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04 悪の魔術士~ニセモノ




 レナを加えたカルス一行がランドの町に戻ってみると、何やら様子が慌ただしかった。

 セラフィアが興味を持っていたようだが、他三人はまったく興味がなかったので、さっさと前に泊まった宿屋へと歩を進めた。

 約束どおりもう一泊しようということである。

 懐は温かいので問題はない。

 温泉はないが、元温泉宿の名残りか、何と言ってもきちんと風呂設備があるところが素晴らしかった。よく考えてみれば、とてもいい宿ではないか。

 顔を出すと、宿屋の女将も最初は様子が少しおかしかったが、レナの顔を見ると、変わらぬ姿を見せた。

 カルスと一緒に旅をするということを喜んでくれている。

 そんな信頼を得られるほどカルスとの関係は深くないはずだが、どうやらセラフィアの存在が信頼を厚くしているようだ。女性がいる環境というのがポイントなのかもしれない。

 少し遅い昼食を宿屋の食堂で食べていると、いつぞや見た中年の男が、またいつぞやと同じようにカルスの傍へと歩いてきた。

 多少違うところがあるとするなら、それは表情が深刻なところだろうか。

 今はすべてに満足がいっている。余計なことに関わる必要はないと、カルスが魔術士らしい冷めたことを考えていると、魔術士らしい考えなど持ちあわせない二人が、中年の男に声をかけた。


「どうかしたんですか。悩みがあるなら、僕に言えば一瞬で解決しますよ」


「ルハス君の言うことはともかく、何かあるんですか?」


 ルハスとセラフィアだ。

 レナは完全に我関せずで、女将の料理をつついている。


「はい、とんでもない悪党が近くにすみついたらしいのです」


「とんでもない悪党? 何とも心が踊るフレーズですね。この大魔術士ルハスに是非とも依頼してください」


「ルハス君はちょっと黙っていて。あなたレナちゃんに一瞬で撃墜されたでしょう」


「ちょ、それはいいっこなしですよ。あんなの反則って、セラフィアさんだって言っていたじゃないですか」


「ルハスは攻撃魔術も使えないくせに」


 ぼそりとレナが言う。

 カルスは見た。一瞬、レナが邪悪な笑みを浮かべていたところを。


「し、師匠おおおお。僕にも早く攻撃魔術を教えてくださいよ。じゃないと、この小娘が僕をバカにするんです。いて。蹴るなよ」


「小娘じゃない。レナ」


 ルハスとレナがやりあっている。

 年齢が近いためか、この二人はぶつかることが多いのだ。

 まあ、一方的にレナがルハスをむさぼっているのだが。


「それで、いったいその悪党というのはどんなやつなんです?」


 セラフィアの問いに、手持無沙汰になっていた中年の男が、改めて話しはじめた。


「はい、まず魔術士であることは間違いありません。商隊が魔術で襲われましたから。幸いなことに人的被害はなく、物資もほとんど奪われなかったみたいですが」


「魔術士ですか? こらしめなければいけませんね」


 セラフィアが正義感を発揮している。

 どうも剣士にはこういった面があるようだ。

 悪は成敗しなければならないと考え、本気で実行しようとする。


 さて、実は、魔術士が悪党に落ちることは、ないわけではない。

 特になりたての魔術士に圧倒的に多い。彼らは攻撃魔術の第一歩が扱えるレベルでしかなく、魔術士としてはよちよち歩きもできていない状態だ。正直魔術士というのも恥ずかしい実力の持ち主なのだ。

 きちんとした師匠についたわけでもなく、スクールに入学したわけでもない。町から町へ流れながら魔術を教える、あやしい人物から彼らは学ぶ。

 この流れの人物は八割方は魔術士ではないし、残り二割も魔術士になれなかった魔術士でしかない。

 だが、こんな人間に教わったとしても、魔術の『勘』がある人間は魔術を扱えることができることがある。

 そこから、勘違いが始まるのだ。

 人からたいして教わらなくても魔術が扱えるじゃん、俺って天才じゃね、という壮大な勘違いだ。

 公的機関から推薦をもらいスクールに入学すれば、周囲と比べ自分の実力がどの程度なのかが分かるのだが、残念ながらそういった環境になければ、比べることがかなわない。

 俺って天才! を否定する材料がないのだ。

 というわけで、勘違い道を突っ走る若者が偶に現れることになる。

 そして、楽に金を得るほうへと分かりやすく人生を転がってしまう。

 もちろん、たいした魔術は使えないので、あっさりと兵士たちに捕まる。

 兵士じゃなくても、人数さえそろえれば、普通の成人男性なら簡単に捕まえられるだろう。

 というわけで、一般人にしてみればそんな者が現れれば脅威だろうが、対応さえ誤らなければ、まったく問題なく事件は解決する。

 こなれた盗賊団よりも脅威は低い。

 それこそ、セラフィア一人で退治してしまうだろう。


「あ、あのお、他の皆さんは、戦ってくれないんでしょうか」


 どうやら中年の男は、食事に集中しているカルスに話しかけているようだ。


「まあ、しっかり対応すれば、大丈夫じゃないですか? たぶん、魔術士といってもたいしたことありませんよ。本当に力のある魔術士なら、盗賊まがいのことをする必要がありません。普通にやっていれば、それ以上に稼げますからね」


