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05 悪の魔術士~ホントにワルいやつは?




 森から走ってくる人影はいずれも男のものだ。

 距離が縮まってくると、それぞれの外見が分かってきた。

 全員カルスと同年代で、十代後半、高く見ても二十代前半あたりだろう。

 目立つ赤いローブを着ている。走っているために、ローブの前方が開いており、手に杖を持っていることが分かった。腰には短剣が装備されていた。

 魔術士の戦闘用の正装といえた。

 走りながら魔術を放ってくる可能性もあったので、カルスは四人を守る防護結界をいつでも発動できるよう準備をしていたが、五人の男は誰一人として攻撃魔術を使用してこない。

 動きながら魔術を使用するのが苦手なのだろうか。

 もしも、そのレベルであるのなら、ちょこまかと動いて地面に細工しているレナは止めたほうがいいかもしれない。

 剣士セラフィアはレナについてまわっている。

 おそらくこの四人の中でもっとも正義感が強く、生真面目な彼女が、五人のことを見向きもしない。

 戦うまでもない相手だと判断しているのだろう。


「はっはっはっは。さあ、かかってくればいい。この大魔術士ルハスがあなたたちに引導を渡してやろう」


 唯一ルハスだけがはりきっていた。

 結束力の欠片もなくばらばらに動く三人から、カルスは五人の襲撃者へと視線を移した。

 懸命な顔が確認できた。

 それらの顔にカルスは、何となく見覚えがある気がした。

 いつどこで会ったのか、カルスは記憶の引きだしを開けまくる。だが、どれほど開けても五人の顔は現れない。印象が薄すぎるのか。

 カルスは頭をひねる。

 五人がかなり近くまで接近してきた。息も絶え絶えだ。あれでは詠唱はできないだろう。攻撃手段を何か別に持っているのだろうか。

 必死の形相の五人を見て、


「あ!」


 と、カルスは思い出した。

 同時に、


「あ!」


 とういさまざまな声があがった。

 小爆発が連続で生じ、五人の影が花火のように空へと舞った。

 カルスがレナに視線を向けると、セラフィアに後ろから抱きつかれたまま彼女はこちらに向かってピースをしていた。

 レナが付与魔術でしかけた罠が作動したのだ。


「ああ、僕の獲物があああ!」


 ルハスの声がむなしく響いた。

 だが、一番むなしいのは、おそらく何もできずに吹き飛んだ五人だろう。





 気絶した五人を、とりあえず引きずって移動させた。

 街道から離れたのは五人のためである。あそこで話していては、いずれ他の人間が来て、公的機関にすぐに渡さなければならなくなっただろう。

 というわけで、ぞんざいな移動となっても、文句は受けつけない。すべて五人のためなのだから。

 気絶した五人にカルスは拘束結界を使用した。

 これで五人の動きは封じた。どの程度の魔力をこめるかで拘束時間は決まるのだが、今回は最大でも一日程度とした。

 セラフィアはさっさと五人をつきだすべきだと主張したが思いとどまってもらった。

 レナがカルスに賛成したために、引き下がってくれた。

 そのレナがなぜ賛成したのかといえば、


「リーダー、これからあらゆることをはかせるためのゴウモ――尋問が行われるのですね」


 何をやりたいのかが、レナの言い間違えから予測ができた。


「この五人のことを思い出した」


「やっぱり依頼人だったの?」


 セラフィアが五人を冷たい目で見下ろしている。理由が何であれ、犯罪者は許せない性質らしい。もちろん、カルスも許せない。


「いや、微妙に違う。何というか、一つの依頼を二人の魔術士が競争して解決するみたいな形になってな。一方は俺の師匠で――」


 もちろん、自分に対してこんな二股依頼をしたとなると、ヴィル・ティシウスが黙っているはずがない、普通は。

 だが、競争相手が妙齢の美女魔術士であったことが、事態を大きく変化させた。

 師匠とこの女魔術士の二人は依頼人の屋敷にとどまり、弟子たちに解決させようということになったのだ。

 師匠二人は、屋敷で優雅な一日を送り、弟子が事件解決に奔走することになった。

 もちろん、すべてカルスの師匠ヴィル・ティシウスの差配である。

 そして、この女魔術士の弟子というのが、今カルスの目の前で拘束されている五人だった。

 結局依頼はどちらも達成できなかった――ヴィル・ティシウスがいろいろ壊してしまった――ので、痛み分け、恨みっこなしの結果に終わったのだが……彼らにとっては終わっていなかったのだろうか。


