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07 終わらない事件~メイワクなことだ




「つまりうちの父が色香に迷ったことで、他人様に大迷惑をかけるかもしれないということですね」


 宿のカルスの部屋に四人は集合していた。

 食堂で話すのはあまりふさわしくない内容だったからだ。


「どこに行くか分かるか?」


「そうですね――」


 レナが考えこむ。

 思いあたるところがないというより、いくつか候補があるような感じだ。

 とっかかりが何もないことに比べたらはるかにいい。


「さっさと公表してその女を捕まえればいいのよ」


 話を聞いたセラフィアはかなりパオラ・ケンドが嫌いになったらしい。


「なかなかそう簡単にはいかない」


「どうして?」


「それをやれば、確かに捕まえることは可能だろう。国の力は大きいからな。ただし、パオラ・ケンドから証拠が出てくるとは思えない――本人からも家からも。隠れ家があったとしても、当然言わないだろう。

 魔術で強制的に調べるなんて考えているとしたら、それは無理だ。何の証拠もなくただあやしいというだけでそんなことはできない。仮にやろうとしたら、パオラ・ケンドは戦うだろう。また、魔術士の中には彼女に味方する者も絶対に現れる。

 彼女が罪をおかしているかが問題じゃなく、体制のやり方に対する反発だ。大魔術士と言われる魔術士だって参戦するかもしれない。

 そうなると、魔術士協会は下手をすれば分裂。あるいは、消滅するかもな。

 それくらい個人の権利に対して、魔術士はうるさい。

 現実的に魔術士協会はそんな調査の仕方はやらない。となると、捕らえたはいいものの結局証拠不十分で釈放ということになりかねない。

 一度失敗すれば、国家といえども二度目はそう簡単に動けなくなる。魔術士協会も魔術士の権利を守るために今度は彼女をかばおうとするだろうし、一方で国も引き下がるわけにはいかなくなる。結局、本人とは関係ないところが大きな問題となって、盗人を捕まえるという当初の目的が忘れられるだろうな。それが怖いから、容疑者が絞られてもなかなか動けないんだろ」


「何度も盗んでいるんでしょう。なのに証拠がないの?」


「あったら事態は違う方向に向かっているだろうな。今までうまいことやってきたんだろう。まあ、彼女が犯人じゃないって可能性だって充分あるんだが。しょせん状況証拠だけだ。それも確度が高いとは決して言えないものばかり」


「そうね。確かに、あやしいというだけだものね」


 素直に認め、セラフィアが引き下がる。

 自分の言い分が一方的だと感じたのかもしれない。彼女の正義が許さなかったのだろう。

 セラフィアが立ったまま瞳を閉じる。活力に富んだ瞳を閉じると、まるで完璧に設計された彫像のように非のない美しさを彼女は具現した。


「あの変態じじいを捜しだして、女魔術士から距離をとらせないといけませんね」


「捕まえるとなると証拠の問題で難しいが、じじいから離すというのは、まあ実行できそうだな」


「でも、そこはそんなに大事でしょうか? やっぱり捕まえるほうが何倍も大事だと僕は思いますけど。むしろバルドル・ファンが一緒にいてくれたら目立っていいんじゃないですか」


「いや、あのじじいから『付与魔術』を学ぶ方がはるかにこわい。本当に手の付けられない魔術士になる可能性があるからな。今なら、犯行現場に他の魔術士がいさえすれば捕らえることができるかもしれないけど、じじいの教えを受けたら、現場に居合わせても、何もできなくなるかもしれない」


「バルドル・ファンは最高の付与魔術士。同じ姿でいるとはかぎらない」


 冷静にレナが言う。


「なんだって」カルスは声をあげた。「姿を変えることができるのか? そんなの聞いたことがないぞ」


「できる。本人が魔術士協会に売ったって言っていたから、知られていないのなら魔術士協会が秘匿しているだけ。ちなみに、私は本人が姿を変えるのを見たことがある。その時は、若かりし頃の自分だった」


「どっちに魔術をかけているんだ? 自身の肉体か? それとも観察者に対してか?」


 カルスは思わず思考に没頭しそうになった。いずれのやり方であれ、カルスにはできる気が全くしない。

 魔術的『勘』が働かないということだ。


「今はそんなこと重要じゃないでしょ」


 セラフィアは姿が変えられるということに特に驚いていない。

 彼女にしみれば、どんなものであれ魔術は不思議なものでしかないのかもしれない。姿が変えられるのも不思議なものの一つでしかないのだ。


「それで、レナ。じいさんがどこに行きそうか分かったか」


「観光地というのもあるけど、たぶん、モテるために分かりやすく物で釣るだろうから、そうなると高価な物が集う場所――ドンドール国王都ガイロンだと思う」


「なるほど、分かりやすい人だ」


 翌朝、王都ガイロンへ向かって出発することが決まった。





 夜セラフィアがカルスの部屋を訪ねてきた。

 別に恋愛方面へのアプローチではない。


「あれで本当にいいの?」


「何が?」


「本当に誰にも言わなくていいのかしら?」


「ああ、そのことか。心配しなくていい。上のほうじゃおそらく情報を共有しているよ。俺のところに流れてくるってことが、それを証明している。信頼しているってだけじゃ、商人は本当の秘密を語ったりはしないもんだ」


