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10 旅立ち~ホウシュウはしっかりもらう




 カルスはイースファ侯の屋敷を後にした。

 夫人の料理の件が尾を引いて恨みがましい目を向けられたが、イースファ侯はしっかりと褒美を払ってくれた。

 なかなかのお金だった。これでしばらく生活に困ることはないだろう。

 クリスティナとも直接会って、感謝の念を述べられた。

 最後に、ヴィル・ティシウスに関していっさい情報を漏らさないことを確認しようとしたが、察したのかイースファ侯からその点については改めて口外しないことを誓ってくれた。奥方も約束してくれたので、屋敷のほうは大丈夫だろう。

 カルスの存在をごまかすことは無理だろうが、カルスがヴィル・ティシウスの弟子であることを隠すことは可能である。それで充分だ。カルスなどいう名はべつだん特別なものではないし、放浪している魔術士だってかなりの数がいる。どうとでもなるだろう。

 後は魔術士協会の書類をどうするかということだ。

 それはこれから行う。

 カルスは支部長であるスレイから、今回の報告書を作成するのに協力を要請されていた。

 つまり、まだ報告書は完成していないし、当然魔術士協会本部へ情報は流れていないということだ。

 どうやってごまかしたものか。

 スレイが真面目で嘘をつけない気質なのは分かっている。

 おそらくスレイが手柄を独占するような報告書を作ることは許さないだろう。

 厄介な相手だ。


「師匠、いったい師匠は何者なんですか。あんなものを表情も変えずに食べられるなんて、おかしいですよ!」


「いいか、人間ってのは、食べる物がなければ、食べられる可能性がわずかでもあるモノを食べなければならないんだ。味なんてな、どうだったいいんだ」


 カルスの視線が遠い青空を見つめる。


「なんか、師匠も大変なんですね」


 察してくれたようだ。



 魔術士協会に来たはいいが、そこは慌ただしさで満ちていた。

 職員によって荷物の整理が行われている。最初に来た時は、がらんとしていたが、受付とその裏にある部屋には意外に多くの書類等が置いてあるようだ。

 カルスは魔術士協会で、テリアしか見たことがなかったが、支部長をのぞいても、他に二人の人間が働いていた。負傷した魔術士が後二人いるので、ダルロの魔術士協会支部には、都合六人の魔術士が常在しているということになる。

 魔術士協会の実情を知らないカルスとしては、この数が多いのか少ないのかの判断はできなかった。

 カルスが魔術士協会の入り口付近でぼんやりと立っていると、スレイが姿を見せた。


「ああ、カルス君ですか。おっとすみません」


 職員の通り道を塞いでしまったスレイが謝罪し、いそいそとカルスのほうへと近寄ってきた。


「ルハス君はどうしました?」


「ああ、あいつならテリアさんに連行されて、手伝わされています」


 二人の視線の先では荷物を抱えるルハスがいた。当人が嫌がることなく楽しそうにやっているので問題はないだろう。


「引っ越すことになりましてね。まあ、一週間ぶりにもとの場所へと戻るだけなんですが」


「元のさやに収まりましたか?」


「いろいろと迷惑をかけました。そうですね、ここじゃ落ちつて話ができないので、魔術士協会でお話ししましょう」


「ここじゃない協会ですね」


「ええ、ここはもう魔術士協会ではないので」


「分かりました」


 支部長が職員に対して、場を離れる旨を報告すると、職員から「じゃあ、今ある分の荷物だけあっちに運んでください。ちゃんと帰りは、空になった荷車を持ってきてくださいよ」と言われた。