「ああ、あなたはあの魔術士をよくある魔術士崩れだと考えているんですね。違います。あれは、そんなレベルではないんです」


 男が熱弁してくる。


「そんなに心配なら、バルドル・ファンに頼めばいいじゃないですか。いちおう繋がりがあるんでしょう。あの人も無下にはしないでしょ」


「行きました」


「へえ、早いですね。どうでした?」


「いませんでした」


「あのエロじじい」とカルス。


「あの変態」とセラ。


「あのえっと、どうしました?」


 男が不思議そうな顔をする。


「何でもありません。セラフィアは見た目普通の女性に見えますけど、一流の剣士です。そこらの魔術士に負けることなんかありませんから、心配しないでいいですよ」


 カルスはすっかりセラフィアに任せるつもりでいた、この時までは。


「これを聞いても、そんなことが言えますか?」


 男が言葉を途中でとめ、一呼吸溜めた。

 ルハスが熱のこもった瞳で男を見ている。

 セラフィアは自分の力が侮られたと感じたのか、じゃっかん不機嫌だ。

 レナは、小声で義父に悪態をついている。

 カルスは、まったく興味を持っていなかった。


「あの魔術士は自ら名乗ったのです。自分は大魔術士ヴィル・ティシウス最後の弟子カルスである、と。あの史上最強とも言われる大魔術士ヴィル・ティシウスの弟子だというんですよ。しかも最後の弟子だと。ヴィル・ティシウスといえば、最強であるという他には、たいていが最悪という評判ばかりです。その弟子ともなれば、いったいどれほどの力の持ち主で、いったいどれほどの被害がこれから出るのか。考えるだけでもおそろしくなります」


「確かに、それはとても深刻な問題ですね」カルスは頷く。「ヴィル・ティシウスという名は、それだけの意味があります。すでに王都へと報告はしたんでしょうか?」


「もちろんです。しかし、いつこの町が襲われるともかぎりません。だから、皆さんに退治しろなどとは言いません。ただ、この町にしばらくいてはくださいませんでしょうか。魔術士と剣士がいるとなれば、いくらヴィル・ティシウスの弟子とはいえ、おいそれと町へ出てくることはかなわないでしょう。ダメでしょうか」


「私はかまいません。ねえ、カルスあなたもいいでしょう」


 中年の男とセラフィアがカルスを見た。

 ちなみに、ルハスとレナは「ヴィル・ティシウスの弟子」という言葉が出て以来、ずっとカルスの顔を見ていた。


「えっと、名前を聞いていませんでしたね」


 カルスは中年の男に言った。


「え、そうでしたか。私はラバンといいます」


「私はカルスです。改めて詳しく話を聞かせてもらえますか?」


「カルス? 偶然ですが、同じ名なんですね」


「ええ、だから非常に気持ちが悪いんです」


 セラフィアもカルスと、ルハスとレナの様子がおかしなことにここでようやく気づいたようだった。

 彼女はカルスがヴィル・ティシウスの弟子であることを知らないのだ。


 ――しかし「ヴィル・ティシウスの弟子」を名乗るとは、どこの小悪党かは知らないが、なかなか大胆なことをしてくれるではないか。


 喧嘩を売っているのだろう。

 カルスは、名のった相手に怒りを抱くと同時に呆れていた。




 商隊が襲われた場所というのは、町から見て、バルドル・ファンが暮らす山とは、ちょうど逆方向に位置していた。

 商隊は荷馬車で街道を走っていたらしいが、そこを襲撃されたらしい。

 襲撃者の数は五人。

 いずれも魔術士であったという。

 その中の中心人物らしい男がわざわざ「ヴィル・ティシウスの最後の弟子」という名乗りをあげたということだった。

 あまり魔術士協会に自分の位置を知られたくないカルスとしては、偽物退治をして目立つことは避けたい。

 だが、仕方ない。自分の名前を使って悪事を働くのを見過ごすことはできなかったし、おそらくどこからか話を聞きつけた彼の師匠は、弟子がこの事態を見過ごしたとなったら、本当に激怒するだろう。