「すごい知ったような口をきくのね」


「セラフィアよりかは知っているからな」


「そういえば、お母様があなたのことを良い所の坊ちゃんじゃないかって言っていたわ」


「そんなに気品があるかね、俺に」


「所作が違うって言ってた」


「ふーん」


「まあ、別に今はそんなこと重要じゃないけどね」


「そう」


「ええ、そう。カルスは、バルドル・ファンさんを本気で追うつもり?」


「俺がパール国王都ソール・ラントに行こうとしているのは言ったよな。その道中にいる可能性があるなら、可能なかぎり努力する」


「なんだか急な展開で戸惑うわね」


 セラフィアがベッドに腰かけた。

 カルスは椅子に座っている。

 部屋に二人だけなら、このままいい雰囲気になりそうだが、残念ながら部屋にはもう一人いた。


「僕のほうが戸惑いますけどね。本来なら田舎町で魔術修行をしている予定が、いつの間にか旅していますからね」


 この部屋はカルスとルハスの二人部屋だった。

 ルハスはすでにベッドにもぐり、顔半分だけを布団から出していた。


「一度師匠には聞きたいと思っていたんですけど、師匠ってどれくらい強いんですか? 僕は一般の魔術士がどれくらい力があるのか知らないから、そこらへんがまったく分からないんですよね」


「あ、それ、私も知りたい」


「私も知りたいです」


 扉が開き、レナが入ってきた。

 全員集合である。


「さあな、強さなんて一つの物差しで測れるものじゃないだろう?」


「そんなありがちな言葉はいりませんから、お願いします」


「そうそう、そんなこと言ってもだいたい分かっているんでしょ?」


「私もしっかりと聴きたい。じゃないと、私のランクがひどいことになる」


 三人の期待しかない眼差しが、勢いよくカルスに突き刺さる。

 話をごまかしたところで、逃してはくれないだろう。

 何よりカルスが眠るためのベッドは、セラフィアに占領されているのだ。


「自分の強さを語る魔術士なんていないぞ」


 カルスの言葉を敗北宣言と受け取ったのか、全員が聴きの体勢に入る。


「俺の魔術事態は実際、そこまでたいしたことはない」


「えー」とルハスが不満の声をあげた。


 レナも無表情の中に、少しだけ不満をのぞかせていた。

 セラフィアのみがカルスの言葉に感情を動かされることなく、続きを待っている。本題は先だと分かっているのだ。


「俺の特徴は、三大魔術のすべてを扱うことができることだ。無詠唱も、当然短縮詠唱もできる。近接戦闘も特に苦にしない。何でも屋ってわけだ」


「最強じゃないですか」


「違う。少なくとも今の魔術士に求められるものは違う。多くのことを平均的にできるのではなく、一つのことを突き抜けることが求められている。例えば攻撃魔術に特化した魔術士に強力な攻撃魔術を放たれたなら、俺の防護結界じゃ防げないかもしれない。逆に俺の攻撃魔術では、特化した防護結界を破ることができないことだって充分にありえる」


「そんなに単純なんですか、戦いって?」


「いや、そんなことはない」カルスはにやりと笑った。「さっきのも逆にすれば、俺の勝ちになるだろう。攻撃魔術が得意なやつは防護結界が苦手だし、その逆もしかりだ。一対一で戦うなら、俺の勝ちだろうな」


「あ、なんだ、自慢ですか」


「そうじゃない。つまりだな、今の魔術士は一人で戦うということを想定していないんだ。チームで戦うことを考えている。たいていの魔術士は三大魔術のうち二つしか使えないし、その中でも使えるレベルに達するのは一つだけとも言われているから、チームを組むのはとても合理的なんだ。この考えを強力に実践しているのが、スクールという言われる魔術士育成学校だ」


「一対一ならカルスは強いけど、今の魔術士に求められている強さはそういったものじゃないってこと?」


 セラフィアの質問はそのまま答えとなっていた。


「そういうこと。チームで来られたら、もしかしたら手も足も出ないかもしれない」


「えええ! 師匠が手も足も出ないんですか? 考えられないなあ、あの五人だって結局たいしたことなかったし」


「ああ、もう一つこれは強さとは関係ないんだが、いわゆる師弟教育には、魔術士は一人ですべてをやるという原理が色濃く残り、スクールではチームで戦う力ためのコンビネーション力を伸ばすという原理があると言われている。そして、今はスクールのほうが本道だってことだ」


「あれ? いつの間にか僕はマイナーになっていたんですか?」


「そういうことだ」


「剣士は完全に師弟教育の考え方ね」


「兵士だとスクールだろ。そういう違いだ。後、これから王都に行くことになると、あそこにはスクールがあるだろうからな。チームを組んだ魔術士に喧嘩を売るんじゃないぞ」


「魔術士は私闘なんかしないんでしょ」


 セラフィアがからかうように言った。


「若さってのは、何をするか分からないからな」


 若いカルスが言ったので、全員が微妙な顔をした。








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