 全員の視線をその身に受けた支部長は「分かりました」とだけ答えた。

 引っ越し騒動を招いたのは、自身の性格が原因の一つであることに責任でも感じているのか、スレイは言われるままに職員の言葉に従っている。


「後もう一つだけ乗せてください」という言葉を三度ほど受け入れて、荷車が動きだす。


 客人であるカルスがおらず、スレイだけであったなら、おそらく追加が三度で終わることはなかっただろう。

 荷車は半分ほど埋まっていた。

 鍛えた成人男性ならば、何と言うことはない荷量だ。

 観賞用とはいえ鍛えた筋肉を有しているスレイは、らくらくと荷車を引き始めた。

 本通りである広い道路に出て、ひたすら進むと、立派な建物が見えてきた。

 魔術士協会である。


「ほ、本当に手伝ってくれないんですね」


 息も絶え絶えになってスレイが恨みがましい口調で言う。


「本当に実用に耐えない筋肉なんですね。魔術士ならその効率の悪さは耐えられないでしょうに」


 限られた魔力を効率的に運用するのも、魔術士にとって重要な技術である。


「言ったでしょう。筋肉に必要なのは美しさだと」


「知りませんよ」


 軽く受け流し、カルスは魔術士協会へと進む。

 スレイが鍵を開けると、さっさと中に入ろうとしたカルスに支部長がすがりつくようにして懇願してきた。


「荷物をおろすのを手伝ってください。私の筋肉は本当に体力がないんです。こんなものを一人で運んでいては日が沈みます。遅いと部下からも怒られることになる」


 スレイの言葉に説得力を感じたわけではない。

 だが、筋肉質の男にこれ以上せまられるのは勘弁願いたかったので、カルスは荷下ろしを手伝ったのだった。

 それほど時間はかからず荷下ろしは終えた。荷物は入り口付近に積んだだけなので、たいした労力ではなかった。


「いやあ、良い汗をかきましたねえ」


 スレイが服を脱いで汗を拭いている。厚みのある筋肉が鎧のように上半身をおおっていた。

 実際多くの汗をかいているようなので、汗を拭くことはべつだん不自然ではないのだが、どこか誇らしげな顔をしているスレイを見ると、こちらに見せつけているようで非常にカルスは不愉快だった。


「では、今回の案件について話をしましょうか」


 カルスとスレイは小さな机を介して向かいあわせに座った。


「その前に服を着てもらえますか」


「熱いですからね」


「もう熱くないですよ」


「そうですか」


「その姿を見せられている俺のほうが熱くなります。思わず魔術をここでぶっぱなしてやろうかと思うくらいに」


「ははは、カルスさんの冗談は冗談に聞こえないなあ」


 カルスは返事をしなかった。

 カルスが沈黙していると、場の空気にいたたまれなくなったのか、スレイがいそいそと服を着た。

 生真面目で物事に深刻に対峙するのもスレイの本当の姿だろうが、今の変態一歩手前にしか見えないスレイの姿も本物なのだろう。

 まったく知る必要のないことだったが。

 改めて身なりを整え、スレイが椅子に座りなおした。


「実は、イースファ侯から融通してくれと頼まれました。彼がこういったことを言うのはとても珍しいことなのです。珍しいというか、初めてですね。公的の立場をもちいて越権行為になりかねないことを行うなんて。しかも、奥方も同調しているようでしたし」


「ご馳走になったんですか?」


「いえ、昨日会いましたが、すぐに仕事があると言って歓待を断りました。そんなことよりも、いったい私はあなたに何を融通すればいいのでしょうか。これは、イースファ侯があなたに魍魎との戦いを許可したことと何か関係があるのでしょうか」


