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01 大都市ダイン~出会イ




 大都市ダインには、剣術の二つの大きな流派がある。

 鳳山流おうざんりゅう竜閃流りゅうせんりゅうだ。

 共に古い流派で名門である。

 だが、現在鳳山流では問題が一つ生じていた。

 鳳山流道場では、父と娘の二人が向かいあって座っている。


「父上、私はまったく納得できません」


 美しい正座姿の女性がはっきりとした口調で告げた。

 セラフィア・ギル――十七歳になったばかりの道場主の一人娘であった。

 長い白金の髪を一つ結びにしている。

 あまりに整いすぎた顔立ちが、冷たい美を具現化していた。だが、大きな青い瞳には、隠しきれない熱い感情がほとばしっており、動的な活力をほとばしらせている。


「納得いかないとは何がだ?」


 上座にどっしりと腰を落ちつけて座る父は、殺気さえ宿していそうな娘の視線を苦もなく受け流していた。


「なぜ私が竜閃流のバカ息子と婚約せねばならないのですか!」


「なぜと言われれば、おまえがこれまで結婚話についてすべて斬り捨ててしまったからであろう」


「それとこれとはまったく違うでしょう」


「おまえは自分以上に強い男でなければ、夫を認めないと言った」


「言いました。今でもそう思っています」


「なればこそ、こうなった」


「どういうことですか! あのバカ息子が私より強いというのですか!」


「うちの門下生の誰もがおまえにかわなぬ」


「ええ、鍛え方が足りのないです」


「他所でうちと対等に渡りあえるとすれば、竜閃流くらいしかない。そうなると、あそこでもっとも格の高い男が婿と言うことになる」


「もっとも格が高いというのなら、あそこの跡取り息子ではありませんか」


「それは無理というものだ。おまえを嫁がせるわけにはいかん。となると、向こうも用意できるのは次男か三男ということになる。三男はダメだ。なら、残りは次男ということになる。納得がいったか?」


「納得なんていくはずがないでしょう! そもそも私の出した条件は強さであって、格ではありません! 失礼します」


 セラフィアは立ちあがると小さく一礼し、上から父を睨みつけてきびすを返した。


「待ちなさい、セラ」


「待ちません」


 振り返ることなく、背中をむけたままセラフィアは答えて、扉を開け放つと、足早に道場から出ていった。

 開け放たれたままの扉から外の光が射しこんでくる。

 両側からわらわらと門下生が顔を出す。全員がセラフィアの後ろ姿に視線を投じて、すぐに師匠の存在に気づいて顔を隠した。


「まったくあの娘は――」


 大きくため息をつきながらも、父の顔に怒りに類する感情は浮かんでいなかった。むしろ断わってくれてほっとしているかのようでもあった。





 魔術士カルスは、蒼黒髪に黒目、普通にしていれば貴公子然とした外見をした男である。

 年は十九歳。

 世界最強の魔術士を師と仰ぐ若者だった。

 軽装だが、普通の旅装姿をしていて、腰には短剣をはいている。およそ外見からカルスのことを魔術士と見抜くことは不可能だろう。

 彼の隣には、自称カルスの弟子であるルハスという少年がいた。

 金髪碧眼、さらさらの黄金髪の下には中性的な線の細い顔がある。年齢は十四歳、平均的な身長をしているのだが、細身の体形のために小柄に見えた。

 深い緑色のローブに、隠れて見えないが腰に杖をさげていた。いかにも魔術士らしい格好をしている。


 カルスの前には大都市ダインの屋台どおりがひろがっていた。

 当然、隣を歩くルハスの前にも同じ光景がひろがっている。


「師匠、これは食べ尽くせという意味でしょうか」


「なに、おまえこういうのが好きなわけ?」


「なんと! 師匠のお好みではない? では、不肖、このわたくしめが弟子として毒見をし、師匠好みの食べ物を探すことにしましょう」


「いや、必要ない。そもそも金がない」


「なんでですか! イースファ侯からたんまりせしめたんでしょう」


「んなわけあるか。正確に言うと、この町で宿を取ると自由にできるお金があまりない。食事は最低限食べれるものならそれでいい」


 ここ三年間のカルスの食生活の貧しさが、彼から食への探究心を大幅に奪っていた。


「ああ、師匠は宿にこだわりますもんね。ダインぐらい大きな都市で、師匠好みの宿に泊まると、お金なんかすぐになくなっちゃいますよ。安い宿にしましょう。そうすれば、おいしい物がたくさん食べられます」


