第三十八話
長くなったので二話に分けました。
冒頭、残酷描写有り。苦手な方は注意。
「……だけど、アダは一年と三か月後、当時歓楽街を恐怖に陥れた通り魔によって殺されてしまったわ……。そいつは娼婦ばかりを狙っては、目も覆いたくなるような殺し方をしていた。その中でも、アダは最も残酷な殺され方だった……。顔面を叩き潰され、四肢をバラバラに切り刻まれていたとか……。……あの娘はね、数か月後には、恋人に身請けされて結婚するはずだったの。殺される一か月前に、『ハルが来年店を継ぐことが決まったから、そしたら結婚しようって言ってくれたの』って、見ているこっちまで幸せな気分になるような笑顔で話していたのに……」
ミランダは、長年の夢が叶うのを目前に控えながらも非業の死を遂げた友人に想いを馳せ、熱くなった目頭を指で押さえつける。そんな彼女を気遣うように、隣に座るリカルドがそっと肩を撫でさする。
テーブルを挟んだ二人の真正面には、股の間に両手を挟み、力無く項垂れている少女ーー、スターが座っていた。
洗濯屋で起きた一悶着後、リカルドに宣言した通りにミランダは、スターを強引に家へと連れて帰ったのだ。
そして、若さと無知ゆえの浅はかな理由で身を売るスターに、ミランダ自身の境遇を始め、自分の周りにいた娼婦達の境遇及び、それぞれが迎えた悲惨な末路を滔々と語り、彼女に聞かせたのだった。
「何を勘違いしているか知らないけど、娼婦はお姫様や貴婦人になんか決して成れないわ。そんなのはただの夢物語でしかないの。一度娼婦に身を堕としたら、大抵の者は死ぬまで売春地獄から抜け出せなくて惨めに朽ち果てて野垂れ死ぬ。アダのように……、娼婦というだけで命が軽んじられ、無残に殺されてしまう場合だってある。私がこうして平凡な主婦として生きられるのも、亭主が迎えに来る前に病気にも罹らず殺されもしなかった運の良さに、たまたま恵まれたからに過ぎないだけよ。もう一度だけ言うわ、スター。売春なんてもう辞めなさい。貴女には、幸せになれる可能性が充分あるのに、それをわざわざ自ら潰そうとしないで」
直後、スターはそれまで俯いていた顔を上げ、ミランダとリカルドを交互に見比べる。そのつぶらなマリンブルーの瞳には、反発の色はすっかり消失していた。
しかし、五歳から二十九歳まで苦界を生き抜き、数々の修羅場を潜り抜けてきたミランダの話が持つ、圧倒的な説得力を前にして、何も言葉を返すことができずにいるのだろう。三人の間でしばらく沈黙が続いた。
「おば……、ミランダは……、アタシの母ちゃんになってくれるの??」
沈黙の重苦しい空気に耐え兼ねたのか、スターがやや遠慮がちに口を開いた。
「悪いけど、私は貴方の母親になんかなるつもりはないわ」
ミランダの突き放した冷たい言葉に、スターは傷ついた顔を見せたが構わず言葉を続ける。
「その代わり、貴女が一人でもちゃんと生きていけるだけの力が身につくよう、最大限協力するわ。だから、しばらくは家で私達と一緒に暮らして家事を一通り覚えなさい。そして家事を覚えたら、住み込みで働ける場所を探すのよ。何なら、私やリカルドも手伝うから」
驚いたスターは、思わずミランダの大きな猫目をぎょっとしたように見返す。
「何で……、アタシなんかにそこまでしてくれるのさ」
「さぁ、私も何でかだか分からない。ただ、貴女を見ていると昔の自分を見ているみたいな気になるのよ。無謀な夢を見ていた頃の自分にね。きっと、貴女を手助けすることで自分を救いたいのかもしれない……って、何気に酷い事を言っているわね、私」
自嘲気味に、力無く口元を緩めるミランダに対し、スターがおどけたように鼻を鳴らす。
「……へっ、別に、正直でいいんじゃねぇ??『あんたの為を思ってしてあげるんだ』って、恩着せがましく言われるよりは、よっぽどマシだぜ」
思いがけないスターの言葉にミランダは目を丸くした後、「そう??そう思ってくれたのならいいんだけど。でも、その男言葉はいただけないわよ。まずは言葉遣いから叩き直さなきゃね」と、苦笑を浮かべてみせたのだった。