「イースファ侯の行動は、娘を助けることに協力した俺に対する好意以外の何物でもないと思います」


 カルスはまったく悪びれなかった。


「何かしらの事情があることは分かっています。私には話せないのですか?」


「悪だくみをしているわけじゃありませんよ」


「そんなことは分かっています。カルス君はともかく、イースファ侯はそんなことをやる男ではありません」


「俺はともかくとは、ひどいですね」


「事実でしょう」


「そうです。今のところ、俺たちの間にある信頼なんてそんなものです。それでも、なお話を聞かなければ収まりませんか」


「私が信頼できない、と?」


「絶対の信頼を得られるような何かを支部長は俺にしてくれましたか?」


「私はあなたに対して何もしていませんね。むしろ、私はあなたに施された立場だ」


 二人の魔術士は沈黙した。

 探りあう空気ではない。

 牽制しあっているわけでもないが、落としどころを探そうという意志は漂っている。


「分かりました。とりあえず、私に何をしてほしいのかおっしゃってください。まさか、それさえ言えないということはないでしょう」


「ヴィル・ティシウスの名をいっさい出さないでもらいたいのです」


「――あまり魔術士協会とうまくいっていないという話を聞きますね」


「まあ、そういうことです」


「あなたの存在をなかったことにはできませんよ」


「でしょうね。さすがに一度敗れた支部長がたった一人で同じ魍魎を退治したっていうのは、現実味が薄すぎる」


「言われるまでもなく、そのとおりです」


「俺のことに関しては、ある程度事実にそって書いてもらってかまいません。ヴィル・ティシウスの名さえ出さなければ。それと魔術に関しても大げさに記述しないで下さいよ。魍魎を足せたのは、準備した魔道具と二人の連携がうまくいったから、これで充分でしょう。強さに関しては、最初に戦った時の負傷が残っていて弱体化していたということで充分説明可能です」


「弱体化ですか? 私が一週間前戦った時は、もう少し弱かったような気も実はしているんです」


「そんなことはないでしょう」


 カルスは否定した。

 だが、頭では別のことを考えていた。

 スレイが行った最初の戦いは、カルスがあの魍魎を痛めつけた後であったはずだ。魍魎はまったく本来の力ではなかっただろう。

 その魍魎に三人で挑んで敗れたとなると、よほど相性が悪かったのか、攻撃力の劣る組み合わせだったのかいずれかになる。

 もちろん、そもそも実力が伴っていなかったことも考えられるが、支部長の実力から量るにそれはないだろう。


「それとテリアさんですね。俺は彼女に自分はヴィル・ティシウスの弟子だと言ってしまったんで……最初は信じていなかったようだけど、もしかしたら魍魎を倒したことで信じてしまっているかもしれないんで」


「そちらの口止めは自分で行ってください」素っ気なくスレイが言う。「分かりました。いいでしょう。ヴィル・ティシウスについて報告書に記すことはしません。今回の戦いに彼の存在は関係していませんからね。あなたに関しても素性のよく分からない魔術士として処理します。これでいいですか?」


「はい」


「報酬は受け取ってもらいますよ」


「時間がかかるのなら、必要ないんですが」


「分かりました。私が立て替えて先に払います」


「律儀ですね」


「当然のことです」


 その後、報告書に記す文章について、具体的に互いの意見を出しあって、話しあいは終了した。

 戻りの荷車もスレイが一人で引いた。

 荷物はなかったので、重さはたいしたことなかったはずが、目的地に到着した時には、やはりスレイはぜえぜえと荒い呼吸をしていた。

 本気で体力がないらしい。

 魔術士を引退しているならともかく、戦闘の可能性がある現役の間は、筋肉の訓練方法を変えるべきではないだろうか。そう思いはしたものの、カルスがスレイに忠告することはなかった。