「そんな選択肢はありえない」


「ちょっと師匠どこに行くんです! そっちには出店がありませんよ。穴場ですか! 穴場を探しているんですか! でも僕は穴場なんていう上級者コースの前にノーマルコースを食べ尽くすことを断固として主張します」


「知るか」


「横暴です! 師匠は横暴だと思います。宿のランクをちょっとさげるくらいいいじゃないですか。風呂がなくったって、トイレがじゃっかん臭ったっていいじゃないですか。それが自然というものなんです!」


「うるさいよ、ルハス」


「ああ、あまいものが、デザートが僕に食べられるのをいまかいまかと待ちかまえているというのに、皆の悲鳴が僕の耳に突き刺さるうううううううう」


 屋台の並ぶどおりを外れて、路地へと入ったカルスは後ろから服をつかんで、彼のことを停止させようと踏んばるルハスのことを振り返った。

 仮初めの師弟の視線がぶつかる。

 ぱっとルハスが手を放したが、遅かった。いや、師匠の動きがはるかに速かったと言うべきだろう。

 カルスはルハスの首もとをローブと服ごと掴むと、背中に抱えるようにして前へと放り投げた。

 体重の軽いルハスは大きく弧を描いて空を飛ぶ。

 放物線の後半は、身体を一回転半ほどひねって、見事に着地した。


「あまいですよ、師匠。奇蹟の蜂蜜をジャムに練りこみ最後で砂糖でしあげた極甘チャレンジスープよりもあまいです。旅の途中で師匠に鍛えられた僕に、この程度の攻撃は通用しません」


「まず言っておくけどな。金がないのは、おまえがそういうゲテモノの割りに高価な食べ物を頼むからこうなったんだ。うまいならまだ許せるが、とても食べられたものじゃないっていう事実が、決定的に俺には許せない」


「おかしいですよ、師匠の主張は。前に言ったじゃないですか、人間食べる必要がある時は、味なんて問題にならないんだって。あの時の師匠は、史上最高にイケてしました」


「問題なのは夫人の料理でさえ食べたこの俺が、食べられないって感じたことだろう。俺の舌が拒否したんだ」


「やめてください。僕の愛する超甘シリーズを夫人の料理と一緒にするなんて!」


「おまえら――うが」


 地面のほうから人間の声のような音がしたが、ルハスが大きく足踏みすると、声はやんだ。


「一緒も何もあれは食べ物じゃない。毒物だ。今後一切ああいった物を頼むことは俺が許さない。あれは食事を愚弄している」


「きさまらいいかげんにしやがれ!」


 ルハスの背後から五人の若者が勢い込んで走り寄ってきた。

 ルハスがいるのは、ちょうど路地を出たあたりで、出店どおりとはことなる大きな道だった。

 なので、五人がルハスを囲んでも、道が埋まるということはない。人通りはたえずあった。ちらほらと衆目が集まり始めている。


「いいかげんにしやがれって何のことですか?」


 ルハスが振り返って、五人の男たちに訪ねる。振り返る間も不自然に多く足踏みをしている。彼の足の動きにあわせて、「うが」やら「うぎゅ」やらと奇妙な音が鳴っていた。


「あまえの足だ」


 そう言って男たちがルハスに接近すると、腕で払う。

 ルハスはひょいと男の腕を避けて、カルスのほうへと数歩下がった。

 男たちが地面に転がっていた身なりの良い若者を抱えあげて、立ちあがらせた。身なりの良い若者は、大きく顔をしかめて、咳き込み、最後に助け起こしてくれた男たちの腕を振り払った。

