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第三十五話

(1)

 やがて陽が少しずつ傾き始め、仕事を終えたミランダとメリッサが共に裏口の扉から外へ出て行った時だった。

 店のすぐ真正面に置かれたベンチに座り、メリッサの帰りを待つマリオンの姿が目に留まった。

 すると、それまで疲れた様子だったメリッサの表情が、たちまちパッと明るいものに切り替わる。気のせいか、頬が薄っすらと赤く上気し始めているような……、と思っていると、メリッサは一目散で恋人の元へ駆け寄って行く。

「マリオン!」

 マリオンの傍まで辿り着くと、メリッサは一段と明るく無邪気な笑顔を彼に向ける。その笑顔を見たマリオンはすぐに立ち上がり、愛おしげに穏やかな笑みを浮かべてみせる。

「わざわざ迎えに来てくれたの??」

「うん。今日はいつもより陽が落ちるの早いせいか、暗くなるのも早いかな、って思ってさ。でも……」

 マリオンは一瞬口籠ったものの、照れくさそうにして続ける。

「……メリッサに、早く会いたかったんだ……」

 途端に、メリッサは遠目からでもはっきり分かる程に顔を赤らめ、「へへ……、私も、マリオンといつもより早く会えて嬉しいな……」と、はみかみながらも自分から彼の手をそっと握りしめる。マリオンの顔色はメリッサ以上に真っ赤だ。

「ミランダさーん、お疲れ様でしたーー!!」

 マリオンと手を繋いだまま、メリッサは空いている方の手を高く掲げ、ミランダに向けてブンブン大きく振ってみせる。マリオンも、礼儀正しい仕草でぺこりと頭を下げ、一礼をする。

 メリッサの子供っぽい仕草と二人の仲睦まじさが可愛くて、ミランダはクスクス笑いながら、手を振り返す。

 お喋りに興じながら去っていく二人の様子を、微笑ましい気持ちで見守りつつミランダは、十五年前の自分とリカルドの姿を二人に重ね合わせ、自分達にもあんな時期があったのにね……、と、切ない気持ちにも駆られていた。


 あの頃は、ただ一緒にいられるだけで幸せだと思っていたのに。

 年を経て苦楽を共にする内に欲ばかりが増え続け、一緒にいられるだけでは喜びを見出せなくなってしまった。

 良く言えば、青臭さが消え失せた代わりに、大人へと成長した証拠なのだろう。

 だが、悪く言えば、一緒にいることが最早当たり前と化していて、当たり前の日常に胡坐をかき、甘んじているだけなのかもしれない。


 若い恋人達の姿はミランダの心に小さな葛藤を呼び起こし、ぐるぐると物思いに耽りながら家路を辿る。

 夕方の冷たい海風に身を震わせて港湾沿いを歩いていたミランダは、前方からゆっくりこちらに向かって歩く人物を見て、思わず目を見張る。


 左足を少し引きずるようにして杖をついている、猫背で痩せ気味の中年男ーー、それはミランダの夫、リカルドだった。


(2)

 ミランダは先程のメリッサ同様、リカルドの元まで急いで駆け寄る。

 ただし、メリッサとは違い、嬉しさの余りに駆け寄ったのではなく、足の悪いリカルドを気遣ってのことだった。

「やぁ、ミラ」

「リカルド、一体どうしたのよ??」

「どうしたも何も……、君を迎えに来たんだよ。……朝の一件から、僕なりに考えたんだけど……、君にお酒を手に取らせないために、今後は君の帰りを迎えに行くことにしようと決めたんだ」

「…………」

 以前のミランダであれば、自分を信用してくれてないのね、監視されているみたいで嫌だ、と、即座に反発したであろう。

 しかし、メリッサとマリオンの影響を知らず知らずに受けていたのか、「そっか……。リカルドには面倒掛けるけど……、でも……、二人で一緒にいられる時間が増えて、嬉しいかも」と、逆に喜んでみせたのだった。

 ミランダが怒るか機嫌を悪くするかを覚悟していたのか、リカルドは拍子抜けしたように目を丸くしてみせる。

「あら、何よ、その顏は??」

 すかさずミランダは、わざと意地悪そうに微笑みながらリカルドをからかう。

「うーん、てっきり嫌がれるかと思っていたから」

「言っておくけど、嘘じゃないからね」

 そう言うと、ミランダはリカルドの身体を支えるようにして身を寄せる。


 ミランダのアルコール依存を克服させるために、リカルドは痛む足を引きずりながら歩いてくれた。だったら、少しでも彼の足に負担が掛からないよう、支えてみせる。


 そうして家路を辿る道中、ミランダはふと自嘲気味な笑いが微かに込み上げ、ふっと鼻を鳴らした。

「何??」

 怪訝そうにミランダを見つめるリカルドに、「……ううん、何だか私達、二人揃って凄く不器用だなぁ、と思ったら、ね……」と答える。

「……まぁ、だからこそ、お互い欠けている部分を補おうとするんじゃない??」

「ものは言いようねぇ」

 二人はお互いに顔を見合わせると、何が可笑しいのか、ぷっと噴き出してケラケラと笑い合う。

 この時の二人の笑顔は、十五年前に出会った頃に戻ったかのような、屈託のない明るい笑顔だった。


 その後ミランダは、リカルドと夜空に瞬く星々を眺めながら、昔の思い出話を始める。例えば、全ての星が金貨になって自分の元へ降り注いでくれればーー、と願っていたことなど。

 すると、リカルドも全く同じようなことを願った話をしてくれた。


「……でもね、きっと神様は、星を金貨に変えることが出来ない代わりに、僕達をもう一度引き合わせてくれたんだと思う。この奇跡のお蔭で、こうして今も一緒にいられるということを、僕は忘れたくないんだ」

 歳を取り、年々白髪と皺が増えていっても、リカルドの深いグリーンの瞳が持つ、真っ直ぐな優しさだけは今もずっと変わらない。


 リカルドの言葉と美しい星空の下、今度こそ断酒を成功させようと、ミランダは固く決意したのだった。

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