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03 道場~タノモー




 広いとはいえ、道場は室内である。

 魔術を放てば、いろいろと壊れるかもしれない。

 外でやったほうがいいのでは、というカルスの親切心からでた言葉は、だが道場主によって却下された。

 道場で戦うことに価値があるのだろうか。

 魔術士らしい思考方法があるように、これが剣士らしい思考方法なのかもしれない。

 合理的だとはとても思えなかったが。


 ――じゃあ、道場を壊さないよう慎重に魔術の加減や制御をしなければならない、などとカルスは考えなかった。


 ――壊れたら、道場主が責任をとる。


 カルスはそう考えた。

 環境の限定は相手がしたのだから、それにつきあう理由はない、という単純な考えである。

 だからといって、わざと破壊力の高い魔術を使おうなどとは考えてはいなかったが。


「みんなやめてほしそうだが、いいのか?」


 カルスの目の前にはセラフィアが立っていた。

 目の前といっても、距離はかなり離れている。どんなに優れた剣士でも一歩の踏みこみではとても届く距離ではない。


「あなたは私を剣士と認めているのでしょう。心配は無用よ」


「剣士と認めることと実力を認めることは違う」


 道場の左右の壁に座った門下生たちから殺気が発せられた。

 セラフィアへの侮辱は許さないというところか。

 愛されているなあ、とカルスは思う。


「そうね。実力はこれで分かるでしょう。当然だけど、あなたの実力も分かるということよ」


 セラフィアが木刀を中段にかまえた。

 木の棒で魔術を弾くということだ。

 バカにしている、とはカルスは思わなかった。

 ただ、普通の人間にそんなことが可能だとはやはりカルスには思えない。

 魔術士には伝説の魔術士とかいう肩書のつく人間が過去にいるが、剣士にもそういった人間が過去にいる。

 だが、剣士の伝説は、剣の一振りで滝を割ったなどという作り話にしか思えないことが多く、物語として楽しむことに価値があり、事実として検討する価値はないとカルスは考えていた。

 先人の誰かがついた嘘を流派の戦法として伝えてしまったのだろう。他の流派にも魔術を弾く術があると言っていたが、それらも嘘に違いない。

 あそこの流派だけが魔術に対抗できるとなれば、名声を一手に握られてしまう。だから、対抗してホラを吹いたのだ。

 実際に魔術士と戦う機会などまずない。こういうのは言った者勝ちである。

 というわけで、カルスはセラフィアが木刀を手にした時から、完全やる気を失くしていた。やはり、『魔術斬り』などないという思いが強くなっている。

 あの道場主に魔術をあてたらどうなるのだろうか、という悪だくみを考えるほどに集中力は低かった。


「互いによいか?」


 道場主が確認をとる。

 セラフィアが頷き、カルスも小さく頷いた。


「始め!」


 掛け声とともにセラフィアが動く――ということはなかった。

 彼女はかまえをとったまま動かずにいる。

 カルスが魔術を放つのを待っているのだろう。今回はそういう仕儀だ。

 なぜ、わざわざ開始の合図とやらをいれるのかは、カルスには謎だ。

 剣士の様式美だろうか。


「じゃあ、行くよ」


 セラフィアの様子に変化はない。

 準備はできているのだろう。

 魔術にはさまざまなものがある。

 結界魔術の中の拘束魔術をもちいて、いきなり行動の自由を奪うというのだってありだ。まあ、拘束魔術は相手の意識を一度奪わなければ難しいのだが……。

 この距離だ。他にも無詠唱でやれば、魔術に反応する暇もないだろう。

 だが、そういったことはやらない。

 カルスは腕を前方へ伸ばし、掌をセラフィアへと向けた。

 分かりやすくしているのだ。

 剣士たちが想像している魔術、いや期待している魔術というべきか、それは炎や水をもちいたものや、光の衝撃波といったものだろう。

 カルスは光の衝撃波を放つつもりでいた。

 もちろん、掌をわざわざ相手に向ける必要はない。イメージを強くするために行う魔術士もそれなりにいるが、普段カルスはやらない。

 木刀に魔術があたるタイミングをセラフィアに分からせるためだ。

 カルスは木刀に威力を抑えた魔術をあてるつもりでいた。

 ケガをさせずに、魔術の怖さを知らしめるのには、これが最適だろう。

 セラフィアが衝撃で倒れるのを見て、血気盛んな門下生が囲んできたら、適当に魔術をぶっぱなして蹴散らせばいい。

 そのまま本当に道場破りをするというのも手だ。

 どうせ、後始末はこの町の魔術士協会がやるのだ。

 彼の師匠に比べれば、被害は小さく問題はないだろう。

 この時、師とたいして変わらない行動をカルスは考えていた。かかわりたくないとしながら、魔術士教会に尻拭いをさせるという傍若無人な思考などヴィル・ティシウスそのものである。