 それに自分の名を騙られるというのは、どうにもおもしろくなかった。

 さらに言うなら、売られた喧嘩を買わないという選択肢は、ヴィル・ティシウスの子弟には存在しないのだ。

 カルス個人としても、「ヴィル・ティシウスの弟子」としても、この事件を見過ごすことはできない。

 すでに魔術士協会へ連絡はいっているらしいので、どういう結果になろうとも調査されることは間違いなかった。

 つまり、カルスという男が偽物退治に関わった事実は調べられるということだった。


 カルス一行は悪の魔術士退治へと出発した。

 四人の中で唯一レナだけが、今回の事件にまったく乗り気ではなかったのだが、襲われた商隊というのが、宿屋の女将の関係者だというのを聞いて、彼女の瞳が怒りに燃えた。

 女将を苦しめるのは許せないという純粋な気持ちが動機なのだとカルスは信じているが、瞳の輝きにじゃっかんの邪悪さが垣間見えていた。まるで魔術士たちをこらしめる未来を想像しているかのように……。

 まだまだ謎に満ちた少女である。


 四人は歩いて現場へと訪れた。

 天気がよく、ほとんど散歩にしか見えない道行だった。

 そこは見晴らしのいい街道で、商隊を襲うのに適しているとは思えない。他の商隊がいたとしたら、すぐに見つかり、援軍として駆けつけられる。プロの所業ではない。

 くだんの魔術士は森から現れたのだという。

 確かに森があった。


「あんな遠くから走ってきたんですか? 何というか盗賊ってそんなものなんですか」


 ルハスが呆れている。

 少年が呆れるのもしょうがない。森から街道までかなり距離があるのだ。


「場所といい、ちょっと抜けているのかしら」


 セラフィアも納得がいっていないようだ。

 カルスもいろいろと疑問がある。襲撃者たちは、襲撃の成功確率を高める努力をしていたとはとても思えない。作戦に不備がありすぎる。


「言いたいことは分かるけど、重要なのはそいつらがどこに逃げたのかってことだ。その痕跡を探す」


「リーダーの言っていることはもっとも。でも、私はリーダーに質問がある」


「リーダーってのは俺のことか?」


 レナがちょこんと頷く。「もちろん、悪の親玉なのだから、リーダー」


「いつの間に、俺たちは悪に染まったんだ」


「問題ない」


 レナの表情に揺らぎはまったくない。

 あのエロジジイどんな教育をしやがった。


「リーダーに訊きたいのは、ヴィル・ティシウスの弟子の名前がカルスということが有名なのか、ということ」


「有名に決まっているでしょう! 師匠は、この大魔術士ルハスの師匠なんですよ。師匠は世界的魔術士です」


「そこは俺も気になっていた」


 カルスはレナの質問に答える。


「普通は知らないってこと?」


「ああ。普通の魔術士は知らないだろうな」


 カルスは顎をなでる。

 知っているのは、魔術士協会の上層部。ヴィル・ティシウスと関係のある魔術士――こんな魔術士はほとんどいない。後は依頼者といったところか。


「そ、そんな馬鹿な。この僕が無名の魔術士の弟子になったというんですか。そんな悲劇が人類の歴史が開闢して以来、果たしてあったでしょうか。というか、あってはならないでしょう。今すぐにでも師匠、世界に対して師匠の存在を知らしめるべきです。でなければ、大魔術士ルハスの過去に黒歴史が生まれてしまいます」


「風のしもべ、執行せよ。消音」


 レナが詠唱し、魔術が発動した。

 ルハスの周囲に風の膜が生まれて、少年の声は外へと聞こえなくなった。


「うるさい」とレナが一言いう。


 順番が逆だろう。実力行使の前に口で注意をするべきではないだろうか。


「なら、リーダー。心当たりは?」


「正直、うちの師匠と行動していると、心当たりしかない」


「なるほど、悪の親玉の師匠は、さらなる悪ということ」


「俺の師匠が悪だってことには反対しないが、俺は違うぞ」


「問題ない」


 ふっとレナが笑う。

 本人は決めたつもりだろうが、傍から見れば、小動物的な可愛らしさがあるだけだ。

 実際、セラフィアがレナを見て、もだえている。抱きつかないのは、昨日散々抱きついて、最終的に避けられそうになったから自重しているだけだ。


「それで、敵の力量はどれくらいだとリーダーは予測している?」


「最悪は、『ヴィル・ティシウス』に対して魔術士協会上層部が動いた陰謀だ。それだと、勝ち目はなしだな。ただ、やり口を見たらそれはないだろう」


「まぬけすぎ」


「だな。師匠の知人が俺にちょっかいをかけるとしても、まったく関係ない商隊を襲うなんてまどろっこしいことをするとは思えない。俺の気を引くことを目的にするなら、おまえら三人を捕らえることくらいするはずだ。それを簡単にできる実力もある。あの人たちが師匠や俺の悪評をばらまくつもりでやっているというのは、そもそも考えられない」


