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06 事件の裏~カイトウ




「師匠、仕方ないですよ。あの場の雰囲気なら、ああ言うしかなかったですって」


 カルスはルハスになぐさめられていた。

 そう言うルハスもあの場では、カルスに蔑みの視線を投じていたのだ。カルスからすれば敵である。

 二人は町中を歩いていた。

 商隊へ補償金を払った帰り道である。

 払われたほうの商店が驚いていたくらいだから、普通のやり方ではない。

 それはそうだろう。特に魔術士退治の依頼を出したわけではないのに、勝手に失敗したと言って、お金を置いていったのだから。

 カルスとしては、商店側の対応に一縷の望みを繋げたかったところだが、一緒に来ていた女性陣が大盤振る舞いしてかってに払ってしまった。

 これで終わりではなかった。帰り道で、女性陣がレナの旅準備が足りないなどと言って、ずいぶんと減ってしまった懐へさらに寒風が吹くようなことをしてくれたのである。

 追い打ちをかけられたカルスの財布は、町に来る前とたいして変わらない状態になっていた。


「おまえ、他人事みたいに言ってるけどな、極甘シリーズは一切食べられないからな。たぶん、あの二人に食べ物系もしっかり管理されるようになるから、こっそり忍ばせるなんてことも無理だぞ」


「え、そんなバカな! 苦労するのは、師匠一人だけのはずでしょう」


「誰がそんなことを決めたんだ!」


「いや、だって師匠は師匠でしょう、僕は絶対にあきらめませんよ」


「破綻する論理さえないような発言を魔術士がするな!」


 二人が言いあいながら道を歩いていると、背後から走り寄ってきた人間に声をかけられた。


「すみません、カルス様」


 呼び声に応じて、カルスは振りかえる。

 知らない男である。

 格好は目立ったのところのない商人風である。特に目元の笑みがあやしい、人から金をまきあげようとする悪徳商人にカルスには見えた。

 印象には完全な主観が入りまじっている。そこからカルスの現在の心象風景が分かろうというものだ。


「すみません。もしかして、うちの会頭のレンタンと顔見知りではありませんか」


「誰だ、そのレンタンって。そんな知りあい、俺にはいない」


 心の荒んでいたカルスはつっけんどんに答えた。


「師匠、何を子供みたいな対応をしているんですか。レンタンさんですよ、温泉情報を親切に教えてくれた」


「ああ、あのデマ情報を俺に掴ませたやつか」


「すみません、今、師匠は普通の状態じゃないんです。うはうはだったのが、げそげそになってしまって、ええ、ちょっと、ハートブレイクな感じです。用件は弟子であるこの僕、大魔術士ルハスが聴きますが」


「いやあ、何となくその理由はお察ししています。そうですね、とりあえず、どこかの店に入りませんか。食事という時間ではないので、ちょっとした軽食を奢らせていただきますが」


「ありがとうございます。さっそく、行きましょう」


 軽食という単語を聞いたルハスが積極的に動きだす。

 カルスはルハスに連行されるようにして、近くの店へと入ったのだった。



「うちの会頭から、カルス様を見かけたらよくするようにとの連絡を受けていたのですが、少し行き違いがあったのか、その連絡が遅れて、今頃こうしてのこのこやってくることになったのです。申し訳ありません」


 目の前で滔々と話す男の名は、マレルといった。

 マレル、カルス、ルハスの三人でテーブルを囲んでいるが、周囲には人がいない。


「いえいえそんなことは、デザートを奢ってくれる人なら誰だって――いえ、僕らもいろいろと忙しかったので、このタイミングでちょうど良かったです。師匠もそう言っています」