 特に感謝の言葉を言うことはない。


「師匠」とルハスがカルスに呼びかける。

「あの人は、なぜあんなところにいたんでしょうか? 文字通りの意味で人に足蹴にされるのが趣味なんでしょうか。ふ、深すぎて僕にはついていけません」


「知らないよ、そんなことは。まあ、とにかく重要なのは、これから宿を見つけに行くことに決定したということだ」


「なぜ!」


 カルスは目の前にあったルハスの頭をつかんで握りしめる。

 みしみしとルハスの頭が音を立てた。

 実は、カルスは無詠唱で付与魔術を発動していて、彼の身体は肉体強化がなされている。

 弟子に対して無詠唱魔術なんて――と、自分が師匠に対して言ったことは、きっぱりと置き去りにしていた。


「お、おまえら、人を無視するな。こんなことをして、ただですむと思ってないだろうな。俺の名前は――」


 身なりのよい若者がカルスたちを指差して、怒鳴りつける。


「ぐぅがががががががががあああ! いたあああいいい! 師匠おおおおおおおおおおお! いたあああああい!」


「師匠の言葉を聞く気になったか」


「分かりました、わかりましいいいいいたあああああああ」


 カルスとルハスは、身なりの良い若者のことなどまったく眼中になかった。


「ふ、ふ、ふざけるなあああ、きさまら! 俺を誰だと思っているんだ! シャン一族の次男スヴァン・シャンだぞ。竜閃流当主ルービス・シャンは俺の父親だ」


 スヴァンと名のった若者が、まるで幼子のように両腕を上下に振りながら地団太を踏む。

 とりまきらしい五人の若者が後ろで一瞬困惑の表情を浮かべ、互いに視線をやりあったが、大事なことが何を思い出したのだろう、すぐにカルスたちを睨みつけてきた。

 取巻きたちは、スヴァンを侮辱した師弟の二人に落とし前をつけさせるつもりのようだ。


「あ、そう」


 これがカルスの返事である。

 敵意に気づいているだろうに、どこ吹く風だ。


「師匠、師匠を第一にするのはかまいませんが、第二の選択権を弟子である僕に譲るというのはどうでしょうか?」


 ルハスはそもそも反応すらしていなかった。男たちに背を向けて、カルスに対して熱弁している。


「きさまら、その態度を後悔しやがれ! おい、おまえら、やれ!」


 スヴァンが腕を振って合図を送り、五人の取巻きたちをけしかけた。

 五人の男がいっせいに動きだし、カルスたちを囲もうとしたところで、第三者の声が新たに道に響いた。


「いったい、このように人通りの多い往来で何事です! あなたたちは何をしているのですか」


 女の声である。

 カルスから見て、左斜め前方から十代の女性が近づいてくる。途中に取巻きの男がいたが、彼女が近づくと道を空けた。

 長い白金を後ろで結んでいる。服装は上下紺色でズボンである。美しい顔立ちをしていたので男装の令嬢という趣が強くあった。

 カルスと視線を重ねるとすぐにスヴァンへと向き直る。一つにまとめられた白金の髪が動きにあわせて揺れた。


「いったい何事ですか」


「セラフィア」


「気安く名前を呼ばないでください」


「な、おまえは俺の――」


「おまえもやめてください。関係ありませんから、それで、いったい何事です。竜閃流の一門の者たちが多数で囲むとは――」セラフィアの視線がルハスに投じられた。「しかも、一人は子供ではありませんか。いったいどうゆうつもりです」


「言っておくが、そいつが悪いんだ」スヴァンがルハスを指差す。「そいつが俺を踏み潰したんだ」


「あなたは正気ですか? 仮にも竜閃流のシャン家次男でしょう。こんな子供にそのようなことができると、あなたは本気で言っているのですか? 言い訳をするにしてももっとまともなことを言ってはどうですか!」