「なぜ? どんな人間でも黒い部分はある」


 にたりとレナが笑う。

 黒ずくめの格好をしているので、それこそ悪の魔術士っぽくはあるが、身長と色気が足りない。


「そういうことじゃなくてだな。何というか――」


「悪評なんか流さなくともヴィル・ティシウスには悪評が流れているし、しかも、こんな小物がやるのとは桁が違う悪評なのよ」


 セラフィアがレナを抱きしめる。レナは抱きしめられるままになっている。ある程度は諦めたのかもしれない。


「分かった? カルスも悪いやつだから、レナちゃんはあまりこの男に近づいてはダメよ」


 セラフィアがことさらカルスを視界に収めないようにして言う。

 道中セラフィアの機嫌はすこぶる悪かった。

 理由は分かっている。

 カルスが大魔術士ヴィル・ティシウスの弟子であることを、三人の中で彼女だけが知らなかったからだ。

 最後に加わったレナでさえ知っていたということが、セラフィアの心をひどく傷つけたということらしい。

 本人に真正面から言われたので、間違いない。

 未だにそれを引きずったセラフィアとカルスの間には、直接の会話がなかった。


「まあ、そんな感じだ。となると、最後に残った依頼者の逆恨み、いや、正恨みかな、その可能性が高くなる」


「リーダーは一人で依頼を請け負ったことがあるの?」


「いや、それはない。依頼は俺じゃなくて師匠にすべて来るからな。さっきも言ったろ。俺の名前は知られていない。だから、俺への依頼もない」


「悲しい現実」


「ホント、さびしい男よね」


「いや、いろいろ違うだろ」


 カルスの突っ込みにも、セラフィアはかたくなにこちらを見ない。

 この事件が解決したら、セラフィアに何か贈るべきだろうか。軍資金はたっぷりあるので、買うのに否はない。ただし、何を買えばいいのかが、カルスにはまったく分からなかった。


「なんで、リーダーの名前が騙られる?」


「どういうこと? レナちゃん」


「依頼されたのは師匠なんだから、恨むなら失敗した師匠を恨むのが筋って意味だ」


 カルスの説明に、セラフィアの華奢な背中が沈黙で答える。


「ヴィル・ティシウスに挑むほど、バカじゃないってことだろうな」


「小物」


 ぼそりとレナ。

 事実ではあるが、最強の呼び声高いヴィル・ティシウスに挑める者など、世界に数人もいないだろう。

 レナの評価は手厳しい。


「つまり、今回の事件は師匠の尻拭いを弟子の俺がやるってことだ」


「バカな師匠を持つと、弟子が本当に困る」


 実感のこもった少女の言葉だった。

 彼女は義理の父を思い浮かべているのだろう。

 まあ、彼女は知らないことだが、カルスはバルドル・ファンと二人きりになった時、真摯な姿勢でレナのことを頼まれていた。

 自分と一緒に旅をしても、同世代の人間や社会と繋がりを持つことは難しい。だから、おぬしにお願いするのだ、と。

 あまりにまともなことを言うので、思わずカルスは頷いてしまった。

 最後に、「ヴィル・ティシウスの弟子なら、いろいろな騒動に巻きこまれるじゃろ」と言ってにやりと笑ったのだが、その笑みはレナが偶に浮かべる邪悪な笑みとそっくりだった。


「で、セラフィア。いいかげん、機嫌をなおせ」


「別に機嫌悪くないけど」


 ようやくセラフィアがカルスの言葉に返事をした。

 ちなみにまだ背中を見せたままである。セラフィアの指は、レナの黒髪を何やらいじっていた。


「単に言う機会がなかっただけで、隠していたわけじゃないからな」


「男ってそういう言い方するよね」


「いや、だからそういうことじゃなくてだな」


 カルスが一歩近づくと、セラフィアが振り返った。

 彼女が口を開けて何か言おうとしたが、視線がカルスからずれて、いきなり声をたてて笑いはじめた。

 レナもふふふふふと笑っている。

 セラフィアの視線の先を追うと、そこには、ルハスがいた。

 ルハスが飛び跳ね、大仰な身振りで何かを伝えようとしている。

 何だろうか。

 猿、もしくは伝え聞くゴリラという動物のマネをしているのだろうか。

 なかなかに滑稽である。

 その時、レナの魔術が解け、ルハスの声が辺りに響いた。


「師匠、敵です!」


 ルハスの指差す先には、五人の人影がいる。


「知ってるよ」五人の影はカルスの視界に最初からきっちりと入っていた。「探す手間が省けたな」








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