09 散歩~不意のデアい
翌日、カルスとセラフィア組、ルハスとレナ組に別れて、バルドル・ファンの捜索が行われることになった。
この組み合わせはセラフィア曰く、伝統的なやり方というやつで決定した。
拳をつくるのと掌をひろげるのと二つの動作を同時にやって、同じものになった者たちが一組となるのだ。
やり方は簡単なので、すぐに実践して、こういう形になったのである。
不安の残る組み合わせだったが、それを感じていたのはカルスだけらしく、すぐに捜索へ移ることになった。
適当に東西に別れて、昼に合流する予定である。
「どこに行くの?」
「どこに行くと言われても、あの二人の趣味嗜好が分からないからなあ」
カルスとセラフィアは並んで歩いている。
セラフィアの格好は、剣士らしい格好で、動きやすいパンツ姿である。帯剣しているのでどこから見ても剣士にしか見えない。
白金の髪はあいかわらずポニーテールにしており歩くたびに揺れていた。
王都のような人が溢れる場所にきても、セラフィアの美貌は圧倒的だった。
道を歩くだけで、いろんなところから視線が集まってくる。
「とりあえず適当に歩く?」
「そうなるな。後は男女で行きそうな場所か。セラフィアはそういうの分かるか」
「まさか。ぜんぜん。カルスは?」
「俺も三年間はあの師匠と一緒の生活だったから。男女とか関係なく、そもそも町で楽しく過ごす時間がなかった」
「楽しく過ごす時間がなかったって……」
「いちおう修行中の身だからな」
「カルスってまだ魔術士見習いなの?」
「師匠に言わせればそうだけど、魔術士協会からは魔術士に認定されている」
「へー」
「セラフィアは?」
「私がなに?」
「剣士も免許皆伝ってやつがあるんだろ?」
「鳳山流の免許皆伝はもらった。でも、奥義がまだあるはずなのよねえ。お父様が絶対隠していると思うんだけど……まあ、いつか受け継ぐつもり」
「まあ、あの人も現役だからな。すべてを教えるということはしないさ。逆にすべてをセラフィアに教えたなら、その時は引退するってことだな」
「そうなると、まだ教えてもらわないほうがいいのかな?」
二人が歩いていると、ちょうど出店が並ぶ通りにでた。
左右からこうばしい匂いが漂い、威勢の良い声があがっている。
人の流れは多いが、朝食からわずかに時間帯がずれているためか、隙間がないというほどに人口密度は高くない。
「ここを通るのは止めない?」
「だな。パッと見で、あの巨体もいないし」
「そうね」
二人は出店の並ぶ通りを避け、別の道へと入っていった。
おそらく、最初に王都へと踏み込んだ時の人がごちゃごちゃと多い印象がなかったのなら、二人はもう少し熱心にバルドル・ファンを捜していただろう。だが、この時の二人にはそれだけの気力がなかった。
それからわずかに時間が経ち、二人が立っていたのとは反対方向から、大きな身体をした若者に見える男と露出の激しい女が現れたのだった。
カルスとセラフィアの二人の目的はバルドル・ファンを捜すことだったし、意識の一部に確かにあったが、その大部分の意識は王都見物へと移行していた。
レナが知ったら怒ることだろう。
だが、二人の傍にはレナはいなかったので、二人は思うままに道を歩く。
やはりというか、セラフィアがいたので、自然と道場へと足が向かった。
比較的近くにあった三つの道場を回ったのだが、彼女の目を引いたのはその内の一つだけだった。
「もっと凄いのかって期待してたんだけど、何て言うかそんなに差がないのね」
「表向きは、じゃないのか。本当の力は皆に見せないようにしてるんだろう」
「なんで?」
「本当の強さがばれたら困るから。強さを知られないことで、まあ防御しているわけだな。個人ならともかく看板を背負っていると、相手も強さが分からなければ喧嘩が売れない。負ける戦いはできないからな」
「なんだか、政治みたいね。ダインも大都市とか言われてたけど、そうでもないのかもね。そんなことしてなかったから」
「それはセラフィアが知らないだけで、多少はそういう駆け引きみたいことはあると思うぞ」
「なんか、道場破りをしたくなる」
「止めておきなさい。それこそセラフィアは鳳山流の看板を背負って戦うことになる。それに戦う以前に礼儀的なものは大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわね。レナちゃんに行儀のことをあまり言えなくなる」
「なら、おとなしくしておきな」
「はーい」
何事もなく二人の散歩は続き、次にスクールを訪ねることになった。
これはカルスが望んだわけではない。
セラフィアが興味を持っていたので、仕方なく行くことになったのだ。
道場がある区画も人がそれほど多くなかったが、スクールがある地域は本当に王都かと思うほどに人がいなかった。
スクールだけではなく、魔術関係の建物が多くあるのかもしれない。たいてい魔術には秘匿がつきものなので、この辺りの建物には関係者しか入れないようになっているののだろう。
人がいないということは、余計な動きをすれば、すぐに見つかるということだ。
二人はさすがに物事の分別のつく年だったので、無意味な騒ぎを起こしたりはしなかった。
「何か壁も髙いし、人を拒絶する気満々な建物ね」
「魔術士は隠すのが好きだからな」
スクールはすぐに見つかった。
といっても、中を見学することなどできない。
また、周囲を高い壁でかこんでいるので、外から学生がまなぶ姿を見ることもできなかった。
「なんか、がっかり。カルスは知っていたの、スクールに行っても何も見えないって」