 カルスは紅茶を口に運ぶ。

 食べているのはルハスだけである。

 少年は、食べて喋って忙しく口を動かしていた。


「そうですか、そう言ってもらえるとありがたいですね」


「お互い様ですよ」


 会話は微妙にかみあっていない。

 おそらくルハスが何も考えていないためだ。

 少年はそろそろ完全に食べることに集中しようとしていた。


「先程うちに補償金をお支払いになったとのことですが――」


 カップを持つカルスの指がピクリと動き、音を立てた。

 わざわざその話題を出すということは――。


「ありがとうございます。すべてではありませんが、ある程度被害を抑えることができました」


 カルスはカップを小さな白い皿の上にのせた。

 ほとんど音はしなかった。

 内心でどんなに感情が煮えたっていようとも、魔術士たる者、常に冷静な行動が求められるのだ。


「訊ねたいのは、偽物についてです。本当にカルス様は偽物を逃してしまったのでしょうか。会頭から聴いていた話では、カルス様は一流の魔術士だとか」


「俺が一流なのかは知りませんが、相手も強かったということでしょう」


「そうでしょうか。聞いていた話では、そこまでの魔術士ではないとのことでしたが」


「俺のところには、強力な魔術士という情報が来ましたけど」


「ああ、ラバンですね。彼は魔術士への憧れが強いためか、魔術士に関することに積極的に動くのはいいのですが、誇大気味にすべての話をするのです。私たちが記した報告内容は、『ヴィル・ティシウスの弟子を名乗る流れの魔術士によって襲撃を受けた』というものです」


 流れの魔術士とは、力のない魔術士のことだ。

 頻繁にあるわけではないが、それなりに散見される事件だ。

 これならば、魔術士協会本部が本腰をいれて調査をすることはないかもしれない。

 そもそもランドの町にある魔術士協会支部からカルスへ説明を求めることさえしていない。

 あんがい、魔術士協会は何も知らないのだろうか。

 この程度の事件は地元の人間で解決して、魔術士協会には抗議をするとか、その程度のことが現実的なのだろうか。


「とても会頭が絶賛する魔術士が敗れるとは思いません」


「何が言いたいんですか?」


「カルスさんたちが何か悪だくみをしていると疑っているわけではありません」


「そういうふうにしか聞こえませんが」


「それは失礼しました。すべてを話してしまいましょう。私はどうもこういう駆け引きといったものが苦手なのです」


 カルスにはマレルが駆け引きを苦手にしているようには見えなかった。

 平凡な顔立ち、平凡な服装、平凡まるだしの外見だが、抜け目のなさ、鋭さのようなものが時々目からこぼれていた。


「襲撃された荷車からほとんど商品は盗られていませんでした。ただし、ほとんどであって全部ではありません。唯一、いえ二つですね。首飾りと指輪が盗られていたのです。これは、王都からランドを経由し、ダインへと運ばれるものでした」


 カルスは口を閉ざしていた。

 特に訊ねるべきことはない。


「この二品は高価なもので、ダインを治める領主ランドルド侯に収められるはずでした。侯の令嬢へと贈られるはずだったと聞いています。これが奪われ、未だに発見されておりません」


