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12 一件落着~なのにツカれる




 結局、カルスは二日間拘束されることになった。

 その間、彼は汚い飯を食べたことになる。

 レナはバルドル・ファンの娘であることが証明されると、すぐに誤解が解け、その日の内に拘束が解けたとのことだった。【五大魔術士ペンタグラム】の称号は、やはり大きく、公的機関も権威・権力には弱いという証拠である。

 バルドル・ファン本人は、ショックからかあの若い姿のままでいたために、バルドル・ファンと思われなかったらしく、抑留され続けたらしい。レナも何も言わなかったようだ。

『変身』という特異な付与魔術の存在をばらさないため、ということかもしれないが、おそらくパオラ・ケンドの口から明かされるだろうから、娘からの反省しなさい、というメッセージなのだろう。

 むろん、レナやバルドル・ファンたちのことをカルスが知ったのは、外に出てから聞いた話だった。

 容疑が晴れたとはいえ、カルスの素性も同時にばれてしまった。

 彼の師匠がヴィル・ティシウスであることや、その他のことなど、おかげで、さらに一日別に時間をとられることとなった。

 四日後の昼過ぎ、カルスは疲れきって宿に戻ったのであった。

 宿への予定外の連泊――カルスは泊まっていないが――によって、予想外の出費をはらうことになるところだったのだが、まったくカルスの懐は痛まなかった。


「父のせいなので、父に払わせます」


 レナが宣言し、宣言通りに彼女は実行した。

 とりあえず、宿泊費の心配はなくなった。

 そして、帰ってきたカルスに、ルハスがこう主張した。


「僕たちはずっと師匠の心配をして、まったく気が休まりませんでした。というわけで、今日は僕たちに自由行動の時間をください。当然、お小遣いもいただきます」


 やけに威勢よくルハスが言ってきた。

 どうやら王都ではこの数日の間に辛口ブームがさり、反動のようにして甘口ブームが始まったのだという。


「僕の地道な努力が実ったんです」


 俺の心配をしていたんじゃなかったのか、とカルスは思ったが、元気少年ルハスと争うほどの体力が今の彼にはなかった。

 ルハスの主張を受け入れて、カルスはお金を渡し、見送ったのである。

 どうやらレナも甘いものに関心があるらしく、彼女もルハスと一緒に出ていった。もちろん、彼女にもお小遣いは与えている。

 というわけで、今現在宿にいるのは年長者の二人だけだった。

 カルスとセラフィアの二人は、ずいぶんと空いている宿の食堂にいた。

 料理はカルスの前にのみある。スープと硬いパンのみだ。


「ずいぶんと疲れているのね」


「心身ともにな」


 バルドル・ファンが使い物にならなかったために、カルスは自身の手による疑似治癒でしか治療ができなかった。レナともすぐに離されたので、たとえ彼女が本物の治癒を使えたとしても治療を受けることができなかったのである。

 カルスの傷はほとんど治っていたが、異常な新陳代謝を行ったために、身体には大きな疲労が残ることになった。

 心の疲労は、三日目にいろいろな人間と話しことを原因としている。


「私に言わないで、かってに動くからよ」


「予定じゃ、バルドル・ファンと二人で会話をするだけのはずだったんだ。つきあうのをとめないけど、魔術だけは教えるなってな」


「無理じゃない? あの女はバルドル・ファンの魔術を狙っていたんでしょ。惚れさせることに成功したら、別れ話を匂わせて絶対に魔術を得ていたと思うけど」


 確かにカルスとの約束など、惚れた女の言葉の前では無力となるだろう。


「かもしれない」


「まあ、もう終わったからいいけど……それより、バルドル・ファンとはまったく相手にならなかったの?」


「まあな」


 頷きつつ、苦手な空中戦ではなく、さらに加えれば不意をつかれなければ、もう少しやりようがあったのではないかと思う。

 まあ、言い訳だ。


「パワーアップした私の『魔術斬り』も通用しない?」


 道中で、カルスから魔術的助言を受けて、セラフィアの『魔術斬り』は進化していた。単に短縮呪文を詠唱するというだけでしかないのだが。

 実際にやると、短縮呪文にかなりセラフィアは苦労したのだが、何とか形になってきている。


「『魔術斬り』は、一度だけの切り札だからな。まず、敵をそこまで追いこまないと使えない。どうしても、魔術士とやりあいたいなら、銀刀なんかの特殊武器を手に入れるんだな。そっちのほうが効率的だ」


「そんなものが簡単に手に入れば、苦労しないけどね――ちょっと、なに残しているのよ。最後まできっちりと食べなさい」


 カルスはスープとパンを半分ほど腹にいれて、スプーンを置いた。

 正直、食べる気力がわかない。


「食べるのが身体の基本よ。ほら、食べないと。なに? あーんってしてほしいの」


「遠慮する」


 カルスは断わった。

 だが、セラフィアはそれが気にいらなかったのか、スプーンをとると、スープをすくい、強引にカルスの口へと運んだ。

 拒否するのも面倒くさかったカルスはスプーンを受け入れる。

 その時だ。


「師匠、こっちですかあー。なんかルゴスとかいうお菓子を奢ってくれる良い人が、師匠に用事とか言って――」


 ルハスとレナ、ルゴスがちょうど宿屋の食堂へと入ってきた。

 慌ててセラフィアがスプーンをカルスの口から引きだす。よほど動揺しているのか、スプーンを変な方向に引いたために、カルスの口は少々ではないダメージを受けた。

「がは」とカルスの口からうめき声が漏れる。

 ルハスはともかく、それ以外の二人の視線は非常に冷たい。

 カルスは口を抑えている。

 彼はべつだん動揺していない。何も悪いことなどしていないのだ。

 だが、隣にいるセラフィアはあきらかに様子がおかしい。顔が真っ赤になっていた。


「我が友カルスよ! これはいったいどうゆうことなんだ!」


 友でも何でもないルゴスとかいう暑苦しい男が迫ってくる。

 どうやら、これからさらに、カルスの精神的疲労が溜まることになりそうだった。








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