08 王都ガイロン~イヤらしい
ドンドール国王都ガイロンは、ドンドール国の政治と経済の中心地である。
あらゆる人間、あらゆる富、あらゆる物がこの王都へと集まってくる。
中には剣士や魔術士も多くいるし、名門の流派が道場を開き、スクールという魔術士の最高教育機関もある。
暦も七月初めとなり、王都ガイロンにも本格的な夏が訪れようとしている。
陽射しは高く熱くなり、虫の合唱はやけくそにしか聞こえない音色を奏ででいた。
湿度がそれほど高くないために、締めつけるような暑さではないことが救いだろう。
また、日が落ちると、気温がさがり、風が駆けぬけることもあって、夜は意外なほどに過ごしやすい。
カルスたち一行は王都ガイロンに来て、感動していた――ということは、まったくなかった。
気候がどうこうよりも、四人全員が人の多さにげんなりしていた。
小さな町ランドにある宿屋の女将に見送られ、いろいろなことが起こりつつ二週間をかけて、王都ガイロンに到着したのだが、そこにあったのは、多くの人間が溢れるだけの雑然とした景色だけであった。
「ふ、ふははははははは、人がゴミ屑のようだ!」
ルハスがバカなことを言っていたが、おそらく王都にはこんなバカはいくらでもいるのだろう。誰からの注目も浴びなかった。
同行者三人からの注目も浴びなかった。
四人はさっさと移動を開始し、それなりの値段の宿へと退却した。値段はそれなりにしたものの中身はランドの宿屋とたいして変わらなかった。ただし、風呂はついていない。
カルスにすれば風呂がない時点で、ランドの宿の勝利だが、他の三人も接客対応の差により、ランドの宿に勝利の旗を送っていた。
どんどん気にくわないことが増えていった四人は、一室に集まって作戦会議を始めた。
全員思い思いに座っている。
「明日、王都から出発するのに賛成の人、手を挙げてください」
カルスの発言に全員が手を挙げた。
「はい、賛成多数により決定しました。あ、レナ悪いけど、窓開けて、熱すぎるわ、この部屋は」
今日は少々強行軍をして、夕方に何とか王都ガイロンに到着したのだ。四人の中には、それぞれ王都に行けば何かいいことがあるはずだとの漠然とした思いがあった。
それが人が忙しなく歩く光景ばかりが目についたことで失望が大きくなり、反動で王都嫌いを起こしてしまったのだった。
レナが窓を開けた。
いっきに風が部屋と流れこむ。
皆の顔がうっとりと緩んだ。
「リーダー」
レナの呼びかけに、カルスは気楽に答えた。
「あいよ」
「変態じじいがいる」
レナの言葉を理解するのにカルスは少し時間を要した。
「なに?」
カルスは立ちあがると、窓辺に行く。
レナの隣に並んで、彼女が指差す方向に視線を投じた。
そこには、男女の一組がいた。
大柄な男の腕に肉厚的な美女が胸を押しつけるようにして歩いている。
残念ながら後姿だったので、男の顔は確認できなかった。ちらりと見えた女の横顔にカルスは憶えがあった気がしたが、確かなことは分からない。あの女ではなかったような気がする……。
「顔を見たか?」
「一瞬だったけど、見た。前に若い頃の自分だと言って変身したのと同じ。若い時はイケてた自慢を相手にしているんだと思う」
「ああ、年取るとあるよな。自分の若い頃はってやつ――いや、それはいいんだが、とりあえずつけるか」
「ちょっと、カルス何やってるのよ」
セラフィアの声が飛んできた。
「何やってるって跳び下りるだけだ」
「ダメよ。王都でそんなことやったら目立つだけじゃなくて、怒られるんじゃないの」
「別にそんなのたいしたことないだろ」
振り返って、カルスは答えた。
「王都で捕まると、確認するだけでもすごく時間をとられるって、父が言ってたわ」
「そんなことを言っても――」
「あ、見えなくなった」
と、カルスの背中から風にのせてレナの声が聞こえた。
気まずい沈黙が流れた。
するとレナが大人の発言をした。
「たぶん、今追ったところで、気づかれて撒かれてしまう。腐りきっていても、あれは大魔術士と称される老人だから。だから、逃がしたことはまったく気にしなくていいと思う」
非常に冷静な分析である。
「とりあえず見つかったという事実こそ、宝石よりも価値があるな」
「それは知らない」
カルスの援護射撃が真正面から撃ち返された。
「だから、次見つけた時の作戦を練っておくべきだと思う」
