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02 三重の塔~待ちカマエルのは




 カルスは一人で山道を歩いていた。

 大魔術士バルドル・ファンが準備した塔へと向かっているのだ。

 曲線を描きながらではあるが、細い一本道がずっと続いているので、迷うことはない。

 久しぶりの一人歩きだ。

 平穏な時間をカルスは楽しんでいた。

 急ぐ必要はない。歩いていればいずれつくのだ。

 それにしても――とカルスは思う。

 ルハスはいったい何を考えているのだろうか。

 カルスはルハスにまだ結界魔術の一つ防護結界しか教えていない。

 攻撃魔術を教えていないのだ。

 攻撃魔術には、光、闇、火、風、水、土の六種がある。この六種といずれかの適性がなければ攻撃魔術を使用することはできない。

 ルハスが六種のどれに適性があるのか、それともないのか、本人もカルスも知らない。

 魔術の才能は遺伝すると言われているので、ルハスが母親の得意魔術を知っていたら、適性の高い魔術を判断できるかもしれない。それだって、必ず遺伝するとはかぎらないのだが。

 いずれにせよ、普通は敵性が判明しても、それから長い時間をかけて攻撃魔術を使えるようになるのだが……ルハスの魔術に対する勘は非常に鋭いので、仮に光に適性があるのなら、カルスの使うところを見ていた少年は、あんがい簡単に攻撃魔術を使えるようになるかもしれない。


 二時間後、カルスは緑のひらけた場所にたどりついた。

 なかなか大きな三階建ての塔がある。

 少なくとも個人が所有するような建築物ではない。

 さすがに大魔術士、規格外である。

 さっさと正面にある扉を開いてもよかったのだが、道端に転がっている何かを見ないふりをすることがカルスにはできなかった。


「おまえら何やってるんだ」


「――いったいあの子何なの」


 息も絶え絶えにセラフィアが言う。

 ルハスに至っては地面に接吻したままぴくりとも動かない。


「挑戦して、もう失敗したのか?」


「失敗も何もあんなの無理よ。反則だもの」


「実戦に反則も何もないだろ」


「カルスも挑戦したらいいのよ。そしたら反則の意味が分かる。だから、あなたには何のヒントもあげないから」


「別にいらないよ。というか、今の会話で充分ヒントになった」


「え、なにそれ、ずるい」


「何も考えずに突入するほうが悪い」


「もしかして、私たちで試したの! ひどい、最悪、冷血漢。もういい。疲れたからここで休んでる」


 そう言うと、セラフィアは木によりかかって目をつぶってしまった。

 ルハスは相変わらず動かない。

 まあ、大魔術士が住む敷地だ。

 放っておいても大丈夫だろう。

 おそらくこの塔の最上階にいるだろう人間がたとえバルドル・ファンではなかったとしても、無事に返した二人をもう一度わざわざ自分の手の中にいれるようなことはすまい。

 二度手間である。

 魔術士なら効率を重視するはずだ。

 そして、魔術士であることだけは間違いない。

 何しろ塔から大きな魔力が溢れているのだから。

 カルスは塔の扉を開き、中へと踏み込んだのだった。




 カルスは何があるのかを予測していたが、そこには予測していないものがあった。

 小柄な少女が一人で立っていた。

 黒髪の髪は眉のあたりで綺麗にそろえられている。ざっくりと切られたショートの髪は、いい感じに遊んでいた。

 小作りの顔のバランスは良く、気にかかると言えば、鳶色の瞳から感情がほとんど読み取れないことだろうか。

 黒いローブで全身をおおっている。おそらくその下には動きやすさに特化した服を着ているのだろう。

 杖を持っているかは不明だが、魔術士らしい格好だ。

 おそらくこの少女が、セラフィアの言う「あの子」だろう。

 剣士として実力者であるセラフィアが、反則と称する力を目の前の少女が持っているということである。


「こんにちは」


 返ってきたのは沈黙だ。

 会話を拒否するという強い拒絶はない。

 話す理由がないという至極まともな沈黙だろう。


「見たところ階段がないようだけど、君を倒せば上に登れるのかな」


 塔の一階部分には、階段どころか何もなかった。

 まるで訓練場のような素っ気なさである。


「私を倒せるの?」


「必要があるなら」


「それは楽しみ」


「そいつはよかった」


 少女は饒舌なタイプではないようだ。

 舌が回りすぎるよりもはるかに好ましい。

 会話が途切れても、カルスは動かなかった。

 何をするでもなく、二人は距離をおいたまま対峙しつづける。


「私を倒すのではなかったのですか?」


「倒す前に、少し会話をしようと思ったんだけど、どうも君は会話を好んでいなかったようだから」


「会話が必要でしょうか?」


「俺には必要かな」


「では、どうぞ」


「バルドル・ファンは知っているか?」


「はい。私の義理の父です」


「師匠ではなく、父?」


「はい」


「魔術は教えてもらったよな」


「情報を引きだしているのですか?」


「それもある。会話は情報のやりとりによって成り立っている。仕方のないことじゃないか」


「たとえ、情報のやりとりがあるのだとしても、魔術について訊く必要があるとは思えません。今あなたは私に対して会話による攻撃をしていると認識してよいのでしょうか」


「そこまで強い言葉で表することじゃないな」


「一つ言っておくことがあります」


「何だ?」


「時間切れになれば、それで挑戦は終了です」


「最初に言うべきことだな」


「あなたのように話をする人は珍しかったので」


「行動が先だったか? たとえば、こうやって君に近づこうとするとか」


 カルスは口にしたとおりに、入り口部分から一歩足を踏みだそうとした。

 少女の口元がかすかに緩む。

 それを見て、カルスは足を止めた。

 少女が不思議そうにこちらを見る。


「けっこう分かりやすい子だな」


「よく分かりません」


「今度は俺から情報を君にやろう」


 少女が小首をかしげる。


「バルドル・ファンという人は、大魔術士であり、何でもできるが、得意とするのは『付与魔術』だ。『付与魔術』には『肉体能力向上』『干渉』『治癒』がある。もっとも厄介なのは『干渉』だ。これを扱える人間は『治癒』の次に少ないと言われている。そして少々扱えるだけじゃ使えない魔術だとも言われている」