 好きでやっていることにつまらない現実理由で口を挟むのは無粋である。

 カルスが行った助言は、攻撃陣の陣容を厚くするべきだ、というものだった。これにスレイは頷いたので、改善されることになるだろう。

 カルスはテリアと二人きりで会話をした。この間も、ルハスは引っ越しの手伝いを相変わらず行っている。

 話の内容はヴィル・ティシウスの件である。


「ふーん、分かった」


 と、あっさりテリアは頷いた。

 だが、やはりと言うべきか、それでは終わらなかった。


「ただし、条件がある。いや、お願いがある」


「何ですか?」


「ルハスの面倒を見てくれないかしら」


「本気で言っているんですか? 俺は弟子がとれるほどの魔術士じゃないですよ」


「実質一人で魍魎をあっさり退治できる魔術士が、実力が足りないなんて言わないでよ。嫌味にしかならないわ」


 線のような目から、視線の圧力をカルスは感じた。


「実力はともかく、経験が圧倒的に不足しています。しかも、俺は旅をしている途中です。何があるか分からないし、何か起こった時に必ず守れるとは言えません」


「どこにいようと危険はあるし、誰であろうと完璧に人を守ることなんてできない」


「座学できちんと魔術士の常識を教えたほうがいいと思いますよ。始めが肝心でしょう」


「作業しながら話してみたけど、母親からきちんと基本は習っているみたいよ。その点は問題ないわね」


 カルスは押し黙る。

 やれやれという感じでテリアはカルスを見て、問いかける。


「そんなに嫌? 最初に一定のお金を払うわよ。スクールでいう入学金ね」


「俺の師匠を知っていますか?」


「さっき話したわね」


「はっきり言って、とんでもないんです。女性だったら、きちんとフォローするでしょうけど、男が相手だとまったく気にしません。最低でも俺くらいの魔術の力がなければ、何というか生きる保証ができません」


「たぶん、本気で言っているんでしょうけど」


「もちろん、本気ですよ」


「じゃあ、私も本気で言うけれど、あの子の母親は魔術の天才よ。ヴィル・ティシウスほどではないかもしれないけど、あなたよりも間違いなく上」


「ルハスが母親は大魔術士とか言っていましたけど、本当なんですか?」


「いえ、あの五人には入っていないわ。でも、匹敵すると思う。実際あの内の一人と喧嘩して互角だったから」


「あながちルハスの言葉も間違いではないってことですか」


「あなたは――」テリアの声がやや小さくなった。「あなたは、あの子と一緒にいて才能を感じたりしなかったの?」


「才能は感じませんでしたね」


 カルスの言葉に、テリアが肩を落とした。もしかしたら、『才能』がもっとも大きな説得材料であったのかもしれない。


「ただし、魔力量だけは桁が違うと思いました。もしかたら、すでに俺よりも多いかもしれませんね」


 言い過ぎかなとも思ったが、ルハスが数年以内にカルスの魔力量を超すことは間違いない。


「そうでしょう! やっぱり才能があるでしょう」


「まあ、そうですね。魔力量は先天的な資質が大きな部分を占めるから、才能という表現も間違っていないかもしれない」


「そんな才能をこんな町に埋もれさせてはダメでしょう。というか、誰も指導ができないのよ」


「もしかして、ですけど、厄介ばらいをしようとしてますか?」


「え、まさか」


 テリアの挙動があやしくなった。


「え、ホントに?」


「なんてね、嘘よ。そんなわけないでしょ。あなたが駄目となると、スクールに入れるしかないんだけど、あそこは突き抜けている人間を好まないって聞いたことがあるのよね。それに、母親も師弟制度がいいと言っていたし」


「そもそも何で母親が教えないんですか?」


「代々、外へ出すのが伝統なんですって。私も反対したのよ。才能があるんだから、下手な魔術士に預けたらもったいないって。そしたら、私に預けようとするんだから、本当に何を考えているのやら、昔から何を考えているのか分からないところがあったけど、子供のことなのにね」


 ルハスの家の事情は、まあどうでもよい。

 カルスにとってルハスと一緒にいて損することはあるだろうか。

 うるさいことと余計に金がかかること、それくらいだろうか。


 得することは何だ。

 今のところ、カルスは師との関係を伏せて旅しようと考えていた。そのほうがスムーズな旅路となると考えたからだ。良くも悪くも師の名は世界に轟きすぎている。

 ヴィル・ティシウスを利用しようとしていた当初とは、真反対へと舵を切ることになる。

 そうなると、ルハスの存在はそれなりに大きいかもしれない。

 ヴィル・ティシウスに弟子がいることは、知る人ぞ知るところだ。黒髪の若い魔術士くらいは知られているだろう。

 カルスに疑問を覚えた誰かが、もしかしたらヴィル・ティシウスとこじつけ、師弟の間であることを見破ることがあるかもしれない。

 だが、二人旅になるという事実。そして、ルハスがカルスのことを師匠と呼ぶことによって、周囲の者に師弟と思わせることができるだろう。

 ルハスの存在は隠れ蓑としておおいに機能することになる。

 師のことを隠して旅するのなら、ルハスの存在意義が生じることになる。これが利点だろうか。


 本当のところ、師との関係がばれたところで、どうということはない。敵の多いヴィル・ティシウスであるが、さすがにその弟子だからといって、暗殺をしたり、さらったりすることはないだろう。

