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07 挑発~人それゾレ




 開け放たれたままの扉からカルスが道場に入った時、すでに空気は緊迫感に満ちていた。

 広い板床の中央に男たちが集合している。

 二つの勢力があり、互いの間は距離があった。

 カルスに背中を見せているのが、竜閃流りゅうせんりゅうの人間である。総勢八人。昼に会った時より人が増えていた。

 中でも一際目立つ大柄な体格の男が首をゆっくりと回し、カルスを見た。

 わずかに目を細めると、獰猛な笑みを浮かべる。

 それをきっかけとしてぽつぽつと視線がカルスに集まった。

 竜閃流りゅうせんりゅうの先頭にいるスヴァンに取巻きが何かを耳打ちし、周囲に溢れる鳳山流おうざんりゅうの門下生がカルスを認めて「魔術士だ」などと言っている。

 なぜ、ここまで注目を集めなければならないのか、と思いつつカルスは移動する。

 大柄な男から危険な匂いがしていたので、この男に近づかないコースを選んでセラフィアの近くまで歩いていった。

 といっても、セラフィアは、スヴァンと対峙する父の隣にいたので、すぐ傍まで行ったわけではない。数人挟んで後ろについたのだった。

 大柄な男の視線が非常に鬱陶しかったが、カルスは相手にしなかった。

 さて話の流れはいかほどにと、カルスがやる気なく聴きの体勢に入ったのだが、なぜだか知らないが、全員が彼のことをかなり意識していた。


「カルス。彼らは君に遺恨があるとのことだが」


 セラフィアの父がカルスに話しかけてきた。その表情には迷いがある。どういった形で終息させるのか、落としどころを考えているが答えが見つからないといったところだろう。


「俺にはありませんが」


 しれっとカルスは答えた。


「おまえになくとも、俺にはあるんだ」スヴァンが身を乗りだす。「そんな後ろにいないで前に出てこい」


 カルスは前に行こうとはしなかった。

 だが周囲が動いた。人垣が分かれて、カルスからスヴァンへと一直線の道ができあがる。


「そんなこと言っても、俺はここの道場の関係者じゃないからな。おまえらが道場に踏み入った時点で、そんな個人的な問題じゃなくってるんじゃないか? 俺は鳳山流おうざんりゅうの道場じゃなく、ギル家にトイレを借りただけだ。分かるか? 鳳山流おうざんりゅうは何も関係ない。でも、おまえは一方的に鳳山流おうざんりゅうの道場に足を踏みこんでいる。これは、鳳山流おうざんりゅうとミミズ流だっけか」


「違う竜閃流りゅうせんりゅうだ」


「そうその竜閃流りゅうせんりゅうの問題と言うだけじゃなくて、普通に不法侵入をした刑事事件だろう。なので、君たちは官憲の世話になりなさい」


 朗々とカルスは正論を述べた。

 心が洗い流されるようなすがすがしい気分である。

 何しろ師と行動している時は、いつも逆の立場である。正論など述べることができないのだ。どちらかというと、追われる身というやつなので、カルスとしてはこうまで正論が述べられることなど非常にまれで、だからこそたいへん気持ちの良いことだった。

 だがどうやら完璧な解決に頷いていたのはカルスだけらしかった。

「何を今さら」などとスヴァンが嘲笑う。

 竜閃流りゅうせんりゅうの人間たちは当然のようにスヴァンと同じ感情表現をしている。

 まったくこれだから力で解決しようとしたがる人間には困る。

 今さらもくそもない。現在進行形の事件ではないか。まったく論理的ではなかった。

 だが、カルスの言葉に納得していないのは竜閃流りゅうせんりゅうだけではなかった。鳳山流おうざんりゅうの人間も「今さら何を言っているんだ、こいつは」という視線をカルスに投じていた。

