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第七話

(1) 

 

 取り巻き達が大暴れしている隙に、ダドリーは酒代とチップをテーブルに置き、ミランダを連れて酒場を後にした。

 表情こそ普段と変わらなかったが、女給の行動にダドリーの機嫌が損なわれていることに気付いたミランダはスウィートヘヴンに戻る道中、ずっと押し黙り続けていた。正確に言うと、ダドリーの傲慢さや冷徹さにすっかり恐れをなし、話し掛けることが憚られたからだった。

 スウィートヘヴンに帰った後もダドリーの機嫌は直らず、いつもよりもやや乱暴に、時折屈辱とも取れる要求を交えて、ミランダを抱いた。

 いくらダドリーに恐怖心を持とうと、自分を抱くのを拒否することは絶対にできない。ミランダの心は今にも張り裂けそうになっていたーー。

 

 やがて、ミランダにとって長すぎる一夜が明け、朝が訪れると同時に、ダドリーは屋敷へと帰っていった。

 爽やかな朝の陽光を浴びながら、玄関先でダドリーを見送ると一気にどっと疲れが押し寄せてくる。それだけ彼と時間を過ごすことが苦痛に感じているのかもしれない。

 ダドリーの乗る大型馬車の姿が完全に見えなくなったの確認すると、ミランダはすぐに部屋に戻り、煙草を咥えて一服し始めた。

 女が煙草を吸う事をダドリーがひどく嫌がるので、近頃は控えるようにしていたのだが、煙草を吸わなければどうしても気持ちが落ち着かなかったのだ。

 天井に向かってゆらゆらと揺れる紫煙をぼーっと眺めていたミランダは、ふと、今日は週末の安息日だったことを思い出す。

(……今から少し眠って、昼過ぎくらいに、久しぶりに教会に出向いてみようかしら……)

 まずは寝て疲れを取るために、吸い終えた煙草を灰皿に押し付けると、ミランダはベッドの上へ倒れ込んだのだった。


(2) 

 眠りから覚めたミランダは、一人で街を散策しながら教会に向かっていた。


 仕事柄、常に人を相手にしていなければならない上に、特にこの数ヶ月は出掛ける時ですら、大抵ダドリーが一緒にいるため、寝る時以外の一人の時間はここのところ皆無に等しかった。

 だから、今日のように数少ない貴重な休日の時だけは、完全に一人の時間を過ごしたい。娼婦ミランダではなく、ただの十九歳の娘になれる、唯一のひと時。

 化粧もせずに素顔のまま、私服姿で歩く彼女はどう見てもごく普通の町娘にしか見えなかった。

(……そう言えば、前回教会へ行ったのはいつだったかしら??)

 確か、残暑の暑さがまだ厳しい時期で、汗をかきつつ、教会への道筋を辿っていたし、歩道に並ぶ街路樹の葉が青々と繁っていた。けれど、今は枯葉となり、半分近くが地面に落ちている。

 季節がすっかり様変わりしてしまったことで、随分と長い間私は一人で外に出ていなかったのだな、と、改めてミランダは実感したのだった。

 そうこうしている内に、 教会のすぐ目の前に辿り着く。

 城壁のように高くそびえる黒い鉄柵をくぐって、白い石畳で作られた階段を昇る。懺悔室を通り過ぎ、礼拝堂の扉を開けて中へと進む。安息日にしては珍しく、ミランダ以外は誰もいなかった。

 左右に置かれた長椅子の間ーー、真っ赤なヴァージンロードを踏みしめて祭壇の前まで更に進んだ後、ミランダは両手を組んで神に祈る。


 --神様、どうか私に救いの手をーー


 ミランダは特別信心深い質ではないが、それでも辛い事や悲しい事があると、昔から教会へと足を運んでは祈りを捧げている。

 母に売られて以来、一見華やかなようでいて苦界である娼館では、下手に他人に弱みを見せればつけこまれて馬鹿を見るーー、そんな生活を送るミランダには心から信用できる人間がいない。神への祈りは、その代わりみたいなものであった。


(3)

 教会を後にしたミランダは、そのままブナの木の遊歩道を歩き、大きな広場に足を踏み入れた。

 安息日ということで今日は屋台の数が一段と多く、屋台が立ち並ぶ一帯は人で賑わっている。ちょうどお腹が空いていたこともあり、何か食べるものを買おうとミランダも屋台を見回ることにした。

「お姉さん、ブドウ酒を一杯どうだい」

「焼き立てのマフィンはいかが??」

 屋台を出店している人々が、次から次へとミランダに声を掛けてくる。ミランダは曖昧に微笑みつつ、何を買おうかと思案を巡らせる。

 考えた末、ミランダはベーコンを挟んだサンドイッチ二つと紅茶を買ったのだった。

 どこか座って食べる場所がないかと、辺りを見渡してみるがどのベンチにもすでに人が腰掛けているし、木の下でも日当たりの良い場所も空いていない。

 仕方なく、ミランダは広場の隅の方で人がいない場所ーー、陰の多い北側にある大きな銀杏の木の下へと向かう。日陰で少々寒いが、致し方ない。

 黄色い枯葉の絨毯の上に腰を下ろし、サンドイッチを齧っていたミランダはふと誰かからの視線を感じ取る。気配の先を振り返ると、キャスケットを被り、ギターケースを抱えた一人の青年が木に寄りかかるようにして、ミランダの傍に佇んでいたのだった。

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