 ないはずだ。そこまでは恨まれていないと思うが……。

 だんだんとカルスは自信がなくなってきた。

 やはり念のために師との間柄は隠して行動しよう。


「分かりました。いいですよ。俺の弟子になるかはともかく、ヴィル・ティシウスの元までは連れていきますし、旅の途中で魔術についていくらか教授もします。約束できるのはそこまでです。うちの師匠に受け入れられなかったら、引き取りに来てください」


「引き取りに行くの? ヴィル・ティシウスってパール国にいるのよね」


「そうです。そういった理由をつけていないと、あの人は気分によって、転移魔術でどっか遠くへ飛ばしますよ。森や山ならいいですけど、海なんかに落とされたら、けっこう危険です」


「本気で言っているのよね」


「はい」


「分かったわ。迎えに行く」


「大至急来てください」


「ええ、母親にも伝えておくわ」


 何となく顔に後悔が見える気がしたが、気のせいだろう。

 むしろ大魔術士ヴィル・ティシウスの弟子になれるかもしれないのだ。光栄なことなのだ。


「よろしくお願いね」


「まあ、死にはしませんよ」


 テリアは顔を引きつらせた。




 昼過ぎではあったが、カルスは町から出発することにした。

 馬を買う余裕などないので、二人とも徒歩である。

 馬車が走れるように整備された道はひろく歩きやすかった。

 準備がなくとも森でのサバイバルを軽くこなせるカルスにしてみれば、何とも楽な道のりである。

 ルハスもまったく苦にしていない。

 偶に通る馬車や馬上の人間がいた。二人を簡単に追い越していく。

 二人はそれを見て、


「ちょっと調子こいてますね。やっちゃいますか?」とか、


「思うに、馬にとってあの後ろについているやつは不必要じゃなかろうか。ここは魔術士として助けてやるべきか」などの物騒な会話を交わしたりしていたが、実行にはいたらず、平和に街道を歩いていた。


「師匠、どこに向かうんですか?」


「ダインってところが大都市みたいだからな。とりあえずそこに向かう」


「ダインですか、あそこは確かに大きいです。といっても、僕は一度しか行ったことがないんですけどね」


「そう言えば、最終目的地を言ってなかったな」


「え、師匠って世界を旅してまわっている人じゃないんですか。小汚い格好していたし」


「いろんなところに誤解があるが、今はもう汚くはない」


 カルスは服を一式買い揃えた。

 相変わらず杖はなくローブもしていないので、いっこうに魔術士らしくない。

 ルハスは、杖を腰のベルトにある専用の穴に差しこみ、きちんとローブを着ている。杖もローブも家に伝わる物だということだ。なので、よほど暑くないかぎり、この格好をやめるつもりはないと宣言していた。


「そっか、師匠は旅人じゃないのかあ」


「残念がられる理由が分からない。それよりも目的地だけどな、パール国王都ソール・ラント」


「けっこう遠いですね。僕初めて外国に行きますよ」


「そこで俺の師匠であるヴィル・ティシウスに会う」


「へー、誰ですって?」


「ヴィル・ティシウスだ」


「へー、誰ですって?」


「ヴィル・ティシウス」


「へー――痛いじゃないですか! 何で頭を殴るんです!」


「おまえが話を聞かないからだ」


「師匠、本気で言っているんですか! ヴィル・ティシウスって」


「おまえ魔術士協会とかで聞いてなかったっけ?」


「あんなのウソだと思うでしょう、誰だって! いえ、え、本当にヴィル・ティシウス? だってうちの母親が言っていましたよ。あの人はすでに魔術士ですらないのかもしれないって。あの時は意味深顔で頷きましたけど、いったいあれってどういうことですか!」


