表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/46

10 誤解~カノウセイ




 バルドル・ファンを認識して、四人は立ちあがった。

 もちろん逃げだすだろうバルドル・ファンのことを追うためだ。

 だが、その必要はなかった。

 四人の人間が立ちあがる気配というのは目立つ。すぐにバルドル・ファンが視線をこちらに投じて、


「よう!」


 と手を挙げた。

 そして、逃げるどころか自分から近づいてきたのである。

 カルスは戸惑った。他の三人も予想外のバルドル・ファンの行動に戸惑いを隠せていない。

 レナは動揺しているのか、本能的な行動なのか魔術を発動しようとしている。


「レナ、やめろ」


 カルスが声をかけると、すぐに魔術の気配は霧散した。

 レナは本気で自分の師匠を無力化しようと考えたのだろうか。カルスは深く考えないことにした。親子関係にはいろいろあるのだ。

 バルドル・ファンが同席を求めてきた。連れの女も一緒である。しょうしょう狭かったが、四人は椅子をつめることで対応した。

 バルドル・ファンと女の椅子は他所からバルドル・ファンが持ってきた。

 カルスは女の顔を確認する。

 化粧が濃いために顔が分かりにくい。前に会ったパオラ・ケンドではない。だが、似たような顔立ちである。こういうタイプがバルドル・ファンは好きなのだろう。


「なあに、ぼうや。私のことがそんなに気にかかるの」


 女が大きく実った膨らみをテーブルの上にのせた。

 本能的にカルスの視線はそこに集中してしまう。

 二秒後、セラフィアの咳ばらいが聞こえて、すぐに視線を外した。

 カルスが視線をあげると、女の艶美な笑みがある。

 すぐに横へと視線を動かす。

 バルドル・ファンも笑っていた。

 カルスの視線はそこで止まった。そこから横移動をすると、あまり見たくない光景がひろがっていることを、彼の危機感知能力が察していた。


「いやあ、おまえらをスクールの近くで発見したんでな。そのまま追ってきたんだ」


「俺の後ろにいたんですか? ていうか、なんです、その話し方?」


「やっぱりあれだろ。姿が若いんだから、喋り方も若くしないとな」


「キモい」


 レナの強烈な一言が炸裂したが、バルドル・ファンは笑いとばす。

 豪快さが異常に増している。

 若かった頃のバルドル・ファンはこんな感じだったのだろうか。


「それでな、娘はどうしているか心配になって、ここまで来たってわけだ」


「レナに会いたいなら、さっさと声をかければよかったでしょう」


「いや、なに、なかなか二人がいい雰囲気をだしていたからな。俺たちもそれを邪魔するほど野暮じゃないわな」


 バルドル・ファンが女に笑いかける。


「本当に、あんなういういしい感じ、なんだかこっちが照れちゃうわよ」


 女が笑う。

 レナの視線がカルスたちに対して厳しくなる。


「いったい二人は何をしていたんですか?」


「ちゃんと捜していたわよ。その二人が言っているみたいな感じではなかったから、そうでしょ、カルス」


 なぜ、セラフィアは動揺しているのだろうか。

 ああ、実際は捜していなかったから、生真面目な彼女はそこに引っかかるのだろう。

 しかし、その動揺の仕方はまずい。あからさまにあたふたしており、疑って下さいといっているようなものだった。


「いい雰囲気ってのがどんな感じなのかは不明だけど、いつもと変わらなかったぞ。たぶん、あれだろ。その二人があまりに汚れすぎて、俺たちが輝いて見えたんだろ」


「おい、この青春真っ盛りが、自分でいいやがるか。輝いているなんてよ!」


 大声で言うと、バルドル・ファンが大笑いした。

 まだ酒は飲んでいないはずなのに酔っているようにしか思えない。


「それで、あの、そちらの人はどなたなんですか?」


 セラフィアが女性のことを訊ねた。

 しかるべき質問なのだが、話題を変えたいという意思が見えすいているので、レナの疑念を再燃させている。

 素直なのはいいことなのだが、これでは苦労するだろう。こんなところは、箱入り娘らしいといえばらしい。


「ああ、紹介が遅れたな。王都で会ったリンダだ」


「リンダよ。よろしくね」


 リンダが大げさなウィンクをする。

 しかし、それにしても化粧が濃い。化粧が濃いせいでかえって年齢が高く見えているのではないか。あんがいカルスと年が変わらない可能性もある。

 だとしたら、バルドル・ファンは、ますますレナから厳しい視線を浴びせられることになるだろう。

 まあ、貴族の中にはもっと年齢の離れた夫婦も普通にいるので、悪いというわけでもないのだが。


「それで、俺の隣から、ルハス、カルス、レナ、セラフィアだ。あってたよな」


 と言って、バルドル・ファンがリンダに対して簡単に四人のことを紹介した。

 きちんとお辞儀をしたのがセラフィア――内心はともかくこの辺りはしつけ賜物たまものだろう――お辞儀をしたのは、カルスとルハス、かろうじてお辞儀といえる、いや、アウトだったのがレナだ。