「何を言う。本当だぞ。本当にそいつらが先にやったんだ。なあ、おまえら」


 スヴァンが言うと、取巻きたちが一斉に頷く。全員が怒りをこめて大きく頭を上下に振っている。侮りやごまかしと言ったものがまったく見られない。子供に踏み潰されたという情けない事実を皆が全力で肯定していた。

 だが、セラフィアは詰問をやめない。


「何をあなたたちは、それがいい大人のすることですか! いいでしょう。この方たちに訊いてみれば分かることです。さあ、どうなんですか? 真実をお話し下さい。大丈夫です。彼らが何かしようとしたら、私が守ります」


 セラフィアが腰に差している刀をカルスに見せつけた。

 いきなりの闖入者がどうやら自分たちのために怒ってくれているらしいことを察したカルスは、それとなく話を合わせようと考えた。


「あ、だいたい合ってます。正確に言うと、僕が着地したところにちょうどいたみたいで、はっきり言って邪魔でしたね。十回くらいは踏みつけたんじゃないでしょうか」


 はきはきとルハスが答えた。空気を読まない少年である。


「……合っている?」


 セラフィアが口を丸く開けて、ぽかんとしている。

 こういった表情をしても、顔がまったく崩れない。

 これほどの美形をカルスは一人しか知らない。だが、その男よりもはるかに性格はましだろう。


「どうだ! 俺が言ったことが正しかっただろうが。俺たちは単にそいつらに謝罪させようとしただけだ」


 勝ち誇ったスヴァンが一歩踏みだした。

 得意げなその顔が、何となくカルスは気にくわない。


「そ、それは――」


 悪いのはすべてスヴァンだと決めつけていたようなところがあったセラフィアは、事実が違ったために、気がしぼんでしまったようだ。


「は、どうだ。俺は正しいんだ。だから、おまえは俺に従っていればいいんだよ!」


「それとこれとは関係ありません。私は弱い人にはまったく興味がない」


「俺は弱くない。おまえなんかよりもよっぽど強い」


「――いいでしょう。ならば、この場で真剣勝負をいたしましょう」


 セラフィアの言葉にスヴァンの顔色が変わった。


「今はおまえのことはいい。それよりもそいつらだ」


「それは」


 自分のことはともかく、カルスたちのことになると、セラフィアの分が悪い。

 なので、カルスはこの場を丸く収めるために参戦することにした。


「うん、そうだな。悪いのは、あんたらだ。まず、こんな子供に対して六人がかりで襲おうとするのが卑怯だし、子供の体重を支えられず潰れるのは笑えるし、第一、俺はさっさと宿に入りたいのにその行動を長いこと止めているということが絶対に許せない。どうだ、ルハス。俺の言っていることは正しいか」


「師匠、おおむね正しいと思います。後は、甘味とお菓子について考慮してくれればいっさい文句はありません」


 余計な意見をちゃっかりと最後につけくわえるルハスである。

 ちらりとカルスは視線をやったが、ルハスの表情は本気であった。

 きちんと教育しないといけないな、と自分をカルスは戒める。


「悪人の言葉に耳を貸すな、というのが俺の師匠の教えでね。ちなみに俺の師匠の場合、『耳を貸すな』という言葉の裏には、そんなやつには何をしてもいいという意味まで含まれるんだ」


 カルスは歩を進め、セラフィアを追いこし、スヴァンの前へと出た。

 緊張感が走る。

 スヴァンと五人の取巻きの手が刀へと伸びた。


 ――一秒後。


 六人の男たちが大空を舞っていた。

 カルスが無詠唱で魔術を発動させ、衝撃で五人の身体を上空へ吹っ飛ばしたのだ。

 落下した六人は受け身をとったようで、大ケガはしていない。だが、苦痛で呻いていた。


「あなた魔術士? ぜんぜんそんなふうに見えない」


 カルスの背中にセラフィアの声が届いた。

 カルスは振りかえって言った。


「自然現象ってこわいな」


「無理がありすぎでしょ!」


 カルスはセラフィアの視線を受けて、ひょいと肩をすくめたのだった。








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