「他のスクールじゃそんな感じだったからな。たとえ知らなくても、スクールを見たいなんてそもそも思っていないし」
二人は元の道を戻り始めた。
先に進まなかったのは、遠くに守衛の怖い顔が見えたからである。
すでに怪しい人物だと疑われている可能性もある。さっさと離れるにかぎった。
「なんで、ライバルでしょ」
「魔術への考え方が違うだけで、別に競争相手じゃないよ」
「スクールの学生なんか、目じゃないってこと?」
「別にそんなことは言ってない」
「へえ、スクールをバカにするってことは、あんたは師弟制度の魔術士か?」
上空から声が聞こえた。
カルスが見あげると壁の上に男が一人立っている。カルスと似たような年齢に見えた。
黒を基調とした服に、右手には杖を持ち、腰には短剣を下げている。ここまでなら、平均的な魔術士の姿である。
だが、この男はローブではなく、マントをはおっていた。
しかも、マントは美しく揺らめいているのだが、あれは自然の風によって起こった現象ではない。
おそらく壁の向こうで、誰かがマントに向かって風を起こしているのだろう。
「いまどき、師弟教育の魔術士なんて初めて見たぜ」
男がびしっと下方へ指を突き刺した。
すぐに二人は視線を外す。
「じゃあ、何よ」
「何って、ただの同業者だが。同業者だからって、いちいち喧嘩なんかしないだろう」
カルスとセラフィアは普通に会話を交わしながら何事もなかったかのように歩きはじめた。
「ちょっと待て、きさまら、何を公衆の面前いちゃいちゃしやがって! こっちを向け!」
あんまり放っておくと、魔術を放ちかねない剣幕だったので、仕方なくカルスは振りかえった。
「何かようか?」
「『何かようか?』じゃなーい」
男はご丁寧にもカルスのものまねをして怒りを表した。よく見れば、暑苦しい顔をした男で、怒気によってさらに暑苦しさを増していた。
「用がないないなら行くぞ」
「そう言う意味じゃなーい」
「なんだ? なーいなーい叫んで、それがスクールで流行っているのか?」
「そんなことないです! スクールはまともです」
「そうです。こんなことを言うのは、ルゴスだけです」
「誤解しないようにお願いします」
壁の向こうから返答があった。
どうやらルゴスというのが壁の上に立っている男で、学友たちはつきあわされて困っているらしい。
何となくカルスとルゴスは見合わせた。
「話があるのか、それともないのか」
「そんなふうに冷静に問われると困るんだが」
「つまり、ないんだな」
「ルゴスは話し声が聞こえたんで、壁の上に登ってみただけでーす。深い意味はありませーん」
「そんな感じでーす」
壁の向こうからしっかりと解答があった。
「それじゃ、行くからな」
「うん、悪かったな。何となくで呼びかけて」
「気にすんな。同じ魔術士だろ」
カルスは笑って言った。
「ああ、分かった。また、どこかでな」
スクール教育の魔術士と師弟教育の魔術士は、こうして別れたのだった。
別れた後に、カルスは隣のセラフィアから非常に冷たい目で見られ、
「なに、あれが魔術士の友情なの?」とか、
「あれが魔術士の最高教育機関の成果なの」などと言われたのだが、カルスとして何も言えなかったのだった。
カルスだって、いったいあの邂逅は何だったのかと問われても、分からないとしか言いようがなかった。
ルゴスもそうだろう。
当事者同士がまったく意味がないがないと思った出会いだったが、後に少しだけ意味を持つことになる。
まあ、この出会いがなくても、何が変わったということはなかっただろうが。
カルスとセラフィアがスクールの前からしばらくして、スクールから二つの影が出てきた。
大柄な男と色気を振りまく女だった。
彼らはカルスとセラフィアが去った方向へと歩いて行った。
約束した時間に遅れて、カルスとセラフィアは宿に戻った。
ルハスとレナの二人はすでに戻っていて、食堂で食事をとっていた。
カルスたちも合流して食事をとる。ルハスとレナが先に席を取ってくれていなければ、おそらく席をとることはできなかっただろう。それくらい食堂はこみあっていた。
「成果はどうだ?」
カルスは訊ねた。
二人が首を振る。
ルハスはすっかり賢者モード突入のようで、不気味なほど静かである。どこかであまいお菓子を見つけたらいっきに爆発しそうな怖さがあった。
「でも、怪盗の噂がありましたよ。なんか、けっこう有名な怪盗みたいですね」
「そう。ルハスが怪盗にばっかり興味を持つから、そっちの情報ばかりが集まった」
「しょうがないだろう。大柄な男とエロい女の人のことを訊ねても、そんなのいくらでもいるって話しかないし」
「でも、何か方法はあったはず」
二人の話を聞きながら、カルスはセラフィアと視線を交わした。
互いの瞳に気まずい色が落ちていた。
年少者はしっかりと目的の人物を捜していたのに、年長者は趣味に走った散歩をしていたのだ。
成果といえば、スクールで変な男と会ったくらいである。
「そっちはどうでした?」
ルハスが邪気のない表情で訊いてきた。
「いや、何もない」
「ええ、何もなかったわ」
「そうですか。やっぱり王都みたいな大きな町で人間を捜すのは無理ですかね」
「無理じゃない」
レナが否定する。
「レナの気持ちは分かるけどさ、事実は変わらないよ」
「そう、事実は変わらない。今ちょうど食堂に問題の変態が入ってきた」
レナの言葉に、他の三人は食堂の入口へと視線を投げた。
確かにレナの言うとおり、大柄な男と露出の多い服を着た女がいる。二人はきょろきょろと食堂を見まわしていた。
「向こうから会いにきたな」
カルスは呟いた。
「偶然でしょ」
セラフィアが呟きかえす。