 そのことを指摘されれば、彼は強硬に否定しただろうが。


「師匠、頑張って下さーい」


 ずっと静かにしていたルハスが応援の声をあげた。

 少年の目は輝いている。板の間に一人で座っているのだが、身体が横に小さく揺れているのは期待の表れだろう。

 魔術士と剣士の対決に一人で胸を熱くさせてようだ。

 おそらく少年の頭の中では、大スペクタクルな戦いが繰り広げられているに違いない。

 実際は――。


「実際は一瞬で終わりだけどな」


 カルスは小声で呟く。

 その声が聞こえたのか、カルスの口の動きを読んだのか、セラフィアが薄く笑った。

 よほど自信があるらしい。


「光よ」


 短縮詠唱と同時に魔術が発動し、カルスの掌から光が生まれた。

 光は一直線にセラフィアの木刀へと伸びていく。

 木刀が砕けるという当たり前の光景が展開されるはずだった。

 だが、気合の掛け声がセラフィアの口から発せられ、彼女は木刀を一瞬引き、角度を変えて光の衝撃波を迎えうった。

 木刀と魔術が激突し、光の魔術は切断されて、彼女の後方の壁に激突した。木刀にあたることでさらに威力の落ちた光の衝撃波は、道場の壁にへこみを作るのみだった。


「驚いた」


 思わずカルスの口から本音が漏れた。

 だが、驚きはそればかりではない。

 セラフィアが一瞬にして距離をなくし、剣の間合いへと踏み込んでいた。

 やる気である。

 すっかり油断していたカルスは、短剣を抜くことも防御行動をとることもできない。

 遅いと分かっていながら、後ろへと跳躍し、結界魔術を発動させる。


「光よ、守れ」


 魔術がいっきに展開される。

 同時に木刀の剣先が尾を引くように弧を描いてカルスに迫ってきた。

 カンという乾いた音がして、木刀が弾かれる。

 何とか防護結界の具現化が間に合ったのだ。

 カルスはさらに距離をとった。

 セラフィアが追撃してくることはなかった。


「やっぱり魔術士って強いのね。厄介だわ」


 そう言って、彼女は木刀を掲げる。

 木刀にはひびが入っていた。

 光の衝撃波によるものだろう。


「いや、剣士も凄いよ」


「本音かしら?」


「ああ、本音だ」


 幾つか分かったこともある。

 セラフィアが最後に手加減したことも分かっていた。あれがなければ、防護結界は間に合わなかったことだろう。

 そして、防護結界に本気で彼女が木刀を打ちこんでいたら、木刀は砕けたはずだ。木刀が砕けたところで、どうということはないが、剣士というのは、刀剣を非常に大切にするのだという。

 剣士の刀剣に対する思いは、魔術士が魔道具に抱く思いとは質の異なるものであるらしい。魔術士にとって魔道具は効果の認められる稀少性が高いものだから価値があるが、剣士の場合はそれだけではないという話だ。

 もしかしたら木刀もこれに含まれるのかもしれない。

 彼女の手加減が、カルスを気づかったのか、木刀を砕けることを避けたのか、理由は分からなかった。

 手加減されたという事実があるだけだ。


 そして魔術を弾くというより、斬ったといったほうが正しいが、その理由もカルスには予測がついた。

 果たしてルハスには分かっただろうか。

 ルハスを確認すると、少年はまだ戦いが続くと考えているのか、興奮で身体を前のめりにしていた。

 あれはまったく何も考えていない。

 実際にやられるかもしれないというのに。

 異能の力を持つからこそ、どんな時であれ冷静でなければならない魔術士としては失格だ。


「これ以上、ここにいたら皆の邪魔になるから、移動しましょう」


 セラフィアがカルスに近づいてきて、木刀を持っているのとは反対の手で彼の手をとった。

 そのまま歩き始め、途中にいたルハスに声をかける。


「さあ、行こう。ルハス君」


「え、終わりですか。これからでしょう」


「今回はそういうことじゃないから」


「え、どういうことでしたっけ?」


「お茶菓子があるわよ」


「分かりました。とにかくまずは移動しましょう。ええ、聞こえてました。皆さんの修行の邪魔をしてはいけませんよね」


 何度も頷きなが素早くルハスが立ちあがり、セラフィアを追いこしていった。


「あいつ、どこに行くつもりだ」


「大丈夫でしょ。庭の先にある建物だから」


「まあ、どっか行ったところでかまわないけどな――それより、腕を離してほしいんだが」


 セラフィアはカルスの腕を握ったままだ。

 美人に手を取られるのは悪い気分じゃない。

 だが、烈火の視線が先程からずっと彼の背中に突き刺さりつづけていた。完全に誤解なので、いい迷惑である。


「え、別にいいでしょ。ほら、行きましょう」


 セラフィアは腕を離すどころかぎゅっと握りしめて歩きだした。

 手を振り払うか、との考えがカルスの頭をよぎったが、余計に事態を悪くしそうな気がして、そのままの格好で道場を後にしたのだった。

 カルスからすれば、無理やりつれていかれたのだが、傍から見れば照れた様子の仲睦まじい男女に見えないこともなかった。

 特にセラフィアに思い入れがある人間にはそう見えただろう。

 つまり、それは道場にいる者すべてということである。

 知らぬ間にカルスは、鳳山流おうざんりゅうの男たちから敵性判断を下されたのだった。








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