 少女は黙ってカルスの言葉を聞いていた。


「ただし、少々どころではなく『干渉』を扱えたら、はっきりいってこれは脅威だ。少なくとも『干渉』の魔術を使える魔術士の本拠地に突撃するやつはただのバカだ。なぜなら――光よ、砕け」


 カルスの魔術によって三つの光球が生みだされ、カルスと少女の間にある床へ連続してぶつかった。

 光球が床に接触した瞬間、魔法陣が次々と浮かびあがる。そして、数十という小爆発が発生した。

 粉塵が収まった時、若者と少女は同じ位置に変わらぬ姿で立っていた。


「見てのとおり、罠のように魔術を仕掛けることができるからだ。危なくてとても侵入できたものじゃない」


「これで勝ったつもりでしょうか?」


「だと良かったんだが、違うみたいだな」


 少女は落ち着いている。

 攻撃手段を見破られたにしては落ち着きすぎていた。

 ということは、他にも奥の手があるということで、そして、カルスは何があるのか、まったく分からなかった。

 師が面倒くさいと言って『付与魔術』をあまり使わなかったので、その影響でカルスも『付与魔術』を使うことも研究することほとんどしなかったのだ。

 そのつけが今回ってきていた。

 カルスの師匠なら、圧倒的な魔力と威力で『付与魔術』を無効化するのだろうが。

 カルスはとりあえず防護結界を張って防ぐしかなかった。

 奥の手の他にも、床一面におそらく罠が仕掛けられているはずだ。それにも気をつけながら戦わねばならない。

 時間はカルスに味方しない。

 つまり、カルスは攻撃を仕掛けるよりないのだ。

 逆に少女は待っているだけでいい。


「じゃあ、行きま――」


 カルスが宣言しきる前に、少女が先に動いた。

 一直線にカルスに向かって走ってくる。

 魔術を発動した気配はない。

 カルスは迷った。

 防護結界を張るべきか、攻撃するべきか。

 その迷いをついて、少女は一瞬で距離をつめる。

 身体能力の重要性がよく分かる俊敏な動きである。

 そして、カルスは心がまえの話を解きながら、自分がまったくできていないことを自嘲した。いや、自嘲する時間は与えられなかった。

 無詠唱で魔術が発動する。

 カルスを斬り裂かんと風刃が迫った。

 準備していた魔術をカルスも無詠唱で発動する。

 カルスの前面に展開された防護結界が風刃を弾いた。

 続けて唱える。


「紡げ、守りの壁」


 魔法陣が浮かび一瞬にして無形の防壁がカルスの周囲にできあがる。

 だが、できあがる寸前に少女の放った攻撃魔術がカルスへと襲いかかってきた。

 白刃の閃きを見せた風槍が三本。

 内二本は魔術の壁に撃退されたが、一本がカルスへと届く。


「連続で無詠唱だと」


 驚きのあまりカルスは無駄な叫び声をあげた。

 驚きを口にするということは、魔術士にとって呪文を拒否するということに等しい。

 カルスは無理やり身体をひねったが、風槍を完璧に躱すことはできなかった。

 カルスは大きく体勢を崩し、術士の集中が解けた防護結界はキンという音をたてて消失した。

 膝をついた状態のカルスは少女から距離をおくことができなかった。

 床のどの地点に罠がはられているか分からないからだ。

 カルスは魔術を練りあげながら少女を観察する。

 少女が自らの腕を軽くさすった。

 風刃が生まれる。


「光よ」


 光線と風刃が近距離で激突した。

 カルスはその魔術の激突に身を投げる。

 すぐに魔術は消失した。

 少女はかまえをとっていたものの、カルスの姿を見て驚く。

 同じように対峙していると考えていたのだろう。

 普通の人間は魔術の中に飛び込んだりはしないものだ。

 カルスの拳を見て、少女は避けることができず、目をつぶった。


「無形の檻」


 少女に魔術による拘束が行われる。

 カルスは少女を殴ることをせずに、彼女の前に立っている。


「無駄です。拘束結界は相手の意識を奪った状態で発動しなければ、ほとんど意味がありません」


「そうだな。でも、拘束結界をはられるくらいに君が俺に隙を見せたという事実もまた間違いないだろう」


「それは――私の負けということですか」


「判定は上にいる人がするんじゃないか」


 天井の一部が動き、そこから簡易階段が地上に向けて伸びてくる。


「俺の声が聞こえたのかな」


「負けてません」


 ぽつりと小さな声で少女が言った。


「悔しがっているところを悪いが、案内をしてくれるか?」


「なぜです?」


「なぜって、罠だらけなんだろ。ここの床は」


 小声で少女が何かを言った。


「ついてきてください」


 そう言って少女がカルスを先導する。

 カルスは少女の足の動きを良く見ながら、同じ場所を歩いていった。

 少女は自分と寸分ない場所を歩くカルスを見て、かすかに、本当にかすかな音で舌打ちをたてた。

 先程からところどころ気にかかる少女である。

 カルスは少女が小声で言っていた言葉を反芻した。


「気づきやがったか、この変態魔術士」


 と、確かに言ったようだった。

 おそらく聞き間違えではないはずだ。

 娘の性格がこれである。いったい義父の性格はどうなのだろうか。








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