とても大人である。
「レナちゃんには何か案があるの?」
セラフィアが優しく問う。彼女はレナに対してはいつだって優しい。
「ある。次会った時は、周囲の迷惑なんてかえりみず全力で魔術をぶつけて、不意打ちで完璧に無力化するべき」
子供だった。しかも、にたりと笑う邪悪の入った子供だった。
カルスの言えたことではないかもしれないが、きちんと周囲のことは気にしたほうがいいと思う。
この後、セラフィアのよる情操教育の場が開かれたが、こんこんと説かれているはずのレナを始めとして誰も彼女の言葉を聴いていなかった。
聴く気がなかったというわけではない。
単純に彼女の説教というのは、かなり遠いところから始まるので、どうしても興味が持てなかったのである。
「分かるかな? 二刀流というのはこういうかまえでね。たとえば、こう斬られたら、こういう足さばきでこうやって、つまりね、こういったすべての対応というのが、とても大事で、もう一度最初に戻って、さっきも言ったけど、レナちゃんの行動で少しおかしかったのは――」
もしかしたら、剣士であったなら、彼女の話に身が入るのかもしれないが、あいにくとこの場にいるのは、セラフィアをのぞき全員が魔術士だった。
説教が終わり、いったいあれはなんだったのだろう、と魔術士三人が自身の記憶に自信をなくし、一人の剣士が非常に機嫌をよくしながら宿屋の階段をおりる。
夕食をとるために、三人は宿屋の一階にある食堂へと向かっていた。
ちょうど夕食時という時間帯もあるだろうが、人が多い。
席がないかと思われたが、ちょうど一つテーブルが空いていたので、そこに四人は座った。
値段を気にしつつ適当に注文して、実のない会話をしながら、料理を待つ。
店員が危なげなく運んできた大胆に盛りつけされた料理を、四人で適当に分けながら食事を始めた。
会話の議題は明日の予定について、だった。
「見つけちゃいましたから、とりあえず探さないとダメじゃないですか」
常識的なことを少年が言った。
何となくルハスが普通に見える。先程から少年は、驚くくらい常識的なことを口にしていた。
理由は分かっている。彼を熱くさせる物がこの町から消えていたからである。
王都ガイロンでは今辛い物がブームとなっている。この情報は、ついさっき料理を注文している時に店員から聞いたものだった。
それ以来、ルハスはひどく落ちつていた。たぶんテンションがガタ落ちなはずなのだが、落ち切ってやっと落ち着くというところまでしか下がらないのだ。
平熱が高いというやつだろう。
「私としても早くあれは駆除したいから、捜索したい」
「レナちゃん、言葉づかいに気をつけようね。でも、捜すとしても王都は広すぎるから、闇雲に捜しても見つからないんじゃない?」
「せいぜい目印がでかい男くらいしかないからな。ああ、あと無駄に色気を振りまく女」
カルスは二人を思いだしながら発言した。
他に特徴はあっただろうか。
服装は派手だったが、悪目立ちをするほどではない。王都以外では空に飛ぶ勢いで周囲から浮くのだが、さすが王都にはいろいろな服装の人間がいた。
魔術士の路線から何かないかと思うが、さっぱり思いつかない。
ふと、カルスが発して以来会話がないのに気づき、蒼黒色の髪をした魔術士は三人に視線を転じた。
「どうした?」
「カルスって前から思っていたけど、ちょっといやらしいよね」
セラフィアの視線が冷たい。
いったいどこに問題発言があったのか。
あるいは何かしら態度に問題があったのか。
無意識の内に視線が女性の胸に向いたということもないだろう。たぶん、そんなことをしたら、セラフィアはもっと怒っているはずだ。
「私もそう思う」
「不潔ね」
「不潔」
「どういうことだ、ルハス」
女性陣二人との会話は無理そうだったので、カルスは唯一の男に話を向けた。
「色気を振りまいているうんぬんが駄目だったんじゃないですか?」
「特徴の話だろう」
「あれを特徴って言うのがねえ、いやらしい」
「いやらしい」
この二人が楽しんでいることを察したカルスは、つきあうのを止めた。
下手に言い訳すれば、ますます調子づくだろう。
カルスが食に集中しだすと、もうからかえないのをさとったのか、セラフィアから話をふってきた。
「ああいうのが好みなんだ」
「しつこいわ!」




