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閑話休題 リカルドとシャロン

新しい章に移る前に、ちょっとした番外編。

お約束のクロスオーバー有り。

(1)

「ねぇ、ミラ。この街を離れる前に、一か所だけどうしても寄りたいところがあるんだ」

 ミランダを身請けしたその夜、宿のベッドの中で共に寝そべりながら、リカルドがミランダにこう切り出した。

「もしかして……、怪我をした貴方を助けてくれたとかいう人のところ??」

「うん。マクレガーさんっていう、当時医学生だった人なんだけど……」

 ミランダにシャロンについて説明しようとしたリカルドだったが、あの小生意気そうな、端正に整った童顔を思い出すと少々げんなりした気分に陥り、言葉を途切れさせてしまう。ミランダはそんなリカルドの様子を、訝しげに見つめている。

「……恩人って言う割に、ものすごーく嫌そうな顔してるのは何で??」

「……うーん、何ていうか、ちょっと癖が強くてね……。彼のお母さんは、とっても良い人だったんだけど……」

 リカルドは気まずそうに苦笑を漏らしながら、言葉を濁す。

「人柄の良いリカルドが苦手に思うなんて、よっぽどだったのね……。……ん??マクレガーさん??」

 ミランダは小首を傾げて少し考え込んだ後、思い出したようにリカルドにこう言った。

「もしかしたら……、シャロンさんのことかしら??」

「えぇ?!ミラ、彼と知り合いなのかい??」

「知ってるも何も……、シャロンさんは歓楽街の大多数の娼婦が利用する薬屋の店主だもの」

 ミランダの話によると、その薬屋は、月経痛や婦人病の薬、身体の冷えを改善する漢方、媚薬、精力剤、避妊具、性交時の潤滑剤など性に関わる薬を数多く売っている、少々変わった店だという。

「以前は、シャロンさんのお母さんが店主だったんだけど、四年前に代替わりして彼が店主になったの。確か、歳は私の一つか二つ下で、まぁまぁ良い男よ。……ちょっと女癖は悪そうだけどね」

 ミランダの話を聞けば聞くほど、その薬屋の店主がシャロンである可能性はますます濃厚になってくる。

 しかし、それならば医学研究者を目指していたにも関わらず彼は、夢を諦めたということでもある。一体何故??

 ミランダにその旨を尋ねると、「うーん、私も詳しい事は知らない……、というよりも、彼に気があって媚を売る他の女がうざったくて、どちらかというと従業員の女の子と話すことが多かったから。ま、とりあえず、明日その店に行くだけ行ってみたら??何なら、私もついていくわ」

「うん、そうするよ。じゃ、ミラの言葉に甘えてついてきてもらおうかな」

 リカルドはミランダに微笑み掛け、「じゃ、そうと決まればそろそろ寝ようか」とカンテラの灯りを消し、二人は眠りについたのだった。


(2)

 翌日、リカルドはミランダに案内されて件の薬屋へ向かった。 

 当時のシャロンの性格を考えると、自分のことなどとっくに忘れていて、「申し訳ありませんが、貴方のことなど何一つ覚えていません」と冷たく返されそうな気がしてならかったが、やはりけじめをつけるため、治療費を返済するため(図らずもミランダの身請け代が安かったので、余ったお金で治療費が工面できたのだ)にも彼に会わなければいけない。

「このお店よ」

 この街の建物の特徴の例に漏れず、二階建ての白い石造りできた建物の前には、『薬屋マクレガー』と書かれた立て看板が置かれている。

 ミランダは玄関の扉を開けて中に入り、リカルドも後に続く。

 中に入った途端、薬草と化学薬品が入り混じった臭いが鼻腔を刺激し、リカルドは思わずくしゃみをしそうになった。

「いらっしゃいませ。ミランダさん、お久しぶりですね」

 黒檀で作られたカウンターの中にはシャロン、ではなく、アッシュブロンドの短髪に白いシャツ、黒いサスペンダー付ズボン姿の小柄な少年、いや、落ち着きがあるものの高めの声からして小柄な少女、が佇んでいた。