「その五人が何でこんなところにいるの?」


 セラフィアの疑問は皆の抱くところだった。


「それは本人たちに訊いたほうが早いだろうな」


 五人の男が目を覚まそうとしていた。

 この後、五人は無事起きたのだが、一悶着あった。

 ルハスが無駄に威張ったり、五人が悪口雑言を吐き、怒った女性陣二人が五人をしばきたおしたり、といった過程を得て、場は落ち着きを取り戻したのである。


「俺がここにいるって知っていたのか?」


「そうじゃなければ、わざわざきさまの名前なんか名乗るか」


 五人の中心らしい男が吐き捨てる。この男がカルスの名を騙ったのだろう。

 まだまだ元気である。他の四人はすっかり気力を失っている。


「何で俺の名前を?」


「師匠に言われたんだよ。騒ぎを起こして引きとめないと、おまえはすぐにどこかへ移動するって」


「あの女魔術士が言ったのか」


「言葉に気をつけろ」


 カルスはあまり女魔術士に良い印象がなかったが、五人の弟子たちにとっては良い師匠だったのかもしれない。


「何で俺がここにいるって知っていたんだ?」


「あのエロジジイが教えてくれたんだ」


 エロじじい?

 カルスはその単語を脳裏に思い浮かべただけだったが、後ろで「エロじじい?」と声に出した人間がいた。

 レナである。

 おそらく同一人物を思い描いたはずだ。


「それはバルドル・ファンのこと?」


 レナが訊ねる。


「ああ、そうだ。大魔術士とか言って調子に乗ってるじいさんだ」


「まあ、俺がいることを知った経緯は分かったが、なんで、俺を襲う必要があったんだ? 恨みがあったとしても、こんな強引なやり方を選ぶ必要はないだろう?」


「時間がなかったんだ、俺たちには」


「時間?」


「ああ、師匠が言ったんだ。もしも、ヴィル・ティシウスの弟子を倒せたのなら、このまま弟子として置いてやるって。ただしまた負けたら、その時は、全員クビだって」


「めちゃくちゃだな」


「期限は二日。もしもカルスがこの町にいる間に片をつけろってことだった。だけど、小さな町とはいえ、居場所なんて簡単に見つけることはできないから、盗賊まがいのことでもやって、向こうからしかけざるを得ないようにしろって」


「それをあなたたちの師匠が言ったの?」


「ああ」


 セラフィアが眉をひそめている。

 どう考えても、その女魔術士は五人の弟子を処分しようとしている。


「あのさ、おまえらのやったことって、犯罪だぞ。ケガ人を出さずに物資も盗らないようにしたのかもしれないが、襲撃した事実は変わらない。捕まったら当然罰を受けるし、魔術士協会からも重い処分が下されるはずだ。除籍だけじゃすまない。おそらく強力な封印結界で魔術を奪われるだろう。もしかしたら声や記憶さえも奪われるかもしれない」


「―――」


 五人の顔が真っ青になる。

 分かってはいても見ないふりをしていたのかもしれない。

 成功すれば、すべてがうまく運ぶという甘い蜜に酔ったのだろう。


「師匠、でもそんなことをすれば、五人の師匠という人だってただじゃすまないんじゃないですか?」


 ルハスがまともなことを言った。


「この五人の忠誠心がいくら厚くてその女魔術士のことを喋らないようにしても、魔術士協会なら簡単に吐かせられると思う」


 恐いことを言うのは、レナだ。


「何かあるってこと?」


 セラフィアがカルスを見る。

 だが、カルスにもどんなカラクリがあるのかは分からない。


「たぶん」と男が口を開く。「たぶん、バルドル・ファンに守ってもらうんだと思う」


 なるほど、すべてがカルスには見えた。

 いや、何も難しいことではなかった。

 バルドル・ファンという名が出た時点で、予測してしかるべきだったのだ。

 カルスが予測できなかったのは、バルドル・ファンの言っていた『若い』と、カルスの考える『若い』に差があったことだ。

 おそらく六十近い老人と十九歳の若者では、年に関する感覚が違うのは当然のことだった。

 つまり、バルドル・ファンの言っていた『若い女』というのは、カルスが『妙齢の女性』と感じた女性と同一人物だったのである。

 バルドル・ファンは、五人の師匠である女魔術士と旅に出たということだった。

 後ろでは極大の殺気が醸成されている。

 レナも同じ解答に至ったのだろう。

 レナが五人の前に仁王立ちとなった。


「あのじじいは、私が退治する。だから、あなたたちは女魔術士のことは忘れて、スクールにでも入学してまともな魔術士になったらいい。商隊への補償金は、依頼失敗としてうちのリーダーが払っておく」


 偉そうにレナが言った。

 五人は腐っても魔術士である。この少女が『付与魔術』を操る凄腕の使い手だということは分かったようで、迫力に圧されて全員が頷いた。


「いや、レナ。なんで、補償金を俺が払う必要が……それに協会に調べられたら」


「カルス、ぐだぐだ言わないの。いいでしょう、お金は持っているんだから」


「いや、だって個人じゃなくて、商隊だぞ! 規模が――分かったよ」


 全員から器の小さな男という蔑みの視線を投じられ、カルスは圧力に屈したのだった。








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