「騒ぐな、うるさい。とりあえず、おまえの母親は本当にただ者じゃなさそうだな」


「ええ、僕の母親は大魔術士ですから――いや、だから、ヴィル・ティシウスですよ。今はヴィル・ティシウス!」


「俺の師の名を何度も呼び捨てにするんじゃない」


「――本当なんだ。ヴィル・ティシウス……痛ぅ」


 口のききかたがなっていない弟弟子候補に、カルスは手刀チョップをくらわせた。


 頭を抑えてようやく黙ったルハスに対して、カルスは別の話を投げかける。


「一つ訊きたいんだが、何で俺を選んだんだ?」


「師匠は、師匠ですよ。一目見て分かりましたね、あ、この人、僕の師匠だって」


「最初は喧嘩を売ってきたような気がしたが」


「あれは若さゆえの過ちです」


「で、判断の根拠は何だ? あの時点で俺の魔術士の力量は未知数だったはずだな。一般的に魔力が向上する関係もあって年を重ねた方が魔術士は強いとされる。なのに、なぜ、まだ若い俺を選んだ?」


「魔術士は外見と年齢が比例しないこともあるでしょう」


「それはあるが、そう思ったのか? 俺が年を重ねているって」


「いえ、ぺえぺえだと思いました」


「じゃあ、なぜ?」


「言ってもいいですよ。でも、師匠は納得しませんよ。師匠の言うところのまったく魔術士らしくない理由ですからね」


「ルハスは俺の実力を知っていたわけじゃないんだな」


「はい、知りませんでしたよ。ただ母から言われたことがあるんです。ずっと前のことですけど、もしもピンとくる魔術士がいたらいいから弟子入りしちゃいなさいって。あなたが感じたのなら間違いなくその魔術士は凄い人だから。あなたは魔術の才能――勘は私のものを継いでいるから間違いないわって……で、ぴんと来たんです。なんか貴公子然としてすかしているわりに、凄い汚いのがアンバランスけど、ただ者じゃないぞって」


「どこから突っこめばいいのやら。いったいルハスの母親は何者だ?」


「本人は大魔術士って言ってましたよ」


「大魔術士の称号は世界に五人のみだ。替わったっていう話は聴いていない」


「後もう一つあります。これが決め手だったんですけど」


「何だ、たぶん、そっちも魔術士的な理由じゃないんだろ?」


「はい、こっちは魔術士とは何の関係もありません。実は父が僕にこう言ったんです。『おまえは人を見ぬく力がある。正しくは、自分にとって必要な人を選ぶ力がある。おまえには私のもっともいいところが受け継がれているみたいだな』って」


「何だよ、それは」


「父は平凡なんですけどね、父の周りにはまあ楽しい人がいっぱいいるんです。それって、全員父から声をかけて交流が始まったって聞いています。その血が色濃く僕に流れているんです。父が保証してくれました」


「確かにまったく論理的でもなければ魔術も関係しない話だったな」


「ええ、でもこれが理由です」


「確かにまったく納得できない」


「だから言ったでしょう。あ、納得できないからって、今さら師匠にはなれないってのはなしですからね」


「そんなことは言わないけど、一つ訂正がある」


「何ですか?」


「正式には、おまえは俺の弟弟子になるんだぞ」


「あ、それは大丈夫です。僕はヴィル・ティシウスの弟子になる気はないですから。ルハスは魔術士カルスの弟子なのです」


 簡単にルハスは言ってのけた。

 何も分からずに言っているのではない。少年の本気の気持ちなのだろう。

 ルハスには、師弟のことについてきちんと事情を説明してある。

 ヴィル・ティシウスが認めなければそこで終わりだ、ということも。

 特に騒ぐでもなく、静かに聞いていたのが印象的だ。


「さあ、行きましょう、師匠。旅は始まったばかりですよ」


 大きく腕を振って飛び跳ねるように歩きながら、ルハスが前へと進んでいった。

 確かに旅は始まったばかりである。

 旅が終わった時に、何がどう変わっているのか、今の時点で考えても答えの出ない問題だ。

 無駄に元気な仮称弟子を目で追いながら、カルスもまた前へと歩みを進めたのだった。








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