「今日は何を買われるんですか??」

 少女はミランダの隣に立つリカルドに気付いてはいるが、あえて詮索するような、余計なことを口にしない。せいぜい十五、六といった年頃の娘であれば、きっと興味津々で色々聞き出そうとするだろうに。理知的な顔立ちから察するに、彼女はとても思慮深く賢い娘なのだろう。

「あぁ、今日はね、私じゃなくて彼がシャロンさんに用があるから、ってここへ来たの」

「シャロンさんに、ですか??」

 ここで初めて、少女はリカルドの方に視線を移す。よく見ると、愁いを帯びた淡いグレーの瞳が神秘的で、とても綺麗な子である。

「えぇ、ちょうど十年前に彼にお世話になったことがあってね。ようやくお礼を返す目途がついたので、ここを訪ねてみたんです」

「そうでしたか。店主は今、奥の部屋にいますのですぐに呼んできますね」

 少女はカウンターの奥の扉を開け、一旦姿を消す。

 すると、ミランダがさも可笑しそうに、ニヤニヤと笑いを噛み殺している。

「……ミラ、何で笑っているんだい??」

「理由はすぐに分かるわ」

「??」

 そう言えば、奥の扉が半分程開いたままになっている、とリカルドが気付いた時だった。

「シャロンさん、いつまでスポンジが置いてある場所を探しているのです。この前言ったじゃないですか、避妊用のスポンジは売れ筋商品で多めに注文するようにしたので、今までの引き出しじゃなくて、こちらの棚の広い引き出しに場所を移し変えたと」

 何と、あの少女が険のある口調で、シャロンに対して厳しく叱責しているではないか。

 仮にもシャロンはこの店の店主であり、更に気位が高い彼に向かってそんな口を利いて大丈夫なのか、と、リカルドは内心ハラハラと心配になり、少女を案じた。

「いやぁ、すまない。聞いた覚えはあるのだが、どうも忘れてしまってね。悪いが、もう一度教えてくれないかね」

(……は??……)

 少女の叱責に対し、素直に謝り、低姿勢で返事を返すシャロンと思われる男の言葉に、リカルドは思わずポカンと、呆気に取られてしまった。

「今回で三回目ですよ??いい加減にしてください。シャロンさんの場合、覚える気がないだけですよね」

「……う……、そ、そんなことはないぞ??」

「じゃあ、なぜ目が泳ぐのですか」

 リカルドの複雑な心情などお構いなしに、少女は次から次へとシャロンを厳しく言及していく。

「……ミラ、君が今、必死で笑いを堪えているのは……」

 隣でミランダが、肩をぷるぷると震わせながら、こくこくと小刻みに何度も頷いてみせる。少女とシャロンのやり取りが面白くて仕方ないらしい。

   

 どうやら、シャロンもこの十年の間に、彼の性質や人生を一八〇度変えてしまう様な出来事を経験したのかもしれない。


 何となくではあるが、直感的にリカルドはそう思えてならなかった。


(3)

「お待たせして申し訳ありません」

 程なくして、ようやくシャロンと、スポンジが入った袋を手にした少女がカウンターに戻って来た。

 相変わらず仕立ての良さそうなスーツを纏い、年よりやや幼い、爽やかな笑顔を浮かべるシャロンだったが、十年前とは違い、ダークブラウンの瞳には冷たさの欠片もなかった。

「……シャロンさん、お久しぶり。リカルドです」

 シャロンに向かってリカルドが軽く会釈をすると、シャロンの笑顔がたちまち消え失せる。

「十年前、瀕死の僕を助けてくれたこと……」

「えぇ、今でも覚えていますよ。忘れるはずなどありません」

 そう言うと、シャロンはリカルドに向けて穏やかに微笑む。

「貴方が、リカルドさんが突然姿を消した後……、私は何が気に入らなかったんだろう、と、ずっと自問自答していました。でも何年か後に、貴方が出て行く直前に私が言った言葉が原因だったのだろうかと、思うようになったのです。あの頃は、優秀さを鼻にかけ、自分以外の周りの者が全員馬鹿だと信じ切っている様な、傲慢で生意気な子供でした。今考えると本当にお恥ずかしい限りですよ、まったく……。だから、貴方にもう一度お会いすることがあったら、当時の非礼の数々を謝りたいと思っていましたので、こうしてまたお会いできたことが本当に嬉しいのです」

