第四十六話
「ミラ、これで気が済んだかい」
クリスタルパレス跡地から離れた場所ーー、城壁のように高くそびえる鉄柵の門の向こう側には白い石畳の階段が続き、十字架が掲げられた黒い屋根の建物ーー、かつてミランダがよく訪れていた教会の前まで辿り着くと、リカルドがぽつりとミランダに尋ねる。ミランダは質問に答えようとせず、憮然とした表情で顔をおもむろに俯かせた。
しまった、余計なことを口走ったかな……、と、困惑しながらミランダの顔を恐る恐る覗き込む。
ところがリカルドと目が合ったと同時に、ミランダはバッと勢い良く顔を上げたかと思うと、いきなり「あー!スッキリした!!」と、明るく元気な声で叫んだのだ。
「これであの男のことなんか、綺麗さっぱり忘れられるわ!あー、せいせいする!!」
「…………」
合わせた両手を頭上に掲げ、大きく背伸びをし出すミランダの姿に、リカルドはただただ唖然としていた。
「何??」
「……いや、何ていうか……、その……」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
琥珀色の大きな猫目に軽く睨みつけられ、うーん……、とますますリカルドは困った顔をして口籠るも、すぐに答えた。
「……上手く言えないんだけど……、ミラは本当に強くなったなぁ……って、思ってさ」
「ま、子供の頃から気が強すぎるってよく言われてきたけどね」
「いや、そうじゃなくてさ……。芯が強くなったと思うんだ。だから、アルコール依存も克服しつつあるし、『彼』への負の感情もすっぱり断ち切った。中々どうして、容易くできることじゃないよね」
「別に……、私は強い人間なんかじゃないわ。……本当に強かったらお酒なんかに溺れたりしないもの……。それでも、私が強いって言うなら……、それはね……。何があっても、ずっと傍にいて支えてくれる貴方やスターのお蔭に他ならないわ」
先程とは打って変わり、ミランダはひどく真剣な眼差しでリカルドの瞳をじっと見つめた。十九年経った今でさえ、澄み切った深いグリーンの瞳はミランダにとって、世界で一番美しい宝石と言っても過言ではない。
「チビで痩せぎすだし目付きはきついし、人の三倍くらい気は強いし口も性格も悪い。おまけに石女の元娼婦っていう、ろくでもない女だけど。それでも、これからもずっと……、私と一緒にいてくれる??」
ミランダの言葉に対し、何故かリカルドはきょとんと間の抜けた表情を浮かべているのみだった。やけに反応が鈍すぎるリカルドに思わずムッとなり、文句を言い掛そうになったところ、「……ミラ、それはどちらかと言えば、男の僕が言う台詞だよね??しかも、ここは礼拝堂じゃなくて教会の外だしね……」と、何とも言えない微妙な顔付きで笑われてしまった。
「……あ……、そっか……」
「そういうことで、中に入ってもう一回やり直し」
「はぁ?!嫌よ!第一、中に人がいたら恥ずかしいじゃない。若い子ならともかく、いい歳して何やってるんだって笑われるわ……」
「でも、僕はまだ何も返事をしてないよ??」
「う……。じゃ、じゃあ、ここで今すぐ返事してよ!中は絶対嫌なんだからね!!」
顔を真っ赤にさせ、ぜぇぜぇと息を切らしてまで反対するミランダを、はいはい、分かったよ、と宥めると、リカルドは二人が初めて出会った時と全く同じ笑顔で、答える。
彼の答えを聞いたミランダは、花の蕾が開く瞬間を思わせるような、柔らかい微笑みを浮かべてみせたのだったーー。
神様は星を金貨に変えてくれなかったし、その代わりに試練ばかりを次から次へと私達の元へと降り落としてきた。
それでも、私達を出会わせてくれたことに感謝しています。
星の金貨なんていりません。
彼やスター、周りの大切な人達の笑顔さえあれば、私は他に何もいらないのですーー。
「リカルド、やっぱり教会に入ろう。礼拝堂で神様に祈りを捧げたいの。『私の大切な人達が、いつまでも幸せでいられますように』って」
リカルドは静かに頷き、了承の意を示す。
そして、二人は鉄柵の門を潜り抜け、教会の中へと消えて行ったのだった。
(終)
約二か月半に渡り、拙作にお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。