「それで、パパ。二週間前に一緒にいた女はどうしたの?」


 いきなりレナによる先制攻撃だった。

 隙とタイミングを狙いすました一撃である。

 短いコンテンツの中に「パパ」と「一緒にいた女」という二つの威力激増しの単語が含まれている。

 この状況だったら、一方だけでも普通の男では冷や汗だらだらではないか。


「ん? あれ、おまえ知っていたか? あの女とはとっくに別れた。というか、そもそもそんな関係じゃねーよ。俺は娘が心配するようなことはしない」


「存在自体が心配その物」


「こりゅあ、厳しいなあ」


 バルドル・ファンが豪快に笑う。

 完全に性格が変わっている。

 本当に若い頃にこういった性格だったら、師匠ともぶつかっているのではないだろうか。

 少しだけカルスは興味がわいた。


「ヴィル・ティシウスとやったことがあるんじゃないですか?」


 この場にまったく関係のない話題をカルスはバルドル・ファンへと振った。


「は、知らねーな。誰だ、そいつ」


 バルドル・ファンが急に不機嫌になった。

 というか、喧嘩をしていたとしたら、師匠が勝つに決まっているので、女性が隣にいるバルドル・ファンが、自分の敗北したエピソードなどこの場で語ることはないだろう。

 気まずくなりそうな空気を察して、カルスは話題を戻した。


「リンダさんとはいつ会ったんですか?」


「なあに、私のことに興味があるの?」


 このリンダという女が喋るたびに、女性陣のカルスの評価が下がっている気がするのは気のせいではないだろう。


「いえ、まったくありません」カルスはきっぱりと言った。


「あら、興味があるのは胸だけ?」


「俺の質問が先だったと思いますけど」


「レディーファーストでしょう」


 一筋縄ではいかない女のようである。

 隣でバルドル・ファンはにやにやしており、彼がカルスの質問に答えることはないだろう。


「変態じじい、いつ会ったの?」


 レナの平坦な声の中に、いらだちの成分がわずかに含まれていた。


「うん? カルスがリンダから訊きだすのをまってるほうがおもしろいだろうに、いつ会ったかと言えば、何日前だ? 王都で偶然会って意気投合したんだ。なあ、リンダ」


「ええ、そうよ」


「王都にずっと住んでいるんですか?」とセラフィア。


「そうよ。なんだか、質問ばっかりね。あなたたちお酒を飲まないの?」


「必要ありませんから」


 セラフィアがぴしゃりと答える。


「お酒を飲んだほうが楽しいわよ」


「お酒を飲まなくても、私たちは楽しいんです」


「まあ」と言って、リンダが笑った。


 こういった仕草は、年齢を感じさせる。

 リンダというのは、なかなか年齢不詳の女である。


「リンダさんは魔術士なんですか?」


「なんで、ぼうやはそんなことを訊くのかしら?」


「ぼうやではなくて、ルハスです。なぜ訊くかって、理由なんて特にありません。訊いちゃダメですか」


「ルハス君はその格好だから魔術士なのね。師匠はいるの?」


「はい。この人が僕の師匠です」


 誇らしげに堂々とルハスが宣言した。

 別に誇るようなことではない。むしろ、年若い師匠など一般的には下に見られることが多いはずだ。


「へえ、あなたも魔術士なんだ。格好からだと分からないわ」


「ええ、師匠はなんと――」


「うるさいよ、ルハス。俺のことはいいから。そもそもおまえは自分のした質問を忘れているんじゃないか」


「え、なんでしたっけ?」


「リンダさんは魔術士なのか、という人によっては不躾ぶしつけな質問」


「何が不躾なのかはわからないですけど、魔術士なんですか?」


 まっすぐにルハスは訊ねる。


「そんなに知りたいもの? 魔術士じゃないわよ。普通、魔術士なんてそんなにいないでしょう。ここにいるのは三人?」


 カルスとローブをまとった二人を指して言ったのだろう。

