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第二十七話

 リカルドが意識を取り戻したことにより、マクレガー家の人間も次々と彼が寝かされている客間へと訪れた。と言っても、この家にはシャロンの他は女主人であるシャロンの母、マクレガー夫人と、二人の身の回りの世話をする初老の女中、家事を担当する中年の女中、力仕事を任されている下男の四人しかいなかったけれど。

 マクレガー夫人は黒髪とダークブラウンの瞳が印象的な、涼しげな顔立ちの美しい女性で、一見するとシャロン同様冷淡そうな雰囲気だったが、とても気さくかつ、豪胆な女性であった。

 何せ、いくら息子が連れて来たとはいえ、どこの誰とも分からない、得体の知れない男の面倒を引き受けるくらいなのだ。実際に、本人にもそう伝えてみると「まぁ、いつも自分のことだけしか考えていない、他人を顧みようとしないあの子が珍しく人助けをしたから、出来るだけ協力してあげようかな、と思ったのよ。勿論、貴方を助けたいという気持ちもあったけれど」と、随分あっさりとした口調でこう返されたのだった。

「シャロンさんに対して、随分と手厳しいですね」

 ベッド脇の丸椅子に腰掛け、息子に対する辛辣な物言いをする夫人に、ベッドの上で半身を起こしたリカルドは思わず苦笑する。

「確かに中流家庭で医学研究者を目指すのは至難の道だし、傍から見てもあの子は誰よりも努力をしているわ。だけどその反面、自分に厳しい分、他人への評価も自ずと厳しくなって……、何かと人を見下しがちなのよねぇ。昔は思いやりのあるとても優しい子だったのに……、私の育て方がどこか間違っていたのかしら」

「まぁ、彼もまだ十八歳ですし、何かと肩肘を張りがちな年頃なんですよ」

「そうだといいけど」

 夫人にとって、シャロンの傲慢さは母親として気掛かりなようだ。

「お母さん、この部屋にいたのですか。今から、ちょっと出掛けてきます」

 呼ぶより謗れとは上手く言ったもので、丁度シャロンが部屋に現れたのだった。

「あら、噂をすれば何とやら」

 マクレガー夫人はさも楽しそうに、ころころと笑い声を立てる。

「どうせ僕の悪口をリカルドさんに吹き込んでいたのでしょう」

 シャロンは不快そうに鼻を鳴らす。見るからに仕立ての良い、黒いフロックコートに、温かそうな薄いグレーのショールを纏ったシャロンは、まるで上流の子息のような佇まいを醸し出している。しかし、中背で線が細い体格に加え、やや童顔なのも相まって、リカルドの目には、彼が無理して大人ぶっているようにしか見えず、どこかちぐはぐだと感じていた。

 出掛ける旨を伝えると、シャロンはすぐに部屋から出て行こうとしたが、そこへリカルドが「あ、シャロンさん」と呼び止める。

「……何でしょうか??」

 訝しげに見返してくるシャロンに、リカルドは少しだけ迷いつつ、こう切り出した。

「もしかして、歓楽街に行くんですか??」

 シャロンはすぐに言葉を返そうと(おそらく、「貴方には関係ない」というようなことだろう)したものの思い直し、数秒逡巡した後、「そうだとしたら、どうだと言うのです??」と、逆にリカルドに聞き返した。

「……ずうずうしいお願いになるけど……。僕も一緒に行きたいんです」

 リカルドの答えを聞いたシャロンは、驚き、困惑した様子でマクレガー夫人と顔を見合わせる。が、すぐに「駄目に決まっているじゃないですか。リカルドさん、貴方ようやく怪我が快方に向かってきたところなのですよ??あと、貴方の左足は酷い捻挫だと医者は言いましたが、ひょっとしたら靱帯が損傷しているかもしれないと僕は思うのです。だから、まだ安静にしているべきです」

 確かにシャロンの言葉は正論である。

 特に、左足の膝を強く蹴られたかしたかで(リカルド自身はよく覚えていない)痛みが酷く、杖なしではしばらく歩けそうにないくらいだ。 

 そんな状態で、人が多く雑多な歓楽街に出て行くことは身体に負担を掛けるだけでなく、シャロンにも迷惑を掛けることにもなる。

 だが、それでもリカルドにはどうしても歓楽街に出向きたい理由があった。


 あのクリスマスの夜からミランダがどうなったのか、知りたい。

 彼女に関する情報を何でもいいから掴みたい。


 知ったところで、今の自分に出来ることなど何もないことは嫌と言う程に周知している。ただ、彼女が無事なのか、それだけは最低限知っておきたいのだ。


 リカルドは、いつになく真剣な眼差しをシャロンに送り付け、そのままじっと彼の顔に穴があくのではというくらいに、強く見つめ続けた。

 シャロンは相変わらず、どこか冷たさを湛えた瞳でリカルドの視線を避けることなく受け止め続けていたが、やがて「……お母さん。リカルドさんに、僕の服を貸してあげてください。彼と僕は似たような体格をしていますから、おそらくそれで充分間に合うと思います」と、マクレガー夫人に告げたのだった。

「シャロンさん、ありがとう!」

 服を用意する為、夫人が部屋から出て行くとリカルドはベッドからゆっくり抜け出し、シャロンに深く頭を下げて礼を述べる。

「後で、服と共に杖も用意させますし、歓楽街に行くのに辻馬車を利用することにします。そうすれば、身体への負担も少なくて済むでしょう」

 シャロンは渋々と言ったような口ぶりながら、一緒に出掛けてくれる気になったようだ。

「ただし、一つだけ忠告があります」

「何??」

 気のせいか、シャロンのダークブラウンの瞳に冷たさがより一層増している気がする。

「貴方にとって、必ずしも有益な情報が得られるとは限りませんよ」

 シャロンの言葉に、リカルドは思わずぎょっと目を見張る。そんな彼を蔑むように、シャロンは鼻で軽く笑い飛ばす。

「……何のことかな??」

 リカルドはわざといつものように微笑んでみせるが、その笑顔はどこかきごちないものだった。

「……いえ、今の言葉は忘れて下さい。ひょっとしたら僕の思い違いかもしれませんから」

 シャロンが目を伏せて、フッと鼻を鳴らしたところでマクレガー夫人がリカルドに着させる服を持って戻ってきたため、二人の会話はここで途切れることとなった。

 それでもリカルドの中で、シャロンが自分やミランダについて何か知っているのかもしれない、という疑念が晴れることがなく、ミランダについて一言もマクレガー家の人々に話していない、にも関わらず、シャロンが彼女のことを気づいているような気がしてならないーー、そんなすっきりしない思いを抱えたまま、リカルドはシャロンと共に辻馬車に乗り込み、歓楽街へと向かったのだった。

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