 まるでカルスの言葉が正しくないかのようだ。


「もしかしてドンドール国には犯罪を取り締まる公的機関がないのか?」


 だとしたら、カルスの意見が容れられないというのも頷ける話だ。


「いえ、そんなことはないけど」


 セラフィアまでもがカルスのことを『かわいそうな人』的な視線で見ていた。


「しょせんは、魔術士だな。この状況にあって、公的機関がどうこう言うとは。誇りと言うやつがまったくない」


「あんたの言う誇りというのが、どんなものかは知らないが、それはあれか。子供に対して大人五、六人が剣を抜いて襲いかかるというやつのことか? だとしたら、確かにそれは魔術士にはないだろう。魔術士は理性的だから、たとえどんなことをされたとしても、子供に対してそこまで恥知らずなことはできない。あえて言うなら、それが魔術士の誇りだ」


 カルスは知らず知らずの内にスヴァンを挑発していた。まあ、途中からは意識的にやったのだが、一つ問題があった。彼の言いようでは、魔術士は理性的で剣士は馬鹿だととられかねないところがあった。

 実際、道場内の空気はとても悪い。

 その空気を醸成しているのは、道場にいる剣士全員である。


「言いたいことはそれだけか。ギル殿、道場をお貸しいただきたい。そこにいる不届き者を私が成敗してくれる」


 スヴァンが剣を抜いた。

 当初の目的が何かは知らないが、今の目的は確実にカルスを討つことだろう。


「待ちなさい。まず何があったのかを述べるべきだ。どちらか一方からの言葉では何が真実であるのかが分からない」


 道場主がスヴァンを止める。


「何を言っているのです」信じられないとスヴァンが大きく目を見開く。「ギル殿、あなたは分かっていないのか。今そこの魔術士は、剣士全体をバカにしたのです。それを見過ごすなど剣士全体の恥ではないですか。まさか、魔術士の報復を恐れているのですか。予に聞こえし鳳山流おうざんりゅうの名が泣きますぞ」


「きさまに鳳山流おうざんりゅうを語られる謂れはない」


 セラフィアの父がスヴァンを退ける。

 だが、反論は別の場所から出た。


「関係ないことはないだろう。兄者はいずれ鳳山流おうざんりゅうを継ぐ者。いまだ婚儀を交わしてないとはいえ、実情は父子も同然ではないか。悪いが、意見をいれぬギル殿は、俺の目には狭量に見えてならない」


「ワイルス、きさまはなぜここにいる。きさまこそ関係ないだろう」


 セラフィアの父が咎めるように言った。


「俺はスヴァン兄についてきただけだ。それとも兄弟で一緒に行動してはいけないって法律でもあるのか」


 最後はカルスに視線を向けて言う。

 完全にバカにしている。

 カルスは少しいらっとした。

 なので、言いかえした。


「あるだろ」


 カルスの言葉に全員驚いたようだ。

 そんな法律など聞いたことがないのだろう。

 カルスは歩き始めた。もう後ろにいても意味がないだろうから。


「なんだと? 何か言ったか、魔術士」


「耳が悪い男だな。もう一度同じことを言うぞ。『図体ばかりがでかいバカが、きさまの屁理屈ごときがこの俺に通用すると思っているのか。もう一度初等教育をやってでなおしてこい』と言ったんだ」