 二品に関しては、カルスの補償金などまったく役に立っていないだろう。おそらく桁が異なるはずだ。


「なぜ、ランド経由なんです? 王都からなら別の道のほうがいいんじゃないですか」


「裏をついたのです。あえて警備も薄くし、何もないかのように」


「裏をつけばいいってもんじゃないでしょう」


「ええ、その通りです。策士策に溺れるとはこのこと」


 マレルが頭をかく。


「情報はないですよ」


「何か思いついたことはありませんか?」


「ありません」


「何でもよろしいのです」


 このマレルという男はしつこそうである。

 さっさと終わらせるためにカルスは質問した。


「そもそも本当にその襲撃者が盗ったんですか?」


「内部に犯行を行った者がいると?」


「可能性を追うなら、当然考えるべきことでしょう」


「あの後、すぐに全員の身体検査を行い。隠していないか周囲を捜索し、また、その後も全員に監視をつけましたが、怪しいそぶりを見せる者は一人もいません」


「ずいぶん調査にお金を使っていますね」


「それだけ価値があるということです」


 カルスが捕まえた五人が奪った可能性はないわけではない。

 しかし、彼らがそんなことをするだろうか。というか、あの場で黙っていられただろうか。

 目覚めた時に騒いだために、レナとセラフィアからきつめ罰を受けていたが、あの時、小さな頃にやった悪い事まで吐いた男たちである。隠し通せるとは思えないが。


「さらに重要な情報をカルス様にお渡しします」


「いらない」


「いえ、ぜひお受け取りください。貴金属を狙う盗賊というのが、ここ数年増えています」


「盗賊なんて、貴金属を狙うもんじゃないのか?」


「失礼しました。言いなおします。貴金属を一人で奪う怪盗が現れたのです。ここ数年、あちこちの店がやられ、悔しい思いをしています。いずれも高価な品ばかりなのです。今回のように」


「俺にできることはないな」


「その怪盗は魔術士だろうと言われています」


 カルスの言葉を聞こえていないかのように、マレルが続けた。


「……で、俺に何をさせたいんですか?」


「いいえ、何もありません」


「本当に?」


「ありません。そうですね、ただ少しだけ気をつけていただきたいことがあるのです」


 やっぱりあるんじゃないか、とカルスは思ったが沈黙を守った。


「私どもではこの中に怪盗がいると考えております。いずれかの人間に会ったのなら、我がタルーア商会に一報をいれていただければ、と」


 マレルは一枚の紙をテーブルの上にひろげた。

 カルスはさっと目を通す。


「こういうのは慎重な扱いをようする情報なんじゃないんですか? 一介の魔術士に見せていいんですか? 同じ魔術士同士で情報を共有されるかもしれませんよ」


「そうなったら仕方ありません。それは会頭の見る目がなかったということでしょう」


「こんなふうにして情報を流す魔術士が何人かいるんですね」


 見込んだ若い魔術士に、特定の情報を流し、その行動から能力と人格を判断しようとしているのではないか。

 将来商会つきの魔術士とするために。

 飛躍した思考かもしれないが、魔術士の価値を認めているのなら、大きな商店ならばやってもおかしくない。


「どうでしょうか?」


 答えは笑顔でしかもらえなかった。

 多くの注文をしたルハスが食べ終わるのを待ち、店を出る。

 内心はどうあれ、値段を見ても眉一つ動かさなかったのは、さすが商人である。数字を見て、何かをさとらせるということをしない。

 カルスとしてはルハスの注文を止めなかったのはちょっとした嫌がらせだったのが、効果のほどは謎に終わった。


「何か御用の時はいつでもお声をおかけください」


 マレルは最後まで礼儀正しい態度だった。

 宿へと戻りながら、カルスは先程見た一枚の紙のことを思い出した。


「それにしても――」


 パオラ・ケンド。

 紙にはその名があった。

 前に依頼を争った女魔術士であり、捕まえた五人の魔術士の師匠であり、バルドル・ファンと共にある女――それがパオラ・ケンドだった。

 仮に彼女が怪盗であったのなら、バルドル・ファンに近づいた理由はあきらかである。

 『付与魔術』の『新魔術』を得るためだろう。

 まともな魔術士なら色気に惑って『新魔術』のことを吐露することなどないだろうが。

 はたして、あのエロじじいはどうだろうか。

 娘にでも訊くか。

 高度な付与魔術は、怪盗ならばいろいろと使い道があるだろう。むろん、付与魔術を使いこなせるだけの力量がなければ意味はないが。

 放っておくには、事態が深刻だ。

 大魔術士バルドル・ファンがかかわっていることが問題を大きくしている。

 間違いのない対応というやつが求められるだろう。

 まったく大魔術士とかいうやつらは、迷惑なことしかしない。

 カルスは自分とは関係のない理由で重い荷物を背負うことになったのだった。








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