第五話
ミランダが彼を恐ろしいと思う理由は、感情が全く読めないということだけではなかった。
以前から一番人気という立場上、ミランダは店の他の娼婦達からの嫉妬と羨望による陰口の格好の標的であった。
ミランダ自身は、ただのつまらない負け惜しみだと全く相手にしていなかったし、むしろ自分に魅力があるからこそ起きる問題だとすら思っていたのだが、ダドリーがミランダの元へ通い始めるとそれは更に酷くなり、遂にはあからさまな嫌がらせや悪口を面と向かって受けるようになったのだった。
ある時は、昔からミランダと折り合いの悪い、三番人気のミニーという女が、「さすがは、子供の頃から幼女趣味の変態を相手してきただけのことはあるわ。ファインズ様は子供みたいな女が好みなのかしら。だったら、ミランダの得意分野よねぇ」と、ミランダがベビーブライドだったことを面と向かって嘲笑してきたのだ。
「だったらどうだって言うの??その子供みたいな女に、いつまで経っても売り上げで勝てないのはどこの誰かしら??」と、負けじとこれ以上ないくらいの痛いところを思い切り突いて黙らせたことで、騒ぎに発展するまでもなく事は終息した。
「ミランダ」
聞き慣れた冷たい声が聴こえた方向を向くと、ダドリーが丁度店に訪れたところだった。
「あら、ダドリー。今日も来てくれたのね!」
ミランダは完璧な作り笑顔を浮かべ、さも嬉しそうにしてダドリーの元へ駆け寄る。近頃では、敬語を使ったりしなくていいし名前も呼び捨てで良い、とすら言われるまでの仲になってきたので、彼と砕けた話し方で会話している。
「ミランダ。一体何を揉めていたかは知らないが、格下の相手の言う事にいちいち反応するな。お前の程度まで下がってしまう。いいか、お前の程度が下がるということは、お前を専属にしている私の格まで下がるということだ。私にしてみれば迷惑極まりない。もう少し、自分の立場というものを考えろ」
「ごめんなさい。今後は気をつけるわ」
あくまで自分の面子を大事にしようとするダドリーに鼻白みながらも、ミランダは心から申し訳なさそうに詫びてみせる。
「……分かればいい」
ふん、と鼻を鳴らすダドリーに、ミランダは機嫌を伺うように腕を絡ませしなだれかかる。その際、ダドリーがミランダの方ではなく、そそくさとその場から離れたミニーの後ろ姿を目の端で追っていたことをミランダは見逃さなかった。
何だか分からないが、とてつもなく嫌なものを感じる。
ミランダの悪い予感は数日後に的中した。
その日は、週に一度の安息日でこの時ばかりは店も休みになる。
休みに乗じて街へ繰り出したミニーは、外出したきりそのまま店には二度と戻らなかった。
もしや脱走したのか、と店の者達が捜索するも見つからず、その二日後、ヨーク河に変わり果てた姿で浮かんでいたのを発見されたのだった。
また、新入りの若い娼婦ベルタは、マダムや他の先輩娼婦にかなり生意気な態度を取っていたため、それとなく注意したミランダに向かって「はぁ?態度が偉そう?!一番人気か何だか知らないけど、九年も娼婦やってて誰にも身請けされないようなヤツのくせに」と口答えした次の日、客引きに出て行った(この店は置屋で基本的には客引きはしないが、まだ顧客がつかない新人や人気のない娼婦は自ら客を引きに行かねばならない)きり、一晩店に戻らなかった。
明け方になってようやく戻ってきたベルタは、顔の原型が分からなくなる程殴られ、恐怖とショックでしばらく誰とも口が利けない状態になり、最終的には顔が醜くなってしまったことで随分格下の売春宿へと移されてしまったのだった。
娼婦が殺されたり酷い目に遭うのはよくある話なので珍しいことではないが、自分を快く思わない者が立て続けにそういう目に遭うのは何かあるのではないか。
確か、二人が自分に暴言を吐いたのは、どちらもダドリーが店にいた時だ。
--彼がミニーを殺害し、ベルタを暴行したのか??--
勿論、そんなことを聞ける筈はない。
ただ、直感的にそう思うだけだ。
ミランダだけでなく、他の娼婦達も同じように感じたのか、それから彼女のことを悪く言う者は誰一人いなくなったのだった。