「いや、ぜんぜん違うでしょ、それ」


 セラフィアの声がカルスの耳に届く。

 正しいことを彼女は言っていた。

 だが、時として正しさは現実の前に無力なのだ。

 ルハスあたりなら「どんな法律なんですか」と訊いてきただろう。

 答えは簡単だ。「悪いことを一緒にしているやつは、兄弟だろうが罰せられる」

 これまた何と完璧な答えだろうか。

 だが、この場では意味をもたない答えでもある。


「いい度胸だ。よほど俺と戦いたいらしいな」


「そのすべてを自分に都合よく解釈するところ、どうにかならないのか? ホント、牛のおなら並に迷惑だよ」


「なんで、牛のおなら?」


 小声でセラフィアが言う。

 彼女は突込み耐性があるのかもしれない。

 もちろん、男と男の熱き戦いが始まろうとしているこの時に、突っ込みに答える時間はない。

 普通は――。


「とても臭いって意味で、近寄りたくないなってことを言ったんだ」


 カルスはセラフィアをきちんと正面に捉えて解説した。


「あ、そうなの……」


 自分で質問しておきながら、セラフィアの返しは、何とも熱のないものだった。ワイルスを気にしているのだろうか。やはり、あのでかい図体は脅威というより目ざわりだ。


「でも、もっと品のあるたとえのほうがイケてると私は思う」


 そうでもなかったらしい。

 セラフィアはカルスの言葉をきちんと聞いて、分析し、自分の好みではないと主張していた。


「あ、そう? この場面ではふさわしいと思ったけど」


 カルスは竜閃流りゅうせんりゅうの一同と向き合った。

 カルスの発言はほどよく効果を発揮したらしく、全員なかなかの怒り顔だ。焼きあがった蛸が大量に板の間にあがっていた。


「ギル殿、私たちの間にはいろいろとありますが、それらを置いて、その男との勝負をさせていただきたい。この道場を使うのがまずければ、場所を移します」


 怒りのためか何度も言葉をつっかえさせながらスヴァンが言った。

 本来なら怒鳴りつけたいところを何とか抑制して、丁寧な言葉づかいを達成しているようだ。

 怒りに我を忘れそうになりながらも、目上の人間にいちおうの敬語が使えるのは、名門ゆえの育ちの良さが垣間見える。


「さて、カルス、君はどうするつもりだ? 君の言動も意図的な匂いを感じたが」


「道場主の言葉に従いますよ」


「それはルールも私の言葉に従うということか?」


「ルール?」カルスは薄く笑った。「ぜひ内容を聞きたいですね。まさか魔術士に魔術を使うなとは言わないですよね? もしかして、さらにその上で剣士は木刀を使っても良かったりしますか。それだとなかなかの公平性ですね」


 カルスの言葉は非常に挑発的だった。

 こういった言動が彼は不得意ではない。この三年間傍でよく聞いていたからだ。

 この時、カルスは行動指針を大きく変更することに自身の中で決定を下した。それが挑発という形をとって表現されたのだ。

 なぜ、方針を変えたのかと言えば、師匠の教えを思い出したのだ。


「売られた喧嘩は、痕跡を消滅するくらい徹底的にやれ。喧嘩を売られること自体が弱さの証明で恥でしかない」


 弟子としては師匠の言葉に従うよりないだろう。

 カルスは、素晴らしい常識的解決法をバカにされたことを、少々怒っていたのだ。


「ちょっと、カルス、父に対して何ていう言い方をするの。父はそんな人じゃない」


「黙りなさい。セラフィア。カルス、君の返事はスヴァンとの勝負を受けるということでいいんだな」


「かまいませんよ。かまうのは、そっちでしょう。何しろ、俺に文句を言うためだけに、そんなたいそうな数を連れ来ているんだ。このままじゃ、一対一の戦いになる。困るんじゃないか?」


「バカにするな!」


 スヴァンの顔は真っ赤を通りこしていた。数年分の怒りをわずかな時間で発しているようである。


「カルス、君に問うが。剣士に真剣を持てと君は言うのか? それが何を意味するのか分かっているだろうな」


「さあ、俺は魔術士ですから、剣士の流儀を知っているとは言えません。ただし、魔術士が防衛のために魔術を人間に行使する時、その相手がどうなるかは知っていますよ。同様のことでしょう。魔術へ対抗手段を持ってなければ、どうなるのかを彼らこそ考えるべきだと俺は思いますが」


 カルスはスヴァンではなく、その後ろに控える取巻き六人を見た。先程までスヴァンと同様に怒りを前面に出していた彼らは、だが、カルスの視線にあてられると、すっかり勢いをなくしてしまった。


「ハッタリはもういのか? 魔術士に、得意不得意があるのは有名だ。そもそもきさまに攻撃魔術が使えるとはかぎらない。使えたとしても、この場で役に立つ攻撃魔術だともかぎらない」


 ワイルスである。

 この男はまったく魔術士を怖がっていないようだった。

 セラフィアと同じように魔術を弾く術を体得しているのかもしれない。カルスとしては可能性は低いだろうと考えているが。


「ハッタリじゃないなら、兄者を筆頭にそれこそ七人をいっぺんに相手にしてみろ。魔術士は遠距離攻撃ができる。一対一なら、それこそ剣士が圧倒的に不利だ。接近戦でやれとは言わない。剣士が勝つからな。なら、距離をおいて始める不利を、こっちは人数で埋めるしか平等な戦いにならないだろう」