「いえ、僕の方こそ、貴方は命の恩人ですし、それに……。貴方は後悔しているようですが、あの時の言葉のお蔭で僕は自分の愚かさに気付くことが出来て、時間は掛かったけれど、こうして彼女を迎えに行くことができたんです。だから、謝る必要なんてないですよ」

 リカルドは、隣に立つミランダの細い肩にそっと手を掛ける。

「あぁ、リカルドさんの大切な方と言うのはミランダさんのことだったのですね」

 シャロンは二人を交互に見比べた後、ニコリと笑った。

「彼女から、貴方がこの薬屋の店主だと聞かされて……、お礼をしたくてここへ訪れたんです。それと……、多分、全額にはまだ満たないと思いますが、治療費を返済しようと……」

 リカルドが茶色い肩掛け袋の中から、お金の入った袋を取り出そうとしたところ、「リカルドさん、お金は結構ですよ。あの時も言いましたが、貴方の怪我の治療費は全額負担すると」と、シャロンが止めようとする。

「……でも……」

「本当に結構ですよ。それよりも、ミランダさんとの新しい生活を送る上での資金に回した方がいいと思います」

 口調こそ穏やかだが、有無を言わせぬ威圧感を持つシャロンの言葉に(こういうところは以前と変わっていないようだ)、リカルドは仕方なく取り出し掛けたお金の袋をもう一度、茶色い袋へ押し戻した。

 その様子をどこか満足そうにシャロンは眺めていたが、すぐに真剣な表情に変わる。

「リカルドさん、あの時の度重なる非礼、本当に申し訳ありませんでした」

 シャロンはカウンター越しに、リカルドに向けて深々と頭を垂れる。

 いつも悠然としているシャロンが人に頭を下げることが珍しいからか、ずっと黙って彼の隣に佇んでいた少女は、淡いグレーの瞳を見開いて彼を凝視している。

「シャロンさん、顔を上げてください。さっきも言いましたが、僕は貴方の言葉には感謝すら覚えているくらいですから」

 慌ててリカルドが、シャロンの肩を掴んで顔を上げるよう促す。

「……感謝??」

 顔を上げながら、シャロンは怪訝そうにリカルドを見つめる。

「感謝、ですか。それならば、私も貴方に感謝……、という訳ではありませんが、どうしても伝えたいことがあるのです」

 シャロンは、こころなしか彼を心配そうに見上げている少女をチラリと横目で見返した後、「『自分の今までの生き方を変えてでも、例え夢を諦めてでもいいから傍にいたい、そう思える人と出会ったら、君にも僕が取った愚かな行動の意味が分かるだろうね……』という貴方の言葉が、あれからずっと頭に焼き付いて離れませんでした。そして、今の私にはその言葉の意味が痛い程に理解できるのです」と、リカルドに告げる。

「そうですか……。今のシャロンさんには、とても大切にしている人がいるんですね」

「えぇ」

 十年前の彼からは到底想像できないような、涼しげなダークブラウンの瞳に優しさを湛えたシャロンを見て、リカルドもつられて微笑み返す。

「シャロンさん、貴方ともう一度会う事が出来て良かったです」

「こちらこそ。また、何かの折にこの街を訪れた時はぜひここへ遊びに来て下さい、何でしたら、母もまだ健在ですし、私の実家の方へ来ていただいても構いませんよ。きっと母も喜んで迎えてくれますよ」

 リカルドとシャロンは、カウンターの上で互いに握手を交わす。

「ありがとう、シャロンさん」

「いえ、お二人が末永く幸せでいられるよう、願っています」

 こうして、リカルドは無事にシャロンと十年越しの再会を果たし終えたのだった。


(閑話休題 終)

ちなみに冒頭の宿でのやり取りですが、事後ではありません。(どんな報告だ)

シャロンが回って来たブーメランに思いっ切り翻弄される様を、リカルドに見せたくて書いたという、俺得話ですみませんでしたぁぁぁ!


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