第四十三話
(1)
この街の経済を発展させるべく三年もの月日を費やし、ようやく完成させた巨大商業施設・クリスタルパレスが開園したのは四年半前のことだった。
温室を参考に、全面ガラス張りで作られた施設内には植物園が開かれ、他の街や国からの美術品や工業機械なども展示。後に舞台観劇ができるよう劇場まで増設されていた。更に、施設の外には大観覧車や移動遊園地、数々の屋台が設置され、身分や老若男女関係なく楽しめる、夢のプレシャスガーデンとして連日満員御礼状態であった。
しかし、クリスタルパレスの繁栄はその半年後、突如として終わりを告げる。
ちょうど四年前、ダドリーが長年頭を悩ませていた犯罪組織クロムウェル党の一味によってクリスタルパレスに火を放たれ、夢のプレシャスガーデンは跡形もなく崩れ去り、死者も五十名以上に上る悲劇の場所へと成り代わってしまったのだったーー
被害者の遺族や展示品への賠償金の総額は、ファインズ家の資産で持ってしても厳しいものだったが、事件時クリスタルパレスに居合わせたダドリーの行動を目撃していた王家縁の人間が女王に進言し、女王直々に各街の王侯貴族達にこの街の復興支援を呼び掛けてくれた。
各街からの多額の寄付金のお蔭で(純粋な慈善の思いからする者もいれば、女王への覚えを目出度くしたいが為、もしくはダドリーに恩を着せる為など、様々な思惑が交錯してはいたが)、賠償金の支払いも完了し、予定よりも随分早く街も復興したものの、周囲から援助を受けなければならなかったことが、逆にダドリーの天よりも高いプライドを大いに傷つけたのだった。
ただでさえ、党員がクリスタルパレスに火を放つ暴挙に出るのを予見できなかった考えの甘さによって、犠牲を出してしまったことを遺憾に思っていた所に、彼が最も嫌う憐憫の情を大勢の者に掛けられたのだから。それを甘んじて受け入れざるを得ない、窮地の事態に陥った自分が何よりも憎くて堪らなかった。
そんな自分への戒めも兼ね、ダドリーはクリスタルパレスの跡地に慰霊碑を建立し、翌年から事件が起きた日に毎年慰霊の儀を行っている。
そして、今日が三回目の慰霊の儀を行う日であった。
(2)
火災による炎の熱量で変形し、ところどころが湾曲しているボロボロの鉄柵の向こう側には、夥しい数の瓦礫の山が広がっている。
伝染病の蔓延を防ぐために、事件後すぐに死体の発掘作業を進めたため、死臭が漂ってくることは皆無に等しいが、瓦礫の撤去作業は今も続いている。
かつて入場口だった、焼け焦げて半分以上が崩れてしまった赤煉瓦の大門の前に、黒い大理石で作られた慰霊碑が立てられ、その前でダドリーとアルフォンスは犠牲者への祈りを静かに捧げていた。
この慰霊の儀は一般庶民も参加を許されていて、ダドリー達から少し離れた場所から(彼らに付き従う護衛により、民衆が近づけないようになっている)慰霊碑に向かって祈りを捧げている。
黙祷を終えたダドリーとアルフォンスが民衆の方へと向き直った後、ダドリーが慰霊の口上を事務的な口調で述べようとした時だった。
大勢の民衆がひしめく中の、比較的前方ーー、ダドリーから見て左端に見覚えのある顔を見つけたのだ。
一瞬、子供と見間違えそうになる程小柄だが、顔付きや雰囲気からしてどう見ても中年の女であり、その女は癖のない真っ直ぐなプラチナブロンドの長い髪と、やや吊り上がり気味の大きな琥珀色の猫目をしていたーー。
ーーあぁ、生きていたのかーー
十九年前、手切れ金を強引に受け渡し、彼女の前から姿を消した後も、彼は密かに彼女を部下に監視させ続けていたのだ。正確に言えば、『万が一、あの女がダドリー様に関する良くない噂を流すようであれば、始末をしなければいけませんから』と、しきりに訴え出る忠誠心の厚い部下の注進に従っていただけだったが。
彼女が手切れ金を使って売春業から足を洗う事もせず、「男爵様の囲い者」と呼ばれることを忌み嫌い、アルコールに溺れて行く様をわざわざ報告される度に、馬鹿な女だと嘲りつつ、一介の娼婦とは到底思えぬ、意固地なまでの気高さには何処か清々しさまで覚えた程である。
監視は、彼女がスウィートヘヴンから追い出された後も続いていたので、目を掛けていた少女売春婦を手切れ金全額使って自由の身にさせたという話も知っている。
やはり馬鹿な女だと思った。同時に、気位の高さに反し、どこまでも真っ直ぐな心根の女だとも思った。
だから、彼女が自分を貶めるような発言を吹聴する女ではないと悟ったダドリーは、それ以降、彼女への監視を中止させたのだった。以来十四年、彼女の消息をダドリーは知る由もなく、おそらくすでにこの世にはいないかもしれない、とすら考えるようになっていた。
口上を述べ始めたダドリーを、女は大きな瞳でじっと見つめ続けていた。睨みつける訳でもなく、何の感情も交えずに、それでいて冷たい訳でもない。
本当に、ただ彼を茫洋と見つめているだけなのだ。
その大きな瞳の下には、離れた場所からでも分かる程に小じわが目立ち、元々華奢だった体躯も一層細くなり、痩せぎすと言っていいくらいである。
ーー随分と老けたし、可憐な美貌も衰えたなーー
だが、不思議と悲壮感が漂っておらず、若い頃より目付きがきつくなっているのに、むしろあの頃よりも穏やかな印象すら覚える。理由はすぐに判明した。
彼女の隣には、杖をついている、白髪が交じった茶色い髪の中年男が、寄り添うように佇んでいたからだ。
その時、自分でも信じられないことに、ダドリーは口元を緩めて静かに微笑んでいた。
粛々とした口上を述べ終わった直後に、この表情はいくら何でも場違いにも程があるだろう。気付かれてはならないと、瞬時に笑みを引っ込めたので、幸いなことに誰にも気取られていない。その証拠に、民衆はダドリーの口上に盛大な拍手を惜しみなく送るばかりだ。
「お父様、僕の方からも口上を述べさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか??」
「別に構わない。その代わり、くれぐれも失態を犯すんじゃないぞ、いいな??」
先程の自分を棚に上げ、ダドリーは息子に厳しく釘を刺す。アルフォンスは表情を硬くさせながらも、口上を述べるべく口を開いた。
ダドリーはもう一度だけ、女のいる方向にさり気なく視線を動かしたが、その時には、すでに女は男と共に姿を消していたのだった。
ダドリーがミランダを見て微笑んだ理由とはーー??
読者様の想像にお任せできれば、と思います。
彼にも人間らしい心があったのでしょうね。