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第四話

 --一か月後ーー


 時刻は午後六時を過ぎたところで、スウィートヘヴンが開店してからすでに一時間が経過していた。

 仕事帰りと思しき男達がぽつぽつと店に訪れ始め、それぞれの馴染みの女達がこぞって玄関まで出迎えに行く。

 慌ただしくしている他の娼婦達とは打って変わり、ミランダはまだ下着姿のまま、自室にて鏡の前で何度も衣装合わせを行っていた。

 (淡い桃色のドレスと、濃紺のドレスだったら……、こっちの方が彼の好みかしら??桃色だと子供っぽくて色気がない、とか言われそうだものね……)

 ミランダは右手に持っている濃紺のドレスを今一度確認するように、じっくりと眺めたあと、左手に持っていた桃色のドレスをベッドの上に放り投げる。そして、手にしていた濃紺のドレスを拡げ、身に付け始めた。

 化粧も髪を梳かすのも、足元に脱ぎ散らかした幾つものドレスの片付けも終えた直後、扉を叩く音と共に、「ミランダ、ダドリー様がお越しになられたわ。早く出迎えなさい」と、マダムに声を掛けられる。

「えぇ、分かったわ。今すぐに玄関に行くから」

 返事を返すやいなや、ミランダはすぐさま扉を開け、階下へ降りて行ったーー。


 あの日から、ダドリーはほぼ毎晩ミランダの元へ通い続けている。


 それだけではなく、専属のお抱え娼婦にしたいので他の客を一切取らせないようにと、マダムが言葉を失う程の大金を持ってして交渉したため、ミランダの客は今やダドリー一人だけだった。それでも並の客数十人分の揚げ代が取れるため、マダムもミランダも首を横に振る理由などあるはずがなかった。


 何故、彼がここまで自分を気に入ったのか、ミランダには不思議で仕方がなかった。


 初めてダドリーの相手をした夜も、彼はミランダを抱くとすぐにベッドから出て行き、無言で身なりを整え始めてしまったのだ。抱き合った余韻を一切味わおうとしない、余りに冷たい態度に(……これは、多分、私の事はお気に召さなかったに違いない……)と、感じたミランダは、内心意気消沈しながら、彼と同じくベッドから抜け出す。

 そして、いつものように下着の上にガウンを羽織り、鏡の前で乱れた髪を梳かしていると、「まさかとは思うが、そんな姿で私を見送るとか言う訳ではないだろうな」と、ダドリーが背後から鋭く尋ねてきたのだ。

 声につられて振り向いたミランダにダドリーは、「今後は私の相手だけを務めてもらうのだから、相応にきちんと身なりを整えてもらいたいものだ」と、相変わらずの美しい鉄面皮のまま、思いがけない言葉を告げたのだった。

 驚いたミランダは、手にしていた櫛を思わず手から落としてしまい、慌てて拾い上げる。そんな彼女を冷ややかな目でダドリーは見つめている。

 信じられない思いに捉われたミランダは不躾なことは承知で、思い切って尋ねた。

「ダドリー様は、私の何処がお気に召したのでしょうか??」

 すると、ダドリーは一瞬だけ、冴え凍るコバルトブルーの瞳をほんの少し細め、こう答えた。

「お前は高級で珍しい猫みたいなものだからだ。そんな猫は誰にも触らせたくないだろう??」

「…………」

 はっきり言って、ミランダには訳が分からなかった。というより、はぐらかされたのかもしれない。

 まさか、「気位の高い客をわざと煽って、征服欲を掻き立てる」やり方がこんな簡単に大成功するとはーー、到底思えなかった。

 経験の浅い若い男ならともかく、ダドリーのような二十代後半の経験豊富な男がこんな簡単に篭絡できるのか??


 それとも、篭絡された振りをしてるだけなのか??


 心の奥底で何を考えているのかさっぱり読めないこの美しい男を、ミランダはただただ恐ろしい、と感じることしかできなかったし、何度も何度も肌を重ねた今でも、それは決して変わることのない感情だった。それどころか、その感情は日増しに増長し続けている。


 なぜなら、彼の中には人間らしい感情が一切見当たらなかったからだった。

 

 

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