けのぼる。

 遠ざかるメッサミリアは夜空に笑い声をいつまでも響かせていた。


「何と言うか悪の魔術士そのものですね」


「【五大魔術士ペンタグラム】ってのは、皆どこかおかしいのかもしれないな」


 悪意は感じなかった。

 だが、大魔術士が戯れに行ったことが、普通の人間や魔術士にすれば致命的になることだってある。

 二人の女性陣が楽しそうだった――思い出すと助けに行く気が失せるが――とはいえ、放っておくことはできなかった。

 それこそいつまでも行かなかったら、メッサミリアが機嫌を損ね、何をするのか分からないからだ。

 この後、カルスは町長に話を聞き、メッサミリアの住居を教えてもらった。町の中にはないだろうと予想していたが、その場所は非常に遠かった。

 翌朝、二人は出発する。

 飛翔の魔術を用いながらの行程であったのだが、たどりついたのは出発した翌日のことだった。








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