 セラフィアのかっこうは、あきらかに剣士なので除外したようだ。

 バルドル・ファンを入れなかったのは、どういった理由だろうか。

 ここにいるというのは、カルスたち四人を指したという単純な理由だろうか。それとも、バルドル・ファンが魔術士であることを知らないのだろうか。


「魔術士じゃないんですか」


 再度、レナが問うた。


「ええ、違うわよ。私に魔術士的な要素がどこかにあった? なら、うれしいんだけど」


「魔術士って言われて、うれしいと思うのは珍しいことではないのですか?」


「珍しくないでしょう。ここには、専門のスクールもあることだし。他所よりかはずっと魔術士の存在は一般的よ」


「おお、そういえば」とバルドル・ファンがレナとリンダの話に割って入った。「もしも、スクールに入学したいのなら入学できるぞ」


「私のこと?」


「レナ以外の誰がおる」


 レナはルハスをちらりと見たが、何も言わなかった。


「どうする? 行きたいのなら行ってもいいが」


「必要ない。たぶん、この三人といたほうが多くの実戦を経験できる」


「そうか。なら、無理には勧めんよ」


 ふと沈黙がおりた。

 カルスたちもバルドル・ファンの相手が女魔術士パオラ・ケンドでないのだとしたら、老人の恋路を邪魔する理由はなかった。相手が魔術士でないなら、微塵もなくなる。

 レナが納得するかどうかだが、意外にも彼女はそれ以上何も言わなかった。


「じゃあ、そろそろわしは――俺たちは退却するとしようか」


「どこに泊まっているんですか?」


 カルスは最後に訊ねた。


「うん? いちいち来るなよ――」そう言ってから、バルドル・ファンは宿を教えてくれた。


「じゃあ、もういいな。リンダ、行くぞ」


「ええ、それじゃあね」


 リンダはカルスとルハスに投げキッスをして、バルドル・ファンの後についていった。

 やはりというか、何というか、女性陣の機嫌は悪くなった。

 時々巻き添えになりそうになったが、カルスには無難に躱した。始めから攻撃があるとかまえていれば、防御もいくらかたやすくなるというものである。

 まあ、本気で口撃されたらそれも危うくなるだろうが。


「師匠、もう目的は達成されましたけど、この後、どうするんですか? このまま次の町に行きますか?」


「いや、今日まで泊まっていこう」


「自由時間ですか。でも、楽しみはないし、お金もないし、何もすることがないんですよねえ。王都ってあまりおもしろくないですね」


「カルスはこれからどうするの?」


 セラフィアが加わる。


「俺はこの後寝る。窓を開けておけば、そんなに暑くないだろ」


「暑いと思うけど」


「どっちしろ、やることはないからな」


「それなら、出発すればいいじゃない」


「なんか疲れたから、休憩」


「ふーん」


 少しばかりセラフィアからカルスは怪しまれる。だが、彼女はそれ以上追及することはなかった。

 レナとこの後の時間の過ごしかたについて話しはじめた。


「じゃあ、僕はスクールでも見てこようかな」


「止めとけ。変なやつに巻きこまれるだけだ。入学するっていうなら止めないが、手続きは母親に言えよ。書類やらお金やらいろいろあるからな」


「入学する気はないですけど、スクールの魔術士を見たかったんですけどねえ」


「そんなの普通に魔術士していたら、嫌でも見られる。ここ十年は、間違いなくスクール出身の魔術士のほうが圧倒的に多いからな」


「なら、何しようかなあ。やっぱり第一候補の辛口ブームに対抗するための組織作りかなあ」


 カルスは聞こえないふりをした。

 昼食は終わり、四人はそれぞれ別行動を取るのだった。

 カルスは宿で寝て、女性陣の二人は一緒に行動、ルハスもあやしげな行動をとる。

 特に何事もなく、その日は終わろうとしていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