「ワイルスの言葉には一理あると思うが、カルスはどう考える?」


「かまいませんよ。じゃあ、さっそく始めますか」


「いったいきさまが何を考えているのか分からないが、剣士を甘く見ないほうがいい」


 素早く小声でセラフィアの父が忠告した。

 カルスの豹変――というほどではないが、言動が変わったことにセラフィアの父は違和感を覚えているようだ。

 理性的である。

 そう来るか、と考え、カルスは方針をじゃっかん変更した。



 カルスとスヴァン一派は、距離をおいて対峙していた。

 道場は直方体の形をしており、いわゆる縦方向で向かいあう形になっていた。

 両壁には鳳山流おうざんりゅうの門下生が座っている。

 片側中央だけはぽっかりと空間が空いていた。そこには、ワイルスが腕を組んで座している。

 どう考えても、兄たちを使って魔術士の力を確かめようとしているとしか思えなかった。

 観察するがいいさ、とカルスは相手にしない。

 実際、見たところでたいして参考にならないとカルスは考えている。

 問題があるとすれば、ワイルス自身の性分だ。あの男の目は勝つためなら何でもすると言っている。

 戦いにいきなり参戦してくることもあると、カルスは警戒していた。


「では、両者礼、始め!」


 両陣営は向きあった。

 すぐに飛び込んでくると思っていたが、剣士軍団はじりじりとこちらを警戒している。

 いや、犠牲になりたくないと考えているのかもしれない。

 勝つためには誰かが犠牲になるしかないと思っているのだろう。


「全員が犠牲になるんだけどな」


 カルスがぽつりとつぶやくと、全員がびくりと反応した。呪文を詠唱したと思ったのかもしれない。

「来ないなら、こっちから行くよ」などとカルスは情けの言葉をかけることをしなかった。


「光よ」


 短縮詠唱をして、七つの光を自身の周囲に出現させる。

 そして、指をぱちんと鳴らした。

 スヴァンと他二人が距離をつめようと走りだす。

 もう少し早ければ良い判断だと言えただろう。だが、今回はまずかった。完全にカウンターの形になった。

 彼らは自ら魔術にぶつかっていった。

 スヴァンともう一人はどうやら刀で受けたらしい。多少の反応の良さがあった。だが、意味はない。刀が弾け、その後、身体も弾け飛んだ。

 他の五人は何もできずに光の衝撃波をぶつけられて吹っ飛んだ。七つの真剣が空中を飛びくるくると回転して床へと落下する。

 七本の内の一本だけが、床に突き刺さった。

 その場にいたほとんど全員が呆然と目を見開いている。

 これほど圧倒されるとは考えていなかったようだ。

 遠距離攻撃の怖さというのを見くびっていたのだろう。


「で、どうする? おまえもやるのか? その顔はとても止めるとはいいそうにないけどな」


「まだ、俺に問うのは早いのではないか? 誰も死んじゃいない。魔術もたいしたことがないな。それに、竜閃流りゅうせんりゅうを嘗めるなよ」


 カルスはワイルスの言葉を聞いて、倒れた七人に視線を投じた。全員呻き声をあげるのみで、とても戦える状態ではない。

 すぐに視線を戻す。

 ワイルスが脇差を抜いて、すでに投じる体勢になっていた。

 カルスは慌てず結界魔術を発動させようとした――が、途中で気づく。ワイルスの投擲の狙いはカルスに向いていない。

 ワイルスの対面、セラフィアに向けられていた。

 セラフィアがこちらを見ていたなら、なんなく躱すだろう。だがワイルスの言葉によって、倒れた竜閃流りゅうせんりゅうの者たちに注意が向けられていたら、避けることは不可能だ。

 道場主の位置から、防ぐことは無理だ。

 カルスは自分へ展開する結界魔術を途中で消滅させ、無詠唱でセラフィアの前面へと改めて作りなおす。

 それを読んでいたかのように、投擲したワイルスがいっきにカルスへと距離をつめてきた。

 カルスは後ろへと避けながら、詠唱する。


「剣よ」


 逃げることはかなわず、ワイルスの剣がカルスに届く。

 だが、ワイルスの剣は、カルスに握られている見えない棒状の物体によって弾かれた。

 一撃目は防いだものの、ワイルスの斬撃が連続して繰りだされる。

 カルスは二撃目までを何とか見えない剣で受け、結界魔術を無詠唱で前面へと展開した。

 腰の短剣を引きぬく。

 仮にワイルスがセラフィアと同じように魔術に対抗する技術を持っているのなら、無詠唱で展開した防御力にあまり優れていない結界は簡単に破られるだろう。

 いざという時に防御するための短剣だった。

 ワイルスの剣が防護結界と接触し、弾かれた。同時に、防護結界が消える。

 どうやらワイルスは魔術に対抗する術を得ていないらしい。防護結界を斬り裂くことができなかったことが証明している。

 驚きに目を見張り、体勢を崩したワイルスだが、すぐに攻撃へと移行する。とても滑らかに見えない動作なのに、その剣の動きは鋭い。

 だが、体勢を崩すという小さな隙でカルスには充分だった。


「光よ、撃ちぬけ」


 力を絞られたいくつも光線がワイルスに襲いかかる。

 ワイルスが大きく一歩踏みこんだ。ワイルスは避けることなく、攻撃することを選んだのだ。

 半身の体勢で腕を伸ばすワイルスの全身――腕、胴体、足に光の衝撃波が炸裂する。

 だが、ワイルスは止まらない。

 鋭く突きを放とうとしたが、彼の剣先に光線が直撃した。剣先を大きく動かされたワイルスの突きはその勢いを大きく削がれたまま、攻撃を終えた。

 突きの格好をしたワイルスの隣にカルスがいる。


「きさま」


 しゃがれた声でワイルスが言う。

 カルスは何も言いかえさず、ワイルスの横腹に向かって巻きこむように拳を振るった。腹筋に力をいれることができなかったワイルスが、もろに打撃を受けてその場に崩れ落ちる。

 どうやらちょうど光線が当たったところだったらしく、ワイルスは苦悶の表情を浮かべて呻いていた。

 あるいは魔術の攻撃よりも、腹部を殴られた痛みのほうが大きなダメージを受けているのかもしれない。


「勝者、カルス」


 道場主が宣言したが、拍手が起こることはなかった。

 カルスがどうこうではなく、魔術士との戦闘結果が彼らにとって衝撃であったようだ。

 ここまで圧倒されるとは考えていなかったのだろう。

 だが実際のところ、カルスはかなり手加減していた。おそらく十日もしないで全快するのではないか。

 師匠が見たら、あまいと評価されることだろう。

 さて、残りは、道場主であるセラフィアの父だ。

 依頼達成のためと、もう一つ、『魔術斬り』の正体を確かめるためにも、是非とも本気でやってもらわなければならない。

 だが、セラフィアの父はカルスがわざと怒らせたことを理解しているようで、下手な挑発など受けつけそうにない。

 どうしたものか、と考え視線をふと動かした時に、セラフィアが目に入った。

 こういうやり方は本意ではないのだが、たぶん、これが一番効果的なやり方である。


「ギルさん。娘さんを連れていきます」


 冷静だったセラフィアの父の顔がいっきに紅潮した。

 間違いないこの後、「真剣勝負だ」の声が飛んでくるはずだ。


「はーい。分かりました。言ったからには、きっちりと責任をとっていただきますよ」


 道場入り口に、セラフィアとよく似た顔立ちをしたたれ目の女性が立っていた。

 陽射しを背にした立ち姿は、一枚の絵のように美しい。

 美しいが――。


「何でここに」


 カルスは呆然と立ち尽くし、


「ゆるさーん」


 背後から聞こえた声に振り向くと、拳で視界すべてが埋められた。

 疑問で頭を満たしたままカルスは意識を失ったのだった。








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